第十三話 英雄になりたい男
―― 城内避難場所 ――
(とうとうきちまったか……クロエ、大丈夫かな……)
マコトが心配そうな表情をしていると、それに気づいたシエラが傍へ寄ってきた。
「クロエさんなら大丈夫ですよ、ここへ来る間だって恐ろしいほど強かったじゃないですか」
シエラはまるで恐ろしいものを見たとでもいうような表情を浮かべながらそう言った。
「ま、まぁな……あれはちょっと俺もビビった」
ウェントゥスへ来る途中、E~Cランクの魔獣が何度も襲ってきたのだが、馬車の護衛が倒すよりも先にクロエが全滅させてしまったことが何度もあった……
さすが騎士隊長、ぱねぇっす、マジリスペクトっす。
「なんか、思い出すと全然心配にならなくなってきた……よし、寝るか」
そういうとマコトは床にゴローンと転がっていびきをかきはじめた。
「いやいやいやいやいやいや!! なに寝ちゃってるんですか!? もっと緊張感持ってくださいよ!!」
「ふぁっ!? ……あ、すまん、つい」
「つい、じゃないですよ!! 今から使徒が襲ってくるんですよ!? 死んじゃうかもしれないんですよ!?」
「おま、バカ! 声がでかいって!」
「……あっ、すいません……」
マコトに叱られてしまったシエラはついシュンとなってしまった。
ここは城内避難所、避難所の中にいるのはマコトとシエラだけではなく、王城の近くにいた民達も避難している。
「全く……皆には聞こえてなかったからよかったけど、襲ってくるとか、死ぬとか、そういう皆の不安を煽るようなことは言っちゃダメだろ?」
「うぅ……すいません……」
またまた注意を受けて、シエラはさらに落ち込んでしまった。
なんだか重い空気になってしまったので、ここはなにか別の話題で場を盛り上げようと、マコトはシエラの父親について尋ねてみた。
「なぁシエラ、お前の父さんって昔からあんななのか?」
シエラの父親、およびハーちゃんは、見たもの全てが満場一致で怪物と答えるようなおねぇだ、だが、あんな怪物にも妻がいて、娘がいるわけだ、ああ見えて人柄のいいハーちゃんが無理矢理結婚したわけはあるまいし、きっと昔は誠実な男だったのではないかとマコトは考えている。
「お父様がああなってしまった理由ですか?」
するとシエラは少し複雑そうな表情を浮かべながら言った。
「それは多分……私のせいなんだと思います……」
「シエラの?」
一体どういうことだろうか、まさか娘とガールズトークがしたいがためにあんなになったわけじゃあるまい。
「はい……お父様も、ああ見えて昔は普通の、優しい人だったんです」
どうやら、マコトの予想は当たっていたようだ。
「でも、お母様が亡くなり、私があんな風になってしまってから、お父様はあのような姿をするようになりました……」
「ん? それはあれか? あまりものショックで頭がおかしくなったのか?」
マコトはいたって真剣な表情で尋ねた。
「ち、違いますよ!! ……お父様は、私の事を気にかけてくれたんです……」
マコトが全くもって意味が分からない、という表情をしていると、シエラが詳しく説明してくれた。
「私は、マコトさんと出会う前、ずっと、化け物だの、怪物だのと言われ続けてきました……そしてお父様は、そんな私をずっと気にかけてくれいていました……私がいなければ、自分の大切な妻を失うこともなかったのに……それでも毎日、お父様は私に話しかけてくれました……」
ザハーロの妻は、燃え盛る炎の中、シエラの事を助けようとして死んだ……もちろんザハーロもそのことを知っているはずだ。
「あの事件が起こってから数か月たったある日の事でした……お父様がまるで化け物のような恰好をして、皆の前に現れたのです……今でこそ平和にやっていますが、当初は、城内で働いていた従者や騎士たちがお父様の事を強く批難しました、王としての自覚が足りないだの、気持ちが悪いだの、とにかく散々でした、もちろん噂は民達にも広がり、一時は反乱がおこったほどでした……」
あんな化け物に王としての責務を全うできるわけがない、民たちがそう思うのも当然なのかもしれない。しゃべり方もどことなく気の抜ける口調で、服装も到底、王とは思えないような奇抜なファッションだった。
そんな奴に国を預けられるか! というのは、マコトでも思うことだ。
「私も、最初は何を考えているんだと思いました……でも、日がたつにつれて、こんなことを思うようになりました……お父様は、自分が化け物のような恰好をすることによって、私に対する蔑みを、少しでも和らげようとしてくれているんじゃないのか……と」
「……」
マコトは、シエラの話を静かに聞いている。
