第拾参宴
『──もしもーし? それで? ご要件は?』
「あら、露羅巍さん! 今すぐ鳴獅さんを呼んで下さい!」
『──鳴獅? そんなに慌てて言う事か、それ……まァ良い呼んでやる。場所は? そっちの店で良いのか?』
「はい! 葬骨屋で構いません! だから、だから出来るだけ早く……ッ!」
『──舐めんな、十五秒で呼んでやる』
ブツッツーッ……ツーッ……
露羅巍さんはそう告げるとブツッと電話を切った。その直後に目の前のクローゼットからひょこっと、鳴獅さんが顔を出す。
「うわぁッ!?」
「あ、梓潼くんだ〜? 呼ばれたから来たよ〜」
「え、あ、ハイ! あ、あのひが、菱垣さんが……」
「あ〜……成程ね〜? 菱垣ちゃん、また無理したんだ〜?」
「え……また……?」
「うん、また〜。もう若くは無いのにね〜……?」
鳴獅さんはそう言いながら勝手知ったる他人の家とばかりにどんどん奥に進んで行く。
──
そうこう考えているうちに鳴獅さんは菱垣さんの元に辿り着いた。
菱垣さんの顔を覗き込んで彼にしてはらしくない深い溜息を吐く。
「アレ程無理は禁物だよ〜? って言ったのになぁ……菱垣ちゃんは相変わらずだね」
「鳴獅さん……主は大丈夫なのでしょうか?」
「ん〜とね、現時点ではどうとも言えないけど多分大丈夫だよ? それにホラ、菱垣ちゃんはまだ死ねないじゃん?」
「それは、そう……ですが…………」
「解ってる、だけど不安? って言うのかなぁ……菱垣ちゃんは最近妙にふわふわ浮ついてたのは知ってるよ?」
「はい……恐らくは──」
「あ〜……そろそろだもんねぇ? ……まァ取り敢えず起こしに行って来るよ」
「…………主を、お願いしま……」
「大丈夫、絶対連れてくる」
「あ、あの……ッ!」
「ん〜? 何かな梓潼くん?」
「僕も連れて行ってください!」
「……はぁ? 君じゃ無理だよ、精々壊れるのがオチだし菱垣ちゃんにそんなに殺されたいの?」
「……ッ!」
「君はまだ菱垣ちゃんに無益な殺生をさせる気なの? ……だったら
鳴獅さんがいつものようにニコニコと笑いながら、ズバズバと言ってくる。顔は笑っているけれど、目が笑っていなかった。絶対零度に凍り付いた
「……僕の仕事の邪魔、しないで」
そう言うと鳴獅さんは菱垣さんに向き直り、その額にそっと触れる。そして愛おしげに小さく菱垣さんに聞かせるように呟いた。
「…………今から行くから、待ってて菱垣ちゃん……」
呟いた後に鳴獅さんの周りに凄い風が巻き起こり、辺りのモノを数メートル吹っ飛ばす。
「うわっ……」
風が止んだ時には鳴獅さんの姿は無かった。
「え……なら、しさん……?」
「──無事、行かれたようです……」
卯月さんが心做しか安心したようにホッと息を吐いた。
────────────────────────────────────────
「うっ、く……ゲホッ」
──流石にキツイねェ……?
黒い蛇に首を絞めあげられながら、いやがおうにも自身の歳を自覚してしまう。
ギチッギチギチギチッ
「ッ! ぐっ、う、く……ぁ……」
「無駄な足掻きはよせ、菱垣。お前はまだ、その世界に執着があるのか? お前を傷付けしかしない
「……ッ…………うる、さいねェ……ッ?」
考え事していると蛇が更に絞めつける。まるで首を折ろうとするかのように、息を止めようとするかのように。そして憎々しげに蛇が話す。
──まだ、怒っているのだろうか? あの人たちの元から、逃げ出した事に……?
「……当たり前、かっ……」
怒っていて当然だ。あの人たちは
──けれど。ボクはボクで……彼らの
黒い蛇に絞めあげられたまま、
──どうせ誰にも……
「菱垣ちゃんッ!」
「ッ……なら、しくん…………ッ?」
「何してんの? まだ菱垣ちゃんは死ねないでしょ!」
「ぁ……」
──そう、だった……ボクは、まだ……
鳴獅くんの言葉で思い出した。ボクはまだ死ねないし逝けない。まだ、まだやる事が──……
「其処で立ち止まってても何にもならないって言ったのは菱垣ちゃんでしょ!? だったら何で菱垣ちゃんは其処で立ち止まってるのさ!?」
「……ッ! 朱扇!」
叫んだ時には既に手には愛刀──違った愛扇?──があった。正直言ってこれ以外の武器は使いたくない、そう思う菱垣だった。
「御免けど……まだ、其方側には行けないんだ。だから御免ねェ?」
菱垣はいつもの狐じみた笑顔で蛇を切り裂くと、鳴獅の隣にストッと着地した。
「あっはは〜……鳴獅くん、今って外とどれぐらいズレてる?」
「ん〜……一週間半だよ? で、今回は誰と話してて嗚呼なったの〜?」
「あ〜えっとねェ……前の
「へぇ……菱垣ちゃんが彼処まで自分に対して無気力で弱々しくなるなんて、余っ程だとは思ったけど……まさか和紗くんだったとはね?」
「今は魂の状態で居るけれどね……?」
「ふーん? ……まァそのまま菱垣ちゃんを外に戻す訳にはいかないか〜……お出で?」
「ん……」
何の抵抗もなく菱垣は鳴獅の広げた腕の中にすっぽり収まる。
鳴獅くんの頭一つ分大きい背中は、ボクに確かな温もりと安心感を与えてくれた。与えられる事の無かった温もりは、暖かくて、嬉しくて──……何時か溶けて消えてしまうような感じがした。
──こんなに、弱かったっけ……
不思議だった。鳴獅くんが此処に来るといつもボクは弱い。甘い甘いアンコに包まれた餅のように……弱いし軟弱だ。とても
「ひ〜がきちゃん? 自分を責めなくて良いんだよ? あれは菱垣ちゃんのせいでも何でも無いし、菱垣ちゃんの能力が偶々同時に
「だけど……ボクが逃げ出したりしなければ──……」
「いや逃げ出して良かったと思うよ? 菱垣ちゃんはあの人たちの人形じゃないし、ちゃんとした一個人なんだから、それ位の選択は許される範囲内だよ」
「──……」
「君は生きて良いんだよ? 菱垣ちゃん」
鳴獅くんの言葉がじわじわと身体を包み、じわじわと心に沁み込んでくる。
もう何度も言われた言葉。もう何度も忘れかけてきた言葉。もう何度も助けられた言葉。もう何度も傷ついてきた言葉。
ボクは──……
いつまで縛られれば良いんだろう?
全てが無駄だなんて、言わないけれど。だけど──……
「? 菱垣ちゃん???」
──あぁ鳴獅くんの声が、遠くに……聞こ、え、るな…………
「──……お休み菱垣ちゃん。現の夢でまた会お?」
そう言って鳴獅くんはボクを抱えて現の夢へと歩き出した──……
────────────────────────────────────────
『この世界に終わりなんて存在しないのです。ただただ永遠に時が満ちるだけ。嗚呼なんと無駄な事か! 無駄に気付けば良いのに馬鹿で阿呆でボケ共には理解出来なかったのです……終わりは終わりなんて思っていなかった事に』
誰かの声がそっと蒼空に木霊して風に掻き消えた──……。
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