第陸宴

「それで? 協同組合フォルゲートが此処まで弱体化するなんて珍しいじゃないか」

葬骨屋に着いてはや一時間。卯月さんの入れた紅茶と卯月さん特製のクッキーをお供に協同組合フォルゲート団員メンバーである癒斬邑緋莉の話を聞いていた。

「欧米諸国で数年前まで猛威を奮っていた能力者集団フォルゲート。だがどうだい? 今は風前の灯の様に弱体化の一途を辿っている。一体この数年で何が▪▪フォルゲートに起きたんだろうねェ?」

菱垣さんは何かが可笑しいとでも言うように言ってニヤァッといつも通りの悪魔じみた笑顔を口元に浮かべて紅茶を口に含んだ。

「…………裏切りよ」

癒斬邑が小さく言った。

――裏切り?

猛威を奮っていたフォルゲートが裏切り如きでそう簡単に弱体化するだろうか?

裏切り▪▪▪だって? なんだいスパイ行為を行う輩にさえ▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪気付かなかったのかいキミらは? そこまで自分たちの力に溺れ浸っていた▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪のかい?」

「…………そうかも、しれないわね……」

菱垣さんは容赦無く彼らの傷を抉った。そりゃそうか。なにせ菱垣さんには理解出来ない▪▪▪▪▪▪のだ。どうして彼らが▪▪▪そう力に溺れてしまった▪▪▪▪▪▪▪▪▪のか、菱垣さんからしたらそんなモノはどうせ消えるモノ▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪だと、解ってしまっているのに。

「…………ユキちゃん、さといハズのキミが何故▪▪見逃してしまったんだい? 裏切った人に、少なからず同情だの情けだの、思ってしまったんじゃないのかいキミは?」

「…………ひがっちゃんは本当に鋭いわね……そうよ、私はあの人に少なからず同情をかけてしまったの……」

癒斬邑がぽつぽつと話し始めた。


〜回想〜

アレは雨の日だったかしら……私、孤児院に棄てられて暫く其処で育ったのだけど、五年前に追い出されて雨の中泣いていたのよ、たった独りで。

──ひがっちゃん笑わないで貰えるかしら、不愉快だわ──

其処で会ったのよ、彼と。彼は私に傘を向けて言ったの。

『──協同組合フォルゲートに来ないか?』

って。行く場所無かったしついて行ったの。

──ひがっちゃん煩いわよ、一々笑わないでちょうだい──

初めに私が目にしたのは大きな堅牢でね。一体何の為の堅牢なのか、さっぱり解って無かったの……その時は▪▪▪▪

私がその堅牢の意味を知ったのは仕事をしだして少しした頃。彼が私に言ったのよ、独り言のようにぽつりと。

『──…………此処は誰にも逃げられない、不可侵の拒塞ラビリンス・ウォール……』

とね。私は聴いたその時は彼の瞳には何も映っていなかった。だけれど……裏切った彼と対峙した時、初めてあの言葉の意味を理解したの。

『……あぁ確かに協同組合フォルゲート不可侵の拒塞ラビリンス・ウォールだ』

とね。

今でも解らないわ、何故彼が裏切る必要があったのか。彼が何で私をフォルゲートに誘ったのか。何度も失敗して死に掛けた私を助けたのか。

──ひがっちゃんなら、躊躇無く彼を殺せた?──

彼を逃がしてしまった後に思った。酷く後悔して自分が馬鹿らしく思えた。

命の恩人▪▪▪▪だったら緋莉君は極悪人でも逃がす▪▪▪▪▪▪▪▪のか?』

去り際に彼は私にそう言って蔑んだように目を細めて私を見た。……そりゃそうよね、だって殺さないといけない▪▪▪▪▪▪▪▪▪人をみすみすと見逃してる▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪んだもの。彼にとっては軽蔑の対象でしか無いわ……


──ど、どう声をかけたら……ッ!?


ガタッ

隣で椅子が倒れる音がした。勿論僕の隣に座って紅茶を飲んでた菱垣さんだ。

菱垣さんは実に馬鹿馬鹿しいという風に鉄扇を口に当て口元を隠すと、言った。

「それで? ボクはキミの自己嫌悪咄をさせる為に招いた訳じゃないよ? 嫌悪咄をするのなら即刻その御老人を連れてフォルゲートへお帰りだね、ボクが構う程のモノじゃない」

そうバッサリと菱垣さんは切り捨てた。

──些か非情過ぎやしないか……?

だが合理的な菱垣さんらしい。菱垣さんは無駄な事を嫌う。だから癒斬邑の後悔咄は聞きたくないのだ、はっきり言って時間の無駄だから。

「…………そうね、確かに此処で悔やんだとしても元には戻せないわね……」

「ボクとしてもキミらの時間は戻したく無いよ、大多数の人を解らなく▪▪▪▪させるのは労力を使うんだ。必要な労力とそうで無い▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪労力くらい理解している▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪からね」

「そう、よね……杼淹様が直々に出向いてきたのは貴方に会う為なのよ、ひがっちゃん」

「ボクに会ってどうするつもりだったんだい、カレは? ボクは興味の無い骨を拾う程、骨には飢えていないよ?」

癒斬邑の言葉に菱垣さんは鉄扇を口に当て腕組みしながら言葉を返す。菱垣さんが鉄扇を出して口に当てたりしているのは、無意識に思考を張り巡らしているからだろうか?


──二人が黙り込んで十五分。先に行動を起こしたのは菱垣さんだった。すっかり冷えきってしまった紅茶を飲むと菱垣さんが癒斬邑に問う。

「──それで? ユキちゃん……いや協同組合フォルゲートはボクに何を依頼たのみたいんだい?」

「…………『骨拾い』よ、裏切り者の骨を拾って欲しいの」

「骨拾い、ねェ……?」

菱垣さんが鉄扇をぱたぱた仰いで楽しそうに目をクリッとさせる。


「──誰の骨を拾えば良いんだい?」


──……どうやら受ける事になったようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る