第26章 一心となり、一気にやる

 サクヤのいない野営地では、特段の動きはなかった。サクヤから待機命令が出ていたからだ。


 隊員たちは家族に手紙を書いたり、兵器の手入れをしたりなど、思い思いに時間を有効活用しながら、サクヤの帰りを待つ。


 第3班長ジョイルはというと、野営地の一角で鍛錬に励んでいた。


 上半身は裸になっている。筋骨隆々きんこつりゅうりゅうだ。実にたくましい。よく鍛えているのだろう。


 汗だくになりながら、一心不乱にサーベルで素振りをしている。その太刀筋たちすじは、まるでサクヤのようだ。


 だからリーシャは関心をもち、話しかけてみた。


「こんにちは、第3班長ジョイルさん。――今どき剣術だなんて、まるでサクヤ様みたいですね」


「おう。リーシャか。――隊長みたいに見えるか?」


 第3班長ジョイルはサーベルを鞘に戻しながら、ほほ笑んだ。


「はい。そっくりでしたよ」


「そうか、そうか」


 第3班長ジョイルは満面の笑みだ。


「おれは隊長みたいになりたいからな。隊長みたいに見えるならうれしいぜ」


「サクヤ様みたいになりたい?」


「ああ。そうだ。おれも隊長みたいに無双できるようになりたい。だから隊長みたいに鍛錬してるんだ」


「そうなんですか。――でも、たぶん無理ですよ」


 リーシャがさらっと言うと、第3班長ジョイルは思わず目を丸くした。


「おいおい。おまえも言いにくいことをズバッと言うな」


 そう言いながらも第3班長ジョイルは、少しも気にしていないようだ。にこやかな表情で「ははは」と笑い飛ばした。


「まあ、隊長からも同じようなことを言われたけどな」


「え? そうなんですか!? なんて言ってましたか?」


 リーシャは目を輝かせた。サクヤのことになると、なんでも興味津々きょうみしんしんだ。


「“一心不乱にやれ”ってさ」


「はい?」


 かつて第3班長ジョイルは、サクヤに相談したことがあるらしい。それはとある早朝、サクヤがいつものように鍛錬しているときのことだった。


「どうすれば隊長みたいに無双できるようになるんですか?」


 第3班長ジョイルが問いかけると、サクヤは鍛錬の手を休め、刀――フソウを鞘に戻しながら第3班長ジョイルに穏やかな顔を向けた。


「無理だな」


「え?」


 第3班長ジョイルは目を丸くした。が、「そんな、つれないっすよ」と、すぐに気を取りなおして食い下がる。


「それってつまりは、おれに才能がないってことですか? 才能がないなら、隊長の何倍も努力します。だから、おれに稽古をつけてください。お願いします!」


 第3班長ジョイルは勢いよく頭を下げた。


「いや、これは才能うんぬんといった話ではないのだ」


 サクヤは少し困ったような顔つきで、腰の刀――フソウを軽くなでた。


「おまえは妖刀を知っているか?」


「妖刀……? もしかして魔具の一種ですか? 魔具なら迷信の時代には色々あったって聞いています。が、それがどうかしたのですか?」


「わたしはその妖刀に力を借りて無双しているからな。妖刀をもたないおまえが、わたしと同じようになるのは無理だ」


 第3班長ジョイルはサクヤの刀を一瞥いちべつしてから、


「だったら、おれも隊長の刀を使えば、無双できますか?」


「それも無理だ」


 サクヤはキッパリ言った。


「妖刀を使いこなすには、妖刀と“血の契約”を結ばないといけない。だが、わたしの妖刀は好き嫌いが激しい。わたし以外とは契約しないだろう」


「そう、なんすか……」


 第3班長ジョイルはがっくりと肩を落とした。


 その落胆ぶりときたら、とてつもなく無念そうだ。うつむきかげんで唇をかみ、握りしめたこぶしはプルプルと震えている。見ているサクヤもつらくなる。だから、


「だが“石に立つ矢のためしあり”だ。気合いをこめれば、だれだって、どんなものでも一刀両断できるようにはなる」


「え?」


 第3班長ジョイルは顔をあげた。目を輝かせてサクヤのことを見つめる。


「おれでも隊長みたいに戦車とかを一刀両断にできるってことですか?」


「そうだ。かつてヤギュウ・ムネトシという剣豪も、ふつうの刀で大岩を一刀両断にして見せている。すべては鍛錬次第だ」


「だったら、ぜひ教えてください」


「なら、ついて来い」


 サクヤは第3班長ジョイルを野営地の一角に連れて行った。そこには大きな岩がある。


「おまえのサーベルを貸してみろ」


 第3班長ジョイルが「これっすか?」と腰のサーベルにふれると、サクヤは「そうだ」と言う。第3班長ジョイルは腰のサーベルを鞘ごとはずし、サクヤに手渡した。


 サクヤはおもむろにサーベルを腰にさし、鞘から抜いた。品定めするように刀身をながめてから、上段に構える。


「でやっ!」


