19 貫通執念

 サウリア軍の超巨大アーマシング『クルマラ』に搭載された火砲が一斉に火を噴けば、大轟々音と衝撃で、戦場となったシュミ山麓・ラムダ平野全体が揺らぐ。


 着弾爆風の中にあってもセルペ軍の『ブルダ』は隊列を崩さず、砲塔をローテーションさせ応酬する。


 巨大兵器同士の砲撃戦の間隙に、対峙したアーマシング『ケンタウロス』と『デュラハン』が正面からぶつかり合う。

 共に師団規模の大軍勢は、担いだキャノンと携えたマシンガンを咆哮させ、銃剣と鉈とを交え鎬を削る。

 巨人たちの戦場。足元には数千を超す歩兵達が奔走し、一山いくらの生命を鉄と火薬に混ぜ込んでいくさの炎へくべてゆく。


「先程の敵砲撃で、ブルダ3機が擱座、5機が中破!」

「砲が生きているならトーチカとして使え。向こうが一発撃つ間にこちらは二発、いや、三発撃てる」

「敵アーマシング部隊の前衛が後退します!」

「第二陣が来る前にこちらの重装型で押し込め。向こうさんお得意の突撃チャージをやらせるなよ!」


 ガンナーシートの副官からの報告と、支援機からの通信をもとに大隊の指揮を執るナメラは、操縦桿を握る掌に滲んだ汗を軍服のズボンに擦り付けた。


「さてさて、例の黒い“ロボット”――ファーザーと言うらしいが――ファーザーは、まだ現れていないようだねェ」


 窪んだ眼窩に鋭い眼光。

 ナメラは戦場を見渡し、この戦争に於いて最も注視し警戒すべき存在ものの姿を探す。


「少佐。敵三十二脚級から、飛翔体が射出されました。このエリアへ飛んできます!」

「なになに? モニターへ拡大映像を回してくれ」


 それは、巨大なやじりであった。

 そうとしか形容できない、全長数十メートルの四角錐が、噴進機構ロケットから炎を曳いて飛来してきたのだ。


 ブルダをはじめ、セルペ軍の砲撃機による対空弾幕を強引に突っ切って、鏃はデュラハン重装型の構築した戦線の内側へと“着地”した。


 もうもうと巻きあがる火山灰の粉塵の中、四角錐の外殻が継ぎ目にそって割れ、分解。

 巨大な装甲と噴進機構が、大きな金属音を立てて地面に脱ぎ落とされ。


「ぼさっとするな! 敵機であることだけは確かだ。撃て! 撃てェ!」


 最も近くに居合わせた小隊長は、唖然とする部下を叱咤して、トリガーを促す。


 デュラハンの肩に装備されたカノン砲が火を吹くと、同時。

 灰色粉塵のカーテンを貫いて、白い閃光が地を滑った。


 *


 全長30メートルの“柱”のようなものの先端が、デュラハン重装型の胸部に押し当てられる。


 炸薬のくぐもった破裂音と同時に、金属が割れるような、耳をつんざく音が響く。


 そして、デュラハンは。

 胸部から背中にかけて、巨大な“杭”のようなもので風穴を開けられたデュラハンは。

 孔から血液のようなオイルをこぼして、仰向けに倒れた。


「試作抹殺兵器『徹甲貫通刺突杭撃砲パイル・バンカー・ランチャー』の仕上がりは、まずまずのようだ」


 満足気に頷き、アンナロゥは機体を仁王立ちさせた。

 周囲のデュラハン・タイプを見れば、いずれも身構えたまま、こちらに注目している。

 一瞬にして味方を屠られ、対応を決めかねているのが見て取れる。


「フフフ……見たいならじっくりと見せてやろう。ああ、そうだ、我を見よ、だ! これが!叡智が生み出した惑星防衛決戦用アーマシング『ユニコーン』だッッッ!」


 まとう装甲は白色。

 全体を無機質な曲線で構成される中、頭部ユニットから真っ直ぐに天をつく角が伸びている。

 そして、その角を含めるまでもなく、体躯は通常のアーマシングを上回る前高およそ30メートル。ファーザーと互角の巨体である。


 共通しているのはサイズだけではない。

 アーマシングに関する知見を多少なりとも持つ者が視れば、関節部の構造や躯体フレーム全体の構成から、明らかにファーザーとの共通点がある――ファーザーの技術を転用していることがわかるだろう。


『白磁のファーザー』とでも呼ぶべきその機体『ユニコーン』は、ドリルの代わりに、銃の形をした巨大な杭撃ち器パイルバンカーを右手に携えていた。


「ユニコーンは、これより敵部隊に孔を開ける!」


 一角白巨人が、身の丈ほどあるパイルバンカーを腰だめに構える。

 キィィィン、と甲高いタービン音が響き、下半身にある左右合わせて16基の推進装置スラスターが青白い火を噴いた!


