第十四話 君の神様
「その姿は……一体……」
マコトの目の前にいる少女は、大体中学生ぐらいの年齢だろうか、美しい赤い髪を背中に下ろし、ベッドから起き上がった状態でじっとこちらを見つめている。
いや、目は閉ざされているので、こちらに顔を向けているの方が正しいだろう。
「きもち……悪いですよね……」
少女の声は、放っておいたら今にも死にそうなほどに弱々しかった。
「どうしてそんな恰好を……」
まさか、趣味でミイラの仮装をするような人はいないだろう。
……いや、異世界中探せばいるのかもしれない。
「これですか……」
少女は、何か嫌なことを思い出しているような顔をしている。
「あ、いや別に嫌なら話さなくてもいいぞ」
「いえ……実は昔、私は王都の方に住んでいたんですが……」
王都というのは魔族の王が住むところの事だろう。
「向こうにいたときに…ちょっとした事故にあってしまって……」
ちょっとした事故でこんなにはならないだろう、と思わず突っ込んでしまいそうになったが、マコトはTPPはわきまえる男なので……ん? TPPじゃなくてTPO? ……そんなもの知ったことか!!
「なるほどな、その事故で大やけどして全身ミイラ状態ってことか」
「みいら?」
(あー、こっちにはミイラってモンスターいないのか)
ドラ〇エにはミイラ男がいたので少し期待してしまっていた。
「……じゃあ、右目が開いていないのはなんでなんだ? そこは火傷もおってないみたいだし」
「あぁ…これですか」
そう言って少女は自分の右目に軽く触れた。
「これは……火傷を負う前から抱えている……病のせいです……」
「病……」
病を抱えて大火傷を負う、とことん不運な少女である。
「その病のせいで、目が見えなくなって…そのあとも…どんどん全身の力を失っていってしまったんです……今ではベッドから起き上がるのも精一杯で……」
「そ、そんなに大変なら別に寝ていてもいいんだぞ?」
「いえ……お話している最中に寝るなんて…失礼ですから……」
(随分と育ちがいいんだな……どっかのお嬢様だったのかな?)
「あ、さっき王都の方に住んでたって言ったよな? それなのになんで、こんな魔族の領土の端っこの村に住んでるんだ?」
「それは……」
少女は、また悲しげな声になっている。
「実は……追い出されてしまったんです……」
「……追い出された?」
「はい……皆が、私を見るたびに…気持ち悪い、とか……化け物、とか言って……それで…」
こんな端っこの村まで追いやられてしまった、というわけだろうか。
「ったく、ひどい奴らだな、見た目がひどいからなんて理由で追い出すなんて……あ…」
見た目がひどいからなんて、それは、マコト自身もこの少女の事を、少しでもひどい見た目だと思っているといっているようなものだ。
「えっと…今のは……」
「いいんですよ……もう…慣れてますから……それに、貴方は悪い人じゃないって……わかってますから…」
「え? だって俺お前とあったばかりだぞ?」
あったばかりの見知らぬ男がいい人かどうかなんて、そう簡単にわかるものではない。
「さっきも言った通り…私には妖精さんの声が聞こえるんです」
「……妖精?」
ファンタジーによく出てくるあれの事だろうか。
するとそこへユピテルの補助が入った。
『この世界の妖精は、普通の者には見ることも、声を聴くこともできないんだ、生まれつき特殊な能力があったり、加護の力があれば認識することができるんだ』
(ほー、なるほどなー)
「あまり詳しくは覚えていませんが……恐らく事故にあった後だと思います……きっと、あの時に加護が私に移ったのでしょう……妖精さんの声が聞こえるようになってからは…目の見えない私でも…皆が今何をやっているのか教えてくれたり…皆がどんな人なのかを教えてくれたりして…周囲の状況がつかめるようになったんです……」
加護が移った、それはつまり、一緒にいた誰かが死んだということだ。
「流石に…何を考えてるのかまでは…はっきりと読むことは出来ないみたいですけど……」
はっきり、ということは、大体な感じは読めるということだろうか。
「妖精さんたちは皆素直で…いいことだけじゃなくて…皆が考えてる悪いこととかも教えてきたりするんですけどね……そのせいで、私はどんどん落ち込んでいってしまって……そんな私を見て…お父様が、私がこれ以上傷つかないようにと、人の少ない、王都からずっと離れたここに来させたんです……」
