第十話 襲撃

「おいおい嘘だろ」


先ほどまで王城を取り囲んでいた魔族の大群の内、半分ほどが王都中に散らばり始めた。

もちろんマコトがいる方にもかなりの数がやってきている。


「マコトくん! 早くギルドの中へ!」


「ヴィオラさん!?」


ヴィオラは何処から持ってきたのか、右手に黒い刀のようなものを持っている。


「で、でも」


「早く! あなたでは、あいつらには勝てない!」


「っ! ……わかりました」


マコトは冒険者ギルドの方へと走っていった。

ギルドの中へ入る手前で、マコトはヴィオラの方へ振り返った。


「ヴィオラさん……どうか、ご無事でいてください」


「ふふふ、大丈夫よ、黒夜叉の力、あいつらに見せてあげるわ」


ヴィオラの瞳が、まるで血に飢えた猛獣のように見えた気がした。


(……なんか、魔族の人たちの方が心配になってきた)


そしてマコトはギルドの中へと入っていった。

ギルドには、マコト以外にも避難してきた人が何人もいた。

ギルドの中にはAランク以上の冒険者もおり、もしもの時に備えて武器を構えている。


「……くそっなんだよ急に」


ギルドの中に避難してきた民達は皆、恐怖におびえている。


「あれ、マコトくんじゃないか」


そう声をかけてきたのは、受付にいたマルコだった。


「あ、マルコさん」


「ったく、魔族達が考えてることはさっぱり分からないよ」


王都イグニスは、厳重な警備により、魔獣や魔族などは、王都に近づいてくる前に討伐、または拘束されていた。

しかし今回の襲撃は、なんらかの方法により王都上空に一瞬で現れたという。


「……それは、瞬間移動でもしてきたということですか?」


「いや、その可能性は少ないと思う、転移魔法はとても高度な技術が必要で、加護の力でもないと使うことはできない、その加護もずっと昔に使ったものがいたという記述が残っているだけで、何百、いや、何千年も確認されたことはない」


「それがつい最近たまたま現れたっていうのは?」


「もしそうだとしても、転移魔法は一度言った場所にしか転移できなかったという記述が残っている、もし魔族が王都に侵入しようとすれば、近づいた時点で拘束される…仮に変装していたとしても、王様が張った結解でばれてしまうからね」


「じゃあ、人間族や獣人族とかが寝返ったっていうのは……」


「それもない、魔族は、基本他種族とは関わりを持たないようにしているからね、この前も魔族の領地に誤って侵入してしまった人間族を何人か処刑したという情報が入ったからね」


(魔族って相当ひでぇ奴らなんだな……)


クロエが言っていた、魔族を滅ぼさない限り、この世界に平和は訪れないというのは、あながち間違っていないのかもしれない。

するとその時、ギルドのマスターと思しき人物が、ギルドの関係者を招集した。


「ごめんマコトくん、ちょっと行ってくるね」


そういってマルコはギルドの奥へと走っていった。


「それにしても、何で急に王都を襲い始めたんだろう……」


クロエから聞いた話によると、ここ何百年は魔族は遠方の村を襲うだけで、王都の方には近づいてきたことはなかっという。


「そういえば、急にギルドの人たちを集めて、何を話してるんだろう」


なんとなく興味がわいたマコトは、招集が行われたギルドの奥の部屋に、そっと耳を近づけた。

そしてそこから聞こえてきたのは……


「……クロエが危ない!」


王城が危機的な状況だという知らせだった。

マコトは、すぐさまギルドの外へ飛び出していった。


「ちょっと君! 待ちなさい!!」


静止の呼びかけも気にかけず、マコトはただがむしゃらに走った。

途中、運よく魔族とすれ違わなかったマコトは、王城のすぐそばまでやってきた。

そして、驚愕の光景を目にする。


「あれはっ! ……」


それは、魔族の男が、クロエに向かって剣を振り上げている瞬間だった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



マコトと別れて仕事場に戻ったクロエは、隊長室で、部下たちに指示を出していた。

クロエは今、騎士の正装である真紅の衣装を身にまとっている。


「王都東方面のダンジョンで、冒険者達が負傷して身動きがとれないという報告がされてるから、あなた達は急いで向かって」


「「はっ」」


「それとあなたは、少し前に町で目撃されたという怪しい男について調べておいてもらえるかしら」


「はっ」


「それとあなたは……」


すると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「入っていいわよ」


「失礼します…実は、王城付近にいた民達から聞いた情報なのですが、王都上空に、何やら亀裂のようなものが見えるとのことです」


「亀裂?」


「はい、それも、その亀裂は徐々に広がりつつあると」


部屋の窓から外を覗いてみると、確かに亀裂のようなものが見える。

亀裂の辺りには、何事かと民達が集まってきている。


「わかったわ、ちょっと様子を見てくる」


今までに、こんな現象が起こったことはなかった。

空中に亀裂をつくるなんて言う魔法も聞いたことはない。


(いったい何なのかしら)


