17 侵略者
ヴォルテが目を覚ますと、薄暗い灰色の床が目に入った。
続いて、自分が衣服ひとつ身に付けず――つまり、昨晩アヤと共に眠りについた時のままの格好で――居ることに気付き。
そして、両腕を床と同じ灰色の壁面に鎖で固定されていることにも気がついた。
「昨晩は楽しめたか? ヴォルテ=マイサン」
部屋の隅から男の声がした。
サウリア軍の後方勤務者が着用する白い軍服に身を包んだ、冷酷な表情の男だった。
この男と、この風景とを合わせて、ヴォルテは自身の置かれた状況をさとり、その事実を信じられず混乱した。
「ど、どうして僕が『護送機』に乗せられているんですか!?」
『護送機』とは、捕虜の収容施設に輸送機能を持たせた六脚型アーマシングである。
時折生じる振動から、この牢獄は既に移動を開始していることもわかった。
「そうとも護送機だ。付け加えるなら、此処は尋問室。よって、質問するのは貴様ではない、私だ」
白服の尋問官は、軍靴の音を床に響かせてヴォルテの前に立ち。
威圧感のある冷たい視線が、無防備な青年を射抜く。
「――
「未確認……ファーザーのことは、軍が解析した以上のことは知らない! だからこそ、僕はファーザーを知ろうと……」
「なぜそこまでアレに執着するのか、と訊いているんだ」
問われ、ヴォルテは思わず口ごもる。
サウリア軍に対する不信は、少年時代の一件から抱き続けている。
ファーザーへの思い、ファーザーと自分との間に起きた出来事をそのまま話すわけにはいかなかった。
「答えられないか? なら、聞き方を変えてやろう。
「転生……者?なにを、言って……」
今度こそ聞き覚えのない単語を耳にして、ヴォルテは戸惑う。
だが、尋問官はどうやら、ヴォルテを最初から“黒”と決めてかかっているようだ。
「しらを切るか。我々は、あらゆる手段を用いて情報を引き出せ、と命じられている」
白い軍服の懐から取り出したリモコンのスイッチが押されると、ヴォルテから見て正面の壁――シャッターが開いた。
「アヤ――!?」
開かれたシャッターの向こうに居たのは、自分と同じく生まれたままの姿で壁に繋がれているアヤであった。
昨晩、温もりを分け合った白い肌が、灰色の部屋に曝されている。両腕を繋がれた彼女は自らの身体を隠すことも許されず、頬は羞恥と屈辱に染まってた。
「ヴォルテ……ヴォルテ!!」
ヴォルテは尋問官を睨みつけるが、冷たい眼は意に介さず。
「古代の記録にも散見されるように、
「サクセッサーとかエクスポーテッドとか……そんなもの、知らない! 何を言っているんだ、アンタは!?」
それよりもアヤを解放しろ、と怒鳴るヴォルテに、男はフンと鼻を鳴らし、あくまでも自分の話を一方的に進める。
「――五年前。国境沿いにある『孤児院』が、三機からなるアーマシング部隊に襲われた。だが、そのいずれも“何者か”によって破壊されている」
ヴォルテの黒い瞳が、驚きに見開かれる。
青年の素直な反応に、尋問官は手ごたえを感じた。
「破壊された機体のブラックボックスからサルベージしたデータは、貴様が『ファーザー』などと呼ぶ
歯を喰いしばるヴォルテに、白服の男が畳み掛ける。
「貴様は、普段から『機械の
「ヴォルテは、バケモノなんかじゃないッ!」
背後から飛んできた抗議の声に対しても、尋問官の鋭く冷たい眼差しが向けられる。
心底から相手を見下す目つきに、アヤは言いようのない不快感を覚えた。
「アヤ=カパク=ルミナ。貴様の“
白服の口調が初めて熱を帯びる。