どうやら、周囲の皆がひどいことを考えていて、結果的に追い出されたという形になっただけで、父親は娘の事を大切に思っていたようだ。
「でも、ここの村の人たちは、見た目なんて気にせずに、優しく看病してくれているんです」
父親がここを選んだのもそれが理由だろう。
娘思いな父親だなぁとマコトは思った。
「家族から離れていて…寂しいとか思ったりしないのか?」
いくら両親のことを割り切ったマコトでも、寂しいものは寂しいのだ。
「寂しいですよ……昔みたいに…皆と笑って生きたいって何度も思いました……でも…そんな願い…叶うはずがありませんから……どんな魔法でも、一度失ったものは取り戻すことは出来ません…この火傷だって、痛みは引いても…見た目までは元にはできませんでしたし…命だって……」
命というのは、少女の加護の前の持ち主の事だろう。
「小さいのに、色々と大変なんだな……夢とかもあっただろうに…」
「夢……ですか……」
少女は少し考えた後、マコトにこう言った。
「私の夢は、大人になるまで生き続けることです…」
「っ! ……」
それは、マコト達にはとても簡単な事であっても、この少女にとっては叶うことのない夢であった。
「この病は、どんな魔法でも直すことができなくって……多分、私の命もそう長くはないと思います……今まで神様は、私の事を見捨ててばかりでした……それでも、嫌なことをずっとずっと我慢していれば、いつかは誰かが助けてくれるって、そうお母様に言われたんです」
包帯の上からでは少しわかりにくいが、少女は笑っていた、きっと少女にとって、母親は大切な存在だったのだろう。
「まぁその言葉を信じて今まで生きてきたんですけど、いまだにいいことなんて一つも起こったことはありませんけどね……」
「……」
マコトは、少女の話を静かに聞いている。
「私の事を助けてくれる神様なんて…どこにもいないのでしょうか……」
先ほどの笑顔とはうってかわり、今度は今にも泣きだしてしまいそうな顔をしていた。
すると、何やら外が急に騒がしくなってきた。
「なんだ?」
「ちょっと待ってくださいね…妖精さん、お願いします……」
少女はマコトには見えない妖精に向かってそういった、そして少しすると、少女の顔が険しい顔になった。
「……どうしたんだ?」
「人間族が…襲ってきたようです……」
「なんだって!?」
窓の外を見ると、確かに人間の姿をしたやつらが暴れまわっている。
「どうしてここに……」
「今まで襲ってきたことはなかったのか?」
「……はい、ここにはお父様の力で、他種族が故意に侵入することは不可能なんです……貴方はここらを彷徨っている間にうっかり入ってきてしまったようですが……」
「うぅ……」
すっかり忘れてしまっていたが、マコトは今絶賛迷子中である、早く帰らないとクロエを心配させてしまう。
すると、家のドアが勢いよく開いた。
そして入ってきたのは……
「おや? どうやら先客がいたようだな」
恐らく先ほど侵入してきた人間族の内の一人だろう。
右手に持っている剣には決して少なくはない血がついている。
「ひっ」
「おや? お前まだ殺していないのか? あぁ、それともこういうやつがタイプなのか、全く……女共で遊ぶのもいいが、こいつはちと趣味が悪いんじゃないのか?」
入ってきた男は、魔族の事を、ただのおもちゃとしか思っていないようだった。
「お前……」
「ん? どうした? お前も今回の襲撃についてきたんじゃないのか?」
「お前らなんかと一緒にするんじゃねぇ、この偽人間どもが……」
「偽人間? ……もしかしてお前、本物の人間族か? それに、どうやら私たち『神の使徒』の事も知っているようだな……」
この偽物たちは、自分たちの事を神の使徒と呼んでいるようだ。
「やれやれ、まさか情報が漏れてしまっているとはな……悪いが、このことを言いふらされてしまったら計画が台無しになってしまうんでなぁ……そこの『化け物』諸共死んでもらおうか……」
「お前ぇ!!」
男が少女を見て化け物といった瞬間、マコトの怒りが頂点に達した。
「フルインヴァーク!!」
次の瞬間、周囲が光に満たされた。
「なっ、なんだこの力は!?」
「っ!?」
二人とも、マコトが急に光に覆われたことに驚いているようだ。
そして……
「二度とその口を開くな…」
