第八話 月下の約束
「……平和だなぁ~」
マコトが王城で目を覚ましてから、丁度一週間がたっていた。
時間の流れ方はマコトがもといた世界とほとんど変わらないため、さほど違和感はなかった。
マコトはこの一週間、ほとんどが雑用係の仕事をして過ごしていた。
仕事の合間には、クロエからもらった魔法の使い方などが書いてある本を読んで勉強したりしていた、もともとマコトは読書が好きだったため、あっという間に読み終わってしまった、文字などはマコトの世界とは全く違うものだったが、文字をみると頭の中で自動的に翻訳されたので、すんなり読むことができた。
今日は働き続けで疲労した体を休めるようにと先輩の召使いに言われたのだ、要するに休日である。
「クロエは仕事でいねーし、おっさんも見当たんねーし」
ちなみにおっさんとはルドルフのことである。
最初こそマコトのことを警戒していっさい言葉を交わさなかったが、マコトが真面目に雑用係の仕事をこなしているのを見て、むこうから話しかけてきた、今ではお互いに冗談を言い合えるぐらいに仲良くなっていた。
「……風呂にでも入るか」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「相変わらず広いなー」
マコトが今いるのは、騎士寮に設置してある大浴場だ。
マコトが風呂に入るのは昼か真夜中だけで、騎士と一緒に入ることはほとんどない、唯一ルドルフだけは真夜中に何度か一緒に湯船につかっていたことがある、ルドルフと仲良くなれたのもそのおかげだ。
マコトはさっと体を流してから湯船につかった。
「ふぅ~、やっぱり気持ちいな~」
マコトの体は、マコトが思っている以上に疲労している、ヒールなどで回復出来るのは傷だけで、筋肉痛や血液不足などまでは回復できない、一応それも回復できる魔法はあるが、かなり高度な魔法で、疲れたから、といって簡単に使用するようなものではない。
ただでさえ片腕しかないマコトは、普通の人より負担が大きい、先輩の召使いも、それを見越して今回の休日を与えたのである。
最も、仕事を減らせばいい話なのだが、それは、こうやって毎日食わせてもらってるのに仕事を減らすなんて図々しいにもほどがあるとマコトが断ったため、こうやって毎日ハードな生活をしている。
マコトが湯船につかって極楽極楽していると、浴場の扉が開いた、浴場に入ってきたのはルドルフだった。
「あれ! おっさん! どうしたんだよこんな昼から」
「おっさん言うな! ……まぁー、あれだ、一仕事する前に湯船につかっておこうと思ってな」
ルドルフは、さっと体を流してからマコトの隣に座った。
ルドルフの鍛え上げられた肉体は、国一番の実力を持つものと言われても納得ができるものだった。
「一仕事って、何かあったのか?」
「まぁちょっとな、ここから大分離れたところにある人間族の村が、魔族共に襲われたらしい、それがかなりの強者が何人かいたみたいでな、それで俺が出向くことになったというわけだ」
「おいおい、それならこんな湯船につかってないで早く向かった方がいいんじゃねえのか?」
「まぁそういうなよ、俺だってすぐに向かいたいさ、でも、何やら問題があったみたいでな、準備に時間がかかるみたいなんだよ、俺も手伝おうと思ったんだが、部下たちに断られてな」
「あぁー、おっさん戦闘いがいのことに関しては超絶不器用だからな」
「うるせぇよ」
「荷物を持てばぶちまける、馬車を引いては馬に逃げられる、挙句の果てには奥さんにも……」
「うっせーよ!! いいか!? 俺はまだ諦めてはいないからな!? 初めてプレゼントしたぬいぐるみを間違えて捨てちゃって怒らせちゃっただけだからな!?」
「うわぁー、そりゃないわー」
「ぐっ……もういい! 俺は先に出るぞ!」
そういってルドルフは浴場を出て行った。
「はははー、頑張れーおっさーん」
マコトはわざと聞こえない声でそういった。
「……さて、俺もそろそろ出るとするか」
湯船につかってあたたまった体を動かして、マコトは浴場を後にした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
辺りは月に照らされ、美しく輝いていた。
「にしても不思議だよなー」
ここは異世界だというのに、太陽も月も、まるでマコトの故郷とそっくりだった、星の並びなどは違うようだが、マコトは星空をゆっくり眺めるようなことはしてこなかったため、ほとんど同じに感じられた。
