第12章 大事なもののために命をかける

 首都リンデルの郊外に国立墓地があった。手入れの行き届いた林の中に墓標がいくつも並んでいる。


 ある晴れた日の朝、ケイオス将軍はひとり、墓標の間をぬうように走る参道を歩いていた。木漏れ日の中、小鳥の鳴き声を聞きながら歩いていると、心が癒される。


「ひとりの将軍が手柄をあげた裏には、数多くの兵士の死がある」


 ケイオス将軍はまるで墓地に眠る英霊たちに語りかけるようにひとちた。


「わしも“救国の英雄”などともてはやされているが、すべては戦場で散った数多あまたの命のおかげだ。おまえたちの献身は決して忘れぬ。安らかに眠れよ」


 つぶやきながら参道を進んでいると、大きな石造りの建物が見えてきた。ファラム侯国の霊廟だ。歴代の辺境伯がまつられている。


 ケイオス将軍は霊廟の前で立ち止まると、背筋をピンと伸ばしてから一礼した。そして霊廟に入る。


 霊廟の中は広いホールのようになっていた。ステンドグラスから差しこむ光がほんのりと室内を照らしている。


 正面には祭壇があり、多くの位牌が安置されていた。歴代侯爵の位牌だ。


 ケイオス将軍は祭壇の前まで進むと、香炉で香を焚いた。サンダルウッドのオリエンタルな香りが室内を満たしていく。


「本日は戦勝の報告にあがりました」


 ケイオス将軍は瞑目し、合掌しながら祭壇に向かって語りかけた。


 いろいろ思うところがあるのだろう。そのまま小一時間ほど祈りを捧げていた。


 霊廟の外に出ると、おそろいの作業着を着た園丁たちが、環境整備に精を出していた。枝を剪定したり、草むしりをしたり、掃除をしたり。


 こうした園丁たちのおかげで、国立墓地は美しさが保たれ、まるで砂漠のオアシスのような安らぎの場所となっている。


「ご苦労」


 ケイオス将軍は、園丁たちにねぎらいの言葉をかけた。


 ふと見ると、どこかで見たような刀を背負い、せっせと草むしりをしている園丁がいた。園丁のほうも将軍に気づいたらしく、将軍のほうをふりむく。その笑顔はまるで可憐な乙女のようだった。


「おお、将軍ではないか。こんなところで会うとは奇遇だな」


 サクヤは草むしりの手を止め、立ちあがった。


「サクヤ、か? こんなところでなにをしておる?」


 ケイオス将軍は目を丸くしていた。


「見てのとおり園丁のアルバイトだ」


「……アルバイト?」


「なかなか給金もいい。さすがは首都リンデルだけのことはある。地方なら、こうもいかないぞ」


 サクヤは満面の笑みで語った。


「ちょっと待て。なにゆえにアルバイトなどしておる?」


 驚くケイオス将軍に対して、サクヤは意外そうな顔をした。


「なにゆえ? もちろん生活費を稼ぐために決まっているではないか。働かざる者、食うべからずだ」


「いや、それはわかるが……。ああ、わが侯国を救ってくれた恩人にアルバイト生活をさせるなど、わが侯国の恥ではないか」


 ケイオス将軍は心底から恥じ入るような渋面で天をあおいだ。そして、決然としてサクヤを見つめて言う。


「サクヤ、おまえには腕前もあるし、功績もある。侯国軍に入隊しろ。おまえなら佐官待遇でむかえることができる。こんな草むしりよりも給料だっていいぞ」


「う~む。まあそれも悪くないのかもしれないが、わたしは宮仕えが好かん。それにアルバイトのほうが性にあうようだ」


 サクヤは苦笑いして、お茶を濁そうとする。


「これは少し話し合ったほうがよさそうだな」


 ケイオス将軍は真顔でピシャリと言うと、サクヤの腕をしっかとつかんだ。


「おい! 現場監督! この者をしばし借りるぞ」


 呆気あっけにとられている現場監督や園丁仲間たちの中、サクヤはケイオス将軍に腕をグイグイと引かれながら連行されていった。


 ◇ ◇ ◇


 ケイオス将軍は、国立墓地にあるベンチの1つにサクヤを座らせた。みずからは腕を組み、サクヤの前に仁王立ちになる。まるで学校の先生が、生徒に説教しているような光景だ。


