第21章 自分だけの技を磨く
サクヤは、リーシャを従者として面倒をみることになったとき、こんなふうに教えていた。
「ふつう従者は、主人を手本にして学ぼうとする。だが、おまえはわたしをマネする必要はない。おまえだけの技を磨け」
「あたしだけの技……?」
「そうだ。おまえオリジナルの技と言ってもよいし、おまえにしかできない技と言ってもいいだろう。そういった技を持っている者は強い」
たとえば、マムシには鳥のように空を飛べる翼もなければ、馬のように速く走れる足もない。地べたをはいつくばって生きている。
それでもマムシが強いのは、毒という鳥や馬にないものを持っているからだ。
「つまり、特技をもてということですか?」
「うむ。そう考えても、さしつかえない」
そしてサクヤは、こんなエピソードを話した。
どこぞにトウドウ・タカトラという武将がいたそうだ。
タカトラは武勇がずばぬけていたわけでもなく、知略がずばぬけていたわけでもない。平均的な武将にすぎなかったと言っていいだろう。
ただタカトラが違っていたのは、築城スキルを磨いたことだった。築城が性にあっていたのだろうか。
結果としてタカトラは「築城の名手」となり、権力者から
「だから、おまえは背伸びをするな。おまえの身の丈にあったことをしろ。おまえにできること、おまえにしかできないこと、それを考えてみろ」
リーシャは地下牢で膝をかかえて座りこんだまま、そんなことを思いだしていた。
――あたしにできること。
――あたしがサクヤ様のためにできること。
――なにがある?
リーシャは答えが見つからず悩むが、このときすでに答えを見出していた人物がいた。ファラム侯国のハル侯爵だ。
◇ ◇ ◇
サクヤがファラム侯国を旅立った翌日、ハル侯爵は重臣会議で発言した。
「侯国には戦力が不足しているとはいえ、だからといってサクヤだけに犠牲を強いるのは、やはり人としてまちがっていると思う」
ハル侯爵は憂いに満ちた顔つきだった。よほど悩んだのだろうか。
「だからボクとしては、サクヤのために何かできることをしてあげたい」
とたんにスピオン宰相の表情が曇った。
ケイオス将軍はと言うと、うれしそうに「ならば出兵しかありますまい」と意気ごんだ。が、よくよく考えたら、侯国には遠征する力がないのだった。
「とりあえず他国に兵力を借りるという手もあります」
ケイオス将軍は思いつきで言ったが、意外にハル侯爵は「それは名案だな」と喜んだ。
「宰相は交渉事がうまい。ちょうど今、西方諸国はすべて共和国から離反しているところだ。ボクたちが共和国と戦うといえば、少しは兵を出してくれまいか?」
「共和国との和平を考えるなら、ここで共和国を刺激するのは望ましくありません」
スピオン宰相は冷淡に言いつつ、軽く嘆息した。
「……ですが、わが侯国がいくら和平を打診しましても、まったく応答がありません」
「ん?」と、ハル侯爵。
「は?
ケイオス将軍は実に
「共和国を刺激するのは望ましくないとはいえ、今のままでは何も変わらないものと予測されます。ならば少し刺激してみるのもよいのかもしれません」
「そういうことなら西方諸国との交渉を任せてもよいな?」とハル侯爵。その表情は明るい。
「はい。最善をつくします」
スピオン宰相は交渉に前向きだが、それでも暗い表情をしていた。
「ただ最善はつくしますが、かなり難しいでしょう。西方諸国は離反しましたが、どこもワグファイ大公国の支援要請を無視しています」
「どこも援軍を出していない、と?」
「はい。ワグファイ大公国に支援の手をさしのべたのは、わが侯国くらいなものです」
「そう、なのか……?」
ハル侯爵は意外そうな顔をして、ケイオス将軍を見た。
「事実であります。討伐軍に攻められた国は懸命に抵抗しておりますが、周辺諸国は対岸の火事としか見ておりません。知らんぷりであります」