マコトは風呂から上がった後、昼寝をしてしまったせいでうまく眠れず、眠くなるまで散歩でもしようと王城の中庭へ向かっていた。
中庭はとても広く、色々な花がありとても美しかった。
そのため、マコトのお気に入りの場所でもある。
中庭についたマコトは、なにやら人影があることに気づく。
「あれは……」
「っ!! だれ!!」
マコトがつぶやいた瞬間、尋常じゃないほどの殺気がこちらに向けられた。
「お、おお俺だよ、マコトだよ!」
「マコト? ……あ!! ごめんなさい!!」
こちらに向かって頭を下げているのは、クロエだった。
今はドレス姿でお姫様モードだった。
「いやいやいや、急に出てきた俺が悪かったよ、ごめん」
普通、見回り以外にこの時間に出歩くものはいない、怪しむのも当然である。
「……そんなことより、なんでここに?」
「それはマコトもでしょ?」
「俺は…ちょっと眠れなかったから、クロエは?」
「そう……実は私もなの」
「クロエも?」
「うん……立ち話もなんだから、そこに座りましょ」
「おう」
マコトとクロエは、中庭にあるベンチに座った。
(そういえば、クロエと話すの結構久しぶりだな……)
ここ一週間、クロエは騎士隊長のお仕事で、マコトは雑用係のお仕事で、ほとんど顔を合わせたことがなかった。
「っで、どうしたんだ?」
クロエの顔は、どこか暗い表情をしていた。
「……なんだか、胸騒ぎがするの、なにか、危険なものが迫ってきているような……」
「危険なものねぇ……」
ここ一週間、マコトがこの世界で暮らしてきて、危険なことは最初の一日目にしか起こらなかった。
それ以降は、ちょいちょい遠くの村の魔族や魔獣による被害を聞いたりはしたが、王都の方には何も起こらなかった。
「もしかして、審判の加護の能力と関係あったりするのか?」
「たぶん、そうだと思う……これまでも同じようなことが何度かあったし……」
「王様とルドルフには言ったのか?」
「うん、一応……警戒しておくとは言ったけど、ルドルフはさっき出発しちゃったから、もし何かあったときは私が何とかしないといけないの」
「ふーん、騎士隊長ってのも大変なんだなぁー……なぁ、クロエ…どうしてお前は、騎士隊長になろうと思ったんだ?」
このことについては王様から聞いているが、一度直接本人から聞いてみたかった。
「……私、小さいころに、母親を亡くしたの、お母様はとても優しくて、とても強かった、でも……村の人たちを守るために……だから私は約束したの、魔族達を滅ぼして、この世界を平和にするって」
クロエの瞳には、怒りと悲しみが宿っていた。
「だから騎士隊長になって、魔族達に復讐するためにこうやって強くなってきたのか」
「そ、そんな復讐なんて……」
「だってそうだろう? 母親を殺されたから殺した奴らを滅ぼす、完全に復讐だろ?」
「うっ……」
「……クロエのお母さんは、ただ平和を望んでいただけだろ? なにも滅ぼさなくっても……」
「マコトに何がわかるのよ!!」
それは、クロエが初めて見せた表情だった。
「私のお母様は誰よりも平和を望んでいた! だから平和にするためには、魔族達を滅ぼすしかないのよ!! 死んでいったお母様の気持ちが! マコトにわかるわけないじゃない!!」
クロエは、いつもの笑顔が嘘のような、怒気に満ちた表情をしている。
全くの他人だった男に、勝手に母親のことを語られるのが気に食わなかったのだろう。
「……」
「あ……ごめんなさい……マコトだって、家族のことを思い出せないんだもんね……マコトだってつらいよね……」
クロエは、まだマコトが嘘をついていることを知らない。
だからこの際、伝えてみることにした。
「……クロエ、実は俺、記憶喪失っていうの、嘘なんだ」
「……え?」
「母さんのことも、父さんのことも覚えてる……友達のことも」
今、マコトが思い浮かべた人たちはみな、もうこの世にはいない、世界が違うとかそういうことではなく、もう死んでしまっている。
なぜなら……
「俺も、クロエと一緒で、小さいときに母親を亡くしてるんだ……俺の場合、父親もだけど」
「っ!?」
「俺は、母さんとも父さんとも仲が良かった、一緒に外で走り回ったり、家の中で遊んだりもした、喧嘩なんかほとんどしたことなかった、でも、一回だけ大喧嘩して、家出したことがあったんだ……その日はおばあちゃんの家が近かったからおばあちゃんの家に泊めてもらった……でも、その日を境に、もう母さん達と一緒に遊ぶことはできなくなった……」
