第十七話 寝坊助

目が覚めると、そこは見覚えのある部屋だった。

辺りは既に暗くなっており、明かりの入らないこの部屋は真っ暗である。


「……誰もいねぇ」


マコトは今ベッドの上にいた、あの少女が寝ていたベッドである。


「クロエの時みたいなのを期待してたんだけどなー」


マコトが初めて全能の加護の力を使ったとき、目が覚めると傍らにはクロエが眠っていた。

別に心配を掛けさせたいわけではないのだが、何というかこう……俺の事をそんなに大事に思ってくれているのか……みたいなのが欲しいのだ。


「……なんか寂しいな」


すると、部屋(とはいってもこの家には一部屋しかないので正確には玄関)の扉が開き、部屋の中に光が差し込んできた。

そして現れたのはあの少女だった。


「っ! ……」


少女は目を見開いてマコトを見ている。


「……」


少女は何も話しかけてこないので、マコトも黙ってじっと見つめる。

しばしの間沈黙が流れ、しびれをきらしたマコトは少女に声をかけた。


「……よっ」


「きゃああああああああ!!」


少女は叫び声をあげながら勢いよく扉を閉めた。


「……は?」


暗闇の中、マコトの間の抜けた声が響いた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ったく……人を見るなりきゃあはねえだろ」


天井からぶら下がるライトにより、部屋の中は明るくなっている。

勿論この世界には電気が存在しないため、光っているのは魔鉱石だ。

……え? 雷だって電気じゃないのかだって? ……そこは何か、異世界だから仕組みが違うのだよ。


「す、すいません……ついびっくりしてしまいまして……」


少女はベッドの隣に置かれた椅子に座っている。


「にしても四日かぁ……やっぱり乱用すると動けなくなる時間も増えるのか」


何でも、マコトは四日の間眠っていたらしく、この少女はマコトの事をずっと心配してくれていたらしい。

自分の体が治った事を村の皆に知らせると、村の人たちは大いに喜び、パーティーまで開こうとしたらしい。

でもこの少女はそのパーティーの誘いを断り、命の恩人であるマコトの傍にい続けた。

途中クロエが村にやってきて、村の人々はパニックに陥ったそうだが、マコトの仲間だと知った途端歓迎してくれたんだとか。

そしてクロエからマコトの事を聞いた少女は、マコトが暫くすれば目が覚めると知り、目が覚めた時に今度こそパーティーを開くための準備にいっていたらしい、準備がある程度終わり、家に帰ると、四日間も眠り続けていたマコトがむくっと起き上がり、暗闇の中こちらをじーっと見つめていたので、怖くて逃げだしてしまったらしい。


(……確かに、想像してみると少し怖いな)


「本当に申し訳ありませんでした……」


少女はマコトに向かって頭を下げた。


「ああいいよいいよ、多分俺でもびっくりしただろうし」


暗闇の中、こちらを何かがじーっと見つめていたら誰だって怖いだろう。


「ほ、ほんとですか?」


そう言って少女は頭を上げた。


「あ、そういえば結局名前聞いてなかったよな?」


「そういえば……」


少女は椅子から立ち上がり、コホンッとしてから自己紹介を始めた。


「えー、私の名前はシエラ・ザハーロヴナ・メレフ、シエラって呼んでください!」


シエラは目をキラキラさせながらマコトを見ている。


「お、おう、よろしくな、シエラ」


マコトが名前で呼ぶと、シエラはなぜか頬を赤らめて後ろを向いてしまった。


「お、おーい? シエラ?」


『ふむふむ……どうやら既におちているようだね」


(はぁ? 何の話しだよ)


『やれやれ、君は乙女心というものを理解していないねぇ……』


(はぁ? 乙女心? ……まさか……いやいやいや、ないないない)


