第二十二話 68点の人間

室内の人口密度の割には無駄に広い部屋の最奥にある玉座には、化け物が座っていた。


「あれぇ? 気のせいかな? 俺には玉座に化け物が座っているように見えるんだけど?」


「んもう! 化け物なんて失礼しちゃうわね! 全く!」


王に向かって化け物だなんて言ったら普通即クビちょんぱだと思うのだが、この化け物……おっと失礼……怪物は頬をプクーっと膨らませただけだった。


(うっわー、親子そろって怒ると頬膨らませるのね、シエラがやるなら可愛いけど、ゴリゴリのおっさんがやるとちょっと……)


怪物……魔王の容姿は、ハッキリ言って本当に化け物だった。

年はおそらく、人間族の王よりは若いだろう、マコトの頭二つ分くらい大きな身長に、鍛え抜かれたその肉体、王の割には奇抜なファッション、見るからに危険な顎の髭、そして真っ赤な髪に真っ赤な唇……誰がどう見ても怪物……おねぇだった。


「ねぇマコト、私は今幻を見ているのかしら、それともあの人は幻視石でもつけているのかしら」


「そ、そうだ! きっとあの人も幻視石をつけて……」


「もちろん、そんなものつけたないわよぉ、幻視石何てつけたら、私の可愛らしいお顔を誰も見られないじゃないの」


「いやいや、誰も可愛らしいなんて……」


「あ゛ぁ゛?」


誰も可愛らしいなんて思っちゃいない、と言おうとすると、魔王の口から急に男、いや、漢の声がした。


「いえ、何でもありません! とても可愛らしいお顔だと僕は思います! 思います!」


大事なことなので二回言いました。


「そ、ならいいのよ」


一瞬魔王から尋常じゃないほどの殺気が放たれた気がしたので、マコトはすぐさま謝罪した。

もちろんお得意の土下座で……


(土下座が得意な高校生……あぁ、俺はいつからこんな風になってしまったのだろう……)


きっとこの世界に来てからだ。

ふざけんなよ異世界、私を元の清らかな高校生に戻してください。


「マコトさん、大丈夫ですか? 大抵の人は初めて見ると衝撃で現実逃避するんですけど……」


マコトが馬鹿なことを考えていると、二人の陰に隠れていたシエラがひょこっと顔を出した。

すると……


「まぁっ!! シエラ!!」


久しぶりの娘との再会という衝撃で、元の? 父親の声になるかなぁと思っていたが、相変わらずおねぇ口調だった。


「……お久しぶりです、お父様」


シエラはぎこちない笑みを浮かべながら、父親の元へと向かっていった。

それと同時に、魔王も玉座から立ち上がって娘のもとへと駆け寄った。

そして河可愛らしい愛娘をギュウッと抱きしめた。


「うぅ……痛いですよぉ、お父様」


不満を口にしながらも、シエラの顔は笑っていた。


「よかった……本当によかったわぁ……」


二人は互いに、涙を流しながら、再開を喜びあった。

そんな二人の様子を、マコト達は少し離れたところから見つめている。


「やっぱり、家族の愛っていいよなぁ……」


「そうねぇ……私も昔、大泣きした時に、ああやって抱きしめてくれたなぁ……」


それが、今は亡き母親なのか、それともあのピュアば父親なのかはわからない、しかし、クロエは本当に愉しそうに笑っていた。


(やっぱり、助けたかいがあったな、なぁチビ)


『……』


(ん? チビ?)


いつもはマコトが呼び掛けたらすぐに反応するのに、なぜか反応が返ってこない。


(おーい、チビー、どしたー? ママのもとに帰りたくなっちゃったのか?)


『生憎、僕はそんなママ大好きっこじゃないよ』


(お、反応帰ってきた、どうしたんだよ急に?)


『いや……何となく胸騒ぎがしてきてね……』


(胸騒ぎ? 胸騒ぎってーと、やっぱりあれか?)