「それって……」
「……ああ、俺が家出をして直ぐに、母さんたちの所に強盗がやってきて、二人とも殺されちまった……それを知ったときはもう訳が分かんなくてさ、ただひたすら泣いていたことだけは覚えてるよ」
「……」
クロエは、マコトの話を静かに聞いている。
「結局、その強盗はすぐに捕まったんだけど、それで母さん達が帰ってくるわけでもねぇし、俺はただただ絶望してた……そしたら、強盗が捕まってやっと家の中に入れるって時に、母さんが死んでいた辺りの床に俺に向けたメッセージがあるって聞いてな、さっそくそれを見てみたんだが、そこには短くこう書いてあってな……『まえをむいていきて』ってな……」
マコトの母親は、自分がもう長くないことを悟り、床に浅く傷を残したのだ。
「聞いただけじゃわかんねーかもしれねーけど、俺はそれで結構救われてな……その言葉は、俺が傷つくたびに母さんが言ってくれた言葉で、『どんなにつらいことがあっても、前を向いて生きていれば、絶対にいい結果が待ってる』って、だから、母さんの最期のメッセージを胸に、今まで生きてきたっていうわけだ、おかげ様で毎日明るく元気に楽しく暮らせてるよ」
マコトはニコッと、とても優しく笑って見せた。
そういうマコトの笑顔が、クロエにはとても眩しく感じた。
「どうだ? クロエは毎日過ごしてて楽しいか? お母さんとの約束を守ろうとしてばっかりで、つらいことがあっても全部一人で抱え込む、俺ならそんな生活はまっぴらごめんだな、きっとお前の母さんもそんなこと望んでないとおもうぞ?」
マコトは、母親が殺されてしまったクロエの気持ちがよくわかる、だからこそ、クロエには誰か寄り添ってあげる人が必要だと感じた。
マコトは、両親が殺されてから、おばあちゃんの家で暮らすようになった、そしておばあちゃんは、両親を失って悲しんでいるマコトを、いつもなぐさめてくれた、自分の娘が殺され、自分自身も悲しんでいるはずなのに、いつまでもマコトのそばにいてくれた。
「……マコトは、お母さんがいなくて寂しくない?」
「そりゃあ寂しいさ、でも、前を向いてりゃ何とかなる、現に、クロエやおっさんと仲良くなれたわけだし……いつまでも後ろを振り返ってばっかじゃ、ただつらいだけだぞ? クロエも前を向いて生きろ…それとも、お前は自分で思うように動けない赤ちゃんなのか?」
「わ、私はもう17歳だもん!」
「なら大丈夫だな、ほら、いつまでも暗い表情してないで、笑えよ、ほらほら、にぃー」
マコトはクロエのほっぺたをむにぃーっと引っ張った。
「ちょ、ちょっひょ、ひたひっへば!」
「ほれほれ、にぃー」
「ひたひって……言ってるじゃないの!!」
そういってクロエはマコトを投げ飛ばした。
マコトは放物線を描いて綺麗に飛んでいく。
ヒューーーーーン
「ぐはっ」
「……ったく、マコトの意地悪……」
「ははは、すまんすまん、可愛かったからつい」
「そ、そんな可愛いなんて」
クロエは顔をカーッと真っ赤にしている。
「まー、クロエたんったら可愛ーい」
「もう! マコト!!」
そういってクロエはマコトを追いかけまわしている。
「まてぇーーーー!!」
「ほーれほーれ、こーこまでおーいでー」
マコトは逃走という特技があるため、逃げ足だけならクロエの素早さにも匹敵する。
「このぉー、そりゃ!!」
すると、マコトが立っていた地面が崩れた。
「あ、ちょ! 魔法は卑怯だぞ!!」
「ふふーん、私を怒らせるのが悪いのよ」
「俺がほとんど魔法使えないの知っててわざとやってるだろ!」と、マコトが小さな子供のようにわめいているので、クロエも思わず笑みをこぼした。
「ふふっ」
「お…やっと笑ったな」
「……あっ」
先ほどまでのお茶らけた態度は、クロエを笑わせるためのものだったのだ。
たぶん!
「うん、やっぱりクロエは笑ってる方がいいよ」
「うぅ……」
「つらいことがあったらとりあえず笑っとけ、それでも無理なら、俺が相談にのってやるから」
「……ありがとう、マコト……何かあったときは、その……よろしくね…約束だよ?」
「おうよっ、約束だ」
二人は互いに見つめあい、ニッコリと笑った。
そんな二人の笑顔を、月が優しく照らしていた。
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