第10章 直感で決める
数年前の話だ。
とある森の中、サクヤは大木の枝にロープを結び、ロープの先に太い棒きれを結びつけて吊るした。
<終わったらオレを構えろ>
サクヤは刀――フソウに言われたとおりにする。構え方はぎこちないが、その表情は真剣そのものだった。やる気にあふれているのがわかる。
<オレで棒切れをバッティングしろ。ブランコのように戻ってきたとき、叩き斬れそうなら叩き斬れ。そうでないなら
「わかった」
サクヤはさっそく棒切れを峰打ちして、打ち上げる。
打ち上がった棒切れは、すぐにブランコのように弧を描きながらサクヤに向かって戻ってきた。次第に加速していく。
――斬れそう?
――いや無理?
サクヤが斬るか、
「痛いっ!」
サクヤは顔をゆがめ、肩をおさえる。
<これが実戦なら、ゲームオーバーだ。サクヤ、おまえは死んでいるぞ>
「剣術とは難しいものだな」
痛みは続くが、とにかくサクヤは気をとりなし、刀――フソウを構えなおした。
<剣術は難しくない。おまえが難しくしているだけだ>
「簡単に言うが、難しいものは難しい」
<前も言ったが、あれこれ考えるから難しくなる。いいか、考えて判断しようとするな。直感で判断しろ>
戦場では一瞬の判断ミスが命取りになる。
敵に銃撃されたときを考えてみる。逃げようか、それとも伏せようか、迷って突っ立っていたら、撃ち殺されて終わりだ。
<だから、パッと決めて、サッと動け>
「まあ、言いたいことはわかるが、直感で動けと言われても、いざ実行するとなると難しい。それこそ言うは
サクヤは軽く肩をすくめ、苦笑いする。
<言い訳するな。難しくない。食いたいなら食う。寝たいなら寝る。これは難しいか?>
「
<サクヤ、おまえなぁ……>
フソウはイラついていた。
こういうときのフソウは怖い。サクヤはそろそろ無駄口を控えておこうと思った。
<とにかく屁理屈はいいから、普通に考えて難しいか、簡単か答えろ>
「――まぁ簡単、かな」
<そうだ、簡単だ。そんでもって、これが直感で動くってやつだ。その瞬間に思ったとおりに動く。本能に任せて動くと言ってもいいだろう>
「本能のまま、か……」
<なんだ? まだ文句でもあんのか?>
「いや、文句と言うか……。ただ毎度のことながら、1つ疑問があるのだが、本能のままに動くなら、野獣みたいになってしまうのではないか。人として大丈夫なのか?」
<その心配はないが、口で説明するのはなかなか難しい。とにかく瞑想しろ。そうすれば答えも見えてくる>
かつて名将のウエスギ・ケンシンは、瞑想してからお家騒動を収めた。
また剣豪のミヤモト・ムサシは、瞑想してから兵書を書きあげた。
瞑想すれば精神が研ぎ澄まされるので、その場の思いつきで行動しても、まちがわなくなる。その場で正解を思いつけるようになるからだ。
<だから瞑想して自分で答えを見つけろ>
「自分で、って……。いつも大事なところで答えを言わないのだな」
サクヤは不服そうに口をとがらすが、フソウは気にしない。
<いいから黙って瞑想するか、鍛錬しろ。そんなんじゃ、いつまでたっても強くなれねぇぞ>
というわけでサクヤは鍛錬の合間、時間をみつけては瞑想してみた。
それから数年が経過した今、答えはいまだ見つかっていない気がする。が、時が経つにつれて「考えるよりも先に体が動く」ようになってきたという実感はある。
もちろん無謀なことをするという意味ではない。
たとえば、馬に乗るみたいなものだ。最初は乗馬のことに集中していないと落馬しそうになるが、慣れてくれば他のことを考えていてもバランスよく乗馬できるようになる。別に意識しなくても体が勝手に動いてくれるからだ。
これが直感で動くということらしい。
そして今、サクヤは決死隊の先頭を走り、思いのままに刀を振るっていた。
――寄らば斬る!
――当たれば死ぬ!
