第一話 絶望の修学旅行

「みんなぁー、ちゃんと荷物はもったー?」


ここはとある空港、高校二年生の秋、今日は人生で最もウキウキするビッグイベントが始まる日。

そう、『修学旅行』だ。


「いやぁー、楽しみだなぁシンガポール」


大勢の生徒達の中で、そう口にした少年の名は、御巫ミカナギ 誠マコト

日本人特有の黒髪に黒い瞳、そして十七歳の平均身長よりちょっと高めな身長、水泳部に所属しているため、全体的にやや筋肉質な体つき。白黒のスニーカーにベージュのチノパン、そして白いTシャツに黒いフルジップパーカとややおしゃれ目な恰好をしている。


「自由の女神とかあるかなぁ!」


「馬鹿! それはニューヨークだよ! シンガポールっつったら普通マーライオンとかだろーが!」


「あれぇ? そうだっけ?」


隣でコントのようなものをしているのは、誠の親友の、優助ユウスケと海斗カイトである。

優助は天然馬鹿で、いつものほほんとしている。

海斗は成績優秀、運動神経抜群、その上イケメンと、百点満点な男である。


「ねぇ誠!飛行機って乗ったことある?」


「いや、乗ったことねぇよ、俺んちそんなお金ないし」


誠はわけあって母方のおばあちゃんの家に住んでいるため、あまりお金をもっていない。

今回の修学旅行も、誠は、おばあちゃんを苦労させまいと反対したのだが、友達全員と旅行なんて人生に一度きりかもしれないんだから、行ってきなさいと言われて、渋々やってきたのだ。


「じゃあ海斗は?」


「僕は一度だけ、父さんの仕事の都合で一時海外に住んでいたことがあったからね、というか、この話は前もしたことがあったと思うんだけど?」


「んー?そうだっけ?」


優助はあっけらかんとしている。


「はぁー……」


海斗は深い溜息を吐いた、優助の天然ぶりにはもう慣れている。


「ほら二人とも、さっさと行くぞ」


「うん!」


「へいへい」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




飛行機に乗り込んだ誠たちはさっそく席に座って雑談をし始めた。


「ん、そういえば優助、お前高所恐怖症だったよな、なんで窓際に座ってんだ?」


誠は以前部活のおかげで運動能力が上がったと、調子に乗って木に登り、降りられなくなった優助を知っている。


「大丈夫だよ、高所恐怖症っていったて、下を見なければいいんだもん」


「ふぅーん……」


すると、機内アナウンスが流れ始めた。


『皆様おはようございます。本日は○○○航空をご利用くださいまして誠にありがとうございます。この便は△△航空✕✕便シンガポール行きでございます。お座席にお座りの際は、座席ベルトをおしめ下さい。お手荷物は、前の座席の下、または頭上の物入れにお入れください。壊れやすい物、水の出やすいお荷物は……』


「どうしよう、二人とも、急に緊張してきたよ、大丈夫かなぁー、空中で事故ったりしないかなぁー」


そういう優助の顔は、少し青ざめている。


「大丈夫だよ優助、飛行機事故が起こる確率は0.0009%と言われているからね」


「本当? じゃあ大丈夫かなぁ?」


「ああ、飛行機は車なんかよりも何百倍も安全だからね! それに日本はこういうところはしっかりしているから、絶対に落ちたりなんかしないよ! もし、本当に事故ったりしたら、みんなの前で裸で踊ってやるよ!」


「海斗がそこまで言うんだったら、絶対に大丈夫だね!」


おい二人とも、それじゃあ完全なフラグだぞ、と言いかけた誠だが、ここはぐっと我慢した。

これを言ってしまったら本当に事故が起こる気がしたからだ。


『皆様、まもなく離陸いたします。座席ベルトをもう一度お確かめください』


「おぉー、ついに来たな」


誠にとっては初めての経験なのでとてもウキウキしている。


ゴクリッ


優助がつばを飲み込む音が聞こえた。


(いや漫画かよ)


そんな誠の心の中の突込みとともに、飛行機は空へと飛び立った。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




飛行機が青空へと飛び立ってからしばらくたった。


「わり、俺ちょっとトイレ行ってくる」


そういって誠は席を立った。


「うん、行ってらっしゃい!」


優助に見送られて、誠はトイレがある方へと歩いていく。


そのときだった。


ドカーンッ!!


機体が大きく傾いた。

それと同時に、機内にまるで巨大な掃除機に吸い込まれるかのような突風が生じた。

なんと、機体に穴が開いていたのだ。


「っ!? なんだ!?」


とっさに近くの座席をつかもうとする誠だが突風はすさまじく。

誠は空へ放り出されてしまった。


(嘘だろ……)


外は凍えるような寒さでだんだんと誠の意識を奪っていく。

周りには自分と同じように空へ放り出されてしまったクラスメイト達の姿が見える。


(死ぬ……のか……?)


誠はもう、どうあがいても無駄だと悟った。

でも、できることならば、まだ生きていたかった。



――死にたくない……


叶うはずのない願いを心の中で呟き、誠は、そのまま意識を失った。


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