神の使徒による王都の襲撃、今回はマコトが戦いに加わる予定はないので、さっさと避難しなくてはならない。


『まぁそうだろうね……今の僕はアトロポスほど正確には察知できないから……全く、なんでこういう便利系の能力だけまだ使えないのかねぇ……』


(そりゃああれだよ、お前が使えちゃったら他の神様の需要がなくなるからだろうよ)


ケイオスは楽しいことが好きなようなので、こうやって仲間と助け合って世界を救うみたいなものを見たいのだろう。

ったく、そんなことするなら日本のテレビドラマか映画でも見てろっつうの。

そんなことを考えながらチラッとクロエの方を見ると、やはり緊迫した表情を浮かべている。


「クロエ、アトロポスになんか聞いたか?」


「うん……まだ少し時間はあるかもしれないけど、もうじき来ることに間違いはないって」


「そうか……」


一応、シエラに念話石で襲撃のことを伝えておいてあるので、王都の警備は万全であった。

もし空間の割れ目を見つけようものなら一瞬で砲弾、もしくは魔法の雨が飛んでいくだろう。

因みに民達には、使徒の襲撃とは伝えずに、時空を操る魔獣が現れたという嘘の情報を流し、もし空間の割れ目を見つけた場合はすぐさま非難するように、と伝えてある。


「じゃあ、一通り話し終わったらささっと避難しねえとな」


マコトは本当に加護の力がなければ何もできない、クロエに一人で頑張ってもらうのは少し複雑な気分ではあるが、本当に何もできないので仕方がない。


「……あのぉー……お二人さん? 空気ぶち壊して申し訳ないんでけれども、もうそろそろいいですかな? 割と時間ないんすよ」


感動の再会で抱きしめたいのは分かる、涙を流したいのもわかる、だが、ささっと話をつけて、ささっと避難しないとマコトが危ない、マジで危ない、一応保険としてアダマスの鎌を持ってはいるが、扱い方はクロエとちょっと練習したぐらいなので実戦経験は皆無だ。


「あら、ごめんなさいね……つい感動しちゃって……」


マコトに時間がないと言われた魔王は、愛娘を抱きしめるのをやめ、こちらに向き直った。

その隣では、シエラがまだ顔に涙の跡を残したまま立っている。


「そういえばまだ名乗っていなかったわね……私の名前はザハーロ・クリメントヴィチ・メレフ、ハーちゃんって呼んでね♡」


さっきまでの感動的な雰囲気をぶち壊しにする挨拶だったが、そこには触れないでおいた。


「っじゃ、ハーちゃん、早速なんだけど、避難場所教えてくれない?」


なぜ初対面の王様にこんなに馴れ馴れしく話しかけられるのかというと、クロエの父親と話していくうちに、王様は別に馴れ馴れしくていいというように勝手に適応してしまったからだ、そのせいでマコトはほぼ無意識にこうして話している。