 まわりにはだれもいない。


「ここならゆっくり話しあえるだろう」


 サクヤは、とりあえず背負った刀――フソウをおろすと、体の前に杖のように立て、両手をつかの上においた。


 なにげに見ていたケイオス将軍は、サクヤが手を乗せたつかのところに驚くべきものを見つけ、目を丸くした。


「スメラギの紋章、か!?」


 サクヤの表情が一瞬にして凍りついた。おのずと身構えて警戒感をあらわにする。すっと立ち上がって、ケイオス将軍とも距離をとった。


 ケイオス将軍はハッとして「訳ありか」と気づく。


 ならば、これ以上の詮索は無粋ぶすいというものだ。おとこのすることではない。ともあれ話題を変えよう。


「わしはスメラギ皇国の出身でな」


 ケイオス将軍は唐突にカミングアウトした。


「年をとってくると昔が懐かしくなってくるようで、どこそこに思い出を見つけようとしてしまう。年よりの悪い癖だ。ははは」


 ケイオス将軍は大笑いして見せた。


 サクヤはケイオス将軍の思いもよらないカミングアウトに意表をつかれ、知らず警戒心もやわらいでいった。身構えたところがなくなり、表情からも険しさが消えている。


 さすがは経験豊富な老将だけあって、ケイオス将軍は人のナーバスなところに触れてしまったときの対処法がわかっていたようだ。


「サクヤが知っているかどうかは知らんが、スメラギ皇国というのは東にあった大きな国だ。よい国だったが、今から60年くらい前に革命で滅び、ワンパ共和国となった」


 サクヤの表情が曇ったように見える。が、ケイオス将軍は気づかないふりをした。


「革命が起きたとき、わしはスメラギ皇軍の一等兵だったが、皇軍の将兵は一部の裏切り者を除き、だれもが反革命のために決起しようということになった、のだが……」


 ケイオス将軍は遠い目をした。


「革命評議会の連中は皇族方を人質にとり、皇族方を殺されたくなければ、皇軍はただちに武装解除しろと迫った」


 革命評議会はワンパ共和国の最高意思決定機関だ。7人の委員で構成され、合議制で政治にあたる仕組みになっている。


 しかし、議長の権限が絶大なので、実質は議長の取り巻きグループといったところだった。


「皇軍の中には命がけの救出作戦、力ずくの奪還作戦を主張する者もいたようだが、皇族方にもしものことがあっては一大事だ。最終的に武装解除に同意した。――だが、それがまちがいだったのだ」


 ケイオス将軍の顔がみるみる紅潮していく。


「革命評議会の連中は、武将解除して力をなくした皇軍の将校たちを次から次へと逮捕して処刑した。そして、皇族方も処刑され……。わしらはだまされたのだ……」


 ケイオス将軍はぎゅっとこぶしを握り、悔しそうに歯ぎしりした。無念のほどがわかる。ケイオス将軍の家族も、革命分子たちに襲われて殺されたそうだ。


「とまれスメラギ皇国が滅ぼされたせいで、わしは生き場所を失った。皇軍の一員として皇帝陛下のために命をかけるつもりだったが、皇族方がだまし討ちにされたことで、死に場所も失ってしまった」


 ケイオス将軍はなにげにサクヤの顔を見た。サクヤは黙って話を聞いている。その深刻そうな表情は、ケイオス将軍が遠い昔どこかで見たことのあるような顔つきに見えた。が、きっと気のせいだろう。


