第18章 戦うには力がいる

 戦いを目前に控え、ワート大公は改めてサクヤを宮殿に呼び出した。群臣の居並ぶ中、謁見室でサクヤに会う。


「出陣の前に勝ち目を問いたい。ワンパ共和国は強大だ。それに比べれば、わが大公国の戦力も見劣りする。それでも勝ち目はあるのか?」


「力さえあれば、弱小国でも強大国に勝てる」


 サクヤは自信たっぷりに答え、こんなエピソードを紹介した。


 かつて「ホクエツボシン戦争」という戦争があったそうだ。このときナガオカ藩という小国は、強大な新政府軍と戦うことになる。


 新政府軍は圧倒的な大軍だった。弱小国のナガオカ藩など、本来ならあっけなく負けてもおかしくない状況だ。


 ところが、ナガオカ藩の軍隊は、近代的な訓練を受けており、しかも最新兵器を装備していたので、かなり強力だった。


 そのうえ宰相のカワイ・ツグノスケは、意外にも戦い方がうまい。その巧妙な戦い方によって、大軍を相手にして互角に戦う。


 最終的には「衆寡、敵せず」で、ナガオカ藩は負けてしまった。とはいえ、ナガオカ藩の軍隊よりも新政府軍のほうが多くの死傷者を出している。


 圧倒的な力をもっていれば、少数でも大軍と戦えるというわけだ。


「わが大公国に、それだけの力があると言えるのか?」


「わからない。だが、力がないのであれば、わたしが力を貸すまでだ」


 サクヤは堂々と胸を張って見せた。


 すごい自信だ。もはや自信過剰とも言えるが、おそらく気でも狂っているのではないか。


 ワート大公は目を細めた。


 サクヤは、とくに気にする様子もなく話を続ける。


「かりに勝てなかったとしても、敵を痛い目にあわせることができる。敵も痛い目を見れば、次からはやすやすとは攻めてこなくなる。“あつものにこりて、なますをふく”っていうやつだ。貴国も国を守りやすくなるだろう」


「それはつまり、決死の覚悟でと……。貴殿は死ぬつもりか?」


「死ぬつもりはない。勝って帰るつもりだ」


「だが、今の言いようでは、どう聞いても死ぬ気に聞こえたぞ。本当は勝ち目などないのではないか?」


「そういうことか。――死を恐れることなく、それこそ死ぬ気でやらなければ真剣勝負に勝てない。そういうことを言いたかったのだ」


「ふーむ、なるほどなぁ」


 ワート大公は渋面で顎をさすった。


「ともあれ貴殿には2000の兵力をさずける。ベテランと元気な若手で編成しているが、これだけの兵力で事足りるか?」


 ワート大公の話では、この兵力を率いて国境の城塞に入り、討伐軍の侵攻を食い止めてもらいたいとのことであった。


「問題ない。与えられた条件でベストを尽くすのみだ」


 サクヤは笑顔で答えた。


「うむ。よい心がけだな。ならば貴殿に与える兵士たちの閲兵式を行おう」


 それから数時間後。


 サクヤは、宮殿の広い中庭で、ワート大公と共に閲兵式に臨んだ。1個連隊=2個大隊2000名の兵士が、ずらりと整列していた。


 ◇ ◇ ◇


 閲兵式を終え、宮殿からの帰り道、フソウは不機嫌だった。


<あんなんで勝てるのかよ>


「ん?」


 サクヤはいつもと変わりがない。穏やかな表情をしている。


<ベテランと言っても老兵ばかりだしよ。元気な若者と言っても新兵ばかりじゃねぇか>


 今回、サクヤは「連隊長」となったわけだが、その連隊は2個大隊から編成されていた。1つの大隊は老兵1000名、もう1つは新兵1000名という構成だ。


「老人は経験豊富だし、若者は元気がある。よいのではないか?」


<おまえは本当お人よしだな。なんでも肯定的に考えやがる……>


「そうか。ありがとう」


<喜ぶな。ほめてるんじゃねぇ。あきれてるんだよ。……ったく、あれじゃ、ジジイとヒヨッコで戦えってことだろ?>


「かりに老兵ジジイ新兵ヒヨッコだったとしても、戦意と闘志があれば問題ないではないか。あの者たちの目には決死の覚悟が感じられた」


<オレにはただ追いつめられているだけのように見えたがな>


 実際、フソウの見立てどおりだった。サクヤのために編成された連隊の兵士たちは、だれもが追いつめられていた。今回、ワート大公国政府から、こう言われていたからだ。


「おまえらは移住者よそものだ。この国で生まれた者もいるだろうが、出自が移住者よそものであることには変わりがない。本来なら国外追放されてしかるべきところ、大公閣下の恩情で住まわせてやっているのだ。その恩義に今こそ報いよ。それができぬというのなら、おまえらは一族もろとも国外追放だ」


 今回の戦いは、どう考えたって勝ち目がない。数万の大軍を相手にして、たった2000名の兵力で、どう戦えというんだ?


