第拾壱宴
「さてさてお二人さん、積もる話もあるだろうけど取り敢えず腰を落ち着けないかなァ?」
狐はニヤニヤ愉しそうに
「う……それも、そうね」
「…………………………す、すまない……」
菱垣さんの言葉で師弟二人は取り敢えず向かい合わさった、ソファに座る。菱垣さんは自分専用のデスクの上に腰を下ろして、謡うように話し出した。
「ボクはキミらに何の感情も感傷も湧かないけれど、キミらの持つ真実と骨にだけは興味を
「けどそれは単なる食欲と知的好奇心に過ぎない事を重々承知して欲しいねェ?
「ボクが無意味な干渉を排除したがる事は、キミらの世界では最早常識たり得るだろうからね
「キミ達の業界で知らない人は恐らく居ないだろう、あの事件を、ね?
「そう、フォルゲートの敵でもあり味方でもある、マフィア滅亡の件だよ
「うん? なんだいユキちゃん? ──コレは忠告さ、これ以上面倒事を増やしてくれるなよ? っていうね?
「面倒事は面倒しか残さないだろう? 合理に背くにも程があるってモノだよねェ?
「あっははは、別に構わないよ? フォルゲートをキミら諸共消し去るなんて、ボクにとっては
「けどそれだと至極つまらないじゃないか
「けれどボクが見たいのは滅亡と絶望に満ちたキミらじゃないからね
「さて、と
「忠告は終わったから、本題に移ろうか
「待ちくたびれただろう?
「鳴獅くんに過去を案内してもらったンだけれどね?
「キミら、元々普通から逸脱してたんだねェ?
「なんだいヤギくん? 煩いね、キミのコードネームは長いんだよ、それに呼ぶ意味があるのかい? ──まァボクに依頼する時点で普通じゃないよねェ?
「で、話は遡る事五年前
「ちょうどボクがマフィアから反旗を翻した時だね──余談だけど
「ヤギくん、キミさぁ……ユキちゃんを救う為にわざわざあんな事をしたのかい?
「お人好しが過ぎるし、無駄が多過ぎるよ?
「ボクには関係無い話だけれどね
「所で
「知らないのかい? 意外と無知なんだねェ、キミは?
「良いよ、教えてあげよう
「百獣に君臨する無敵の王が唯一恐れる“獅子身中の虫”を活動させない為の薬となるものが、百花の王である牡丹の花に溜まる夜露である為、獅子は牡丹の花から離れられない
「どんなに大きく力のある権力者でも組織でも、内部の裏切りによって身を滅ぼす
「つまりはそういう事だろう、ヤギくん?
「キミは“獅子身中の虫”足り得た訳だ
「五年前のあの日、ユキちゃんは瀕死の重症をその身に抱えてしまった
「それを助けるには実力主義の合理主義である、フォルゲートでは間に合わない
「それにフォルゲートに戻ってもユキちゃんは始末されて終わりだと、ヤギくんは身に染みて理解してたハズだからねェ?
「ヤギくん、キミはさ、ユキちゃんに若い生命の灯火を消して欲しくなかったんだろう?
「キミが初めて生命の尊さを理解したきっかけだからね
「どうだった? 初めて人の温もりに安心した感想は?
「だからヤギくんは悪魔に魂を売り渡した
「キミらの業界では
「あの時の鳴獅くんが飽きれる位だから余程、ユキちゃんの事を思っていたのだろう?
「ボクでも彼処まで心酔も溺愛もしないし出来ないからねェ?
「実に滑稽なピエロだったよ、全く自分の身を顧みない、憐れで荒唐無稽でウザったい、お面を被った
「ユキちゃんを助けてもらった代わりにキミが悪魔に要求されたのは、皮肉にもユキちゃんを死に追い詰めるに事足りるモノだった
「ねェ? だからキミはフォルゲートが潰れる寸前にボクの元へ来るよう、仕向けたんだろう?
「ユキちゃんにどうしても生き延びて欲しかったから
「自分の起こした行動の代償に、ユキちゃんまで巻き込みたくなかったから
「だからキミは追い掛けてきたユキちゃんを冷たく突き放して、彼女に軽い絶望と後悔を植え付けたんだ
「それさえあれば彼女はそれを糧に生き延びる事が出来るからね
「だから此処で一つ、キミへの手向けをするのならば──
「キミはユキちゃんを見くびり過ぎだよ、彼女の本質を見誤っている事にいい加減気付いたらどうだい?
「彼女が、キミが育てた唯一の結晶たる彼女がそう簡単に死ぬ訳がないだろう?
「キミが彼女をそんな風に育てたなら未だしも、キミは根が真面目でノロマなヤギだろう?
「素直にユキちゃんに伝えれば良かったんだよ、『お願いだから生命を無駄にしてくれるな』とね
「その一言が彼女に言えなかったキミは
「結果こうなった訳だけれど──結局の所、キミもユキちゃんも、勿論
「何だ、二人共気付いてなかったのかい? 案外フォルゲートには鈍い人が多いみたいだねェ?
「まァボクはボクの仕事を遂行するのみだから、興味無いけれどね?
「お約束だ──ユキちゃん、お別れの言葉をどうぞ?
そう言うと菱垣さんは未だかつてない優しげな笑みを浮かべて、口元を鉄扇で隠す。
癒斬邑は少し躊躇して──師匠……いや師匠だった人に視線を向ける。
「師匠──私はもう、一人で歩いて行けます。だから……今まで有難う御座いました」
「緋莉くん……」
癒斬邑は師匠だった人に優しい笑顔で頭を下げる。
「それじゃぁ……お別れだよ、御二方」
菱垣さんは静かにデスクから降りると、贖罪の山羊に近付き──そっと鉄扇で顎を掬い上げ、彼の眉間に触れるか触れないかの所に唇を持っていき、キスをした。それだけで贖罪の山羊の身体は元の姿に……骨へと姿を変えてゆく。
「あぁ……これでやっと──」
最期に聞いた彼の
──そうしてフォルゲートからの依頼は
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