「まぁそう焦ら無くていいじゃないのよ、別に避難場所に行かなくってもここで十分安全よ」


「王様と一緒ってだけで危険な気がするんだけど……」


「ん? それはどういう意味かな?」


すこーしハーちゃんの声が男に戻りつつある。


「い、いや! 王様って命狙われやすいじゃん! だから一緒にいると危ないんじゃないかなぁーって……」


決して、この怪物と一緒の部屋とかまじないわーと思ったわけではない。


「そう、ならいいのよ……そういえばあなた達、幻視石をつけているわよね?」


「は、はい、王都の方々は、あまり人間に対して友好的ではないと思いまして……」


そう答えたのはマコトではなくてクロエだった、さっきからマコトがが一人でハーちゃんとしゃべっていたため、クロエは全く王様と会話できていなかった。


「あなたがクロエちゃんね、幻視石をつけていても可愛いっていう事がすぐにわかるわぁ……ま、私の娘には敵わないけどねぇ」


そこは親、やはり娘のほうが可愛いのだ。

シエラはえへへぇと頬を緩ませている。この親子は随分と仲がいいようだ。

そしてなぜかクロエは少し悔しそうな顔をしている気がした。


「あ、えと……すぐ取りますね……ほら、マコトも」


そういって二人は幻視石を付けた腕輪を外した。

こうすることにより、周りの人物からは二人が元の人間族の姿に見えているはずだ。


「あらぁー、やっぱり二人とも人間族の姿の方がいいわよぉ」


「……陛下は……その……人間族を見ても何も思わないのですか?」


「だーかーら、ハーちゃんでいいって言ってるじゃないの」


「し、しかし……」


「リピートアフターミー、ハーちゃん」


「は、はーちゃん……」


「もっと元気よく! ハーちゃん!」


「ハ、ハーちゃん!」


「うん、それでいいのよ」


なんでこの世界にリピートアフターミーとか言う言葉があるんだよ。

とマコトは思ったが、何となく触れない方がいい気がしたので触れないでおいた。


「そ、それでなんですけど……は、ハーちゃん……人間族を見て、何も思わないのですか?」


少なくとも人間族であるクロエは、少し前まで魔族の事をひどく憎んでいた、平和を脅かす悪い奴ら、魔族を滅ぼして平和をもたらすために、クロエは己を鍛錬してきたのだ。

すると、ハーちゃんはそっけなくこういった。


「そんなの、何も思わないに決まってるじゃないの」


「……え?」


「だって、悪いことをしてたやつは本当の人間族じゃなくて、神の使徒とかいうちょっと痛い人たちなんでしょ? それなら、あなたたちを憎んだり、怒ったりする必要はないじゃない」


「そ、そうですけど……やはり、イメージは悪いんじゃないんですか?」


いままで魔族たちを散々苦しめてきたのは、偽物にしても、人間族の姿をしていたのだ。

やはりイメージはいい方ではないと考えるのが妥当である。


「うーん……」


すると、ハーちゃんは何か考える素振りを見せた後にこう言った。


「じゃあ、クロエちゃんに聞くけど、あなたは、母親を殺した奴らと同じ姿だからって、この子を殺しちゃうの?」


ハーちゃんがそういうと、シエラは心配そうな表情でクロエを見つめた。


「そっ、そんな!! シエラは私の大切な友達です!!」


クロエがそういうと、ハーちゃんはにっこりと笑った。


「ほらねぇ、あれが本物の人間族じゃないと分かった今、私の中では、あなた達とあれはそのぐらいの違いがあるの」


「……」


「確かに、あれが本物の人間族だと思ってた頃はあなた達のことを憎んだわ、どうしてこんな意味のないことをするんだろうって、でも、実際にこうやって話すと、本当はあなた達みたいな心の優しい人ばかりなんだって、シエラのことだって、こうして助け出して、私の所へ連れてきてくれたんだから……なにも、全員がそうじゃないこともわかってる、中には本当にあれみたいな人たちもいるのかもしれない、でもそれは私たちも一緒、生き物である以上、負の感情は湧き出てくるものよ……でも私は、そういうところも含めて、あなた達と分かりあっていきたいと思ってる……だから……一緒に頑張りましょう? ね?」


ハーちゃんは、クロエに向かって優しく微笑みかけた、最初は化け物かと思ったが、本当はとても思慮深く、心の優し人だと分かった。


「……はい」


クロエが返事をすると、ハーちゃんは「ふふっ」と笑い、改めてクロエをまじまじと見つめた。


「うんうん、やっぱりクロエちゃんはこっちの方がいいわぁ、さっきよりも全然可愛いわよ! ……マコトちゃんは……」


「……はっ、いや、マコトちゃんって……」


急にこっちに話を振ってきたので突っ込みが遅れてしまった。


「うーん……スタイル、服装、髪型、顔立ち……」


そしてハーちゃんは指をパチンと鳴らしてこういった。


「68点!!」


「じゃかしーわ!!」


しっかり突っ込みの準備はしていたのでキレッキレの突っ込みが出来た。

容姿に関しては、普通よりはいい、しかし高得点かと言われればそこまででもない、それがマコトである。


「まぁいいじゃないの、ギリギリ合格点よ」


「なんだよ合格点って!」


「そんなの、シエラのお婿さんに相応しいかどうかに決まってるじゃない」


「ちょっ! お父様! いったい何を言ってりゅんでしゅか!!」


すかさずシエラが突っ込むが、動揺しすぎてかみかみである。


「えー? だってシエラはマコトちゃんのことが……」


「わーーーーっ!! わーーーーっ!!」


シエラは叫び声をあげながらハーちゃんをポカスカと殴っている。


「ちょ、ちょっとシエラ、痛いじゃないの……」


「それは言わないでっていったじゃないですかーー!!」


(……何をやってるんだこの二人は……)


仲良し親子の仲睦まじいケンカを尻目に、チラッとクロエを見てみると、「お婿……お婿……」と呪文のように「お婿」と唱えていたのでサッと視線をずらして窓の方に目をやった。

すると……


「あ、あれって……!」


「「「ん?」」」


マコトの声に反応した三人が揃って窓の方を見つめるとそこには……


「あの時の……空間の裂け目……」


そう、そこにはあの、使徒の大群を呼び寄せた空間の裂け目があった。

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