第31章 なせば成る

 改めて新設された鬼神隊の駐屯地は、ファラム侯国の首都――リンデルの郊外にあった。練兵場の一角に見える煉瓦レンガ造りの建物が、それだ。


 古ぼけた3階建ての洋風建築だが、リフォームしてあるのでキレイだ。練兵場から見ると、背後にある新緑の森とあいまって青空に映えて見える。


 執務室は3階にあるのだが、


 ――そのヘッピリ腰はなんだっ?


 ――気合いを入れろっ!


 外から威勢のいい怒鳴り声が聞こえてきた。


 鬼神隊の隊長――サクヤが執務室の窓から練兵場を見下ろすと、第3班長ジョイルが志願者たちを集めて剣術を指南していた。サクヤもそうだが、第3班長ジョイルもファラム侯国軍の軍服姿だ。


 30名の志願者は横に10人、縦に3列となって等間隔に並び、汗だくになりながらサーベルを何度も振っていた。連続素振りだ。かれこれ1時間も休まずに振り続けている。


 ほとんどが新兵だが、わずかながら老兵の姿もあった。新兵に負けず劣らず老兵も元気に取り組んでいる。


 第3班長ジョイルは志願者たちの間をぬうように歩きまわりながら、ときに怒鳴ったり、ときにサーベルを振って見せたりしていた。サクヤが上から見ていることには気づいていない。


 サクヤはうしろで手を組んで窓際に立ち、にこやかに練習風景を眺めていた。


<気合い入ってんな>


 フソウがポツリと言うと、サクヤはうれしそうに、


「そうだな。――伸びると思うか?」


<それなりにいけると思うぜ。“なせば成る”って言うしな>


「それはよかった。これからが楽しみだ」


 そう言ってほほ笑むサクヤの目は、優しかった。心底から和んでいるのが見てとれる。


 この明るい顔つき。――あの頃と比べたら月とスッポンだな。


 フソウはかつて心配していた。


 ふってわいたような災難のせいで天涯孤独てんがいこどくとなり、ふさぎこんでしまったサクヤ。こいつ立ち直れるのか?


 あれから5年、サクヤもよくガンバったと思う。


<ほめてやりたいくらいだぜ>


 フソウは思わず口にした。


「まったくだ。第3班長ジョイルのガンバリは表彰ものだ。今度、第6班長イグニスに話しておこう」


<あ、いや、そうじゃなく……>


「?」


<いや、なんでもねぇ。――ときにサクヤ、最近どうだ?>


「ん?」


隊員あいつらの成長を喜んでやるのは結構だが、おまえ自身は楽しいか?>


「いきなり、どうした?」


<面倒をみなくちゃなんねぇやつが増えたから大変じゃねぇかって話だ>


「そんなことはない。楽しいぞ。なにしろ気の置けない仲間が増えたのだからな」


 俗に聞く「子だくさんの大家族」とは、こんなものではないか。ときにケンカする連中やつらもいるが、にぎやかで結構なことだ。みんな和気あいあい、心も和む。


 サクヤは本当に楽しそうに語っていた。


<そうか。よかったな。――ともあれ平和ボケのファラム侯国にも帰れたし、これでおまえも少しは平和に暮らせるってもんだ>


 サクヤは「だが平和に暮らすと体がなまけるかもしれないぞ」と冗談めかして笑った。


 それにしてもサクヤたちは、どうしてファラム侯国にいるのか?


 ◇ ◇ ◇


 ワジール・タリートは、ワグファイ大公国の第3宰相だ。特使としてファラム侯国に赴き、サクヤを軍事顧問として借り受けてきた。


 借りたものは返す。これは常識だ。


 それなのにワート大公ときたら、サクヤを無理やりワグファイ大公国に仕官させた。しかも、いいように利用している。


(これではハル侯爵に申し訳がたたないではないか。サクヤ殿にも合わせる顔がない)


 だから、タリート大臣は一計を案じた。ちまたの「サクヤ待望論」に便乗するかたちで「サクヤ脅威論」をでっちあげることにしたのだ。


 サクヤの実績と人望、そして力をもってすれば、いつでもワグファイ大公国を乗っ取ることができる。


 それを伝えてワート大公の恐怖心をあおるのだ。


 ワート大公は、まんまと乗せられた。サクヤの野心を心配し、不安になっている。


「ど、どうしたらいい?」


「雑草は芽のうちにみ取っておけば、あとで困らずにすみます」


「あいつは今でも十分に強いぞ。手はあるのか?」


「あります」


 第3宰相はニヤリとした。


 すべて思わくどおりだ。


「サクヤを国外に追放してしまえば、大公閣下の悩みの種も消えるのではありますまいか?」


 ただし、ただ追放すればよいというものではない。ワート大公がサクヤに国外退去を命じたとなれば、領民たちの反感もさらに高まるだろう。


 だから、サクヤには自主的にワグファイ大公国から出て行ってもらったほうがよい。それなら……、


「どうやって追放すればよいのか?」


「サクヤ殿の功績を高く評価し、その功績に報いるために願いをかなえてやると伝えればよいのです。隊員どもをファラム侯国に連れ帰りたいのなら、そうしてもよいぞと告げてください。サクヤ殿は、喜んでそうするでしょう」


