第十六話 適応力・心
気が付くと、マコトはまた真っ白な空間にいた。
「やぁ、こうして会うのは久しぶりだね」
目の前には、やはり青髪のチビ(一応神様)がいた。
「うーん、そうでもない気がするんだけど……」
「あはは、確かにそうかもね」
実は、王都を出て三日目の、近くに村がなくて初めて野宿をした日。
運悪く魔獣の群れが襲い掛かってきて、焦ったマコトは全能の加護の力を発動してしまったのだ。
「いやーあっははー……あんときはクロエにマジで説教されたからな……」
「まぁ、Lvが低いうちは乱用すると君の身体が壊れちゃうって知れば、心配して怒るだろうねー」
全能の加護の力は強大で、本来使えないはずの最上級魔法が使えるようになってしまうのだ。
その上、身体能力も格段に跳ね上がり、普段ならば到底出すことのできない驚異的な力を身につける。
効果が切れた瞬間に意識を失ってしまうのはそれが原因でもある。
自身の限界を超えた運動は体にとても悪く、マコトが元いた世界でもランニングのし過ぎは寿命を縮めるといわれていた。
「全く……これからはクロエを心配させないように気を付けないと……とか言ってたわりにはなかなかのペースで使ってるじゃないか」
「うぐっ……こ、今回はしょうがないだろうが! 多分、使わなかったら村の皆もあの子も死んじゃってたんだから」
村に攻め込んできた使徒達は、最初はマコトの事を仲間だと思っており、いきなり攻撃してくるようなことはなかった。
逃走が特技であるマコトにとって、襲い掛かっても来ない奴らから逃げるのは簡単な事であったが、村の人たちを放って逃げるなんてことは、マコトには出来なかった。
「はぁー……まぁでも、今回はお手柄だったよ」
「……というと?」
「君が助けたあの少女、あの子には、僕が探してる神々の内の一柱が封印されていたようだったからね」
「えっ、まじで?」
「うん、まじで」
「……なんか、意外とあっさり見つかったな」
これといったでっかいイベントがあったわけでもなく、たまたま近寄った村にたまたまいた。
かなりあっさりと見つかってしまったせいでこれといって感動がない。
「まぁでも、こんな小さな村にいたっていう事は、他の神達もこういった小さな村に隠れてるかもしれないってことだからね……この先の旅、本当に隅々まで探索しないと一生見つからない可能性があるよ?」
「そうだよなー、全員見つけたころにはクロエも俺も80歳になってたとかマジで笑えねーぞ」
「ほんと、世界は広いからねー」
ユピテルはまるで人ごとのように話している。
(お前が創った世界だろうが……)
「あ、そういえばさ、夜になると星が見えるだろ? まさか他の星にまで探しに行かないといけなかったりするのか?」
そもそも世界とは、マコトが今いるここの事をいっているのではなく、ここを含めた全てのものの事をいう、月や太陽が存在している以上、他の星に生物が存在していてもおかしくはない。
そもそも、ここは異世界なのだから星という概念が存在するかも微妙だが。
「あぁ、そのことなら大丈夫、ここ以外には生物は存在してないから」
「本当か?」
「本当だよ、この世界の神である僕が言うんだから間違いないさ」
「でも今はケイオスがこの世界を支配してるんだろ? だったら世界の仕組みが変わっていてもおかしくないんじゃないか?」
「それは……ま、大丈夫でしょ」
「軽いなおい!」
なんとも能天気な神である。
「まぁまぁ……あ、そうだ、そろそろ本題に入らないとね」
「え? 探してた神の内一柱が見つかった、ていう話じゃなかったのか?」
「うん、今回はマコト君の特技について話そうと思っていてね」
「俺の特技?」
マコトはこれまで何回か自分の特技を確認しているが、最初と比べて変わったところはない。
「まず、君に聞きたいことがあるんだけど、君はさっき、人を一人殺したね? 実際に人を殺してみて何か感じたことはなかったかい?」
マコトは先ほどの戦いで、少女の事を化け物と呼んだ男を殺した。
この世界での戦いにおいて、人を殺すなんてことは当たり前の事かもしれないが、マコトが暮らしていた時代において、少年が人を殺すなんてことはあってはならないことだった。
「あー……言われてみれば、特に何も感じなかったな……でも、あの時は俺も怒ってたし、人を殺したといっても直接ナイフとかで切ったわけでもないから、あまり実感がわかないだけじゃないのか?」
マコトからすれば、ちょっと雷をイメージして手をかざしたら目の前からむかつくやつが消えた、ただそれだけの事であった。
「それが、君の特技である『適応力』の怖いところだよ」
「怖いところ?」
「うん……まず、適応力には、心、技、体の三つの種類がある、心は精神に関するもの、技は剣術や体術などの技に関するもの、体は毒の耐性や麻痺の耐性などの体に関するもの、君の持っている適応力・心という特技は、精神に関するものの事だね」
適応力・心、精神に関するものに適応する能力をもつ、マコトが異世界に来ても特に慌てたりしないのはこれも関係している。