『いやいやいや、あるあるある』


マコトとユピテルが楽しく念話していると、玄関の扉が開いた。

そこに現れたのはクロエだった。


「あ! マコト!」


クロエは、マコトの姿を見るなり駆け寄ってきて思いっきり抱き着いた。


「ぐはっ」


なかなかのスピードで突っ込んできたので、中々にダメージをくらった。


「ク、クロエ……苦しい……」


クロエは、マコトを絞殺さんばかりにギュウッと抱き着いている。


「バカ!」


クロエは大きな声でそう叫んだ。


「っ……」


「マコトのバカ! どれだけ私が心配したと思ってるのよ! 武器も持たずにどっか行っちゃうし、やっと見つけたと思ったらまた眠っちゃってて……」


気付けば、クロエの瞳には涙が浮かんでいた。


「加護の力を使いすぎると、マコトの体が壊れちゃうって……あれだけ使っちゃダメだって言ったのに……どうして……どうしてまた……」


「……」


「水汲みから戻ったら、マコトがいなくて……しばらく待ってても全然帰ってこなくて……」


クロエは、マコトを抱きしめながらただひたすらに泣いている。


「マコトが死んじゃったら……私……」


クロエにとって、マコトは唯一何でも話すことのできる相手だった。

たとえ出会ってからの期間が短くとも、クロエはマコトの事を大切な友達だと思っていた。

悩んでいるときは一緒に悩み、楽しいときは一緒に笑う、マコトはクロエの事を、お姫様でも騎士隊長でもなく、ただ一人の女の子として扱ってくれた。

だから、マコトを失うことは、家族を失うのと同じくらいに辛かった。


「私を……一人にしないで……」


母親は死に、父親は忙しくて滅多に話すことは出来ない、マコトという存在に出会うまでは、一人でいてもなんら気にならなかった、しかし、今のクロエは一人でいることに恐怖を覚えるようになっていた。

もしかしたら、また大切な人がいなくなってしまうかもしれない、そんなことを考えるようになっていた。


マコトは、クロエの頭を優しく撫でた。


「悪いな、お前を一人にさせちまって……」


クロエは、マコトを抱きしめたまま泣いている。


「やっぱり、俺は無能だよ…ネズミを追っかけてたら迷子になるし、たまたま見つけた村は魔族の村で滅茶苦茶追いかけられるし、使うなって言われた加護の力も使っちゃうし……挙句の果てには女の子に心配を掛けさせる…ほんと、自分の無力さに笑えて来ちゃうよ」


マコトは、クロエの頭を撫でながら苦笑いを浮かべた。


「俺は無能だから、誰かの力を借りなくちゃ生きていけない、それどころか最低ランクの魔獣さへ殺せない……ユピテルには、皆の事は俺が守るなんて言っちゃったけど、実際には守られてばっかりで……」


全能の加護も、自分の力ではない、あの時たまたまユピテルに見つかっていなければマコトは既に死んでいる。

この世界に来る前だって、祖母や友達に支えてもらったから、もう一度学校に通い始めることが出来た。


「俺は、誰の力も借りずに一人で戦うなんてかっこいいことは言わない、むしろ、毎日助けてー! って叫んでるような奴だ」


マコトはとても優しい声で語りかけている。

シエラまでもが、マコトの話に耳を傾けていた。


「だから、俺はそういうやつらの気持ちがわかる、クロエのことも、世界中の人々の事も守ってあげたい、だから……」


クロエは顔を上げ、じっとマコトの瞳を見つめている。


「俺が本当に苦しくなった時は、お前が俺を助けてくれ……俺がお前を助ける、そして今度はお前が俺を助ける、それでWin-Winだ」


マコトは、クロエに向かって二カッと笑った。


「……うん」


クロエの翠玉色の瞳からは、いまだに涙がこぼれ落ちている。


「私が、マコトを助ける……」


「おう、じゃんっじゃん助けてくれ、助けすぎてもおつりは返ってこないから覚悟しとけよ?」


「もう……バカ……」


二人は見つめあいながら、ニコッと微笑みあった。





『うんうん、青春してるねぇー』


(お前は黙っとけ)