「お父様が、化け物のような姿をしながら王の責務をこなしていくと、次第に、私やお父様に対する批難の言葉が少なくなっていきました……たとえ醜い姿をしていても、お父様は立派にお仕事をするし、民たちに見優しき接していました……周囲の人たちが、お父様を化け物と呼ぶこともなくなり、私を蔑むようなことも次第に減っていきました……まぁそれでも、心のどこかで、私の事を嫌っている人がほとんどで、結果的にはここを離れることになってしまったんですけどね……」
「……」
「……あっ、ごめんなさい、なんだか重い空気になっちゃいましたね」
最初は空気を変えようとしてこの話題を振ったのだが、いつの間にか余計に重い空気になってしまっていた。
「いや、いいんだ、シエラの父さんのことが聞けて良かったよ」
「……そうですか、ならよかったです」
シエラはにっこりと笑った。
(やっぱり、とても16歳とは思えないな)
「……マコトさん今失礼なこと考えませんでしたか?」
「いやいやー、多分気のせいだよーあははー」
シエラは微精霊を通して相手の考えていることが何となくわかってしまうので、今考えたことはサラーっと忘れることにした。
「……そういえば、あの亀裂が広がるまで結構時間かかるんだな」
窓の外に見える亀裂はいまだに広がり続けているものの、前イグニスに現れた亀裂ほどは大きくなっていない。
「確かに……やはり、大勢の使徒を転移させるには時間が必要になるのでしょうか……」
「だといいんだけどなー……あの亀裂が広がり切る前に、クロエ達が何とかできればいいんだけど……」
「そうですねー……」
今回はイグニスの時と違い、あれがどんなものなのかがわかっているので、亀裂が広がり切る前になんとか転移を防ぐ方法がないかとクロエ達が試行錯誤しているところだ。
魔法をぶつけてみたり、砲弾をぶちかましてみたりしたのだが、亀裂はびくともしなかった。
すると、シエラが気になることを呟いた。
「魔法をを無効化する『封魔石』とかあればいいんですけどねぇ……」
「ん? 封魔石? そんなもんがあるのか?」
マコトがそう尋ねると、シエラがそれについて説明してくれた。
「はい、その名の通り、魔法を封じる魔鉱石で非常に珍しいものなんです、時々、武器や防具に使われていたりするんですけど、その魔鉱石を使った武器は、どれも国宝級のものばかりです、なのでその封魔石さえあれば、あの亀裂も消滅させられると思うんです」
「へぇー、そんな便利なものがあるのかー」
世の中電気がなくてもやって行けるもんだなどとマコトが考えていると、ユピテルが深いため息をついた。
『はぁー……君って奴は、本当に鈍感だねぇー……』
(む、それはどういうことだよ、今のどこに俺が鈍感だっていう要素があったんだよ)
すかさず反論するが、ユピテルの次の言葉で非常に重要なことに気が付く。
『あのねぇ……君が持ってるその鎌、最初にもらった時に色々説明を受けただろ?』
(え? ………………あっ……)
アダマスの鎌、それは封魔石という珍しい魔鉱石を使っていて、魔法さえも切り裂くことのできる国宝級の武器だ。
この鎌を受け取る際、アレクサンドル王からそんなことを言われた気がする……
『どうやら、思い出したようだね』
「……あっははー、俺ってばうっかりさん」
マコトは頭に手をあて、こりゃー参った、というポーズをとった。
『はぁー……』
あんぽんたんな宿り主に、ユピテルはまたまた深いため息をついた。
「……?」
シエラは何の事だかサッパリ、という表情をしている。
「あー……わりぃシエラ、ちょっとクロエのとこまで行ってくる」
「え、えぇ!?」
「いやぁ、その封魔石ってやつなんだけど……俺が持ってたわ」
「えぇ!?」
マコトがいきなりとんでもないことを言い出すものだから、シエラはえぇ!? としか言えてない。
「だから、ちょっとクロエのとこまで届けに行ってくる」
そういってマコトが走り出そうとすると、シエラがササッと両手を広げて目の前に立ちはだかった。
「い、いやいやいや、だめですってば! クロエさんから避難所で待っててって言われたじゃないですか!!」
「いやでも、これ届ければ亀裂が広がり切る前に消滅させられるはずだし……」
「そんなの、他の誰かに任せればいいじゃないですか!! マコトさんが行く必要なんてどこにもありませんよ!! 亀裂も段々大きくなっていってるし……もし届けに向かってる最中に転移が完了してしまったら、マコトさんは一人で何とかできるんですか!?」
シエラは、見た目からは想像できないような怒気を含んだ声でそういった。
(っぐ……ごもっともな正論を……ってか、なんでこんなに怒ってるんだ?)