噛みこまれていたのは、姿なき者に対する明確な憎悪。すなわち、狂気。
「言いがかりだ……妄想じゃないか。僕たちは、お前が言う侵略者なんかじゃない!」
「言いがかり? 妄想? これは、学術的な調査と研究に基づいて導き出された事実だ。もしも貴様らに侵略の意思が無いと言うのなら、根拠を提示してみせろ。例えば、我々にとって有用な情報……『ファーザー』を破壊する方法、とかな」
ファーザーの名前を出されたヴォルテの瞳が、反射的に渦を巻く。
困惑と混乱は、今や屈辱と怒りに変わっていた。
――こんなことをする連中に、ファーザーのことを教えてたまるか――
そう心に念じた。
しかして、ヴォルテの眼は、あまりにも雄弁過ぎたのだ。
「そうか、あくまで反抗する、か。やはり危険分子だ。先ずは“意思”を削がねば話にならん」
尋問官が合図すると、部屋の扉が開き、三人の兵士が入ってきた。
いずれも屈強な男達。ヴォルテもアヤも、彼らの顔に見覚えがあった。
これまで行動を共にしてきた、ベッツ=テミンキが指揮する小隊の兵士たちである。
「この男の気力を削げ。方法は任せる」
言い残して退室する白服に、三人の兵士は敬礼で応える。
だが、彼らの顔には、下卑た笑みが浮かんでいた。
「役得だな。まさか、あの少尉ちゃんに“インタビュー”できるなんてなあ」
「やっぱりイイ体してるぜ。たまんねえ」
「へへ、、もうヴォルテの野郎に『女』にしてもらってんだろ? それじゃあ、順番に頼むぜ」
「お前ら……アヤに手を出すな!」
「出すに決まってんだろ。男の“気力を削げ”ってんなら、そいつの女をやっちまうのが手っ取り早いんだからな!」
兵士の一人が、薄笑いを浮かべたままヴォルテに言い放つ。
黒い瞳の青年は、繋がれた腕の鎖を引き千切ろうと身をよじりながら叫んだ。
「やめろ……やめろォ!」
「チッ、うるせぇな!」
舌打ちの直後、男の拳がヴォルテの頬を打ち、ブーツの爪先が鳩尾に沈められる。
呻き声と血反吐を吐き出すヴォルテを見て、今度はアヤが悲鳴を上げた。
「おい、始めてるぜ!」
兵士の一人が手袋を片方外し、アヤの口にねじ込みながら言った。
「へへ、早いモン勝ちだからな」
「ちぇっ、さっさと済ませろよ?」
あられもない姿の想い人は、泣き叫ぶことすら許されず、美しい碧眼から涙が溢れる。
白く豊かな曲線を描く肢体に下卑た欲望が向けられた。
一人は胸を捏ね回し、下半身を撫で回し。一人は片方の太腿を抱えんで、強引に脚を開かせる。
そして、正面に立った男がズボンのベルトを緩めた。
獣のような男そのものを目の当たりにしたアヤの顔が、恐怖に染まり――――
ぶち、と『何か』の緒が切れた。
ヴォルテの中の、どこかで切れた。
否――『何か』のピースが嵌まったのだろう。
ヴォルテの瞳が渦を巻き、中心に烈しい光を宿した。
「ファァァァァァァザァァァァァァァァァ!!」
そのとき、彼の脳裏には。
昂ぶりきった感情におよそ不釣合いな、冷徹で機械的な
<<起動
*
サウリア軍大型八脚アーマシング『ゾーガメ』の内部
解体した上で装甲コンテナへ厳重に小分けし輸送していたファーザーに、異変が生じたのである。
「おい、説明しろ、何が起きているんだ!?」
機内所属の整備班長が、同乗していた操甲技術開発室の男に詰め寄る。
「わからない! おそらく、何らかの“力場”を発生させていると、思われる……電磁力、あるいは、重力……?」
「
「それほどの力が働いているとしか思えない!」
「おたくら、アレを研究するのが仕事なんだろ、どうにかならんのか!?」
