18 命知らずの男たち
「さて、脱出する前に、この格好をどうにかしよう」
ヴォルテがファーザーに
「え、ええっと」
「眼鏡、かけてないと不便でしょ?」
「そっちじゃなくて」
困惑したアヤは、とりあえず眼鏡をかけてから、手渡された“服と思しきもの”を広げてみせた。
なにしろ、見たこともない
深い黒の中に複雑な色合いが反射する生地は、繊維を織って作られているものではないようだ。縫い目らしきものすら見当たらず、全身がひと繋がりになっている。
膝下には白銀色の
ヴォルテから、それは拡張装備の
「異星環境対応の汎用防護服さ」
事も無げに答えるヴォルテは、いつの間にか防護服を着込んでいた。
童顔の顔立ちに不釣合いなほど逞しい、男性的な身体のラインがくっきりと浮かび上がる。
ウェットスーツというより、ボディストッキングに近い質感であった。
「……これ、本当に着なきゃダメ?」
「
着用をためらうアヤに、ヴォルテはただ首をかしげてくる。
少女は、喉から出かかった言葉を引っ込めた。悠長にえり好みをしていられる状況ではないのだ。
謎の超技術で作られたスーツは、たしかに一瞬で体にフィットした。
浮かび上がった自身の柔らかく豊かで曲線的なボディラインを見下ろして――裸より恥ずかしいかも――とアヤは思った。
*
火山灰土の乾いた大地を巡航速度で歩行していた護送部隊が足を止めた。
“異常事態”を伝達された護衛のアーマシングは、隊列の中心に位置する護送機を一斉に注視。
見守られながら、護送機は胴体の内側から風穴を穿たれ、中から黒鉄の巨人が飛び出した。
砂塵巻上げ着地する全高30メートルのドリルロボットを、すかさず十二機からなるケンタウロス・タイプが取り囲んだ。
「ケンタウロスⅡか」
ファーザーに出会う以前は、ヴォルテもこの機種で訓練を受け、初陣でもこれに搭乗した。長所も短所も知り尽くした機体だが、『彼ら』は見覚えのない武器を装備していた。
全長およそ10メートル。ケンタウロスの全高からして半分ほどの長さの円筒に、
俗にバズーカと呼ばれるような、
ケンタウロス各機は皆、この武器を二挺ずつ両脇に抱えていた。
「なんだ、あの武器。あんなのケンタウロスの武器にあったっけ?」
「……あれは、試作弾頭用の特殊規格ランチャー。開発室の実験で使われるものだから、ヴォルテは見た事がなくても無理はないわ」
ガンナーシートに座るアヤは、緊張の面持ちで眼鏡のブリッジに指を添える。
いまファーザーを取り囲んでいる“敵”の装備は、試作兵器を持ち出し実戦に投入することができる人物が背後に居ることを意味しているのだ。
そんな事ができ、しかも実行に移す人物は、アンナロゥ大佐以外には考えられなかった。
「アンナロゥ大佐の偉業は、阻ませんぞ!」
ケンタウロスのうち一機が、
「やっぱり、アンナロゥ大佐が――!」
推測が的中したことで表情をこわばらすアヤの隣で、ヴォルテは目の前に立ちはだかる“危険”に対し身構える。
「その声。ベッツ隊長ですね」
「重犯罪者が俺の隊から出てしまうとは、遺憾だ。部隊の恥は、俺たち
「重犯罪者!? 僕たちが何の罪を犯したって言うんだ!」
「――『惑星侵略罪』。
ケンタウロス・ベッツ機の両眼が赤と橙に明滅し、小隊員に“攻撃準備”を意味する合図を送った。
「わくせい、しんりゃくざい? あのベッツ隊長が、そんなフザケた事を真に受けるだなんて――」
「尋問官も、ああいう思想を持たされてたのね……ねえヴォルテ、彼らは――間違っているのよね?」