「どんなにショックな出来事が起きても、少しすれば適応してすぐに前を向くことが出来る、これを聞いただけだとただの便利な能力に思えるかもしれない、ただ、それは同時に恐ろしいことでもあるんだ」
「というと?」
「それはね……目の前で大切な人が殺されても、涙を流すことが出来ないという事なんだ」
「っ!」
「君はもう既に、色々な死を経験してきた、今回人を殺しても何も感じなかったのは、死というものに、君の心が適応してしまったからなんだ」
マコトはこれまで、家族や友達等の様々な死を経験してきた。
それでも、悲しいと思わなかったことはなかった。
「そんな……だって俺は……」
「それじゃあ聞くけど、君はこの世界で親友が死んだとき、涙を流したのかい?」
「っ!!」
それは恐らく、ユウスケの事をいっているのだろう。
マコトは目の前で、大切な親友を失った。
「流さなかった……だろ? 君は大切な親友が死んだとき、少し悲しいと思っただけで、涙なんか流さなかっただろう?」
「くっ……」
図星だった。
確かにユウスケの死を知ったとき、悲しいとは思った、悲しいとは思ったのだが、涙を流すほどのものには感じられなかった。
両親を失い絶望に陥った時、いつも明るく励ましてくれた大切な親友、その親友が死んでも、マコトは涙を流さなかった、流すことが出来なかった。
なぜなら、それ程までに悲しいと思わなかったから。
「今の君にとって、死とは当たり前の事となってしまっている、やがて、悲しいとすら思わなくなってしまうかもしれないね」
「そんな……」
大切な人を失ったとき、その死を悲しむことすら出来ない、そんなもの、心を持たない人形と同じである。
「きっとこの先、君の周りには様々な災難が降りかかるだろう、そしてその度に誰かが死ぬ、それが大切な人であっても、それを悲しむことすらできない……本当に、恐ろしい特技だよ」
「……」
マコトは、静かにユピテルの話を聞いている。
「もう一度確認するけど、君はそれでも旅を続けるのかい? 僕としては、後になってやっぱり嫌だ、なんていう生半可な気持ちの奴とは旅を続けたいとは思わない、君には、大切な人が死んだとしても、めげずに旅を続ける意思があるのかい?」
「……」
マコトは腕を組み、何かを考えているようだった。
「……」
ユピテルも、マコトが答えを出すまで静かに待つつもりらしい。
それからしばしの間沈黙が続くと、マコトが目を開いた。
「どうやら、答えが出たようだね」
「……あぁ」
「それじゃあ、君の答えを聞かしてくれるかい?」
そしてマコトは、ゆっくりと口を開いた。
「俺は……旅を続けるよ」
「例え、あの子達が死んでしまったとしてもかい?」
あの子達というのは、きっとクロエやあの少女の事をいっているのだろう。
大切な人たちが死んでも、涙を流すことが出来ない、それどころか、その死を悲しむことすらできない。
ただ、それならば答えは簡単だ。
「死なせなければいい」
死なせなければ、涙を流せなくて辛くなることだってない。
「……この先、様々な戦いがおこる、それでも、あの子たちが死なないという保証はないと思うよ?」
「この先色々な戦いが起こり、皆が死ぬかもしれない……それなら、俺が皆を守ってやればいい」
「……」
例え、加護の力がないとろくに戦うことが出来ない無能でも、やれることならいくらだってある。
「俺には、囮の才能があるみたいだからな、皆が死神に襲われたら、俺がその死神を引き付けて遠ざけてやるよ」
マコトはニコっと笑った。
「……それで、自分が死ぬことになったとしてもかい?」
「いやいや、俺は死なねーよ、例え死神に追っかけられても、逃げることには自信があるんでな」
「……逃げ切っちゃったら囮の意味がないんじゃないのかい?」
「あっ……」
かっこいいことは言っても、そういうところは抜けているマコトであった。
「じゃ、じゃあちょうどいい距離を保ってだな……」
「はぁー、もうその話はいいよ」
ユピテルはすっかり呆れてしまっている。
「うっ……で、でも、クロエ達の事をちゃんと守るっていうのは本当だぞ!?」
マコトの皆を守りたいという気持ちは本物である。
「ふふっ……」
ユピテルはマコトをみて微笑んだ。
「な、何がおかしいんだよ!」
「いやいや、何でもないよ……」
「な、なんだよその可愛らしい幼児を見るような目は……」
マコトはユピテルに向かってブーブー言っている。
「……それよりも、君は早く戻らなくていいのかい? どうやら、クロエもきているようだよ?」
「え!? まじで!? クロエも来てるのか!? ……やべぇ、また怒られる……じゃあな! ユピテル!」
そう言ってマコトはこの真っ白な空間から姿を消した。
真っ白な空間にはユピテルだけが取り残されている。
そして……
「ミカナギ・マコト……本当に面白い子だな」
ユピテルは、とてもやさしい表情でそう呟いた。
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