すると、ユピテルがすこし楽し気な声で話しかけてきた。
『ほらほらぁ、シエラもこう言ってるんだから、鎌の事は誰かに任せて、君は避難所で待ってればいいじゃないか』
(お前なぁ……)
またマコトとユピテルの脳内喧嘩が始まろうとしたところで、シエラが近くへ走り寄ってきて、マコトをきつく抱きしめた。
「どうして……どうしてマコトさんは、危険なものに限って一人でやろうとするんですか? クロエさんからも聞きましたよ、自身では到底勝つことができないような敵に、一人で向かっていったって……その結果、全身ボロボロになって、ほとんど死人のような状態にまで陥っていたって……私を助けてくれた時だって、あともう少し敵の数が多かったら、マコトさんは死んじゃってたかもしれないんですよ?」
確かに今考えると、マコトが今生きているのは、ただ運が良かっただけだ。
クロエを助けるために、ギルドから走っていった時も、使徒にボロボロになるまで立ち向かった時も……それどころか、最初に魔獣に襲われた時だって、あのとき転んでいなかったら、クロエが来てくれていなけらば、マコトはもうこの世にいない。
どれもこれも、マコトの運が良かっただけに過ぎない。
「もしまた、マコトさんが傷ついてしまうようなことがあったら……私は……クロエさんに合わせる顔がありません……」
シエラは、クロエと別れる前に、こんな約束をしていた。
――――――――――――――
「マコトは、変なものに限って一人でやろうとするから、私がいない間、絶対にマコトを外に出させちゃだめだからね?」
「はい! マコトさんは、私が絶対に守って見せます!」
――――――――――――――
「だから、お願いします、鎌の事は誰かに任せて、マコトさんはずっとここにいてください」
シエラは、頭をペコリと下げてマコトにお願いした。
するとマコトは、シエラの頭にポンッと手を置いて言った。
「……ありがとう、シエラ、そんなに俺の事を考えてくれて、俺も少し、自分の事を考えなさ過ぎてたかもしれない……」
「じゃあ……」
それを聞いたシエラは、頭を上げ、少しうれしそうな表情を浮かべてマコトを見つめた。
しかし……
「でも、これは俺が届けに行くよ」
そういってマコトは手に握っている鎌を見つめた。
「……え?」
「確かに、これは俺がやる必要のないことなのかもしれない、でもなんとなく、俺がやりたいって思うんだ……」
「そんなの……」
「自分勝手、かもしれないけど、俺が皆を救いたい、俺が皆の役に立ちたい、そう思うんだ……こんなの、ただの英雄願望だよな……でも、俺はどうあがいたって英雄にはなれないし、誰にも称えられないまま、一生無能のままおわる……だからこそ、こういう自分でも役に立てる機会は、できるだけ自分がやりたいんだ」
先程から言っていることは、全てただの自分勝手だ、マコトもそれは十分に分かっている、それでも、自分がやりたい、自分が役に立ちたいという強い意志が、マコトにはあった……それがなぜなのかは、マコト自身にも分からない。
「……」
シエラは黙ったまま、マコトを見つめている。
「そんな心配そうな表情すんなって、俺は足だけは速いから、亀裂が開き終わる前には向こうにつくって、それに、万が一開いた時も、逃げ足っていう特技があるから大丈夫だよ」
「でも……」
「ほら、こうやって話してる間も亀裂は広がっていってるんだ、早く向かわないと……じゃあな、またあとで!」
そういってマコトは避難場所から走り去っていってしまった。
「……」
徐々に遠ざかっていくマコトの背中を、シエラはただ、心配そうに見つめていた。
無能で全能な異世界人 クロマヨ @kuromayo
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