「わしは生き場所を失い、死に場所を失って、魂がぬけたように諸国をさすらった」


 ここら辺の話になると、ケイオス将軍の表情も少しは穏やかになっていた。


「最終的に流れ着いたのがファラム侯国だった。侯国はわしのようなよそ者にも暖かかった。わしは傭兵として侯国で働くようになり、先々代の目にとまって引き立てられ、今に至る」


 それはケイオス将軍にとって、よい思い出なのだろう。顔つきは明るく、精気にも満ちていた。


「わしはファラム侯爵家のおかげで、新たに生き場所を得ることができた。新しい家族もできた。ゆえに、ここを死に場所と定め、今度こそ何がなんでも主君を守ってみせると誓ったのだ」


 そうしたこともあって今回、サクヤの助力を得て西部方面軍に勝利したことは、ケイオス将軍にとっては二重の意味で快挙だったらしい。


 ファラム侯爵家に恩返しできたし、皇族方の恨みも少しは晴らせただろう。もちろん虐殺された家族の報復リベンジになったとも思う。


「わしにとって盆と正月が一緒に来たようなものだ。かかか」


 ケイオス将軍は高笑いした。


「ときにサクヤには生き場所はあるか? 死に場所は定まっておるか?」


「生き場所……? 死に場所……?」


 キョトンとするサクヤは、すっかり警戒心も消え失せ、いつものようにリラックスしていた。緊張感も何もない。


「少し言葉が難しかったか。――なんのために生き、なんのために死ぬのか、そういうことだが、どうだ?」


「それなら、生きたいように生き、死ぬときがくれば死ぬだけ、だろうな」


「なんと」


 ケイオス将軍はあきれたように感嘆した。


「それはつまり刹那主義か? 今がよければそれでよいということか?」


「必ずしもそうではないが……」


 サクヤは渋面で首をひねる。


「おまえには生きがいはないのか? これができたら死んでもかまわないと言えるものはないか?」


 サクヤは考えた。


 そう言えば、フソウから聞いたことがある。


<人はだれかのために生きるとき、死すら怖くなくなる。それでこそ強くなれる>


 トリイ・カツアキという戦士は、敵の大軍から城を攻められたとき、援軍を得ることに成功した。


「城にたてこもる仲間たちに一刻も早く知らせ、勇気づけてやりたい」


 カツアキは急いで城に向かった。ところが途中で敵に見つかり、捕らわれてしまう。


「命が惜しければ、城に向かって援軍はこないと言え」


 敵に脅されたカツアキは渋々ながらも「わかった」と同意した。


 かくしてカツアキは城の前まで連れていかれる。そして、大声でがなった。


「もうすぐ援軍がくるぞ! あと少しの辛抱だ! がんばれ!」


 カツアキは殺されたが、命と引き換えにして仲間を勇気づけることに成功した。


 ――義を見てせざるは勇なきなり。


 みずからが正しいと思うことなら、死すら恐れない勇気をもってやっていく。


 そんな生き方ができたなら最高だろう。


 なんてことをサクヤが考えていたら、ケイオス将軍が言った。


「おまえはまだ若い。すぐには答えを出せないだろう。それに、いつまでも今のようにアルバイトで、その日暮らしというわけにはいくまい。そこでだ、くりかえしになるが侯国軍に入隊しろ。きっとやりがいがあるぞ」


「それは困る」


 サクヤは拒否するが、それで引き下がるようなケイオス将軍ではなかった。


 ◇ ◇ ◇


『闘戦経』第12章


〇原文・書き下し文


 |死(し)を|説(と)き、|生(せい)を|説(と)き、|死(し)と|生(せい)を|弁(べん)ぜず。|而(しか)るに|死(し)と|生(せい)を|忘(わす)れ、|而(しか)して|死(し)と|生(せい)の|地(ち)を|説(と)く。


〇現代語訳


 生と死について説いても、生と死について分からない。むしろ生と死を忘れて、生き場所と死に場所を説け。

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