〜狂人たちのお仕事・番外編第伍狂〜

──時々懐かしくなる。まだ数ヶ月しか経っていないのに、何も考えなくて済んだ、あの日までの事──


ジュ〜ッと肉の焼ける音がして辺りに美味しそうな匂いが蔓延る。サッと炒めた野菜と一緒に、既に作っておいた特製のソースを絡めて皿に盛り付ければ特製野菜炒めの完成だ。


「あ、出来たんだねェ? だいたいコンビニ弁当で済ましてたって言うから、てっきり出来ないのかと思ったんだけど」

「だいたいの事は出来ますよ失礼だな……面倒臭くて作らなかっただけです。味もちゃんとしてます」

「ふ〜ん? ボクは食べないからよく解らないけどねェ……」

「菱垣さんって『食べない▪▪▪▪』ンじゃなくて『食べれない▪▪▪▪▪』ンじゃないですっけ?」

「まァそうとも言うね?」


ケラケラと朗らかに菱垣さんは笑って言った。


──相変わらず掴み所の無い人だな……


僕が菱垣さんの所に来てから、はや三ヶ月。何時もならこのくらい時間が経てば何処と無くひととなりや好み、その他諸々が解ってくる所なのだが……


──菱垣さんの事は僕、殆ど知らないなぁ……


むしゃむしゃと野菜炒めを食べながら、骨を齧っている菱垣さんを眺める。


──相変わらず整った顔立ちだよな、この人……


視線に気付いたのか、菱垣さんがニヤァッと狐じみた笑顔でこちらを見てくる。


「ん? 何かな、助手ワトソン君」

「………………………別に何でも無いですよ……」

「あっはは〜? 何か質問あるなら何時でも聞き給えよ? ……まァ全て答えるとは限らない▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪けどね」

「………………………じゃあ……菱垣さんの事、少し教えて下さい。過去の事含めて」

「おっとォ〜? いきなり直球で来たね、助手ワトソン君?」

「………………………駄目、ですか……?」

「…………あっはははははははは! 構わないよ別に? ただ今まで訊かなかったから、てっきり良いのかと思ってたんだ。そういうモンだと▪▪▪▪▪▪▪▪割り切ってる▪▪▪▪▪▪のかと思ってたんだ」

「すいません、タイミングを逃して訊くに訊けなかったンです……」

「あっはははははははは〜じゃあ卯月に紅茶でも頼むかい?」


菱垣さんはそう言うと齧っていた骨を僕に向かって▪▪▪▪▪▪放り投げると、卯月さんの元へ向かった。


──一々骨を投げるなよ、而も食べかけ、而も人に向かって!


骨が顔面に当たってスコーンッと小気味の良い音を立てる。鈍い痛みに怒りを覚えながら、ご飯を平らげて食器を下げる。


──それから一悶着あったのは言うまでも無い。


────────それから数時間後────────


「ァ痛たた……助手ワトソン君、キミは手加減を知らないのかい?」

「する必要無いでしょう、笑顔で骨を投げてくる人には?」

「えー?」


ケラケラと笑う菱垣さんは一向に堪えた様子は無い。いつも通りヘラヘラと笑っているばかりだ。


「梓潼さん、主のコレは元からですんでお気に為さらず……」

「え、じゃあ僕が来る前は卯月さんに……?」

「投げて無いよ、卯月には」

「いえ、私には投げていらっしゃいませんよ?」

「え……?」


──どういう事、なのだろうか……? 卯月さんに投げて無いなら、一体誰に……


「投げてたのは……助手ワトソン君だけにだよ」

「え……? 僕、ですか……?」

「違います。主の助手役は梓潼さんの前にも、何人も存在していたんです。その……今はもう居ませんが」

「え、あ……亡くなったん、ですか……」

助手ワトソン君が聞きたいのは過去の事も含めた、ボクの事、だっけね?」


菱垣さんは似つかわしくない様子で、静かに紅茶を啜った。そして静かに語り始めた、自分の事を──。


ボクは東京の下町に生まれたんだ。そして六つの時に独りになったよ、両親が死んでしまったからね?

何でだろうねェ……今でも人が居なくなって『悲しい』なんて思えないんだ。だからボクは親の葬式があっても泣く事は無かった。

別に泣かなくても責めるような人なんて既に傍には居なかったしね?

そして孤児院を転々として……十二の時にマフィアに入ったんだ。

ん? きっかけかい? ……きっかけは…………偶々その時居た場所がマフィアの拠点近くだって、聴いたからかなァ?

ボクはマフィアの中では新参者の役立たずから新たに始めた。志願した時はまだ自分の事をよく理解して無かったからね……


菱垣さんはそこまで話すと、一旦紅茶を飲んで喉を潤した。

そして小さく呟いた。


「…………………………ボクが生まれた理由って、何だろうねェ……?」


純粋に疑問でしか無い、とでも言うように。


──菱垣さん……


で、それから三年くらいしてボクは此処、『葬骨屋ホムハニヤ』を設立したんだ。勿論マフィアには属してない、中立としてね。そして今現在に至る──って所かな。


「無駄な事はしたくはないからねェ?」

「…………………………話してくれて、有難う、ございました……」

「ん? 礼を言われるような事はしてないよ、助手ワトソン君?」


菱垣さんはざっくりとした事しか教えてくれなかったけれど、それでも話してくれただけまだマシだった。


──菱垣さんはすぐに黙るから……自分の事になると特に。


「…………さて、と。昔話はこれくらいにして少し散歩でも行くかい? 仕事が無ければ、だけれどね」

「あ〜……良いですねそれ」

「ちょうど近くの桜並木が満開で見ごろだそうですよ」


プルルルルルルルルルッ!


花見に行けるかと思ったのだが残念ながら電話がまるで示し合わせたかのように、鳴り響いてしまう。きっと露羅巍さんからの仕事の依頼の仲介だ。

菱垣さんが少しも残念に思って無い笑顔で言う。


「おやおや……どうやら仕事のようだよ、助手ワトソン君?」


──────狂人の宴は終わらない──────

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