第拾八宴
『相っ変わらずだねェ、菱垣』
──煩いなァ……
『アンタは相変わらず生きて
──煩い……
『本当にアンタだけは世界が変わっても変わらない。愚かな事にね』
──ボクが愚かしい事なんて、とうの昔に解ってたはずだろう? 今更持ち出してこないで欲しいね……
『そうだろうね、アンタはそうやって自分と過去から逃げるんだ。何をそんなに怖がるのか知りたいねェ?』
──……知ったような口を、聞かないでくれるかい? 虫唾が走るよ…………キル・スフィリング?
──……ボクだって……ボクだって、知りたいさ、なんでこんなにも……怯えるのか、怯えなければいけないのかを、ね…………
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鳴獅君に連れられてきたのは、奥まった場所にひっそりと建っている占い小屋。
入口には紫色のカーテンがかけてあり、ところどころにビーズを通したキラキラ光る紐がカーテンを彩るが如く、煌めいている。
カーテンを捲り、中に入ると奥まった部屋があり、水晶を置いたテーブルを挟んだ向かいの壁側にその老女は座っていた。
「キルさん、お久しぶりー? なんかまた老けた?」
「女性にその言い様は失礼だよ、鳴獅? ……それより……何でまた菱垣はそんなにボロ臭いんだい、ついこの間治したばかりだろ?」
「…………相変わらずだね、キル・スフィリング……」
「あぁうん、仕事したらまたなっちゃったみたいで、さ?」
「相変わらずなのはアンタもだろう? まったく何をしたらそんな風になるんだか……」
鳴獅の言葉に老女はしわがれた声で応える。深蒼から深紫のグラデーション生地に、ところどころ散りばめられた水晶やオパール、真珠が光を受けて虹彩を放つゆったりとした道衣に同様の施しをしたベールを頭に乗せている。いわゆる占い師の格好だ。
「はぁ〜…」と溜息をついて老女はくいッと顎を目の前の椅子を指す。
「事情は
「…………………………キミのその傲岸不遜さは何処から来るんだい……」
渋々と菱垣が顔を顰めつつ、キル・スフィリングの前に座る。
それを見届けてキル・スフィリングが菱垣を視る。そして誰に聞かせる訳でも無く、呟く。
「……これはまた随分と…可笑しなモノを……
「(…………相変わらず、
キル・スフィリングはそれを可能とする異能力の持ち主だ。
その名も──
記憶に残されたしこりとなるモノを毒として
菱垣の
毎回の如く、鳴獅と卯月に強制的に連行されるのが常となっている。
「────ハイ終わりだよ、まったくアンタはいつもあたしに逢う時はボロ臭いねぇ?」
「キルさんの前で取り繕っても意味が無いからね、しないよ、面倒なことこの上ないだろう」
「女性に対して言う言葉とは思えないねぇ、菱垣や?」
「……お婆ちゃん風が強くなってるんじゃないかい、キルさん?」
「それこそ失礼だろうが、菱垣」
キルさんが菱垣の額から手を離して呆れたように言いつつ、顔を見てくる。その顔はどう見ても何処か面白がる風情がある。
「しかしまァ……今のアンタは愉しそうだ、昔と違って殺伐として無い」
「……そんなに昔は殺伐としてたのかい?」
「してたさね、アタシから見たら。周りは気付く者が少なかっただろうが──アンタ、視線だけで人を殺す事が容易かった筈だよ、あの時は」
「………………まァ逃げ出してきてそう、時間は経っていなかったしねェ……正直言って内心荒んでた」
菱垣がキルさんの言葉にポツリと返す。鳴獅と
とてもじゃないが
「しかしまァ……フォルゲートからの依頼なんて珍しい。彼処はアンタを嫌う組織の一つだろうに」
「それほど追い込まれたウサギになってたのさ、笑えるくらい面白く無い」
「まァ部下の感情さえ扱えないほど、今回の首領は首領らしくないよねェ?」
「部下を上手く御せるかは首領の腕次第だからね、組織ってのは。菱垣も鳴獅も、其処が面倒で群れてない所はあるだろう?」
「確かに群れる事はあんま好きじゃあないなァ……そもそも受け入れてもらえないけどね?」
「面倒だねェ、組織ってのは。束縛性が強過ぎて気分が悪くなるよ、
コトリとキルさんが水の入ったコップを机に置く。そして入口の幕を更に降ろして『closed』と看板を立てる。
「アンタらこの後どうするんだい?」
「んー? あぁ帰るよ、どやされるのは嫌だしね」
「帰るよー、ありがとねキルさん」
キルさんに手を振り二人は店を後にする。
随分と昔の風景は相変わらず何処かでのどか、何処かで殺伐とした雰囲気で其処にある。
「変わったねェ……今も昔も」
「変わらないモノなんて無いよ、菱垣ちゃん? 時の巡りなんて止められないもん」
「ま、そうだねェ? まァ……安寧が続くならそれも良しだね」
二人は夜になりかける街を並んで歩いて消えてった。
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