第26章 一心となり、一気にやる
サクヤのいない野営地では、特段の動きはなかった。サクヤから待機命令が出ていたからだ。
隊員たちは家族に手紙を書いたり、兵器の手入れをしたりなど、思い思いに時間を有効活用しながら、サクヤの帰りを待つ。
上半身は裸になっている。
汗だくになりながら、一心不乱にサーベルで素振りをしている。その
だからリーシャは関心をもち、話しかけてみた。
「こんにちは、
「おう。リーシャか。――隊長みたいに見えるか?」
「はい。そっくりでしたよ」
「そうか、そうか」
「おれは隊長みたいになりたいからな。隊長みたいに見えるならうれしいぜ」
「サクヤ様みたいになりたい?」
「ああ。そうだ。おれも隊長みたいに無双できるようになりたい。だから隊長みたいに鍛錬してるんだ」
「そうなんですか。――でも、たぶん無理ですよ」
リーシャがさらっと言うと、
「おいおい。おまえも言いにくいことをズバッと言うな」
そう言いながらも
「まあ、隊長からも同じようなことを言われたけどな」
「え? そうなんですか!? なんて言ってましたか?」
リーシャは目を輝かせた。サクヤのことになると、なんでも
「“一心不乱にやれ”ってさ」
「はい?」
かつて
「どうすれば隊長みたいに無双できるようになるんですか?」
「無理だな」
「え?」
「それってつまりは、おれに才能がないってことですか? 才能がないなら、隊長の何倍も努力します。だから、おれに稽古をつけてください。お願いします!」
「いや、これは才能うんぬんといった話ではないのだ」
サクヤは少し困ったような顔つきで、腰の刀――フソウを軽くなでた。
「おまえは妖刀を知っているか?」
「妖刀……? もしかして魔具の一種ですか? 魔具なら迷信の時代には色々あったって聞いています。が、それがどうかしたのですか?」
「わたしはその妖刀に力を借りて無双しているからな。妖刀をもたないおまえが、わたしと同じようになるのは無理だ」
「だったら、おれも隊長の刀を使えば、無双できますか?」
「それも無理だ」
サクヤはキッパリ言った。
「妖刀を使いこなすには、妖刀と“血の契約”を結ばないといけない。だが、わたしの妖刀は好き嫌いが激しい。わたし以外とは契約しないだろう」
「そう、なんすか……」
その落胆ぶりときたら、とてつもなく無念そうだ。うつむきかげんで唇をかみ、握りしめた
「だが“石に立つ矢のためしあり”だ。気合いをこめれば、だれだって、どんなものでも一刀両断できるようにはなる」
「え?」
「おれでも隊長みたいに戦車とかを一刀両断にできるってことですか?」
「そうだ。かつてヤギュウ・ムネトシという剣豪も、ふつうの刀で大岩を一刀両断にして見せている。すべては鍛錬次第だ」
「だったら、ぜひ教えてください」
「なら、ついて来い」
サクヤは
「おまえのサーベルを貸してみろ」
サクヤはおもむろにサーベルを腰にさし、鞘から抜いた。品定めするように刀身をながめてから、上段に構える。
「でやっ!」
気合い一発。目の前の大岩に向かって勢いよくサーベルを振り下ろす。大岩は見事にスパッとまっぷたつとなった。
戦場で
「これくらいなら、鍛錬すれば、だれだってできるようになる」
「マジっすか!」
「ああ、
「どうすれば、いいんですか?」
「一心不乱にやれ」
かつて剣豪のチバ・シュウサクは、こう言ったらしい。
「先生の教えに従って一心不乱に練習に励んでいれば必ず上達する」
というわけなんだが、と言って
「隊長は“一心不乱”以外には教えてくれなかったが、とりあえずおれは一心不乱にやることにした。一心不乱に鍛錬し、一心不乱に岩を斬りつける」
おかげで石くらいなら斬れるようになったという。
「見てろよ」
ジョイルは足もとの石を片手で拾いあげると、残りの手にサーベルをもち、片手で石を放り投げた。
「でやっ!」
気合い一発。まるで野球でノックするようにサーベルの刃で石を打つ。
石は見事にスパッとまっぷたつになった。
「すごいじゃないですか!」
リーシャはすなおに驚いた。
「でもな。まだ隊長みたいにはやれねえんだよな。見てみろよ」
「もっと頑丈なサーベルでもあれば、おれみたいに未熟でも少しはマシになれるのかもしれないなって思うんだよな」
頑丈なサーベルを装備したうえで、警備隊員を訓練すれば、だれもが少しは無双できるようになるはずだ。そうなれば隊長の負担を少しでも軽くできるのではないか。
「隊長ってさ、人のためなら平気で苦労をしょいこむだろ? あんな人のいい隊長なんていないぜ。だから、おれは少しでも隊長の手助けになりたいんだ」
そういう思いもあって、
「
「だから
「は? 見なおしたって……。おまえはおれのことをどう思ってたんだよ?」
「はい。ただ威勢がいいだけのお兄さんかと思ってました」
リーシャはイタズラっぽくニコリとした。
「とにかくおれは第3班を任され、警備隊の装備と訓練を担当させてもらうことになった。これはチャンスだ。おれはやり遂げてみせるぜ」
とにかく警備隊員をスキルアップさせる。そのうえで、みんなが一心同体となり、
だから頑丈なサーベルを手に入れ、警備隊員たちを鍛えたい。
これが
「ついでに言っとくと、みんなを
どういうことか?