 気合い一発。目の前の大岩に向かって勢いよくサーベルを振り下ろす。大岩は見事にスパッとまっぷたつとなった。


 第3班長ジョイルは「すげぇ」としか言えない。


 戦場で隊長サクヤが戦車やら、大砲やらを手当たり次第に斬っていたのは見ていたので知っていた。しかし、改めて間近で目にすると、その威力に全身がしびれる。


 呆気あっけにとられている第3班長ジョイルを横目に見ながら、サクヤはサーベルを鞘に戻し、腰からはずした。そのままジョイルに手渡す。


「これくらいなら、鍛錬すれば、だれだってできるようになる」


「マジっすか!」


「ああ、本当マジだ」


「どうすれば、いいんですか?」


「一心不乱にやれ」


 かつて剣豪のチバ・シュウサクは、こう言ったらしい。


「先生の教えに従って一心不乱に練習に励んでいれば必ず上達する」


 というわけなんだが、と言って第3班長ジョイルは一息ついた。


「隊長は“一心不乱”以外には教えてくれなかったが、とりあえずおれは一心不乱にやることにした。一心不乱に鍛錬し、一心不乱に岩を斬りつける」


 おかげで石くらいなら斬れるようになったという。


「見てろよ」


 ジョイルは足もとの石を片手で拾いあげると、残りの手にサーベルをもち、片手で石を放り投げた。


「でやっ!」


 気合い一発。まるで野球でノックするようにサーベルの刃で石を打つ。


 石は見事にスパッとまっぷたつになった。


「すごいじゃないですか!」


 リーシャはすなおに驚いた。


「でもな。まだ隊長みたいにはやれねえんだよな。見てみろよ」


 第3班長ジョイルはリーシャの前にサーベルをさしだした。刃こぼれしている。


「もっと頑丈なサーベルでもあれば、おれみたいに未熟でも少しはマシになれるのかもしれないなって思うんだよな」


 頑丈なサーベルを装備したうえで、警備隊員を訓練すれば、だれもが少しは無双できるようになるはずだ。そうなれば隊長の負担を少しでも軽くできるのではないか。


「隊長ってさ、人のためなら平気で苦労をしょいこむだろ? あんな人のいい隊長なんていないぜ。だから、おれは少しでも隊長の手助けになりたいんだ」


 そういう思いもあって、第3班長ジョイルは一心不乱に鍛錬し、なんでも一刀両断できる技を身につけようとしているらしい。


老兵じいさんたちから教えられたんだが、人を指導するなら、まず自分が手本を見せられないといけない。これを率先垂範と言うそうだ。だから、おれは一日も早く技を身につけ、隊員たちに教えたいんだ」


「だから第3班長ジョイルさんは、すごく熱心にがんばっていたんですね。見なおしました」


「は? 見なおしたって……。おまえはおれのことをどう思ってたんだよ?」


「はい。ただ威勢がいいだけのお兄さんかと思ってました」


 リーシャはイタズラっぽくニコリとした。第3班長ジョイルは「なんだよ、それ?」と苦笑いしながらも、


「とにかくおれは第3班を任され、警備隊の装備と訓練を担当させてもらうことになった。これはチャンスだ。おれはやり遂げてみせるぜ」


 第3班長ジョイルは、キリッとして見せた。


 とにかく警備隊員をスキルアップさせる。そのうえで、みんなが一心同体となり、一気呵成いっきかせいにやる。そうすれば勢いがつき、優勢になれる。どんな戦いでも善戦健闘できるはずだ。


 だから頑丈なサーベルを手に入れ、警備隊員たちを鍛えたい。


 これが第3班長ジョイルの思い描いているプランらしい。


「ついでに言っとくと、みんなを一心同体ひとまとまりにしたほうがいいっていう話も、実は隊長の受け売りなんだけどな」


 どういうことか?


 ◇ ◇ ◇


 サクヤたち警備隊が辺境に向かう前の話だ。


 フソウは、サクヤに警備隊の再編成リストラを提案した。


<おまえの部隊な、連隊だったときにズタボロになったろ?>


「このまえの戦いのことか?」


<そうだ>


「あの戦いでは半数もの兵士が名誉の戦死をとげた。おかげで勝つことができたのだから、死んでいった者たちにいくら感謝してもしきれない」


 サクヤは改めて心で戦死者たちの冥福を祈る。


<まあ、そうした敬虔けいけんな気もちも大切だけどよ、とにかくズタボロのまんまだろ?>


「どういうことだ?」と、キョトンとするサクヤ。


<もともと2000人だった連隊も、半減して1000名になった。それなのによ、編成をそのままにして名前だけ警備隊に変えたにすぎねぇ>


「なにか問題があるのか?」


<ある。組織をそのままにしたからよ、たとえば中隊で言うなら、戦死者の少なかったところは人数が足りてるけどよ、戦死者の多かったところは人数が足りてねぇ。でもって、人数の足りてねぇところは、足りてるところから人手を勝手に借りたりとかしてるだろ?>