そんな感じの刀さばきだ。
右に振り下ろせば、右側にある大砲が縦に真っ二つとなる。左に一閃すれば、左側にいる戦車が横に真っ二つとなる。
正面でプロペラのように回転させれば、飛んでくる銃弾や砲弾がはじかれる。微塵たりともサクヤを傷つけることができない。
ケイオス将軍は、サクヤの斜めうしろを駆けていたが、サクヤの刀さばきが見切れそうで見切れなかった。
刀を振るたび、かまいたちが飛んで、敵を斬っているようにも見える。
刀を振るたび、刃先がグイッと延びて、敵を斬っているようにも見える。
しかし、実際のところはどうなのか、まったくわからない。
「見事な刀さばきであることは見てとれるが、どのような刀さばきであるのかわからない」
これがケイオス将軍の感想だった。
それにしても刀を振りまくり暴れまわっているときのサクヤは、まるで猛獣のようだ。目は血走ってギラつき、表情は狩りを楽しむ野獣に似ていた。
もとが可憐な顔つきをしているだけに、冷酷さが際立って見える。ケイオス将軍ですら、背中に悪寒が走り、恐怖を感じた。
(サクヤに襲われた西部方面軍の将兵が、サクヤのことを鬼神と勘違いしたのもうなずける)
そして今もまた西部方面軍の将兵は、鬼神の再来に恐怖していた。
サクヤたちが駆け抜けたあと、幸いにも命拾いした将兵たちは、まるで魂がぬけたように立ちつくしていた。引き金を引く気持ちすら起きない。
――戦車を刀で一刀両断しやがった!
――銃弾や砲弾を刀ではじいた?
――なんだよ、あれ? ありえねぇだろ!
だれもが驚き、そして鬼神の猛威に恐怖していた。士気は皆無に等しく、もはや戦意も闘志もわいてこない。
そして、ふと我に返ったときには、どの将兵も武器をかなぐり捨て、一目散に駆け出していた。
「
グズグズしていたら、呪い殺されてしまう! とにかく逃げるんだ! 逃げるしかない!
こうして一部の将兵が逃げ出せば、隣にいた将兵にも恐怖が伝染して逃げ出す。すると、その隣にいた将兵も……。
恐怖の連鎖反応で、西部方面軍の敵前逃亡が急速に拡大していった。
<共和国が前線に送り出している兵士は、たいがい戦争捕虜――奴隷らしいからな。もともと戦意が乏しいし、愛国心なんてさらさらないはずだ。ちょっとしたキッカケがあれば、すぐに総崩れだぜ>
フソウは戦いに先立ち、そんなことをサクヤに言っていたが、そのとおりだった。
<そう言えば昔、オーエも言っていたな>
モロコシという国の話らしいが、かつて弱小国の
だから、
かくして天下無敵と思われていた
<だからよ、とにかく怖がらせろ。そうすれば戦いも勝って終わる>
実際、サクヤたち決死隊が西部方面軍の司令部――離宮の近くにたどりつくころには、西部方面軍の組織的な戦闘は終わっていた。
今や逃げゆく将兵が護身のためにピストルを撃つなど、散発的な戦闘が行われるくらいだ。西部方面軍は瓦解した。
オルム大佐ら司令部にいた軍幹部たちは、あわててトラックに飛び乗り、逃げようとする。
そのとき決死隊が離宮に乱入――オルム大佐らはあっけなく斬り殺され、撃ち殺されてしまった。
西部方面軍の司令部――離宮には、ファラム侯国の国旗が高らかに掲げられる。西部方面軍の生き残りの将兵は、いずれも武器を捨て、白旗をあげた。
ファラム侯国は防衛戦に勝利したのだ。
◇ ◇ ◇
『闘戦経』第10章
〇原文・書き下し文
まず|仁(じん)を|学(まな)ばんか。まず|智(ち)を|学(まな)ばんか。まず|勇(ゆう)を|学(まな)ばんか。|壮(そう)|年(ねん)にして|道(みち)を|問(と)う|者(もの)は|南(なん)|北(ぼく)を|失(しっ)せり。まず|水(みず)を|呑(の)まんか。まず|食(しょく)を|求(もと)めんか。まず|枕(まくら)を|取(と)らんか。|百(ひゃく)|里(り)にして|疲(つか)るる|者(もの)は|彼(ひ)|是(し)を|奈(いかん)せん。
〇現代語訳
まず仁愛を学ぼうか。まず知恵を学ぼうか。まず勇気を学ぼうか。おとなになっても自分で決められないなら、方向性を見失っている。
まず水を飲もうか。まず食事をしようか。まず寝ようか。長旅をして疲れている者は、あれこれ迷ったりしない。
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