第八宴

「やァ久し振りだね、鳴獅君?」

「久し振り過ぎだよ菱垣ちゃん! 而も今回の助手くんは可愛いンだね〜」

「だねェ? 以前の助手ワトソン君は少々真面目過ぎた▪▪▪からねェ?」

「そうだね〜だって僕の事見て第一声が『今日こんにちは此処は何処ですか?』だもの。普通はもっと別の事訊くよね〜」

「まァ今の助手ワトソン君も彼と同じで綺麗好きで読書家ではあるけれどね? けれど彼は彼処まで自分の事に疎くは無かったよ」

「だろうね〜だって彼ならこうやって暢気に寝ていないもの」


シャラン……ッ

すぐ傍で軽やかな鈴の音が響く。


──……誰の、音……? 僕は、一体……何を……して…………?


「そろそろ起きたらどうだい、怠慢にも限度があるよ助手ワトソン君?」

「そうだよ〜起きてくれなきゃ折角用意したお菓子が無駄になる〜」

「う……菱垣、さん…………?」

「やれやれやっとお姫様のお目覚めだ」

「おはようお姫さん〜」

「姫じゃないですから!?」


──くそぅ完全に遊ばれてる……而も二人に! 一人は誰かすらも解らないし!


ケラケラといつも通り過ぎる笑いを上げて菱垣さんが鉄扇で口元を隠す。その横でニコニコと暢気に微笑んでいる、男性……が一人。……いやアレは……男、か…………?


「紹介しよう助手ワトソン君。彼はボクの知人で友人である、鳴獅君だよ」

「どうも〜名無し……じゃなかった、鳴獅だよ。菱垣ちゃんに付けて貰ったんだけど、よく間違えるねェ……」

「まァキミの場合本当は名を持たない▪▪▪▪▪▪モノだからねェ……持たないというより……必要が無い?」

「うん必要は無いねはっきり言って。だって案内役に名前は必要かなァ?」

「…………案内、役?」

「あぁ鳴獅君、彼が助手だって事は説明した教えたよね? 彼、此方こちらの世界の事は全くと言って良い程知らないンだ。今の今まで日の下を歩いてた子だからねェ?」

「え、彼、元々此方に居た訳じゃないんだ? こっちの世界では珍しいね?」

「え……」


──…………珍しい▪▪▪? 僕が?


『鳴獅』と呼ばれていた男性と菱垣さんの会話に理解が追い付かず、頭の上にクエスチョンマークが飛び交う。そして二人を見比べてはたと気が付く。


──……そう言えば菱垣さんも、鳴獅さんも、雰囲気が僕の知っている『日常▪▪』から逸脱している。なんて言うか……


「…………『普通の感情から和やかさや暢気さが見えない』、かなァ?」

「それだ! ってあれ、僕言いましたっけ……?」

「良いや全く言っていないよ?」

「全く口に出して無いね〜?」

「え……じゃあ何で解ったんですか?」

「単に君が分かり易いんじゃないかな〜」

「単に助手ワトソン君が分かり易いだけだよ。全くそこまで自分の事を理解して無い知らない子だとは思わなかったなァ……」

菱垣さんが呆れたように鉄扇で僕の頭をぺしぺしと軽く叩く。鉄扇なので微妙に痛い。


──……僕が僕の事を知らない▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪、か……言えてるかもしれなかった。だって僕は自分の日常普通が壊れても特に何も思わなかったし、これからの事なんて興味が無かった……自分の事なのに▪▪▪▪▪▪▪、だ。


「…………さて、と助手ワトソン君も起きたし、お茶会といこうか。鳴獅君が折角用意してくれたのだしね」

「美味しい所のを買って来たんだよ〜。僕、すぐそこまで行けるしね〜」

「!? !?」


──ど、どういう事!? これも仕事なのか!?


