第拾陸宴

「んん……」


顔を顰めて冷や汗を流す。苦しそうに漏れ出た呼吸は、彼が今嫌なものを視ているのを、如実に表していた。


────────────────────────────────────────


暗い闇の中に浮かぶ窓を眺めていた。

『外に出られる』、そう思って窓を開けてハッと気がつく。


──これ、予知夢だ──


視たくない、反射的に眼を覆うも、まるで『視ろ』と言わんばかりに眼から手が離れてその光景を目にしてしまう。

窓の外に、ボクと助手ワトソン君が居た。


「……菱垣さんはどうして、自分をそんなにンですか?」


助手君が言う。


「なんのことだい、助手ワトソンくん?」


ボクは気づかない、知らないフリをする。……助手君には、分かっていた反応かもしれない。


「とぼけないで、下さい……よくよく考えてみれば不自然、なんです。菱垣さんならばもっと楽で簡単な処理の仕方が出来るのに、貴方が事ある事に選んできた選択肢は、どれも、貴方自身を消してしまう可能性があるものばっかりでした」

「……だから? ?」


助手君は、淡々と、そしてゆっくりボクに聞かせるように言った。

思わず擦れた、自分には無い、弱々しい声が出る。

その言葉に助手君が、不思議そうに、言う。


「何がそんなに、って……思いまして」

「怖い? 何が? ボクが?」

「それ、は……」


助手ワトソン君が、口ごもる──……


バシッ……


。殴られた痛みで、過去の、そして未来の、その光景を視る。……心が視るなと、叫んでいた。

そして、傷つくのはお前だと、心が悲鳴を上げていたのに……ボクの視線は、その光景に縛られる。


「なんで、アンタみたいなのが生まれてきたの……ッ! なんで、アンタが生き残ったの……ッ! アンタなんか…………ッ!!」


……頬に痣が浮かぶくらい、強く殴られた。痛みは遅れてやってきた。

けど、本当に、痛かったのは……


「ごめ、ん……なさい…………」


口の端から、謝罪が漏れる。苦しいくらいに、そして痛いくらいに、胸がギシギシ音を立てる。


「ボクが、生きてて……ごめん、なさい…………」


「アンタのせいだ! アンタのせいで、あの子は死んだんだ! 返して……返して! あの子を返して……ッ!!」



「ゲホッ……ケホッ! ……ッ……」


痛みで上手く呼吸が出来ない。


──どうして……?


声にならないこえが、耳の奥にこだまする。


──ボクが、生きたから……駄目、だったんだ…………?


殴られる痛みも、蹴られる苦しみも、罵られる辛さも。

全てが遠くのモノに聞こえ、感じる。


終焉オワリの神子』なんて、要らなかったんだ。


創世ハジマリの神子』が、ボクのせいで死んだんだ……


「お前は……お前は、『創世ハジマリの神子』に殺されろ! 『終焉オワリの神子』なんて…………なんで、お前が生き残ったんだ……ッ!!」


──……そんなに、ボクは要らないの……?


終焉の神子が死ねば、創世の神子はどうするだろう。


──ボクは、どうしたら良かったんだい……?


揺れる予知夢の中で、聲にならない叫びはかき消されていった。


────────────────────────────────────────


「〜〜〜〜〜ッ!」


息も荒く、冷や汗を流しながら飛び起きる。


真っ蒼な顔で、ぐしゃっと着ていた着物の胸ぐらを握りしめ、小さく、深呼吸をする。


耳の奥にこだまする、あの不快な、自分の聲が、響いていた。


──五月蝿うるさい……


自分の聲が五月蝿い。


やめてくれと、我知らず、思ってしまう。


そして、聞きたくない、とも。


「あっはは……『』って、言ったらキミは……どうするだろうねェ、助手ワトソン君?」


自嘲気味に震える、笑顔で、青白い顔の狐は呟いた。


──助けてなんて、身勝手な言葉は……言わないし言えないけれどね…………











心の奥底の、血と欲にまみれた場所で、そうそっと否定して──……









──ボクはゆっくり目を閉じた。

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