マコトは、金剛色の瞳で男を睨みつけ、魔法を発動した。
マコトの左手に徐々に青白い光が集まっていく、そして……
「死ねよ……くそ野郎が……」
常人ならば一撃で死をもたらす、絶大な威力を持った雷撃が放たれた。
その雷撃は一瞬で男を包み込み、後には何も残っていなかった。
「っ……」
少女は、驚きのあまり呆然としてしまっている。
「……大丈夫か?」
「は、はい! 大丈夫……です」
「わりぃ、驚かせちまったな」
「……その、どうしたんですか? 姿も……能力値も変わっているようですけど……」
「あー、まぁ色々あってな、それより……」
結構重要そうなことなのに、あっさりと脇に置かれてしまった。
「実は俺…俺たち、今魔族の王都へと向かっている途中なんだ」
「……王都へ?」
王都という名を聞いた瞬間、少女の顔が暗くなった。
「あぁ、それでなんだけど……お前も一緒に来ないか?」
「……え?」
「ぶっちゃけ、俺たち魔族の領土どころか、魔族がどんな奴らかさえ分からないんだよ、だから、お前に教えてほしいなぁーって思ってさ、お前なら俺たち相手でも平気そうだしな」
「で、でも……」
「別に、それだけが理由じゃないんだけどな」
「……道案内以外の理由?」
「ああ……お前、家族に会いに行ってみないか?」
「っ!?」
「大好きだった家族に会うことのできないまま一生を終えるなんて嫌だろ?」
「……王都に戻ったら……また嫌なことを言われる……」
少女は、今の見た目の事で散々な目にあってきたようだ。
「……なぁ、お前はさっき、自分を助けてくれる神様なんていない、っていったよな?」
少女は今まで、不運な人生を送ってきていた、病に苦しみ、事故にあって大やけどを負った、そのあとも周囲の人々に、たくさんひどいことを言われてきた。
「……私は、神様に見捨てられてしまったんです…私を助けてくれる神様なんて……この世界にはいないんです……」
「それなら、俺がなってやるよ」
「……え?」
「俺がお前を助ける、俺が、お前にとっての神様になってやるよ」
そしてマコトは少女に向かって手をかざした。
すると、少女の体が優しい光に包まれていく。
「あたたかい……」
光が少女の体を完全に包み込み、少しすると、その光は徐々に薄れていった。
そして……
「ほら、目を開けてみろよ」
「え?」
少女は重い病にかかり、一生その目で物を見ることは出来ない体になってしまった。
それでもマコトは、目を開けてみろという。
少女は、マコトに言われたとおりに自分の目に力を入れてみる。
すると……
「……うっ……眩しい…」
その感覚は、もう一生味わうことができないはずの感覚だった。
少女にとって、見るという行為は、死んだ者が生き返るのと同様に不可能な事だった。
それなのに今、少女の紅玉の瞳には、確かに人間族の少年の姿がうつっている。
「どうして……二度とできないと思っていたのに……」
「それだけじゃないぜ?」
するとマコトは、少女の顔に巻き付いている包帯を外した。
「あ……」
そして、この前クロエから渡されて、ポケットの中に入れっぱなしにしてあった小さな手鏡を渡した。
そこには、火傷の後なんて一切ない、可愛らしい少女の顔があった。
「これなら、王都に戻ったって誰も文句は言わないだろ?」
少女の瞳からは、涙があふれ出ていた。
「よかったな、ほらな、今まで生き続けてよかっただろ?」
マコトは、少女に向かってにっこりと笑った。
「はい……ありがとう……ございます…」
少女は泣きながら、マコトの目をしっかりと見つめてそういった。
「よしっ……あぁそうだ、外の奴らも片づけてこねぇとな……お前はここで待っていてくれ、またあとで来るから……」
そういってマコトは出口の方へと向かっていった。
最も、その出口も先ほどの雷撃で吹き飛んで行ってしまっているが……
すると少女が、外へ出ようとしているマコトを呼び止めた。
「あ、あのぉ!」
「ん? なんだ?」
(まさか、出口壊したこと怒ってるのか? ……)
だが、その予想は外れたようで……
「その……貴方の名前を、おしえて頂けませんか?」
「あぁ、そういえばまだ名乗っていなかったな……」
そしてマコトは少女の方へ振り返り……
「俺の名前はミカナギ・マコト、通りすがりの人間族だ」
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