第拾弐宴
「んん……」
深い深い微睡みの中で、小さく身動ぎをする。意識は無い。それも──一週間半前から。意識はただただ、遠い昔に還るだけ。何度も似たような経験と体験と思いを繰り返した、面倒臭い人生に──……。
骨譟菱垣はあの日の夜、意識を失い、今もなお眠り続けている──。
「菱垣さん……」
梓潼は昏睡したままの菱垣の髪の毛をそっと撫で付けた。
菱垣さんは贖罪の山羊を骨に還したあの夜、意識を失いそれ以後目を覚ましていない。
ずっと死んだように眠っている。早く、早く目を覚ましていつものようにケタケタと悪魔じみた笑い声を上げて欲しい。なのに──彼は目を覚ましてくれない。このままずっと、眼を覚まさないのではないか、そう思ってしまうほどに人間らしさが欠けている。
「──梓潼さん、少しは寝ないと……」
「けど、菱垣さんが……」
「主はじき、目を覚まします。ただ今回は記憶に残った残留思念に、耐え切れなかっただけです」
「残留思念……?」
「はい。……梓潼さんは何故主が骨しか喰らえないのか、解りますか?」
「え……と、骨の栄養分しか吸収出来ないから、とか……?」
「確かにそれもあります。けど違うのです、主が骨しか喰らえない理由というのは」
「そう、なんですか……?」
「第一の理由は
「…………善、ですか……」
確かに“善の存在”とは言えない気がする。だから
ただ……今まで目の前で笑っていた人が、こんな風に物言わぬ人形のようになると流石に、気が滅入る。手を伸ばせば届くのに。すぐ、目の前に居るのに。僕の手は菱垣さんに届かない。
「菱垣さん……」
──早く目を覚ましてあの面倒臭い笑い声を上げて下さい。
僕はそう思うとそのまま力が抜けたように菱垣の上に覆い被さりそのまま寝てしまった──。
────────────────────────────────────────
「──────菱垣」
「ん〜? ……あぁ穐ちゃんじゃないか」
「久し振り、かな……」
「ん〜……まァ久し振りと言えば久し振りかもねェ? 何せキミが死んでから早五年だから」
「そうか……菱垣、一つ訊いて良いか?」
「え、嫌だよ面倒臭い。今のキミとは話したくないんだ、
「駄目か? 何故聡明なハズのお前がこんな事をしでかしたのか。其処に興味があるんだが……」
「…………穐ちゃん、ボクは聡明じゃないよ。ボクは──……」
「菱垣。何故お前は自らを否定する? 自らを否定する時だけがお前がお前らしくない。其処だけが不自然で不明瞭で不可解だ」
「…………穐ちゃん、実体の無い今のキミが何を言おうと現実には何ら影響を及ぼさないよ? 勿論──……ボクにも、ね?」
「それは解っているさ、今の俺は魂だけで彷徨っているだけのモノだからな」
「解っててボクの所に来たのかい、キミは? 一体何を伝えに──……」
「菱垣。
「違うよ、穐ちゃん。ボクは無駄な事を嫌っているんじゃない、苦手としているだけなんだよ」
「どちらも大差無いだろう、菱垣、お前にとっては?」
「…………本当にボクの元相棒は小姑みたいだねェ……確かに大差は無いけれども、ね?」
「だろう? ……しかし、菱垣。お前何故彼の能力に気付いていながら、
「さァさァ実体の無いモノは還る時間だよ、穐ちゃん? 此処に居ればキミまで喰い尽くしてしまいそうだ」
「待て、菱垣──……」
「さようなら、また逢える事を期待しないよ、穐ノ宮和紗」
「──ッ! ────ッ……」
菱垣は元相棒の手を叩いてその空間から
「苦手だよ、キミの事は相変わらず……」
菱垣は誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。誰にも気付かれない、いや……気付かれたくない、心の底からの思い。気付いてしまったら──……
「……御免ね、卯月……
菱垣は大きく鎌首を擡げた黒い蛇に飲み込まれた──。
────────────────────────────────────────
「ッ!? 菱垣、さん……ッ!?」
──何だ、あの夢……ッ? 菱垣さん、菱垣さんが、黒い蛇に……ッ!?
「梓潼さん、目を覚まされましたか」
「! 卯月さん! ひが、菱垣さんが……ッ!」
「落ち着いて下さい、何を視たんです?」
「ひが、菱垣さんが……黒い、蛇に飲み込まれ……て…………ッ!」
「あぁ……それならばまず鳴獅さんを呼ばないと。
「ッ! ……解り、ました、露羅巍さんに
ドタドタドタドタッ
梓潼が足音をさせて事務所に向かう。
その様子を横目で見ながら卯月は
「…………あれ程無茶はしないで下さいと、申し上げたのに……懲りないお方ですね、我が主は」
その顔には苦笑とも微笑とも……はたまた嘲笑とも取れる笑みを浮かべて、菱垣の耳許で囁いた。
「────早く目覚めて下さい、アナタは
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