第拾七宴
「ひがっちゃんはね……多分一度も本当の意味で死ねていないのよ、どんなにひがっちゃんが死を望んでいたとしても」
癒斬邑が話し出した。鳴獅さんや菱垣さん、卯月さんなどと関わってきて、その言動で、癒斬邑が感じた事を元にした推測を。そして、職業柄学んだ菱垣さんの二つ名や過去の出来事を。
「ひがっちゃんの二つ名ってね、ひがっちゃんの能力に関わるの。だから今まで教えてこなかったんじゃないかしら……」
「教えてこなかった……?」
癒斬邑は側にあった深紅色のチェスの駒──ナイトの駒だ──を手に取って笑った。
「ひがっちゃんはホントに隠すのが上手いのよね、本当に呆れと感嘆しか出ないわ」
「それは……確かに…………」
「ひがっちゃんの二つ名はね、『
「え? はい」
癒斬邑は意味深に微笑むと、そっと忍者刀の刃先をさっき手に取ったチェスの駒にピタリと当てた。
「ひがっちゃんの能力はね、存在そのものを消すモノなのよ。人でもモノでも場所でも……それこそこの世に存在するモノ全てがその対象になりうるわ」
「えっ……」
パキン……ッ
チェスの駒が忍者刀の圧力に耐え切れず、馬の首らへんからパキッと音を立てて崩れ落ちた。
癒斬邑はそれを拾い上げて、僕に見せるように広げて言う。
「ひがっちゃんはその能力を使って、五年前──とある組織を滅ぼしたの。それも、自分の相方である助手が居たにも関わらず、その人ごと、ね……」
「前の助手だった人を……菱垣さんが殺したって、言う……んです、か…………?」
「正確には人として存在出来なくしたという方が正しいかしら? ──貴方には到底理解し難い行動でしょうね、日の下を歩いていた貴方なら余計に。……まァひがっちゃんにとっては知らなくて良かったから教えなかったのが正しいのでしょうけれど」
癒斬邑は艶やかに微笑みながら、アップルティーを一口飲む。
そしてツッと自身の唇に人差し指を当て、こてんっと首を傾げつつ言う。
「私から話せるのはここまで。……さぁて話す事は話したし、そろそろ実戦を始めましょうか、ひがっちゃんに怒られちゃう」
「じっ、せ……ん?」
「格闘技をいち早く習得するには実戦が一番手っ取り早いの。私もこのやり方だったから早くて一週間、遅くて三ヶ月くらいで習得出来るわ……私の訓練はスパルタよ、お覚悟宜しくて?」
「……御手柔らかにお願いします」
クスリと笑って癒斬邑はアップルティーを飲み干した──。
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「んん……あ〜……」
──そうだった、
緩やかな微睡から眼を醒まし、ゆっくりとした動きでやっと少し軽くなった身体を起こして気の抜けた、そして間の抜けた声を上げる。
今頃助手くんはユキちゃんに手ほどき──想像も付かないようなスパルタだろうが──を受けている頃だろう。
「あ、菱垣ちゃん起きたー?」
「菱垣さん、おはようございます」
「ん……おはよ…………」
「うっわ菱垣ちゃんのテンションがひっくい!」
「鳴獅さん、菱垣さんはまだお疲れなのでは……」
「ボクは大丈夫だよ……あぁ助手くんをユキちゃんに預けておいて、正解だったねェ……?」
「……やはり預けられたのは別目的……ですか」
「菱垣ちゃん、あのおばぁちゃんの所行くの、正直乗り気じゃないでしょ? 菱垣ちゃんはあのオババ……キル・スフィリングさん、苦手だもんねェ?」
「そりゃね……止めておくれよ、鳴獅くん。あの人の
応接室兼事務所──から二人がヒョコッと顔を覗かせる。一人は白銀の麗人で手に薬湯の入った湯のみを乗せた盆を持っている。
もう一人は両脇に一房ずつ髪を垂らし、その先に鈴を付けた着物に簡素な羽織物を付けている長身の男性だ。二人とも一見して見れば男のようには見えないが、れっきとした男性だった。
白銀頭の名を
卯月は雑用係的な役割を果たしているし、鳴獅はお茶をする仲だ。
「ん〜……」
「大丈夫なの、菱垣ちゃん〜?」
「起きないワケにも、いかないだろう……?」
「それはそうだけどねェ……」
──オババに早いうちに視てもらうのが最善だと思うんだけどなァ……
と思いつつ、菱垣が起き上がるのを手伝う。
「菱垣ちゃん、乗り気がしないのは分かるけど……やっぱりオババの所行こう? 菱垣ちゃんのその状態を治せるのは、オババが一番だからさ?」
「はァ……やっぱりそうなる、よねェ……」
嫌そうに言いつつ菱垣がため息を吐いた。
「仕方ない、か……」
『行きたくないんだけどなァ……』と言いながら菱垣が愚痴りながら、羽織を羽織る。
かくして菱垣と鳴獅はとある人の元へ行くことになった──……。
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