第拾宴

──唐突に諸君に訊こう。諸君は『蒼い薔薇▪▪▪▪』をご存知だろうか? とても珍しいと言われる蒼い薔薇を。一目見れば願いが叶うと言われる、蒼い薔薇を。


闇の中でふと思い出した。蒼い薔薇……薔薇にしては珍しい色素の華。この世の何処かに満開に咲く時期があるという、蒼い薔薇……死ぬ前に一度、その姿を見てみたかった。叶う事は無いだろうが……緋莉君と一緒に、その勇姿を見てみたかった。

きっとその中で笑う彼女はとても綺麗だ。

きっと────


「…………そろそろ起きてくれるかい、眠り姫スリーピィ・プリンセス?」

っ……」

「ひ、菱垣さんもう少し優しく……」

「する必要無いだろう? ボクは病人に優しくする程時間を持て余して無いからねェ?」

「え、そういう問題!?」

「此処、は……」

「葬骨屋だよ、ボクのお店」

「葬骨屋です」

「…………そうか……」


──やっぱり菱垣さんが何処と無くイラついてる……過去の咄がそんなに嫌だったのだろうか?


「菱垣ちゃ〜んちょっと来てぇ〜?」

「…………ん? どうしたんだい、鳴獅君?」

「紅茶どれが良いと思う〜? 女の子の好みは未だによく解らないよ〜?」

「ボクも解らないよ鳴獅君? そうだねェ……ユキちゃんならアップルティーかなァ?」

「アップルティーか〜……ならお菓子はコレだね〜」


菱垣さんと鳴獅さんの呑気な会話が続いていく。此処に来た時は鳴獅さんは『久々に来たよ〜』と言ってとても嬉しそうに笑っていた。まるで子供のようにはしゃぐ姿は見た目からは想像出来ない。


──よっぽど寂しかったんだろうか……?


あの虚無の世界でたった独り。外の世界から必要とされなければ、ひっそりと消え絶えれる場所。


「…………君は骨喰らいの……助手、なのか…………?」

「へ? あ、ハイ。菱垣さんの助手を務めてます、鳩慈霊梓潼はとじみしとうと言います」

「そうか……今は君なのか…………」

「今……?」

「あ、いや何でも無いよ……気にしないでくれ」

「はぁ……?」


──よっぽど疲れているんだなぁ……


初めはそう思っていた。彼が口篭った理由が他にもある▪▪▪▪▪という事に、気付いていなかった。

黙りこくってしまった僕らに気付いたのか鳴獅さんが声をかける。


「お? お〜いお二人さん、お見合いは良いから此方来てお茶でもどうぞ〜?」

「お、お見合いなんてしてません! それに僕は男です!」

「え、そんな可愛い顔して男だなんて君も罪な人だねぇ〜? あ、お茶何が良い? 入れるよ」

「『可愛い』って言われたのはアナタが初めてですから!? ……ん〜と、じゃあミルクティーで」

「えー? 君の周りには見る目が無い人ばっかりだったんだね〜……はい、どうぞ〜」

「どうも……鳴獅さんって見た目と違って口が悪いですよね、意外と……」

「え、何々褒めても案内料半額にしかしてあげられないよ?」

「今のを褒め言葉に捉えるって凄いポジティヴシンキング思考ですね!?」

「お褒めに預かり光栄です〜?」

「褒めて無いから!」

「あっはは〜二人とも仲良いねェ?」

「アンタは笑うな腹立つから!」

「ァ痛っ」

「…………………………何時もこう、なのか?」

「ん? 何がだい?」

「はい? 何がですか?」

「ん〜? 何がぁ〜?」

「いや…………何時もこう、賑やかなのかって?」


贖罪の山羊goat of penanceの言葉に三人で顔を見合わせて首を傾げる。


──確かに菱垣さんと話すとこんな感じだが、何時もと言われればそうなのか? と疑問になる。そもそも鳴獅さんと会ったのは一昨日の事だ。彼の……過去を見せてもらった時に、初めて会ったのだ。


「羨ましいかい、贖罪の山羊goat of penance?」

「羨ましい? 君らがか?」

「他に誰か居るのかい? 此処にはボクら以外には卯月しか居ないけれど?」

「…………居ないな」

「だろう? そろそろユキちゃんも来るけれどね」

「! 緋莉君が……」


癒斬邑の名を聞いた彼──面倒臭いから山羊さんとでも呼ぼう──は呆然と呟いた。


──そりゃそうだろう。傷付けた相手が来ると言われれば僕だって困惑する。


「確かにキミはユキちゃんを傷付けただろうけど……それが何だ▪▪▪▪▪っていうんだい? キミはそこまで彼女が弱いなんて、思っていたのかい? それだったら……巫山戯るな▪▪▪▪▪、だよ?」

「ッ……」

「キミは彼女の何を見てそう思ったんだい? 馬鹿にするのも大概にしなよ、キミの中の彼女は一向に成長そだってないじゃないか」

成長そだってない……?」


菱垣さんの声が聞いた事の無いような冷たい声音に一瞬なり、思わずゾッとしてしまう。菱垣さんの話は続いてく。


「キミの中の彼女はキミが彼女を拾った時で止まっている▪▪▪▪▪▪だろう?」

「────ッ!」

「あ……」


菱垣さんの言葉で僕は理解した。如何して菱垣さんが彼に対して此処まで、イラついているのか。


──菱垣さんがイラつくのは、彼が癒斬邑を……


「如何してキミはユキちゃんの成長を認めないんだい? それは彼女に対して何処か思う事があったからだろう?」

「………………確かに、な……」

「ユキちゃんは頑張って、認めて欲しくて、努力してるのに。キミが拒否するんじゃあその想いは何処に向かえば良いんだい?」

「…………ッ!」


カラ……ンッ

葬骨屋のドアが開いて癒斬邑が顔を見せる。


「ひがっちゃん、居る……? あ……」

「! 緋莉、君……」

「あ、来た来た」

「癒斬邑……」


癒斬邑は何も言えずに呆然と入り口に突っ立っていた。そりゃそうだ。追い求めていた人がすぐ目の前に、手を伸ばせば届く位置に居るのだから。

菱垣さんが癒斬邑の反応にニヤニヤしながら、終わりの合図を告げるコールする


「さァこの終わりを暴こうか?」



──どうやら狐は手加減を知らないらしい。

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