 対峙した敵兵からは、ユニコーンの動きは白い光が迸ったようにしか見えず。

 動体視力を訓練されたアーマシングのパイロットが、動きを視認できない。それほどの速さであった。


 まず、二機の砲撃型デュラハンに狙いを定め、立て続けにコクピットを穿ち無力化。

 白い背中に反撃の砲弾が撃ち込まれるが、ユニコーンは真上へ跳躍して回避。


 宙に身を投げ出した巨体に、対空射撃が浴びせられる。

 ユニコーンは空中で体をひねると同時に、スラスター噴進! 跳躍を繰り返すような動きで空中を駆け、敵の砲撃を回避して。


 空中でパイルバンカー・ランチャーを構え、グリップの根本に併設した60ミリガトリング砲で地上のデュラハンを掃射開始。

 弾丸の雨を頭上から浴び、二個小隊のデュラハンが擱座!


 着地したユニコーンに、八脚アーマシング『ブルダ』が襲いかかる。

 巨大アーム先端のサーキュラー・ソーによる斬撃だ。

 二本ある腕は、打ち下ろしと横薙ぎで同時に白馬人を狙った。


 だが、回転鋸は火山灰土の地表を抉り、何もない中空を切り裂くのみ。


 そして! 白磁の機体が立つのは、振り抜かれたブルダの腕の上だ!


 空中襲歩ダッシュ

 巨椀が威力を発揮する間合いの内側へと侵入し、胴体へパイルバンカーを一発!


 着地すると共に回り込んで、片側の脚部に合計四発!


 バランスが崩れ揺らぐ図体に銃身を押し付けて、だめ押しの連続杭撃!

 自己再生金属マーラサインで成型された徹甲杭は、炸薬の号に合わせて幾度も幾度も装甲を穿ち、穿ち、穿ち――穿った!


「おや、大丈夫かねバンカくん? まだ始まったばかりだよ、バンカくん。バンカくんんん!」


 ブルダを蜂の巣にした所で、アンナロゥは隣でひたすらトリガーを引いていたバンカを見た。


 バンカは、出撃時に用いた突撃殻の加速で噴き出した鼻血をようやく拭って、鬼気の宿る笑みで上官に応える。


「ヘヘッ、ようやく体があったまってきたトコッスよ」


 バンカがコンソールを打鍵し、機体の上半身を操作する。

 ユニコーンがパイルバンカーを肩に担ぎ、ガンナー用スコープに捉えた敵指揮官機へ向かって、左手の中指を立ててみせた。


「フフッ、何だねそれは、バンカくん! ハハハ! 実に愉快なことをするねぇ、バンカくん! ハハハ! ハハハハハハハハ!」


 ツボを刺激されたアンナロゥの爆笑は、しばらくの間、続いた。


 *


「1分も経たずに、ブルダを含めた3個小隊が……全滅……? 馬鹿な、相手は単騎だぞ!?」


 声を上ずらせる副官の隣で、ナメラもゴクリと喉を鳴らした。


「あいつは、ファーザーとは違うのか。サウリアは――アンナロゥは、既に……奴の言うところの……“宇宙人サクセッサー”の機体を造り上げるレベルに至ったのか? いやいや、それは実に非現実的だ」