◇ ◇ ◇
サクヤたち警備隊が辺境に向かう前の話だ。
フソウは、サクヤに警備隊の
<おまえの部隊な、連隊だったときにズタボロになったろ?>
「このまえの戦いのことか?」
<そうだ>
「あの戦いでは半数もの兵士が名誉の戦死をとげた。おかげで勝つことができたのだから、死んでいった者たちにいくら感謝してもしきれない」
サクヤは改めて心で戦死者たちの冥福を祈る。
<まあ、そうした
「どういうことだ?」と、キョトンとするサクヤ。
<もともと2000人だった連隊も、半減して1000名になった。それなのによ、編成をそのままにして名前だけ警備隊に変えたにすぎねぇ>
「なにか問題があるのか?」
<ある。組織をそのままにしたからよ、たとえば中隊で言うなら、戦死者の少なかったところは人数が足りてるけどよ、戦死者の多かったところは人数が足りてねぇ。でもって、人数の足りてねぇところは、足りてるところから人手を勝手に借りたりとかしてるだろ?>
「しているな。お互いに助け合っている。和気あいあいで、喜ばしいことだ」
<だけどな、それって
「その点は心配するな。わたしが無双して、弱みをカバーする」
サクヤは笑顔で、ない胸をはって見せた。
<サクヤ、おまえなぁ、大事なことを忘れてねぇか?>
「ん?」
<おまえの力は無限じゃねぇ。敵がすげえ大軍だったら、どうすんだ? おまえだけの手には
「まあ、そう言えば、そうだな」
サクヤは「ははは」と能天気に笑った。
<……ったくよ、おまえというやつは、どこまで危機感がねぇんだよ>
フソウは嘆息し、
<ともかく戦争ってのはな、スタンドプレイじゃねぇ。チームプレイだ。だからチームづくりが大切になる。だから烏合の衆じゃいけねぇんだ。わかるよな?>
「もちろんだ」
<だからよ、おまえの警備隊も
フソウによると、こんな言葉があるそうだ。
世の中は持ちつ持たれつだ。各自が自分の役割を果たし、助けあってこそうまくいく。これはサクヤの警備隊だって同じだ。
<役割を分担すれば、おまえの警備隊の強さも倍増するだろう。これから外征するにあたり、きっと役立つぞ>
フソウによると、かつてタチバナ・ムネシゲという名将が言ったそうだ。
「勝敗は兵力の多さで決まるものではない。兵隊が一心同体となっていなければ、どれだけ多くの兵隊がいても勝てない」
ことわざにも「あり集まって樹をゆるがす」とある。一人ひとりは弱くても、みんなが集まって力をあわせれば大きなことができる。
フソウによると、そういうことらしい。
というわけでサクヤは、フソウのアドバイスに従って、警備隊を
第1班は、運営を担当する。全体をとりまとめるのが仕事なので、班長はとりあえず
第2班は、情報を担当する。スパイが仕事だ。
第3班は、軍備を担当する。武器をそろえたり、隊員を鍛えたりするのが仕事だ。
第4班は、参謀を担当する。
第5班は、作戦を担当する。戦略を練り、戦術を立てるのが仕事だ。
第6班は、人事を担当する。班長には
このように役割を分担して組織化すれば、みんながまとまりやすくなる。
みんながまとまったところで、一気呵成にやれば、勢いがつく。勢いがつけば強くなる。たとえ弱小でも、強大な相手に立ち向かえる。
かつてオオサカナツノジンという戦いのとき、サナダ・ユキムラという名将は、少ない兵力しか持っていなかった。しかし、全員が一心同体となり、敵の大軍――その本陣を目がけて一気呵成に攻めかかる。
この猛攻により、敵将も危うく命を落としそうになったという。これが組織化の威力だ。
というわけで、フソウは思う。
<サクヤはなんでも一人でかかえこもうとするが、これで少しはあいつの負担も減るだろう>
みんなはひとりのために、ひとりはみんなのために。
これまでサクヤはひとりでみんなのためにがんばってきた。今度はみんながサクヤひとりのためにがんばる番だ。
とはいえ、サクヤは今、ひとりで馬賊のアジトに乗りこんでいた。
◇ ◇ ◇
『闘戦経』第26章
〇原文・書き下し文
|蛇(へび)の|蜈(むかで)を|捕(とら)うるを|視(み)るに、|多(た)|足(そく)や|無(む)|足(そく)に|若(し)かず。|一心(いっしん)と|一気(いっき)は|兵(へい)|勝(しょう)の|大根(たいこん)か。
〇現代語訳
ヘビがムカデを捕まえるところを見ると、足のないほうが足の多いほうよりも強い。一心になること、一気にやること、それが戦争で勝つための大原則ではないだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます