12 四十一歳、妻子持ち
「あのアーマシングは『トゥーマ』
アヤはタキドロムス孤児院のバルコニーへ出て、ファーザーと対峙する紫色のアーマシングを見上げた。
暗い紫で染め上げられた“痩せ身”の
「アヤさん、トゥーマ・タイプ、って?」
同じ部屋で寝ていて、後についてきたカナが不安そうな面持ちで尋ねてくる。
彼女はごく普通の民間人で、軍事兵器に関する知識は殆ど持ち合わせていない。
「トゥーマ・タイプは一世代前のペラギクス国製アーマシングです。ゲムブ大陸の各国が現在のように機体開発を独自で行う技術力がなかった時代、外国から多数のトゥーマ・タイプを輸入していたんです」
「それじゃあ、あのアーマシングはどちらの軍隊のものか分からないということ?」
少女は頷いて、眼鏡のブリッジに白い指を添えた。
「現在、トゥーマを装備している正規軍はどこにもありません。おそらく、あのトゥーマ・タイプを使っているのは傭兵です。彼らは、払い下げの旧式機体をカスタムして運用することが多いんです」
「傭兵!? や、やっぱりどちらかの軍が雇っているの……?」
かつて被った災難を想い起こし、カナは不安を募らせる。
寝巻きの胸元に当てた両手が、谷間に沈み込んだ。
「――今回はセルペ軍が
*
「ギュンギュンギュンギュン」
<<KY
加速するファーザーの脈動が、ヴォルテの脳裏へと直接メッセージを送ってくる。
<<“ご安全に”>>
機械の
「
「ドゴゴゴゴゴゴゴゴ」
「ギュイィィィィィィ」
体内で操縦桿を握るヴォルテに応え、ファーザーの脈動音は更に早鐘を打ち、ドリルが唸る。
「向かってくるか、ボウズ。一人乗りのアーマシングで、どこまでもつかな!?」
黒鉄の機体が大地を蹴り、高速回転する右腕のドリルが振るわれる。
ヴォルテの踏み込みに合わせた完璧なタイミングである。
ダイオード兄弟のトゥーマ・タイプは後方へ跳び退いてドリルをかわし、両前腕のバインダーに隠されたブレードを伸長。超鋼ジャマダハルだ。
初撃を回避されたファーザーは、振り抜きの勢いを殺さず上半身を
「やるぞカソルド!」
「おう、ニイちゃん!」
小さな手で操縦桿を握るアノルドが、隣で背中を丸めている大男――弟のカソルドに号令。
トゥーマ大跳躍。紫の影がファーザーの頭上を掠め、背後に回りこんだ、
すかさず、コクピットの在る背面ブロックへとジャマダハルで連続刺突だ。
「ファーザー!」
刃が装甲へ達するよりも速く、ファーザーは上半身を180度回転し、ドリル裏拳でカウンター!
「あちこちグルグル回しやがって!」
反撃を察知したアノルドは機体をバックステップさせる。
紙一重の差で、トゥーマ・タイプが居た場所をファーザーの右腕が通過した。
アノルドは冷や汗を拭って舌打ちする。
軽量化し機動性を高めてあるダイオード兄弟のトゥーマにとって、ファーザーの一撃は触れるだけでも致命打となり得るのだ。
「ニイちゃんニイちゃん! アイツ、でかいのに素早いど!」
「わかってらァ。だがなカソルド、仕留め方はいつもと変わらねェーぞ」
「オオ! やったるど!」
ジャマダハルを構えたトゥーマが正面切って踏み込んで、体格で勝るファーザーの懐へ潜りこんだ。
腰めがけ3連続した左ジャブを打ち、ドリルによるガードを誘ったところへ右のフックが肘関節を強襲!損傷には至らないが、ドリルの軌道が逸れる。
フックを放ったトゥーマの上半身が屈められ、両手を地面に着く構えをとる。
ファーザーが体勢を立て直すよりも速く、腕を軸にした足払いが放たれた。
小型といえど全高18メートルをほこるアーマシングの質量を遠心力に載せた回転足払いが、ファーザーの左脚を刈る。
接触した瞬間、トゥーマの下腿装甲が爆裂! 指向性爆弾が仕込まれた、爆芯炸裂装甲である!
この攻撃で、初めてファーザーの装甲に傷がついた。
黒鉄色の装甲表面が欠けて、正六角形の破片がバラバラと地面に降っていく。
ファーザーは損傷に怯まず、下方へドリルの突きを打つが、トゥーマは腕を脚と為した逆立ちの姿勢をとり、そのまま後方へ跳ね回避した。
「手と足を組み合わせて攻撃してくる!?」
これまでセルペ正規軍のアーマシングとしか交戦経験のないヴォルテは、傭兵ダイオード兄弟の戦術にやりにくさを感じていた。
クァズーレの現行アーマシングは複座式だ。通常、脚部の操作をドライバーが、上半身と腕部の操作をガンナーが担当する。
機動と攻撃をそれぞれが専念することで、戦闘時に複雑な動作を実現しているのだ。
ダイオード兄弟のトゥーマは、そのセオリーをなぞっていない。
上半身の弟カソルド、下半身の兄アノルドが、攻撃と機動のいずれも臨機応変に行っている。
兄弟ならではのコンビネーション、変幻自在な動きで敵を翻弄する。それが、彼らのやり方だった。
「頑丈な機体だ。しかし、壊せないことはなさそうだ」
トゥーマが巨大兵器らしからぬ軽快なステップを踏む。
舞踏めいた重心移動により、そこから放つ攻撃の運動エネルギーを強化する
「逃がすわけにはいかない、けど……どうやって捕まえる?」
被弾を恐れず攻め続けるしかない。そう結論して踏み込もうとしたヴォルテの耳に、機体の集音機ごしの叫び声が聞こえてきた。
「ヴォルテ伍長ー! 足下です! とにかく敵の足下を狙って下さい!」
孤児院のバルコニーに、体をよじり絞り出すようにして叫ぶアヤの姿が見える。
ヴォルテは頷いて、自分の口中で了解、と呟き、フットペダルを踏み込んだ。
「ギュイィィィィィィ」
ドリルが回る。
ドリルが回って巨体が走る。
小刻みな跳躍を繰り返し、四肢を自在に操り牽制打を仕掛けてくる敵機トゥーマ・タイプに対し、あくまでもドリルを振るう。
黒鉄の剛腕はいずれも宙を切り、その度に反撃の爆裂脚が装甲を削る。
しかしファーザー依然猛然。
装甲の奥、光る双眸見据えるのは、勝機。
「今だ、ファーザー!」
ファーザーのインパクト・ドリルが上段から急角度で打ち下ろされた。
敵は大きく後方跳躍でこれを回避。勢いのついたドリルはそのまま地表に突き立つ!
――決定的な『機』は、ここに生じた。
回転と衝撃を同時にもたらすファーザーのドリルは、地面の状態を変化させる。
すなわち、衝撃による液状化と、回転による攪拌!
ファーザーを中心にして、周囲の地面が陥没し渦を巻く。
その影響範囲は、跳躍していたトゥーマ・タイプの着地地点にも及んでいる!
「何ィィィー!?」
「ニイちゃん! ニイちゃんニイちゃんニイちゃんーッ!」
足下をすくわれたダイオード兄弟が、コクピット内で揃って驚愕の声をあげた。
正面モニターに映るのは巻き上げられた土砂の柱と――そこから飛び出してきた黒鉄の
「もらったァーッ!」
「なろォ、俺だけ死んでたまるかよォ!」
ファーザーの必殺ドリルが、トゥーマ・タイプのコクピットをめがけてくる。
アノルドは咄嗟に弟から腕部コントロールを奪い、機体の両腕を十字にクロスさせた。
ドリルが腕のバインダーに突き立てられる。まずは左腕が一秒ともたず削り切られた。
そして、右腕の中程までドリルの尖端が達した所で、トゥーマの全身から黒色の煙幕が噴出。孤児院を背にしたファーザーに吹き掛けられる。
「催涙煙幕!? まずい、この風向きだと孤児院まで――!」
煙幕の性質に気付いたヴォルテは敵への攻撃を中止し、コンソールを打鍵する。
ファーザーの脚部に装備した
煙幕が晴れると、ダイオード兄弟のアーマシングは既に遥か彼方へと跳び去っていた。
「チィッ、割りにあわねえ仕事だったぜ!」
隙をついて遁走に成功したアノルドは、切断された機体の左腕と、装甲表面のステルス塗料が摩擦で焦がされた右腕を見て吐き捨てた。
地中を掘り進むという、あの黒い機体は追ってこない。
これ以上の追撃は、サウリア軍として益なしと判断されたのであろう――孤児院のバルコニーとファーザーの頭部で交互に明滅している光信号を見やり、傭兵アノルド=ダイオードは密かに胸を撫で下ろすのだった。
*
「少尉、申し訳ありませんでした。自分は――悔しいです」
「よくやってくれましたよ、ヴォルテ伍長は」
「し、しかし! 少尉らを危険に晒してしまいました。しかも、ヤツは立場を利用して、少尉の無防備な姿を……! 卑劣です!」
心底から悔しそうに拳を震わせるヴォルテに、アヤはかける言葉を選び兼ねた。そこには、幾分かの戸惑いも手伝っている。
どちらかと言えば気持ちの切り替えや割り切りが早い方だと思っていた彼が、ここまで激しく自身の失態を悔やむとは思ってもみなかったのだ。
言葉を紡げないアヤに代わり、カナが柔和な表情でヴォルテに声をかけた。
「ヴォルテ、もしかして少尉さんの裸を見られたことに怒ってる?」
カナが出した突拍子もない助け船に、アヤもヴォルテも一瞬、思考が停止。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔である。
「え、そ、そんなことは」
「……そうなんですか? ヴォルテ伍長」
「いや、あの、ええと。違う、とも言えないというか……ちょっと、母さん! なんてことを」
「あら。久し振りに母さんって呼んでくれた! 嬉しいわ。遠慮しなくていいんだからね」
カナ相手に動揺するヴォルテの仕草は初々しく、はたから見ているアヤの胸中にもいたずら心が首をもたげた。
「ふふ、お心遣いありがとうございます、ヴォルテ伍長」
「う……も、もう、少尉まで!」
「うふふ。アヤさん。遠慮なく、この子をいじめてやってちょうだいね」
カナはそう言ってアヤの肩に手を置き、耳元に顔を寄せ。
「――きっとあなたになら、まんざらでもないと思うから」
不意打ちの耳打ちに、夜風に冷まされていたアヤの頬もまた、紅くなった。
*
アノルドとカソルド、傭兵ダイオード兄弟は、いずれも
アノルド=ダイオードは、身体の成長だけが子供のまま停まっている。
際限なく身長が伸びてゆく弟ともども、彼らの身体的特徴は『奇病』と呼ばれる類のものであったが、彼はその姿を利用した暗殺や潜入工作を得意としていた。
「こいつが交戦時の
傭兵が差し出したディスクとレポートの紙束を、ナメラ=エラーフェ少佐は飄々とした声音でご苦労さん、と言いながら受け取る。
「詳細はソイツを見てもらえば良いとして――ありゃあマジで得体の知れねぇバケモンですぜ、旦那。まともにやり合っちゃ命がいくつあっても足りねえや」
「おやおや。金さえ貰えば何だってやる、命知らずの傭兵兄弟にしては随分弱腰だねぇ。まぁ、気持ちには共感できるけどさ。私だってアレと交戦しているからね」
アノルドは背広のポケットからタバコを一本取り出し、口端に咥えながら肩をすくめた。
「弱腰、弱腰ね――そろそろカタギになりましょうかねえ? 俺ンとこにも、こないだガキが生まれたもので。ああいう
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