21 超界

「ドコーン……ドコーン」

「ああ、そうか。わかったよファーザー」


 光の届かぬ地中を往くコクピットで、ヴォルテはファーザーの脈動に頷いた。

 彼がこうしてごく普通にファーザーと言葉を交わしている様子に、アヤはようやく慣れつつある。


「ファーザーは何て言っているの?」

「もう目の前まで近付いているってさ」


 ユニコーンをたおしたファーザーが向かうのは、シュミ山の“根本”とでも呼ぶべき場所。

 地下深くに眠る、殖種帰化船団サクセッサーの遺産である。


「ねえ、ヴォルテ。シュミ山には何があるの?」

「……僕を連れてきたモノ。そして、これから先、連れて行くモノなんだ」

「よくわからないんだけど」


 横目でヴォルテを睨むアヤであったが、ファーザーが地中穿行を停めたのに気付き、サブ・モニターに注目した。


 黒い画面に、緑色の文字列が高速で表示され、どんどん下へとスクロールしていく。

 アヤは、流れる文字列をすぐさま目で追った。モニターの光が、アヤの眼鏡に反射している。


「――ああ、そういうことだったの」


 そして、一言、すっきり合点がいった、とばかりに吐き出した。


「……それ、読めるんだ?」

「ある程度は解読作業が進んでいたから。見た事のない単語もあったけれど、前後のつながりから補間できたしね」


 ファーザーが表示した文字列は、ヴォルテには読むことができない。

 ヴォルテは思念テレパスにより機体を制御できるため、コマンドコードも、コメントも、文字情報を介する必要が無いのだ。


 ヴォルテがアヤに対して驚いたのは、自分にも解らない未知の文字列をあっさり解読したのもさることながら、滝のように流れ落ちる文字を一切見逃さずに目で追ってみせる離れ業に対してであった。


