20 ヴォルテ X ファーザー

 連なり光線と伸びたガトリング砲の弾雨が、地を蹴ろうとしたファーザーの足を縫い止めた。

 機先を制したユニコーン、大きく跳躍。

 脚部のスラスターが青白い炎を噴いて、白磁の巨体が空を駆ける。


 頭上からの杭撃パイル


 かわしたファーザー、地表にドリル!

 地中へ逃れた黒鉄巨人を、一角馬人は追撃開始。


 地中穿行するファーザーの軌道に、地表スレスレをスラスターの推力ちから任せに滑って追うユニコーン、パイルバンカーを連打!

 小規模な地割れすら引き起こす追撃が、土中を掘り進むファーザーの背中を何度も掠めた。


 サブモニターに表示される敵機ユニコーンの動きを見たアヤが、眼鏡のブリッジに指をあてて位置を正す。


「地中ソナーの開発はまだ終ってないハズなのに……!」

「こっちの動きが読まれてるのか?」

「――まさか、蓄積した戦闘パターンを解析したの!?」


 ヴォルテはファーザーを更に地中深くへ穿行させ、パイルバンカーの射程から距離をとる。

 アンナロゥとバンカの戦術を分析するべく、であるが――



「「勘だッ!」」



 一連の行動をその一言でやってのけた二人が、どちらからともなく叫んだ。

 アーマシング・ユニコーンのコクピット内は、今や異界じみた熱気と高揚に包まれている。


「大佐、ファーザーはちぃとばかし深い所へ逃げ込んだみたいッスよ。たぶん」

「キミもそう思うかい、バンカくん」


 ファーザーの気配が遠ざかるのを本能的に察知して、ユニコーンはその場に着地。

 脚部と腰部のスラスターは常にアイドリングの火を灯している。


「あの白い奴のこえ、普通じゃない。三つの音が重なり合って、和音みたいになってる――!」

「きっと、プラナ・ドライブを三基搭載しているのね。あの武器の威力からして、きっとエンジンから直接エネルギー供給を受けているわ」


 ヴォルテとアヤはコクピットで顔を見合わせ、互いに頷く。

 操縦棹を手前に引くと同時にフットペダルをべたりと踏み込めば、地表へ向けて急上昇。

 瞬間的に発生した500地中ノットもの速度は、反重力機関によってコクピットへの影響を打ち消される。


 ユニコーンの直下より、ファーザー急襲!


 火山灰土の地面が弾け、鈍色の螺旋削撃刃が飛び出した!


 対する杭撃手も、示し合わせたように同時反撃!

 地面隔てて上と下とのクロスカウンターだ!


 ドリルとパイル、互いの切っ先が火花を散らして逸らされ合う。


「ファーザー! 飛び込むぞォォォ!」


 今度はファーザーが空中からユニコーンを襲う!

 黒い両脚の周囲が陽炎のごとく歪み、黒鉄の巨体に不可視の推進力を与えた!


 背後から高速突撃するファーザーに対し、ユニコーンは上半身だけを180度回転!

 下肢スラスターひと噴きでドリルを見切り、パイルバンカー瞬撃!


「――しまった!」


 不覚を悟ったヴォルテがドリルを引っ込めるより速く、杭の尖端がファーザーの右腕を貫いた。

 一度喰らいついたパイルバンカーは、立て続けに連打!

 反重力バリアを貫通した杭撃が、ドリル倶えた右前腕をチーズのように穴だらけにしてゆく!


 大破した腕を自切して飛び退いくファーザーに対し、ユニコーンが止めのパイルバンカーを構え。


「滅びよォォォ! 侵略者ァーッ!」


 アンナロゥの叫びを合図に、ユニコーン踏み込む。


 対するヴォルテは、アヤは、ファーザーは。


「やるぞ! ファーザァァァ!」


 ヴォルテの意思テレパスに応え、ファーザーの左前腕が花弁のごとく展開。

 左腕に内蔵された全能出力器の異次元空間出入り口に、肘から先の無くなった右腕を突っ込む。


 ユニコーンがパイルバンカーの射程まで踏み込んでくる。

 ファーザーの胴体に、ヴォルテとアヤの座るコクピットに照準が合わせられた。


 刹那、左の異次元より抜き放った右腕には――新たなドリル!

 居合いドリルである!


 虚を突く一閃横薙ぎに、突き出されたパイルバンカー・ランチャーを叩き折り。

 返すドリルで左脚を――


 ユニコーンは左右のバランスを失い、転倒!


「ドゴゴゴゴゴ――――ォォォォ――ン」

「キィィィ――――――――ン――」


 可聴域を超えた脈動と回転の雄叫び。

 右腕のドリルは、銀の螺旋刃に黒色の光を纏わせていた。


 ――触れた物を空間ごと削り取るドリル。殖種帰化船団サクセッサーにおいて『破導はどうドリル』と呼称される、究極の破壊兵器である!


「まだ……まだだッ! 私は必ず、勝利するゥゥゥゥゥゥ――――!」

「タマはまだられちゃいねぇ! ここからだぜぇ、ヴォルテェェェェェェ!」


 片脚とパイルバンカーを失ってもなお、二人の男は執念を燃やす。

 ユニコーンは下半身を丸ごと自切。

 両腕を脚がわりに、転倒した上半身を建て直すと――胴体ブロックのトリプル・プラナ・ドライブが絶叫ハウリング

 耳をつんざく音と共に、機体後方から青と赤の炎が噴き出す!


 人馬の上半身が離陸!

 ボディはロケット、頭部の一本角は槍の穂先。

 自身を巨大な噴進飛翔兵器と化し、白い狂気の猛襲だ!


 ファーザーが構えた左腕に、ユニコーンの角が深々と突き刺さる。

 黒鉄の装甲に取り付いたユニコーンの右腕には、パイルバンカーの残骸――刺突杭が握られている!


 バンカが、ガンナーシートで血走った目を剥いた。


「っしゃァ! 捕まえ――」



「――捕まえたッッッ!」


「――ィィィ――――――ン!」



 ヴォルテの気迫が妄執を上回り。

 ファーザーの双眸はまばゆく七色に明滅し、ドリルは破導の黒光を迸らせ。


 囮にした自らの左腕ごと、 ユニコーンの上半身をドリルする!


 白磁の機体は、黒色の螺旋刃ドリルに食い潰される。

 そこに一切の容赦はなく。かけらほどの慈悲もなく。


 破壊。ただただ、破壊のみが与えられていく。


「おのれ魔神め! 私を、このようなッッッ――――!」


「畜生ォォォ! 俺は、俺は、死なねェぞ!」


 ユニコーンの中で、二人の男が吼える中。

 左腕を千切り、右腕を引き裂き。

 なす術を失った脳天から胴体にかけてを、ごっそり抉り。

 そして最後に、一かたまりの残骸を地面へ放り捨てた。


 右半分を削り取られたコクピット・ブロックの断面には、焼け焦げた血液が黒々とこびりついていた。


 *


 ユニコーンの装甲も躯体も、すべてが断末魔の破壊音をあげる中、二人の男は最後まで操縦桿から手を離さなかった。


「勝てなかったな。最後まで……」


 落下の衝撃で負傷した頭から流れる血も拭わず、バンカはぼんやりと呟いた。

 自身が座るコクピットの右半分は、アンナロゥ大佐もろとも削り取られてこの世から消えていた。


「畜生」


 抑揚のない声で、もう一言呟いてみる。


 かすみつつある視線の先。

 あまりにも見慣れてしまった黒鉄の巨体が、こちらを見下ろしていた。


「――トドメ、刺せよ」


 巨人を見上げて呟く。

 独り言のようでいて、それは確かに、たったいま命のやり取りをした勝者へ――戦友へ向けた言葉であった。


「刺さない」


 巨人から、彼の声が返ってくる。

 ――ああ、そうか。相変わらず、バカみたいに耳が良い――


「俺がお前の立場なら、刺すぜ」

「僕はそうしない」

「なぁ、ひと思いにやってくれよ」

「嫌だね。勝ったのは僕だろ。負けた方の言うことなんて、聞かないよ」


 冷静に言い放たれた“あいつ”の言葉に、バンカは力の入らない左手をどうにか頭に持ってきて、血まみれの金髪をくしゃりと掻いた。


「――ヘッ、そうだよな、お前は最初ッから、そういうヤツだったな」


「そうだよ。良く分かってるじゃないか。それじゃ、“今まで通り”。僕が今からやることを、そこで見ててくれよ」


 踵を返したファーザーが、地中へと消える。


 バンカは瞑目して、ヴォルテ=マイサンに思いを馳せる。


 ――最後の最後で、あいつは俺に手加減したのか?


 すぐに、かぶりを振って自らの考えを否定する。


 ――あいつは、ヴォルテは、こういう時に手加減なんてしない男だ。


 口もとが緩む。それをよく知っているのは、“自分おれ”じゃないか。と。

 きっと、あいつの黒い瞳は、いつもみたいにグルグルと渦を巻いていたに違いないのだ、と。


 ――つまり。結論は。


「初めて、俺はあいつと“引き分け”まで持ち込めたんだな」


 いま、こうしているのは紛れもなく、自分自身が“手に入れた”結果だ、と。

 バンカ=タエリは、満ち足りた気分のまま、意識を手放したのである。

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