クロエは、亀裂を見つめてあれが一体何なのか考えている。

亀裂は今もなお広がりつつある。

すると、クロエの本能が、民達をここに近づけてはまずいと察した。


「あなた達、すぐに民達をここから……」


クロエが部下たちに向かって指示を出そうとした瞬間、上空にあった亀裂が強く輝きだした。


「っ!?」


そこにいた人々は、全員思わず目をつぶってしまった。

光が次第に弱まっていき、その中から現れたのは……


「あれは……」


「やぁやぁ愚かな人間諸君、元気に暮らしていたかな? だが……それも今日で終わりだ」


光の中から現れたのは、なんと魔族の大群だった。


「おや? そこにおられますのは人間族の姫様ではないか」


「っ!? なぜ私の事を!!」


魔族達は人間族の姫のことを知らないはずだ、なのになぜクロエが姫だと分かったのだろうか。


「さぁな、敵国のお前たちにわざわざ教えてやるほど優しくはないのでね……それよりも、人間族一の騎士殿はここにはいないのか、一度剣を交えてみたかったものだが……本当に残念だよ、はっはっは」


魔族の男は、ルドルフが不在なことを、まるで知っていたかのように笑っている。


「まさか……村を襲ったのは!!」


「ふはははは! こんな単純な罠に、ああも簡単に引っかかるとはねぇ、人間族一の男も、単純な男だったということだな」


「っく! なぜ今になって攻め込んできたというのだ!」


「さぁな、王の意思など私には分らぬわ、私はただ戦いたいだけなのでな……さてと、そろそろ戦を始めるとするか……」


男はすっと手を上げた。

そして……


「さぁ! 王都侵略の始まりだぁ!!」


その掛け声とともに、巨大な炎の塊が王城へ落ちた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



王城へ炎の塊が落ちた後、王都は悲鳴と雄たけびに支配されていた。


そしてクロエは、最初に喋っていた魔族のリーダーと思しき人物と剣を交えていた。

二人は高速で剣を振るい、互いに全てをはじき返していた。


「ほぉう、思ったよりはやるんだな」


「これでも騎士隊長をやっているんだから、そう簡単に負けたりしないわよ」


「そうか、では少し本気を出してみるとするか」


「望むところよ!!」


クロエは一瞬で間合いを詰め、男に剣を振るった。

しかし、男はその剣をはじき、クロエに向かって突きを放った、そしてクロエもそれをジャンプで華麗にかわし、今度は回し蹴りを放った、だが男はそれもかわし、クロエに向かって拳を放った。

その拳も当たることはなく、これまた華麗なジャンプでかわし、クロエは男から間合いを取った。

そしてすぐさま魔法を放ったが、相手も魔法を使ってきて相殺してしまう。


「ふむ、流石は騎士隊長ということか、面白くなってきたな」


「戦を楽しむっていうのは、私には理解できないわね」


戦が起これば人が死ぬ、それを楽しむなんてできるはずがない。


「……さて、本当ならばもっと戦を楽しみたいところなのだが、さっさと任務を終わらせろとうるさいのでな……お前たち、連れてこい」


そう指示された魔族達が連れてきたのは、クロエの部下である騎士達だった。


「なっ!?」


「そこらにいた騎士たちを捕まえておいたのだ、人質としてな」


「姫……すいません」


人質にされた騎士たちは、体中から血を流していた。


「どうだ、人間族の姫よ、お前が降伏すればこの者たちは助けてやろう」


「くっ……」


己の本能では、この交渉に乗ってはいけないと分かっている、でも、この交渉を断れば、間違いなく部下たちが殺される。


「……わかった」


「っ姫!!」


クロエには魔法を封じる特殊な鎖が付けられた。


「ほう、やはり仲間のために自らの命を捨てるか、ずいぶんと優しい姫様なのだなぁ……やれ」


男がそう言い放つと、クロエの部下たちを次々と殺していった。


「っ!? なぜ仲間たちを殺した!!」


クロエは男に向かって叫んだ。


「ふははははっ! 利用できるものは何でも利用する、それが戦というものだよ!」


「くっ! この外道め!」


「外道? 私は、そこらにいた、無能で何の価値もない愚か者どもを、私の計画に利用してやったのだぞ? むしろ、感謝されるべきだと思うのだがね?」


この男は、クロエの部下たちのことをただの駒としか思っていない。


「どうだぁ? お仲間さんを殺された気分は? 私の事が憎いかぁ? 憎いだろうなぁ、自らの命を捨ててまで守ろうとした者たちを、目の前で殺されたのだからなぁ」


「くっ!」


「さて、そろそろお前を弄ぶの飽きてきた……そうだ、家族達に何か言い残したいことはないか? …最も、その家族達も今頃、私の部下たちに殺されているかもしれんがな」


男は、不敵な笑みを浮かべながらそう言った。


「お前たちは必ず、我がフェイム騎士団がうち滅ぼす!!」


(たとえ私が死んでも、ルドルフ達が必ず成し遂げてくれる!)