 兵士たちは思った。


 だけど、だからと言って、兵役を拒否できない。今ここで国外追放となれば、行き場がない。野垂のたれ死にするしかない。


「進むも地獄、退くも地獄」


 それが兵士たちの心境だった。


 ◇ ◇ ◇


 サクヤが宿舎に戻ると、リーシャが旅支度をしていた。


「何をやっているんだ?」


 サクヤは驚いた。


「何って、見ればわかるでしょ? 戦場に行くとなれば長旅ですからね。荷物をまとめているんです」


 リーシャは荷物をせっせと大きなカバンにつめこみながら、朗らかに答えた。


「おまえは荷物をまとめる必要なないだろう? おまえには留守を……」


「サクヤ様!」


 リーシャは手をとめ、真剣な表情でサクヤの目を見つめた。


「あたしはサクヤ様の従者です。従者なら、ご主人様にどこまでもつき従うのがスジというものではありませんか?」


「まあ、たしかに、それは道理だな……」


 かくしてリーシャも従軍することになった。


 これについてフソウは<どう考えたって、足手まといだろう>と反対していた。


<この前みたいにお荷物になって苦戦するかもしれないぞ。あいつはシロウトだ。おいていけ>


「まあ、わたしも最初そう思った。が、リーシャの言うことにも一理ある。わたしもリーシャの主人である以上は、リーシャを一人前に育てる義務がある」


<だからってよ、いきなり厳しい戦場に連れ出すのはどうかと思うぞ。しかも戦況は不利なんだしよ>


「まあ事上磨練だ。よい勉強になるだろう」


<そういうことじゃなくてだな……。てかサクヤ、おまえ、ちゃんと話を聞いてるか?>


「もちろん聞いている。今回の戦場はリーシャには危ないってことだろ?」


<それよりも、おまえに危険だ>


「たしかに危険だが、しかし危険を恐れては何もできないぞ。そうだろ?」


<……ったく>


 フソウは、あきらめた。サクヤは一度「する」と決めたら、いくら言っても聞かないからだ。


 ◇ ◇ ◇


 本部テントで、討伐軍の総司令官――ササン少将が忙しそうにしているとき、のん気に声をかけてくる者がいた。


 ササン少将が不機嫌そうに声のしたほうを見ると、スマートな青年将校がすずしそうな顔つきで立っている。


「ご報告はきていると思いますが、特務のアクル少佐です」


 言葉つきは丁寧だが、態度は尊大に見えた。


「苦戦されていると伺いましたが、実際のところはどうなんです?」


「苦戦も苦戦、大苦戦だ」


 ササン少将は、吐き捨てるように言った。


 今回の討伐では、ワンパ共和国――討伐軍は苦戦していた。進軍ルート上にあった国は、どこも徹底抗戦してきたからだ。


 そう。平和ボケ国家ファラム侯国に負けたという事実が、ワンパ共和国の権威を大いに失墜させていたのだ。


「あのファラムが勝てたのだから、おれたちが勝てないわけがない」


 そう考えて、どの国も、どの国民も意欲的に戦った。


 もちろん最終的には圧倒的な兵力をもつ討伐軍の勝利に終わっていた。しかし、戦うたびに討伐軍は多くの損害を出している。これまで何千、いや何万もの将兵が戦死した。


 こうなってしまった一番の原因は、天下無双の鬼神隊長にある。それなのに、


「貴官は満身創痍まんしんそういの討伐軍をして、あの鬼神隊長と戦わせようとしているが、貴官のほうが鬼に見える。どうして急いで戦う必要がある? 兵士にはもう少し休養が必要だ」


「ぼくはせっかちな性格でしてね。それに議長も早目の解決を望んでおられます。時間が経てば経つほど、各方面に与える悪影響も大きくなりますからね」


「それはわかるが……」


「ともあれ議長じきじきのご命令で、まもなく大量の物資と、多数の兵員が到着します。今の将兵が使えないというのであれば、補充される人員と入れ替えればよろしいでしょう」


「は? 貴官は現場を知らないのか? ただ数字がそろえばよいというわけにはいかん。兵士は機械ではないのだ……」


「ともあれ」


 アクル少佐は、ササン少将の言葉をさえぎるように力強く言った。


「物量作戦、人海戦術、飽和攻撃によって、ぼくたちは勝てるのです。相手が鬼神隊長でも恐れることはありません」


 ぼくが提出した報告書レポートをササン少将は見なかったのですか?


 あの鬼神隊長サクヤの強さも無限ではありません。有限です。ですから、とにかく攻めて、攻めて、攻めまくり、鬼神隊長サクヤの力を消耗させるのです。


 そうすれば、最後には鬼神隊長サクヤも力尽きて倒れるでしょう。あとは生け捕りにして、ふふふ――。


「ぼくたちには圧倒的な力があるんです。楽勝でしょ?」


 アクル少佐のニヤケ顔は自信に満ちていた。


 ◇ ◇ ◇


『闘戦経』第18章


〇原文・書き下し文


|兵(へい)は|稜(りょう)を|用(もち)う。


〇現代語訳


 戦争では他を圧倒する力を用いる。

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