「しているな。お互いに助け合っている。和気あいあいで、喜ばしいことだ」


<だけどな、それってれあっているだけだろ。ちゃんと組織化されてるとは言えねぇ。組織としてはズタボロだ。それこそ烏合の衆みたいなものじゃねぇか。軍隊としては弱くなるぞ>


「その点は心配するな。わたしが無双して、弱みをカバーする」


 サクヤは笑顔で、ない胸をはって見せた。


<サクヤ、おまえなぁ、大事なことを忘れてねぇか?>


「ん?」


<おまえの力は無限じゃねぇ。敵がすげえ大軍だったら、どうすんだ? おまえだけの手にはえねぇぞ。敵を全滅させる前に、おまえが力尽きる。わかってんのか?>


「まあ、そう言えば、そうだな」


 サクヤは「ははは」と能天気に笑った。


<……ったくよ、おまえというやつは、どこまで危機感がねぇんだよ>


 フソウは嘆息し、


<ともかく戦争ってのはな、スタンドプレイじゃねぇ。チームプレイだ。だからチームづくりが大切になる。だから烏合の衆じゃいけねぇんだ。わかるよな?>


「もちろんだ」


<だからよ、おまえの警備隊も再編成リストラして、役割分担を見直したほうがいいわけだ>


 フソウによると、こんな言葉があるそうだ。


 駕籠かごに乗る人、かつぐ人、そのまた草鞋わらじを作る人。


 世の中は持ちつ持たれつだ。各自が自分の役割を果たし、助けあってこそうまくいく。これはサクヤの警備隊だって同じだ。


<役割を分担すれば、おまえの警備隊の強さも倍増するだろう。これから外征するにあたり、きっと役立つぞ>


 フソウによると、かつてタチバナ・ムネシゲという名将が言ったそうだ。


「勝敗は兵力の多さで決まるものではない。兵隊が一心同体となっていなければ、どれだけ多くの兵隊がいても勝てない」


 ことわざにも「あり集まって樹をゆるがす」とある。一人ひとりは弱くても、みんなが集まって力をあわせれば大きなことができる。


 フソウによると、そういうことらしい。


 というわけでサクヤは、フソウのアドバイスに従って、警備隊を再編成リストラした。とりあえず『呉子』を参考にして、6班で構成する。


 第1班は、運営を担当する。全体をとりまとめるのが仕事なので、班長はとりあえず隊長サクヤが兼務することになった。


 第2班は、情報を担当する。スパイが仕事だ。


 第3班は、軍備を担当する。武器をそろえたり、隊員を鍛えたりするのが仕事だ。


 第4班は、参謀を担当する。隊長リーダーをサポートするのが仕事だ。


 第5班は、作戦を担当する。戦略を練り、戦術を立てるのが仕事だ。


 第6班は、人事を担当する。班長には老齢よぼよぼ中隊長が任命された。好々爺こうこうやで人当たりがよいので、隊長サクヤから人事に最適と思われたらしい。


 このように役割を分担して組織化すれば、みんながまとまりやすくなる。


 みんながまとまったところで、一気呵成にやれば、勢いがつく。勢いがつけば強くなる。たとえ弱小でも、強大な相手に立ち向かえる。


 かつてオオサカナツノジンという戦いのとき、サナダ・ユキムラという名将は、少ない兵力しか持っていなかった。しかし、全員が一心同体となり、敵の大軍――その本陣を目がけて一気呵成に攻めかかる。


 この猛攻により、敵将も危うく命を落としそうになったという。これが組織化の威力だ。


 というわけで、フソウは思う。


<サクヤはなんでも一人でかかえこもうとするが、これで少しはあいつの負担も減るだろう>


 みんなはひとりのために、ひとりはみんなのために。


 これまでサクヤはひとりでみんなのためにがんばってきた。今度はみんながサクヤひとりのためにがんばる番だ。


 とはいえ、サクヤは今、ひとりで馬賊のアジトに乗りこんでいた。


 ◇ ◇ ◇


『闘戦経』第26章


〇原文・書き下し文


|蛇(へび)の|蜈(むかで)を|捕(とら)うるを|視(み)るに、|多(た)|足(そく)や|無(む)|足(そく)に|若(し)かず。|一心(いっしん)と|一気(いっき)は|兵(へい)|勝(しょう)の|大根(たいこん)か。


〇現代語訳


 ヘビがムカデを捕まえるところを見ると、足のないほうが足の多いほうよりも強い。一心になること、一気にやること、それが戦争で勝つための大原則ではないだろうか。

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