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



家の外に出ると、夜なのにも関わらず、村の人々が集まってきていた。


(おぉ、なんかこうしてみると結構な数いるんだな……)


マコトが村の人々を助けて回っていた時、ほとんどの村人たちがばらけていたため、あまり大勢いるようには感じられなかったが、一か所に集まるとかなりの人だかりになっている。

すると、立派な髭を生やしたいかにも村長って人が出てきた。


「あんたが、この村を救ってくれた人間族か?」


「あー……多分そうだと思います」


マコトとしては、あまり村を救ったという実感がなかった、ただ魔族を襲っている奴らを片っ端からボコっていただけの事である。

それでも、傷ついた村人を回復させたりしていたので十分救ったといえる。


「ふむ……」


村長は髭を触りながらマコトの事を見つめている。

すると……


「お兄ちゃん!」


「ん? あっ、あの時の……」


駆け寄ってきた少女は、マコトが助けた親子の女の子だった。


「お兄ちゃん! これ上げる!」


そういって女の子が差し出したのは、二本の真っ白なリボンだった。


「リ、リボン……」


マコトに女装の趣味なんてないので、正直いらない。


「え、えっとー……」


「受け取ってあげなよ、せっかくのプレゼントなんだから」


「あ、あのなぁクロエ俺は別に……」


「お兄ちゃん?」


女の子は、目をウルウルさせながらマコトを見つめている。


(うっ……なんだこの半端ない罪悪感は……)


「はぁー、分かった、受け取るよ……ありがとな」


マコトはニッコリと笑って可愛らしいプレゼントを受け取った。


「えへへー」


無事プレゼントを渡すことのできた女の子は、恥ずかしそうに頬を赤らめている。


「またね! お兄ちゃん!」


「おう」


小さな女の子は、奥の方でソワソワしながらこちらを見ていた父親の元へ帰っていった。

すると、先ほどまで黙っていた村長が口を開いた。


「ふむ……まさかあの子がなつくとはな……」


「それは、どういう事ですか?」


マコトがそう聞いた瞬間、村長の顔が少し暗くなった気がした。


「実はのぉ、あの子の母親は、この村に結界がはられるよりも前に起きた襲撃で、人間族に殺されてしまったんじゃよ……」


「っ!!」


人間族というのは使徒の事だろう、しかし、見た目は完全に人間族なので、普通怖がるはずだ。


「どうりで……あの子の近くに母親らしき人がいないわけだ」


「その上、あの子は慈愛の加護という加護を授かっておってな、相手が善良な者か邪悪な者かを見分ける力があるんじゃよ」


そしてその力を持つものがマコトになついた、ということはつまり……


「お主が善良な人間である事を認めよう、明日、お主を称えるための宴を行う」


すると、周囲の村人たちが急に盛り上がり始めた。


「「「イヤッホ―――ウ!!」」」


(お、おぉー、村の人たち宴って聞いた瞬間急にテンション高くなったな)


「やっぱり、一回来てみるもんだな……どうだ? 迷子もなってみるもんだろ、クロエ」


「もう! 全く反省してないじゃない! この寝坊助さん!」


「お、おい! 俺は別に眠りたくって寝てるわけじゃ……」


「ちゃんと反省してください! 私、すっごく心配したんだから! 大体マコトは……」


(やべっ、また説教が始まる)


長ーい説教を予知したマコトは、一目散に逃げだした。


「あ! ちょっと! 待ちなさい!」


「待つもんかー! 長ったるい説教は嫌いだー!」


またまた、マコトとクロエの鬼ごっこが始まるのであった。


「ふふっ」


そんな二人の様子を見て、シエラはニッコリとほほ笑んだ。







この後、クロエに捕まったマコトがこっぴどく叱られたのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る