「なるほど! そうすればサクヤも自分から大公国くにを出て行くな。第3宰相タリートよ、おまえは頭がいいぞ!」


 ワート大公は単純に喜んでいた。さっそくサクヤに告知することにする。


 サクヤたち警備隊は、首都――アスフールに召還された。ワート大公に呼び出されたサクヤは、用件を伝えられると、


「大公の心遣いには感謝する。では喜んでファラム侯国に行かせてもらう」


 サクヤは満面の笑みで頭を下げた。


 かくしてサクヤたち警備隊は、ワグファイ大公国で晴れて「お役御免やくごめん」となり、大挙してファラム侯国に移住することになったのだった。


 ◇ ◇ ◇


 おれたち鬼神隊は、その名に恥じない最強の部隊じゃないといけねぇ。


 だから第3班長ジョイルは、手始めとして隊員たちに剣技を身につけさせたいと思った。石をも一刀両断にできる剣技だ。


 とりあえず隊長サクヤに許可を願い出ると、笑顔で「おまえのやりたいようにやれ」と言ってくれた。


 さっそく志願者を募る。


 すると100名を超える志願者が殺到した。さすがに1人でこれだけの人数を教えることは無理だ。だから、まずは30名を選抜して鍛えることにした。


 訓練の初日。第3班長ジョイルは整列した30人を前にして訓示を垂れる。


「貴様らに忘れないでほしい言葉がある。“為せば成る”だ」


 隊長サクヤの受け売りだが、昔あるところにウエスギ・ヨウザンという領主がいたそうだ。その国は今にも倒産しそうだった。


 ヨウザンは財政をたてなおそうと考えるが、だれもが無理だと思う。それほど国の財政は悪化していた。だが、それでもヨウザンはあきらめなかった。


 やればできる。そういう思いで懸命に取り組み、ついには財政をよくした。そんなヨウザンは、こんな言葉を残しているそうだ。


 為せば成る、為さねば成らぬ、なにごとも。成らぬは人の、為さぬなりけり。


 なにごとも、やればできるし、やらなければできない。できないのは、やらないからにすぎない。そんな意味だ。


「これからの訓練は、なによりも気合いがいる。慣れないうちは心も体もへとへとになるだろう。だが、貴様らも、ぜひ“為せば成る”の精神で訓練をやりとげてもらいたい」


 まずは基本練習だ。志願者たちは、それこそ朝から晩まで、くる日もくる日も素振りをメインにして鍛錬に励んだ。


 サーベルの振り方が様になってきたら、いよいよ実践だ。サーベルで石を斬りつけてみる。


 だが、斬れない。何度やっても、斬れない。何度も何度も、何日も何日もチャレンジしてみるが、それでも斬れない。


「やっぱり無理っす」


 とうとう弱音をはく志願者も出てきた。


「なせば成る!」


 第3班長ジョイル叱咤激励しったげきれいする。


 おもむろにサーベルを抜き、実際に石をスパッと斬って見せた。


「おれにだってできるのだから、貴様にもできる。だから、あきらめるな」


「きっと班長には才能があるんすよ。自分なんて……」


 志願者があきらめモードに入っていると、


「隊長は言っていた。“名人も人なり、我も人なり”とな」


 第3班長ジョイルは力強く言い、志願者の言葉をさえぎった。


「格闘技を思い出してみろ。貴様はおれよりも強かったじゃないか。貴様には実力がある。だから、貴様を選んだんだ。それなのに――。わかるよな?」


 第3班長ジョイルは笑顔で、志願者の肩を励ますようにポンと軽く叩いた。


 志願者は、まんざらでもない表情になる。「すみませんでしたっ!」と直立不動で謝罪し、鍛錬を再開した。


 こんな感じで第3班長ジョイルは、へこたれる志願者が出るたび、手本を見せたり、ほめてやったり。志願者の意欲やるきを鼓舞していた。


 やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。


 第3班長ジョイルがサクヤから教わった指導方法だ。もとはヤマモト・イソロクとかいう提督の教えらしい。


 第3班長ジョイルは、すなおに「なるほど」と思い、実践していたのだった。


 そうこうしているうちに志願者たちの中にも、石を一刀両断にできる者がチラホラと出はじめた。1人目ができたら、2人目もできるようになり、3人目も――。


「やればできるじゃないか!」