「これでようやく、私も事の次第を把握できた。ヴォルテったら、説明が下手なんだもの」


 ファーザーがドリルを一突きすると、目の前の土壁が崩れる。

 正面、メインモニターに映し出されるのは、視界いっぱいの、透明な灰色をした“天資結晶シングセル壁”――人工物であった。


 ちょうど視界の中心部に、渦巻き状に象られたシャッターが見える。

 ドリルの先端をそこへ差し込むと、壁面に縦横と奔る溝全体が青い光を放ち始めた。


「さ、ヴォルテ、急ぎましょう。このふねを起動させれば、全てが終わる。そして――始まるわ」


「――ああ。ファーザー、やってくれ!」


「ドコーン……ドコーン」

「ギュイィィィィィィィィ」


 壁面へドリルを根本まで挿入し、内部で回転させる。

 地中に青い光が満ち、そして、地の底が震え始める。


 ファーザーのドリルは今、シュミ山を揺るがしていた。


 *


「何が起きている――ファーザーは、何をするつもりだ……?」


 ユニコーンとファーザーの戦闘を見届けていたナメラは、地中へ潜ったきり戦場に現れないファーザーの行方に最大限の警戒を向けていた。


 感度を最大にした乗機デュラハンの足底部センサーは、徐々に奇妙な波形を検出し始めている。


「間違いなく、地面の下で何かやっているなァ。いよいよだな、いよいよだ」


 固唾を呑むナメラが、ちょうど硝煙にけぶるシュミ山に目をやった時。


 ――――山肌が、弾け飛んだ。


 山の中腹が、内側から発破をかけたかのごとく岩石と土砂を噴き出して、続いて突き出てきたものは。


 当然、ドリルである。


 直径だけでもアーマシングの身長並の規格外ドリルが、遠目にはゆっくりとした回転でシュミ山を内側から掘り抜いていた。


「そうか、そうか。あれが――アンナロゥの言っていた“余所者てき”というやつか……!」


 ドリルが山を砕き、巨大な、巨大なものが姿を表した。

 たちまち、戦場となっていた平野に広く影が落ちる。


 シュミ山から出てきた“それ”が落とした影である。


“それ”は、空を悠然と翔んでいた。


「いやいやアンナロゥ君、君は本当に――――鹿だったんだねェ」


 ナメラは、全軍に警戒待機を命じ、自らも“それ”を――“空とぶ軍艦”をギョロリとした両目でひたすら眺めた。


 200メートルはあろう全長の艦体。

 喫水線にあたる部分より下には、魚のヒレを思わせるフィンや放射状に取り付けられたパイプノズル、その他正体不明の機械部分が密集している。


 地上からでは全体を窺えない艦上には、どうやら数基の巨大な砲塔や、ビルのような艦橋がそびえているらしかった。


 現代地球の産物に例えるならば、第二次大戦期の重巡洋艦が翼を生やしている、という説明になろう。


 そしてやはり、何より目を引くのは艦首から屹立し、雄々しく回転するドリルであった。


「あんなモノ、味方につけても持て余す。ましてや、敵対しようだなんて、ねェ? 彼なりの意地でもあったのかな」


 ナメラの乗るデュラハンのコンソールが、通信を受ける。

 発信者は、友軍ではなく。


「……『ヴォルテ・マイサン』? 何者だ」

「少佐、どうやらこの通信は敵味方問わず、全軍無差別に発信されている模様です!」


 慌てて声を張り上げる副官に落ち着くよう促して、ナメラはヴォルテと名乗る男――おそらく、頭上のドリル艦の主からの声に耳を傾けた。


「サウリア、セルペの両軍に告ぐ! “本艦”はタラーク宇宙太陽系連合軍『殖種帰化船団サクセッサー』所属の重巡宙艦『超界オルバイスパー』である!」


 ヴォルテという青年の名乗りと同時に、アーマシング全機のモニターに、突然怒濤のごとく文字列が流れてくる。

 兵士の殆どは、意味を理解するには至らずとも、その文字を読むことができた。

 文字列はすべて、クァズーレの一般的な言語に翻訳されていたからだ。


「いま、惑星クァズーレ全土へ向け、“我々”殖種帰化船団サクセッサーの持ち得る情報を総て送信した!」


 ナメラは後方に控える師団総司令機を確認。

 彼が進言するまでもなく、セルペ軍の総帥は『全軍攻撃停止』の光信号を発していた。


 サウリア軍も同様であろう、と陣に目をやって、ナメラは思わずコクピットのシートから腰を浮かせた。


「なにっ!?」


 

 敵サウリア軍の最大戦力、アーマシング『クルマラ』は、全身に装備した砲門を空中へと向けていた。

 明らかに、殖種帰化船団サクセッサーの『超界』を狙っている。


「サウリアは正気なのか?」


 だが、よくよく周囲の布陣を見れば、あの空中艦に攻撃態勢をとっているのは、サウリア軍の中でも一部の部隊だけであった。


 ナメラは合点した。

 アンナロゥは、抱き込んだ自身の手勢を思想的に感化して狂信者集団を作り上げたのだ。

 自らの死後も、『惑星の外から来る存在を徹底排除せよ』という思想に狂奔する者達を遺したのだろう。


 筒音が轟き、轟き、轟き、砲火が弾け、弾け、弾け、地上から空を焼く弾幕が昇っていった。


 しかし、あらゆる規格、あらゆる機構、あらゆる威力の砲弾も、一粒とて超界に触れることすらできず。

 目を凝らせば、空中艦の周囲の空間が、陽炎のように歪んでいる。

 その歪み――『重力制御フィールド』の壁を、現時点で突破できる兵器はクァズーレに存在しなかった。


 超界の左舷から、数個の光弾が地面へ向けて放たれる。

 まばゆい光は、戦場でもっとも巨大な姿を晒すクルマラに“着弾”すると、膨張して更に球状に輝いた。


 光が消えれば、あとには何も残っていない。

 超界が発射した『光魚雷』に触れた部分は、塵ひとつ残さず、くっきりと消え去っていた。


 圧倒的、否、絶対的な力を示した『超界』に対し、弓を引くものは居なくなった。

 恐怖によって敵対者を圧倒したのではない。

 クルマラ以外に超界へ攻撃したアーマシングは、いずれもコクピットに直径数十センチの穴を開けられ擱座している。レーザー光線による精確な一斉狙撃である。


 僅か一度の攻撃で無謀な狂信者を物理的に一掃したヴォルテが、再び呼び掛ける。

 

「その情報を見ろ! 我々が求めるのは仲間だ! 全宇宙共通の敵『無間メビウス』は、タラーク宇宙を滅ぼし、いま、まさにこのマーン宇宙に迫っている。奴らの破壊に抗い、打倒する意思のある者は、本艦ぼくのもとへ集え!」


 ヴォルテの声が、クァズーレの空に響き渡る。


 その時、白昼の空に無数の星々が瞬き始めた。

 大小の星々は、七色の輝きを増してゆく。増してゆく。


 やがて――空は、宇宙そらから降りた星々に――殖種帰化船団サクセッサーの大艦隊に、覆い尽くされた。


 *


 その日、シュミ鉱山を巡るサウリアとセルペの紛争は終結した。


 だが、人々の戦いは終わらない。


 来るべき、より大きな、より過酷な星命いのちのやり取りに参加するために。


 ――今は一時、銃を置くのだ。


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