ケイオス将軍は赤ら顔で、残念そうに言った。
「それはつまり西方諸国は、共和国に盾ついてみたものの、共和国と戦う覚悟まではないということか?」
「侯爵閣下のおっしゃるとおりです。ですから、わたくしは難しいと申し上げたのです」
西方諸国は、共和国の精鋭――西部方面軍が大敗した今、自立の好機とばかりに共和国から離反した。裏でワグファイ大公国に
しかし、西方諸国は、その見かけは勇ましいが、実際はそうでもなかった。できることなら、正面きって共和国と対決したくない。他国が戦ってくれて、共和国の脅威を取り除いてほしいと願う。実に他力本願な離反だった。
「だが、それでも何か打つ手はあるのではないか?」
「共和国と戦って勝ち目がある――西方諸国がそう思えば、きっと共和国との戦いに手を貸してくれるでしょう」
国際関係は、利害関係で成り立つ。自国に利となるなら動くが、害となるなら動かない。他国を動かしたいなら、利となると思わせるしかない。
「なるほどな。それで具体的には、どうすればよいか?」
「そうですね。たとえばですが、“鬼神隊”のブランド力を最大限に活用して、説得するという手もあるでしょう」
西方諸国は、ファラム侯国には「鬼神隊」という
その「鬼神隊」は少数で大軍を撃破するという実績をあげた。しかも、旧式の装備しか備えていなかったのに、最新の装備で身を固めた西部方面軍を打ち負かしている。
「この状況を利用して、“わが侯国には共和国に勝てる実力がある。今こそ西方諸国の自由と独立のために立ちあがろうではないか”と呼びかけるのです。そうすれば西方諸国も少しは勝ち目があると思い、兵を貸してくれる国も出てくるかもしれません」
「なるほど名案ではないか」とハル侯爵は称賛し、
「ほう」とケイオス将軍は感心した。
しかし、それでもスピオン宰相は表情が暗い。
「ただし問題もあります。“鬼神隊”が実在しないことです。何か目に見える形がなければ、やはり説得力も劣ります」
「だが貴様は口がうまい。その舌先三寸でなんとかならないか?」とケイオス将軍。
「それは
スピオン宰相は少しムッとした様子だった。
「もちろんではないか。貴様は弁が立つ。そのせいでいつも言い負かされ、悔しい思いをしておるが、今回ばかりは頼もしく感じるぞ」
ケイオス将軍は真剣な目つきだった。ウソはないだろう。
それにしても、少しは言い方というものがあるのではないか?
スピオン宰相はそう思いながらも、「だがまあ将軍も口下手だからな」と思いなおした。
「将軍のお褒めにあずかり、感謝します。もちろん全力で交渉にあたる所存です」
ハル侯爵は「ありがとう。よろしく頼む」と頭を下げてから、ケイオス将軍に真剣な表情を向けた。
「ときに将軍に問いたい。わが侯国が今、出せる兵力はあるか?」
ケイオス将軍は唐突な質問に一瞬キョトンとした様子だったが、すぐに気を取りなおして残念そうに答えた。
「遠征に出せる兵力は皆無であります」
「大軍はいらない。たとえば100騎ほどでよいのだが、それでも難しいか?」
「その程度でしたら、すぐにでも用意できますが、何をお考えですか?」
ケイオス将軍は
「東に向かって親征しようと思う」
「!?」
ケイオス将軍も、スピオン宰相も、目を丸くした。
「説得力を高めるために“鬼神隊”の形が必要だというのなら、ボクが“鬼神隊”を演じようと思う」
スピオン宰相は「そんな無謀なことは、おやめください」と反対し、
ケイオス将軍は「そういう役目なら、自分にお命じください」と主張した。
しかし、ハル侯爵は意思を曲げない。
「これはボクが出るからこそ、意義があるのだ」
ハル侯爵は説明した。
ファラム侯国は平和ボケ国家として有名だ。その領主は腰抜けだと思われている。
そんな平和ボケ国家の、腰抜け領主が親征したとなれば、西方諸国はどう評価するだろうか?