念を押すように訊いてくるアヤに、ヴォルテは力強く頷く。
モニターを見据える黒い瞳は、渦を巻いている。
「勿論。僕は――
操縦桿を握り締める音が耳に入った。
ヴォルテの黒髪の間から、汗が一筋つたっている。
これまで無線でのやりとりしかして来なかったアヤは、彼が既に戦闘中さながらの緊張状態にあることには未だ気付いていない。
「今は、目の前の敵をどうにかしなくちゃ」
「どうにかして説得できないの?」
「無理だ。ベッツ小隊にはそんなもの通用しない。彼らは、与えられた命令を必ずやり遂げる一個の
アヤは、前線に着任したばかりの頃を思い出した。
歳若い少尉である彼女を侮る、現場の小隊長たち。彼らを一声で黙らせたのは、ベッツ=テミンキだったのだ。
「――だから、『命知らずの噛みつき小隊』なんてあだ名がつけられてるんだ。ケンタウロス・タイプとファーザーとじゃ性能にかなりの差があるけれど、ベッツ隊はそれでも油断していい相手じゃない!」
ファーザーのドリルが砂塵巻き上げ柱と為し、黒鉄の巨体を隠した。
前衛のケンタウロスが、抱えたランチャーのトリガーを引く。
射出された弾体は地表へめり込み、地面を大きく抉りとって爆発!
巻き上がった塵霧の向こうに、ファーザーは立っている。
「フェイントが功を奏したわね。あれは
「なるほど、地中を貫通するのか!」
目標健在を確認し、ケンタウロスⅡの前衛3機が突撃。
抱えたバンカーバスター・ランチャーを一斉射。
対するファーザー大地を蹴って前進、飛来した弾頭とすれ違う。
急速接近、中央一機にドリル!
そこへ転進した両脇ケンタウロスが襲い掛かる。
ファーザーのドリルが装甲へ沈み、コクピットと動力機関を粉砕するまでに要する時間は二秒弱。
ベッツ小隊の手練古兵は二秒を突く!
「当たってたまるか!」
放たれたバンカーバスターに対し、ヴォルテはファーザーの上半身を高速回転させた。
右腕のドリルはケンタウロスの上半身に食い込んだままである。
串刺し人馬は事切れて、味方が放った弾頭の盾として利用された。
弾き飛ばされた特殊弾頭2発は空中で爆発!
爆風の中。
原形とどめぬ残骸が、右翼のケンタウロスに投げつけられる。
投擲者ファーザーが、後ろに続いてすっ飛んでくる。
猛速のドリルが振り下ろされ、ケンタウロスの脳天から腰までを一気に叩き割った!
残る十機のうち、六体のケンタウロスがランチャーを捨ててファーザーにタックル敢行。
一体がドリルでの迎撃を受けかく座するも、残りが黒鉄のボディーに取りついた。
「く……ファーザー、振り落とせないのか!?」
「――『機甲体術』! ヴォルテ、力押しでは振りほどけないわ!」
敵の戦術を察し、アヤが警告を発した。
ケンタウロス達は、ただファーザーの四肢にすがり付いているのではない。
アーマシングの構造研究から導きだされた、関節の可動域を封じ込める術理が用いられているのだ。
身動きの取れないファーザーに、後衛のケンタウロスが狙いを定めた。
密着した味方機は、既に“必要な犠牲”として数えられている。
「機甲体術の固め技は、アーマシングの関節構造を基に考案されているの。拘束から逃れるには、各関節のロックを外せばいいわ」
「了解!」
ヴォルテが
即座にコクピットのサブ・モニターに数行の文字列が走り――ファーザーの全身を構成する
敵の拘束をすり抜けたファーザーのパーツ群は宙を舞う。
機関分離と同時に放たれていたバンカーバスターは、密集する五体のケンタウロスのみを吹き飛ばした!
「この程度じゃ、本当の敵には――『
ヴォルテはファーザーとの
外的な解析など待つ必要はもうないのだ。
ファーザーの持っているデータはすべて、ヴォルテの知識そのものになっていた。
こちらの力を見せつけた上での、心理的な揺さぶりが意図である。
また、ひとつの賭けでもあった。
想定外の状況を突き付ければ、さしものベッツもペースを乱すのではないか――こちらの話を聞いてくれるのではないか、と。
「あの方の白い胸板と、紅い唇に誓って! 貴様はここで、仕留める!」
ベッツの答えに、迷いなし。一縷の望みも抱かせぬものであった。
「――いよいよ、やらなくちゃいけないみたいだ。ファーザー、アヤ、“全開”でいく!」
ヴォルテはコンソールを打鍵し、ファーザーの両目を特定のパターンで明滅させる。
サウリア軍共通の光信号である。
<<死ニ方 用意セヨ>>
明確な挑発を叩きつけると同時に、ベッツ小隊残存4機が、大腿部の
ドリルを弓矢のごとく引き絞ったファーザーの両眼が、七色に明滅を始める。
機体の脈動とドリルの回転が、オーバードライブの叫びを上げた。
「ドゴゴゴゴゴ――――ォォォォォ――――ォォォォン」
「キィィィィィィィィン」
「勝負だ、ベッツ隊長ッ!」
「新兵の小僧が!」
ファーザーが大地を蹴り、黒鉄の巨体が突風となって弾け跳んだ。
その速度は、熟練のアーマシングパイロットが駆るケンタウロスⅡの挙動を、0.01秒だけ上回る!
正面!
速度と質量をのせたドリルを胴体ど真ん中に叩きつける!
ケンタウロスの上半身が跡形もなく吹き飛んだ!
右!
返すドリルでバックナックル!
高速回転する螺旋の刃が、人馬の右肩から左腕の付け根まで、バターのように切り裂いた!
左!
裏拳の振り抜きは、そのまま次撃の“溜め”になっている!
ランチャーを向けてきたケンタウロスのトリガーよりも速く、
そして正面!
突き出されるケンタウロス左腕with特殊弾頭に、黒鉄のドリルアームがカウンターで
ファーザーのドリルがベッツ機の胸部に到達。
インパクトドリルがナーガレジン複合装甲を穿つ、穿つ、穿つ!
「うっ、うごおおおおおおおおッッッ!」
ベッツは機体ごと半身を吹き飛ばされながら、操縦棹を倒した。
ケンタウロスⅡの残る右手に握ったバンカーバスターを、ファーザーの脇腹に叩きつける!
「反重力フィールド集中ッ! ファーザァァァァァ!」
ヴォルテの思念(テレパス)がファーザーを動かす。
機体の駆動、バランス制御に用いていた反重力力場を脇腹に集中させる!
バンカーバスター弾頭はファーザーの装甲に触れる直前で、爆発。
凄まじい爆風は、しかし黒鉄の装甲を僅かに削るのみに留まり。
その代わり、弾頭を握り締めていたベッツ機の、残っていた半身を跡形もなく粉砕した。
*
ベッツ小隊全機の殲滅を確認し、ヴォルテは再びペダルを踏み込みドリルを廻した。
「行こう」
「どこへ?」
「――『シュミ鉱山』へ」
アヤは息を呑み、ヴォルテの横顔を、渦巻く瞳を見た。
シュミ鉱山とは、サウリアとセルペが今まさに争奪戦を繰り広げているレアメタルの産出地。
すなわち、両軍が激突する決戦の地である。
「あそこは、レアメタル鉱山なんかじゃないんだ……シュミ山を――『あれ』をアンナロゥに渡してはいけない!」
「ドコーン……ドコーン」
「ギュイイイイイイ」
ドリルが大地に沈み、黒鉄の巨人は土中へと穿行。
跡に残されたのは、打ち倒された者達の骸のみであった。
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