ニヤニヤとイラつく笑いを浮かべた菱垣さんが僕を見てくる。どうやら意図はありそうだが教えてくれそうも無い。証拠に菱垣さんの目がこう言っていた。


答えが欲しいなら▪▪▪▪▪▪▪▪自分で探たまえよ▪▪▪▪▪▪▪▪助手ワトソン君?』

『…………解ってますよ、菱垣さん』


菱垣さんの目での会話アイコンタクトに僕も同じく目での会話アイコンタクトで答える。

そんな僕らの会話を知ってか知らずか、鳴獅さんは僕らの前に鮮やかに色づいた紅茶と様々なお菓子を嬉しそうに笑いながら並べる。


「どうぞ〜召し上がれ〜♪ と言っても僕は作って無いけどね」

「紅茶は入れたんだろう? それだけでも十分だよ、鳴獅君。もてなしはその人がどれだけ▪▪▪▪▪▪▪▪相手の事を思えるか▪▪▪▪▪▪▪▪▪によるんだからね」

「そうですよ、この紅茶凄く心が籠ってますもん」

「そうかなァ? 二人がそれで良いんなら良いんだけど……」

鳴獅さんは僕らの言葉に嬉しそうに目元を緩めてニコニコと笑った。


──……本当にこの人はよく笑う人だなぁ……


まるで笑顔以外の表情カオの作り方を忘れたかのようにニコニコ笑っている。


「…………さて本題に入るとしようか?」


ズズッと紅茶を一口啜り、菱垣さんがにんまりと口元を半月状にしながら言った。

そんな菱垣さんに鳴獅さんは『おや』という風に目をパチパチさせた。あたかも珍しいモノを見た、とでも言いたいかのように。


「今日は真面目なんだね菱垣ちゃん?」

「久々に愉しい依頼が入ったんだよ、而も協同組合フォルゲートからね」

「珍しいね〜彼処は菱垣ちゃんに頼りたがらない▪▪▪▪▪▪▪場所の一つでしょう?」

「そう、だから愉しい依頼▪▪▪▪▪なんだよ。彼らが頼りたくないボクに依頼したんだ、それは彼らがそこまで追い込まれた兎になってしまった▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪って事を言外に暗示しているのさ」

「追い込まれた兎……」

「そう、兎。そもそも何故彼らが……協同組合フォルゲートやマフィアがボクに骨拾いを『頼まない理由ワケ』……それくらいはキミでも解る筈だよ助手ワトソン君? 何故なら理由は単純明快なモノだからね」

「え、あ…………若しかして、『自分達で始末する▪▪▪▪▪▪▪▪』から……?」

「ご名答♪ 彼らは頼る側……では無く頼られる側▪▪▪▪▪だ。若しくは頼らず頼られず▪▪▪▪▪▪▪孤独を貫く存在▪▪▪▪▪▪▪だ。そんな彼らからしたらボクみたいな存在モノ、使いたいと思うかい? 答えはNOノーだろう? 彼らとしてはボクみたいなのは『居ない方が良い▪▪▪▪▪▪▪存在モノなのだからね?」


──菱垣さんの言う通りだ。僕がフォルゲートに居たら絶対苦虫を噛み潰した▪▪▪▪▪▪▪▪ような顔をした筈だ、菱垣さんみたいな存在が居れば皆そちらに行ってしまう……


ぱしんっと鉄扇を閉じながら菱垣さんの言葉は続く。


「なのに、だ。彼ら──此処では協同組合フォルゲートの事を指す──は頼りたくも無いハズのボクの元へ来た。ボクへの勧誘も兼ねていたようだけれどそれは失敗に終わった……だったら回りくどくはもう出来ないよねェ? だって彼らは言いたく無い事柄を遠回しに言おうとして失敗したんだから。他でも無い──ボクの手によって、ね?」


菱垣さんの言葉を聞きながら僕は菱垣さんの異様さ▪▪▪に少なからず疑問を覚えた。


──菱垣さんは自己分析能力や知識量、その他諸々の事に長け過ぎている▪▪▪▪▪▪▪。欠点は……常軌を逸した言動が多い、って事だろうか? いやそれも何か違う気が…………


「……それで、咄を戻すけど菱垣ちゃん……菱垣ちゃんが此処に来たのは案内してもらう為▪▪▪▪▪▪▪▪でしょう? 何処に案内すれば良いんだい?」

「咄が早くて助かるよ、鳴獅君。フォルゲートを裏切った彼が壊れた▪▪▪時に、案内してもらえるかな?」

「壊れた時……ッ?」

「良いよ〜行こっか〜。けど過去に行く訳だから過去の人たちに干渉するっていうのは無しでね〜?」

理解わかったよ鳴獅君」

「…………解りました」


カチャンッと紅茶を飲み干して空になったカップを机の上に戻すと、菱垣さんはニヤリと口角を上げた。


「──さァ終わりの夜の始まり▪▪▪▪▪▪▪▪▪へ行こうか」


──黒狐は笑いながらそう宣言した──

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