「そうか……では、さらばだ、人間族の姫よ」


男は完全に息の根を止めようと、勢いよく剣を振り上げた。


(ママ……約束を守れなくて……ごめんなさい)


男が剣を振り下ろし、クロエが命をおとすと思われたその時、何者かがこちらに向かって走ってきた。


「やめろぉぉぉぉぉ!!」


「マコト!?」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



マコトの右手には剣が握られており、地面に引きずりながらこちらに向かってきている。


「来ちゃダメぇ!!」


そんなクロエの声も無視して、マコトは男に向かって剣を振り上げる。

しかし……


「……邪魔だ」


男は冷たくそう言い放ち、マコトを蹴り飛ばした。


「がふっ」


その蹴りは常人ではありえないほどの威力を持っており、たった一撃でマコトの意識がとびかけた。


「マコト!!」


「ぐぅ……」


マコトは口から血を吐き出している、おそらく内臓が破裂しているのだろう。

しかしマコトは、痛みをこらえて再び男に向かっていく。


「……」


そして男は再びマコトを蹴り飛ばした。


「がぁっ」


ろくに受け身もとることができず、マコトは地面をゴロゴロと転がっていく。

再び意識を失いかけたマコトだったが、立ち上がり、また男の方へと向かっていく。

だが、やはり蹴り飛ばされてしまい、再び地面を転がることとなった。

マコトは再び立ち上がろうとするが、足に力が入らない。


「もうやめてっ! マコト! 私の事はいいから! 早く逃げて!!」


マコトの体はもう血まみれで、生きているのが不思議なぐらいだった。

それでも、力の入らない足を無理やり動かして起き上がる。


「……なぜお前はそこまでしてこの女を助けようとするのだ、私には敵わないと分かっているだろうに」


「……約束…した……からだ……何かあった時…は…俺が……助けるって」


マコトは意識が朦朧とし、喋るのもやっとの状況だ。


「約束? お前はそんなことのために命を捨てるのか? お前は死にたいのか? それとも死ぬのが怖くないのか?」


男はボロボロになっても約束を守ろうとするマコトのことを不思議に思ったようだ。


「そんなの……死にたくねぇし……怖ぇに決まってん…だろ…」


「ではなぜこの女のことを助けようとする?」


「だから……いってんだろ…約束だって…」


マコトは、昔から約束はしっかりと守るようにしている、それが自分の命の恩人のものならなおさらだ。


「はぁ、全く訳がわからん、約束なんて自分の命を捨てる意味にはならないと思うのだがね、もういい、死ね」


男はゆっくりとマコトの方へと近づいていく。


自分にもっと力があれば、クロエを救うことができたのかもしれない、しかし、自分には才能も力もない、こんな状況でクロエを救うことなんて、マコトには到底出来っこない。


(俺は、どうしてこんなにも無力なんだ……母さんたちの時も……優助の時も……あいつの時も……)


マコトは、両親、親友、そして、若くしてこの世から亡くなった、もう一人の幼馴染の顔を思い浮かべた。


(力が……ほしい)


『君に、力を授けよう』


「っ!?」


それは、子供の声だった、だが、その声には子供とは思えないほどの威厳に満ちていた。


『君は、力が欲しいかい?』


「……欲しい」


『君はこの先、様々な災いに巻き込まれるだろう、それでも力を授かるという覚悟が、君にはあるのかい?』


「あぁ……皆を助けられるんなら……どんな災難だろうと……受けてやるよ……」


もう、誰にも死んでほしくない、皆に、自分と同じ苦しみを味わってほしくない。

家族を失う苦しみを、友を失う苦しみを。


『そうか、ならば力を授けよう……さぁ、唱えるがいい』


その瞬間、マコトの頭の中にある言葉が浮かんできた。

そしてマコトは、その言葉を静かに、されど、強い意志をもって唱えた。


「……フルインヴァーク」


その次の瞬間、天空よりマコトの元へ巨大な光の柱が放たれた。


「なっ!? なんだ!?」


マコトの少し手前まで来ていた魔族の男は、急いでマコトから距離を取った。


「マコト!!」


マコトは、突然現れた光の柱に飲み込まれてしまい、その姿が全く見えなくなっていた。


「っく、あの小僧いったい何を……」


そして光の柱が徐々に細くなっていき、一人の人物が中から姿を現したのは……


「さてと……今回は僕のサービスだ」



――一柱の神だった。



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