あの弱くさい腰抜けがみずから戦場に出たということは、十分に勝ち目があるということではないか。勝ち目がないなら、あの臆病者が戦場に出てくるわけがない。
西方諸国は、そう考えるだろう。
「こうなれば、宰相も説得しやすくなるのではないか?」
「確かに説得しやすくなると思いますが、わずか100騎で親征など無謀にすぎます」と青い顔で言うスピオン宰相。
「宰相の言うとおりであります。侯爵閣下にもしものことがあれば、わが侯国はどうなるとお思いか?」と心配するケイオス将軍。
しかし、ハル侯爵は穏やかな表情で言った。
「これはデモンストレーションだ。実際に戦うつもりはない。ゆえに安心せよ。それに兵力が少ないほど、インパクトが強くなるのではないか?」
スピオン宰相は「絶対に同意などできません」と猛烈に反対した。
ケイオス将軍はと言うと、ハル侯爵がみずからを危険にさらしてもサクヤのために何かしてあげようとしているところに
もちろんハル侯爵は、何を言われても考えを変えない。
「これはボクにしかできないことだし、今のボクに唯一できることだ。それにサクヤは客人だし、まだ子供だ。それなのにサクヤにばかり苦労をかけ、ボクらがのうのうとして何もしないのは人の道に反するのではないか」
かくしてハルハル侯爵は、ケイオス将軍のかき集めた精鋭100騎を率いて、東に向かって親征していった。
ただし目的は、あくまでもデモンストレーションだ。先を急ぐ必要はない。むしろ時間をかけてでも、できるだけ多くの国に道をかり、ハル侯爵が親征していることを広く宣伝してまわったほうがよい。
だからハル侯爵たち親征軍は、大回りしながら進軍していった。
ちなみに宣伝については、スピオン宰相が通信社を通じて情報を流したので、一週間もしないうちに「ハル侯爵の親征」について西方諸国に知れ渡る。
◇ ◇ ◇
リーシャは、とりあえずサクヤの宿舎に戻った。もちろんサクヤはいない。執事たちはリーシャがスパイだと知らされていないのか、いつものように丁寧に接してくれる。
リーシャは
(あたしがペットで鳩を飼いたいって言ったら、サクヤ様はすんなりだまされて……)
なんて考えていたら、しんみりした気もちになってくる。が、今は感傷にふけっている場合ではない!
リーシャは急いで紙きれとペンを用意した。宿舎に戻る途中――司令部で立ち聞きした話も含め、頭脳をフル回転させて情報を整理する。
結局のところ、
――サクヤ様はみずから
――連隊は西に向かって脱出するはずだったが、東に向かって突撃していく。
(そういうことなら……)
リーシャは要点を簡潔にまとめ、紙きれに書きこむと、すぐさま伝書鳩の足にくくりつけて飛ばした。
鳩の中には、夜目のきく鳩もいる。夜でも目的地を目ざして飛んでいける。リーシャたち共和国のスパイが使っている伝書鳩は、いずれも夜目のきく鳩だった。
伝書鳩は東に向かって飛び立ち、すぐさま夜陰に紛れて見えなくなる。その飛んでいった先は、討伐軍の本陣だった。
本陣の幕僚用の
伝令が「失礼しますっ」と言い、姿を現わした。伝令は紙片をアクル少佐に差し出す。
アクル少佐は紙片を見て「フフフ」とほくそ
「ササン少将に伝えろ。敵は夜陰に紛れ、西に向かって脱出をはかるつもりだ。今すぐに東の兵力を増援のため西に向かわせ、西の守りを厳にしろ、とな」
アクル少佐のバックには共和国の最高権力者――議長がついている。だから、相手の階級が上でも気にしない。少佐なのに少将に命令していた。
これについて討伐軍の総司令官――ササン少将は、毎度のことながら「虎の威を借るキツネめ」と
「あまり性急に陣容を変更すると現場に混乱が生じる」
と思うが、アクル少佐が急げというなら、急いで変更しないといけない。アクル少佐は気に食わないことがあると、すぐに興奮する。
興奮するだけならいいが、手当たり次第に将校を「命令違反」で射殺する。そんなことを繰り返されたなら、士気が低下するばかりだし、さらに混乱するだけだ。
ササン少将はイヤイヤながらも、仮眠している将校も起こして、急いで主兵力を西に移動させるように命じた。
それにしても、リーシャはウソの情報を流したようだが、どうしたのか?
「あたしはスパイですから、共和国に情報を伝えることができます。ですから、ウソの情報を流せば、討伐軍にウソの情報が伝わり、討伐軍をあざむき、サクヤ様たちを少しでも有利にできると思ったんです」
これがリーシャの出した答え――今のリーシャにできることだった。
◇ ◇ ◇
『闘戦経』第21章
○原文・書き下し文
まず|翼(つばさ)を|得(え)んか。まず|足(あし)を|得(え)んか。まず|觜(くちばし)を|得(え)んか。|觜(くちばし)なきは|命(いのち)を|全(まっと)うし|難(がた)し。|翼(つばさ)なきは|締(しめ)を|遁(のが)れ|難(がた)し。|足(あし)なきは|食(しょく)を|求(もと)め|難(がた)し。|嗚呼(ああ)、|奈何(いかん)せん。|我(わ)れ|是(こ)れ|却(かえ)って|蝮蛇(まむし)の|毒(どく)を|生(しょう)ず。
〇現代語訳
まず翼を手に入れたほうがよかろうか。まず足を手に入れたほうがよかろうか。まず嘴を手に入れたほうがよかろうか。
嘴がないと命をつなげにくい。翼がないとワナを逃れられない。足がないと食べ物を探せない。
どうしたものかと悩んだあげく、マムシは毒を生み出した。
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