第拾肆宴

「……………………貴方もしかして──馬鹿、なのかしら?」

「一言目が罵倒ですかっ!?」

「え? だって鳴獅さんを怒らせるとか余程の事でしょう? 彼は殆どの事を怒らないのですもの」

「うっ……」

あの後菱垣さんは目を覚ました。その一言目が

『ユキちゃんの所に修行だねェ?』

だったのである。

その後に続いた言葉が

『取り敢えず一週間は帰って来なくて良いよ、ユキちゃんの落第点が貰えるまではキミの仕事は無いしね?』

で、言い終えた後はそのまま鳴獅さんから渡された薬湯を飲んでいた。

「…………………………ひがっちゃんはなのよね……」

、ですか?」

「そうよ。ひがっちゃんの能力はひがっちゃん自身を蝕むモノでもあるから、ひがっちゃんの深層心理ナカに行けるのは鳴獅さんしか、存在しないの。だから鳴獅さんは怒ったのよ、『』ってね?」

「あ……」

「それにひがっちゃんはしぃちゃんが思ってるより歳いってるわよ?」

「えっ……そうなんですか?」

「嘘付いてどうなるのよ? 器を変わりながらずっと生きてるみたい。鳴獅さんと近しいモノはあるわよね」

「鳴獅さんと……」

癒斬邑はくすくすと可愛らしい笑い声を立てて、僕を見る。

「ひがっちゃんの次の相棒パートナーがどんな人なのか、興味があったのだけれどまさかアナタだったとは思わなかったわ。ついこの間まで一般人だったんですもの」

「初めて見た時は驚きましたよ、だっていきなり空から人は降ってくるし、同い歳の女の子が銃をぶっぱなしてるし……」

「あの時死ななくて良かったわね?」

「全くですね。……あ〜ぁ普通の生活とはかけ離れちゃったな……」

「まだあの時の生活に未練があるの?」

「そりゃ多少は? でもまぁ……菱垣さんを放置したい程未練は無いです」

「ふふ……ひがっちゃんが貴方を選ぶ訳だわ、んですもの。尤も──他にも理由はあるでしょうけれど、ね?」

「えー」

癒斬邑はクスクスと愛らしい笑みを浮かべて、笑っている。どうやら先日の事件ことは彼女の中で区切りが付いたようだ。

「…………癒斬邑は何で菱垣さんを怖がるの?」

「へ? ひがっちゃん?」

「うん、菱垣さん。ほらこの間鳴獅さんの所に行くって菱垣さんが言った時、反論して菱垣さんに何か言われてたでしょう?」

「嗚呼あの時ね……」

癒斬邑はふと着物の袖で口元を隠しながら、何処と無く苦しそうに言った。

「癒斬邑……?」

「…………梓潼くんは知ってる? ひがっちゃんの二つ名」

「え……? 二つ名、ですか……」

「そう。ひがっちゃんが居ない今のうちにしか、教えてあげられないから」

「あ〜……菱垣さん、過去の話とか二つ名の話とか、嫌がりますもんね」

「ええ、まァ……取り敢えず部屋に行きましょうか、此処じゃ誰に聞かれるか分かったものじゃないわ」

「え、じゃあ何処に──」

「…………私の部屋?」

「…………へ?」


……………………………………どうやら癒斬邑の部屋に招かれる事になったらしい。



──菱垣&鳴獅side──

「──菱垣ちゃん、大丈夫?」

「ん? あぁ……大丈夫だよ」

「大丈夫に見えないよ〜……」

「鳴獅くんは心配性だねェ?」

「だって毎回“骨拾い”の後はぐったり菱垣ちゃんじゃないか〜……」

「あ〜……アレかな、歳のせい?」

「かなぁ……? 菱垣ちゃん、見た目年齢と実年齢比例して無いもんね〜」

「鳴獅くんもだけれどね。此処に移り住んでから何年目かなァ……」

「確か卯月ちゃん拾ってからだから〜……軽く三十年は此処でしょ? そろそろ危ないんじゃないの?」

「あっはは〜……そろそろ変わった方が良いのかなァ? 出来れば助手ワトソンくんが大丈夫になってからが一番だと思うんだけれど」

「菱垣ちゃん、今回の助手ワトソンくんにはえらくご執心だよね〜……何で?」

「あれェ? 鳴獅くんは知ってるハズだけど?」

「あ、あ〜……成程そういう事か〜? んだっけ」

「……助手ワトソンくんには言わないでおくれよ、彼にはつもりだからね」

「それは菱垣ちゃんが過去を思い出すから? それとも──……」

「……両方だよ、鳴獅くん。今のボクは情けない程に弱いんだ。……キミも、理解している知っているだろう?」

「うん……菱垣ちゃん、あんまり無理しないで? 自分を否定したらいつか消えちゃうよ……」

「………………………解っているよ、大丈夫だ鳴獅くん」

「うん──……」

菱垣の横たわるベッドの隣で鳴獅が、卯月が持ってきたリンゴをシャグシャグッと齧りながら言う。

菱垣は後最低一週間は休まなければいけない。でなければ身体にガタが来て使い物にならなくなり、。ただでさえ、今でもガタが来ているのだから──……。

「鳴獅さん、水飴と沢庵、いります?」

「あ〜いる〜。卯月ちゃんの、美味しいもん〜」

「鳴獅さんならもっと美味しい場所ご存知でしょうに」

「いやいや〜卯月ちゃんのは百億の銘菓にも負けないって〜」

「今『上手い事言った!』って思いましたね?」

「あ、バレた〜?」

「バレますよ」

「…………二人とも話すなら事務所ででも話しておくれよ、寝れないだろう?」

「あ、御免」

「あ、すいません」

「うん…………」

「お休みー菱垣ちゃん」

「お休みです、菱垣

「…………卯月ちゃんって何で梓潼くんの前では菱垣ちゃんの事、主呼びなの〜?」

「あぁそれはですね〜……」


──二人の会話が心地良い。


菱垣は鳴獅のシャンシャンと鳴る鈴の音と、卯月のサーッと流れる水の音を聞きながら、深い深い思考の渦へ巻き込まれていった──……。

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