「アーマシングの部品がコンテナを内側から破って、単体で浮かび上がるなんて、予測できるわけがない……夢でも見ているみたいだ!」
バラバラにされたファーザーの各
<<
“胸部”にあたる機関が、ひときわ大きく発光。
光に誘引されるかのように、分解されていたパーツ群が引き寄せられ――一瞬にして、黒鉄の巨人は
「ドゴゴゴゴゴゴゴゴ」
「ギュイィィィィィィィィィ」
脈動音が唸り、ドリルが廻る。
整備兵も、開発室の研究員も皆、隔壁の床を穿ち地中へと消えるファーザーを、呆然と見送るほか無かった。
*
「ア゛ッ――――」
ズボンを下ろした兵士は、悲鳴とも呻きともつかない声を喉奥から絞り出し、事切れた。
灰色の床に崩れ落ちる体の下半分は、ズタズタに切り裂かれ原形をとどめていない。
二人の兵士は絶句し、アヤにまとわりつくのを止めて身構えた。
たった今、尋問室の床を突き破って大穴を開けた“円錐状の何か”を警戒して。
陵辱の手から逃れたアヤであったが、目の前で兵士が肉塊にされるのを見て、この場で唯一の味方であるヴォルテにすがるように視線を向けた。
「――よし、いいぞ。あと“二人”だ」
呟いた彼の黒い瞳は、渦を巻いている。
強い意志を抱き、何かを為そうとする時、ヴォルテの瞳はこうして渦を巻く。
ただ、この時の彼の瞳は、意思だけでない“力”をも、開いた
「ファーザー!」
青年の叫びに応え、床に開けられた穴から数条の“線”が噴出した。
一つ一つが直径5cmほどある鉛色をして、意志を持つかのように自在にうねり伸びる。よく見ればそれは、螺旋の溝が切られ回転している――
「なんだよ、なんだよコイツはァ……がッ!」
恐慌に陥りそうになりながらも拳銃を取り出した兵士の右手を、ワイヤードリルが貫く。
それ以上の抵抗は叶わない。
彼は四方八方から伸び来たドリルに全身を串刺しにされ、絶命した。
残された一人は部屋から逃げ出そうとするが、無防備にさらけ出した背中をドリルが貫く。
「ヒューッ……ヒューッ……!」
一撃で肺を吹き飛ばされた胸板から、ドリルの尖端が顔を出している。
ワイヤードリルは男を持ち上げたまま大きくしなり、天井に叩きつける!
砕けた頭から脳漿を撒き散らし、三体目の骸が灰色の床へ放り捨てられた。
「よし、ここから脱出するぞ、ファーザー」
ヴォルテは出てきた穴へと引っ込んでいくワイヤードリルを見送って、ニヤリと微笑む。
我に返ったアヤは、ようやく気がつく。
正体不明のドリルによる突然の殺戮劇に対し、彼はまったく驚いた様子がないことに。
「――ファーザー、左腕部
穴の下から再び何かが伸びてくる。
2本の
マニュピレーターの先端から切断トーチが出力。ヴォルテとアヤを繋ぐ鎖を焼き切った。
「これは……ファーザーがやった、って言うの?」
「ああ、そうさ。ファーザーと、僕がやった」
「どういうこと?」
「奴らの言う通り、僕は
「
涙の跡が残るアヤの顔がわずかに曇る。
ヴォルテは彼女の動揺に気がついた。
しかし、青年は、目の前の少女を信じ抜くことをとっくの昔に誓っていたのだ。
「だけど、僕は侵略者なんかじゃあない」
そう言って、ヴォルテはアヤに微笑みかける。
昨日までと何も変わらない、ヴォルテ=マイサンの笑顔だ。
――そうだ、彼はヴォルテだ。間違いなく、ヴォルテなんだ――
アヤは思いを込めて祈るように。
組んだ両手を胸に埋め、深く頷いた。
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