 自問自答の如く思考を巡らすナメラ。眼窩の奥で光が揺れている。

 長身の背を丸めてブツブツ言う姿は、知らぬ者が見れば、狂人が激しく苦悩していると勘違いされるだろう。


「……ともかく、あれに“鬼神”アンナロゥが乗っていることは明らかなんだ」


 ナメラは通信装置のマイクを引ったくると、久方ぶりに大声を吹き込んだ。


「あの白い機体との交戦は避けろ! あれから逃げても、敵前逃亡には問わない!」


 受け持つ全部隊へ指示を飛ばし、ナメラはこけた頬をいっそう、げっそりとさせた。


「いやいや、まったく、たまらないね。自分でった与太話を自分で真に受けてしまっているんだから。正気の沙汰じゃないよ、“アンナロゥ君”!」


 *


 アンナロゥは退却する敵軍を追おうとして、はたと足を止め。


「……ようやく我々の目標てきがお出ましだな」


 言葉に応ずるように、目の前の地面がぜ、黒鉄の巨人が戦場に出現。

 アンナロゥは美貌を狂喜に歪ませながら、舌なめずりをしてそれを迎えた。


「では、いよいよ!」


 *


「ヴォルテ。あの機体には間違いなくアンナロゥが乗っている。固有回線で通信を繋ぐわ――私が、話してみる」


 ユニコーンが肩に担いだ、設計に見覚えのある試作兵器パイルバンカーに視線を注ぎながら、アヤは通信装置のスイッチを入れた。


「アンナロゥ大佐! あなたは根本的な勘違いをしています! 殖種帰化船団サクセッサーにこの惑星を害する意志は無いんです。本当の敵とは――」



「――『無間メビウス』――だろう?」



 先ほどまでの爆笑から一転、アンナロゥはひどく冷酷な声音を放つ。

 彼のくっきりとした美しい目元には、混沌とした澱みがゆらゆらとしている。


「……知っていたんですか。なら、どうして」


「根本的な誤謬を犯しているのは、キミの方だよ、アヤくん。無間メビウス殖種帰化船団サクセッサーの敵である。それは、“ただそれだけの事”だ」

「……私達の敵ではない、と?」


 アヤが“私達”と口にしたとき、アンナロゥは侮蔑的に鼻を鳴らした。

 艶のある低音の美声が、いっそう冷たさを増してゆく。


無間メビウスなる勢力に故郷を追われた連中が、我々の世界を乗っ取って反撃の足がかりを作ろうとしている。それが殖種帰化船団サクセッサーだ。いま一度言おう。この惑星ほしはオマエたちには渡さない」

「そこまで分かっているなら、無間メビウスはいずれこの惑星クァズーレそのものに牙を剥くことだって分かるだろう!? どうして、手を取り合おうと思えないんだ!」


 ヴォルテが割って入った瞬間、アンナロゥの放つ怒気が通信越しにも伝わってきた。


「手を取り合う? 手を貸す? この惑星の誰が、いつ、そのようなことを頼んだ! 殖種帰化船団サクセッサーが……オマエとファーザーがやってきたことを見ろ! 異能人造生命体『エクスポーテッド』! 機械仕掛けの魔神でうす『ルマイナシング』! 過ぎた力を一方的に、いたずらにこの世界へ持ち込み、争いの火種を押し付けようとしているだけではないか!」


 ユニコーンの脚部スラスターが淡い光を帯びる。

 いつでも踏み込みをかけられる、臨戦態勢である。


「そうとも。人類の命運は、人類自身わたしが握っていなくてはならないのだ!」


 このエリアの敵軍は既に撤退。

 周囲では依然、両軍が砲火を交える中、黒鉄と白磁の巨人は対峙する。


「アヤ、あのアンナロゥ大佐には――」

「ええ。話なんて、通じない。あの人にとっての絶対は、自分だけだもの。強烈なエゴに手足が生えたような存在ひと。開発室の同僚の中には、それをカリスマと呼ぶ人も居たけれど」


 ヴォルテとアヤがコクピットの装甲越しに一触即発の空気を感じる中、今度はユニコーンの方から音声が飛んできた。


「ヴォルテ=マイサンッッッ!」


 あまりにも聴き慣れた戦友の声に、ヴォルテは歯軋りし喉奥から声を絞り出す。


「バンカ=T(タエリ)……!」


 対するバンカは、狂気と鬼気を歓喜に練りこんだ高揚に任せ、呪詛のような言葉を吐き始めた。


「白黒つける絶好の舞台だよなぁ、ヴォルテ」

「何を言ってるんだ、お前」

「お前はいつだって、俺が欲しいモンをかっさらっていきやがる。“こんなものには興味ありません”なんて顔してな!」

「だから。何を言ってるんだよ」

「……そうさ。俺の通る道に横たわった障害物じゃまものなんだよ、お前は。だからよォ――俺は今日こそ、お前に勝つ!」


 ユニコーンの双眸ツインアイが赤く明滅する。

 言うまでもなく、殲滅戦を意味する光である。


殖種帰化船団サクセッサーのヴォルテを撃滅せよ。それが“軍人おれ”バンカ=T=レックスに与えられた命令みちだ!」


 スピーカー越しに聴こえてくるバンカの声に、ヴォルテは俯いたまま。

 隣に座るアヤが彼の瞳を、覗き込めば。


「まったく、どいつもこいつも……」


 ヴォルテの黒い瞳は強く、強く渦を巻いていた。


「――見せてやるよ、バンカ。いま、ここに僕が生きていることを――そして! ファーザーのドリルが、廻っていることをッッッ!」


「ドコーン……ドコーン……ドゴゴゴゴゴゴゴ」

「ギュイィィィィィィィィィ」


 ヴォルテの意志を受け、ファーザーの脈動が早鐘を打ち、ドリルが唸る。


「お前たちが僕らの前に立ち塞がるなら、このドリルで風穴を開けてやるッ!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る