 第3班長ジョイルは、わがことのように喜んだ。


 だが、どうしても刃こぼれしてしまう。これは第3班長ジョイルだって同じだ。


 石を斬るとき、最初の1個か2個くらいなら、まあ刃こぼれしない。しかし、3個目、4個目となってくると、さすがに刃こぼれしはじめる。


 これでは無双できない。実戦で役立たない。


(もっと硬いサーベルはないものか?)


 第3班長ジョイルはファラム侯国の国防省に問い合わせてみるが、


「支給品のサーベルは、金属では最硬度の素材を使っている」


 これ以上の素材となると、金剛石ダイヤくらいしかないのではないかとも言われた。


 あきらめるしかないのか?


 がんばって探せば、レアな素材があるのではないか?


 第3班長ジョイルは休日のたび、闇市をまわり、レアな素材を探してまわった。


 そんなある日のこと、


「そう言えば、軍人さんの喜びそうな商品がありますぜ」


 骨董品店の老けた店主が、ニヤニヤしながら銃弾を出して見せた。なんの変哲もない銃弾だ。


「手にしてごらんなせい」


 第3班長ジョイルが持ってみると、すごく軽い。これだけ軽ければ、もろいのではないか?


「店主、おれが欲しいのは、やわなものじゃない。硬いやつだ」


「ですから、それ硬いですぜ」


 言って店主は、第3班長ジョイルに鋼鉄のハンマーを手渡し、「そこの鉄板の上で叩いてごらんなせい」と言う。


「思いきり打つが、いいのか?」


「かまいません」


「商品が砕けても、おれは責任をとれんぞ。それでも、いいのか?」


「もちろんです」


 第3班長ジョイルはいぶかしそうな顔つきで、銃弾を鉄板の上においた。思いきりハンマーを振りあげ、力いっぱいに振りおろす。


「!?」


 銃弾は砕けない。


 何度もくりかえし叩いてみるが、傷一つすらつかない。どれだけ力をこめて叩いても同じだった。


(なんという硬さだ)


 第3班長ジョイルが目を丸くしていると、店主がニヤニヤしながら「どうです? 硬いでしょ?」と言う。


「たしかにかてえ。――サーベルで斬りつけてみてもいいか?」


「もちろん、軍人さんの気が済むまで硬さを確認してくだせい。その代わり満足したら、買ってくだせいよ」


「わかった」


 第3班長ジョイルは銃弾を拾いあげると、利き手でサーベルをもち、もう一方の手で銃弾を放り投げた。銃弾はゆるやかに宙を舞う。


「でやっ!」


 気合い一発。野球でノックする感じで銃弾に斬りつけた。のだが――。


 打たれた銃弾は勢いよく飛んでいき、壁にぶつかって落下した。まっぷたつにできなかったのはもちろんのこと、拾いあげて見るとやはり傷一つすらついてない。


「すげぇ」


 第3班長ジョイルは思わずうなった。


 これこそ、おれが欲しかった素材だぜ!


「おい店主、これは何という素材でつくられているんだ?」


 第3班長ジョイルが興奮気味に言うと、店主は苦笑いしながら「実はあっしにもわからないんですよ」と言う。


「ならば、どこで手に入れた?」


「入手経路は秘密ですが、“イガレムスの銃弾”だそうです」


「イガレムス? それは南方の新興国家――イガレムス君主国のことか?」


「へい」


「この素材は、イガレムス君主国に行けば手に入るのか?」


「どうですかねぇ。正規の流通ルートでは出回っていませんし、裏のルートでも。――そう考えると、おそらく難しくないですかね」


「そうか。――ともあれ店主、これをもらおう。いくらだ?」


「毎度!」


 満面の笑みで店主が示した金額は、第3班長ジョイルの給料3か月分だった。


 思わずひるむ第3班長ジョイル。とにかく値切ってみる。


「相手が他でもない軍人さんですから、これでもガンバって安くしてるんですよ。特殊な商品ですからねぇ。これ以上はちょっと……」


 店主はニヤリとした。


 文句があるなら他店よそで買ってください。もっとも他店よそでは入手できませんがね。


 そう言わんばかりだ。


「くそっ……。足もとを見やがって」


 第3班長ジョイルが毒づいても、店主はニヤニヤするばかりで何も言わない。


 第3班長ジョイルは泣く泣く言い値で買い取った。

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