第九宴
ぴちゃんぽちゃんぱちゃ……
何処かで水が跳ねる音がする。誰が来たのかなんて興味無いし、気にしない。ずっと──ずっとそうしてきたのだから。
誰にも見せない
「緋莉君は元気だろうか……」
あの日、酷く傷付けてしまった、たった一人の大事な弟子。彼女の今にも泣き出しそうな顔が脳裏にこびり付いて離れない。彼女には本当に悪い事をしたと思う。けれど本当の事は言えない。言ってしまえば彼女は──
「私を軽蔑する、だろうな……」
「それが解っていてわざと突き放したんだろう、キミは?」
「癒斬邑に嫌われたかったんですね……」
「!? 誰だ!」
──彼が、癒斬邑の……
彼は水辺にひっそりと立っていた。手には愛用していたと思われる、小振りの刃物。長い黒髪はまるで彼の闇を表しているかのように揺らめいている。一重の瞳は深く何処までも透き通ったオーシャンズブルー。けれど今は悲哀の色で埋め尽くされている。
「……キミは確か…………骨喰らい、だろう?」
「おや、覚えてもらえてるとは光栄だねェ? てんで興味は無いけどもね」
菱垣さんが馬鹿にしたような笑いを浮かべながら素っ気なく言う。どうやら彼の行動に少なからず思う所があるらしかった。
「さて、と……ボクはボクの仕事をこなすとしようかなァ?」
「骨喰らいの仕事か……それは正しく痕跡を消すモノ、か」
「嫌だな、その名で呼ぶのは止めて欲しいねェ? とうに捨てた名だもの」
「何故だ……アレは正しくお前自身を指す
「煩いよ?」
「!?」
クスリと菱垣さんには
その動きの素早さに思わず目を見張る。
──あの時も思ったけど菱垣さんって……
菱垣さんは過去の咄をされると極端に嫌がる。それは過去に何かとても嫌な事があったという事で。そう例えばトラウマになるような──
「あのね今此処でキミを殺しても良いんだけれどね? それだとキミの思う壷だろう?」
「グッ、か……はっ…………」
「菱垣さん……」
「だからさ、キミの一番会いたい人の前で少しお話しようか? ……ねェ
「!?」
「ま、待て何故そこで緋莉君が出て来るんだ……ッ?」
「ユキちゃん? ボクは一ッ言も
「……ッ!」
──で、出た菱垣さんお得意の掴み所の無い会話術……。相手のミスを誘発させておきながら自分は全くミスを出さない手法。
鳴獅さんがあの時コソッと教えてくれた。菱垣さんは
菱垣さんの過去に何があったのかは、解らない。本人が言いたくない事を調べたりはしたくないし……
「
「…………解りました」
菱垣さんが気絶してしまった彼を抱えながら──骨くらいしか持った事の無い菱垣さんにしては人を抱えたから上出来だと思う──言う。携帯で露羅巍さんにコールして鳴獅君を呼んでもらう。理由は鳴獅さんが露羅巍さんの電話にしか出ないからだ。
「さァ……真相の解明を始めようか」
実に愉しそうに一匹の狐が声を上げる──。
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