14 リベンジ

「まさか、いつも整備してるあの機体があんな風に動けるなんて、思ってもみませんでした」

「常識が覆される思いでしたね。我々は、目で追うのが精一杯で」

「その日の晩は、戦場の話で持ちきりでしたよ。いつもはできるだけ仕事の話は話題にしないようにしてる連中が(笑)」

「いやぁ、天才って本当に居るんですね」


(操甲戦術開発室・機関誌『すとれいと』巻頭特別インタビュー ~最前線さん、いらっしゃい~ より抜粋)


 *


「こちらファーザーよりアクリダへ。ターゲットの座標登録完了。いつでも穿行可能です」

「アクリダ了解。そちらのタイミングで地中穿行を開始して下さい――すみません、ヴォルテ伍長。“特殊遊撃分隊による単独での強襲”だなんて……こんな危険な作戦、私は反対したんですが」


 通信機越しに詫びてくるアヤの声は、心底申し訳なさそうだ。

 これからヴォルテとファーザーが“単騎で”挑むのは、敵が完全な防備をかためた拠点である。


「滅多なこと言っちゃいけませんよ、アヤ少尉。は個人的に因縁みたいなものもありますし、ファーザーともども張り切って、やってやりますよ」


 ――『アカハラ山岳地帯奪還作戦』。

 ヴォルテとファーザーが初陣で掘り抜けた戦場である。

 あの時は敗走の殿しんがりをつとめたが、今回はさきがけの任を負わされた。


 この山は鬼門なのかな、などと苦笑しながら、ヴォルテは通信を切りフット・ペダルを踏み込んだ。


「飛び込むのは敵陣真っ只中――“危険”だな。だけど、“無謀”じゃあない。そうだよな、ファーザー」

「ギュイィィィィィィ」


 後方に控えた友軍が見守る中、ファーザーの右腕ドリルが唸り岩肌に沈む。

 巻き上がった白い粉塵が落ち着く頃には、黒鉄の巨体は地表から忽然と消え失せていた。


「“浮上”ポイントまであと1km!」


 たった一人のコクピットで、ヴォルテは計器を読み上げる。

 地中ゆえに通信も繋がらず、同乗する者も居ない空間にあって、それは単なる独り言に過ぎない。

 だがヴォルテは、習慣として染み付いている行為を行うことこそが重要であると考えていた。


「ドゴゴゴゴゴゴゴゴ」

「ギュイィィィィィィィ」


 土中の暗闇を、ファーザーは100地中ノットの速度で掘り進む。

 高速穿行に伴い、ドリルから、動力機関から、あるいは砕き搔き分ける岩盤からの震動が、操縦桿を握る手に伝わってくる。


「ポイント到達ッ! ドリルだファーザー!」


 地表へ飛び出したと同時に無線通信の回線が開き、慌てたアヤの叫ぶような声が飛んできた。


「ダメですヴォルテ伍長! されて――ッ!」


 警告に反応するが早いか、コンソールにもKYファンクションからのアラートシグナルが明滅。

 上空を映すモニターを一面、曲射弾道で撃ち込まれてきた榴弾の豪雨が覆っている!


「囲まれてるのか!? ファーザー、いちばん手薄ましな方向へ!」


 砲撃を回避すべく、凹凸起伏の激しい岩肌を蹴り、機体を飛び退かせる。

 精確にファーザーを狙った砲弾は、直撃することなく山肌を抉った。爆風を黒鉄の装甲に浴びせられるが、表面が僅かに傷つく程度である。

 しかし、回避成功に息をつく暇もなく、ファーザーの足元が衝撃に揺らぐ。


「――――地雷か!」


 ヴォルテは足下を確認し、奥歯を噛みしめる。

 周囲を見れば、岩山の一帯にびっしりと、半球型の“何か”が打ち込まれていた。

 直径4メートルにもなる、対アーマシング用の大型地雷である。

 巨大さゆえに、通常であれば森林などの足元を視認しづらい場所へ敷設する兵器だ。

 それが“地面から丸見えの状態”で使われている意図を、ヴォルテは察し――


「あの地雷は、ファーザーが地中を掘り進む震動に反応して爆発するようになっています。爆発の軌跡から穿行ルートを予測して待ち伏せしていたんです!」


 答えをアヤは一息でまくし立てた。

 ヴォルテに、応答する暇は与えられない。通常よりも分厚い盾を構えたデュラハン・タイプが、3機編成で向かってきている!


 3機のデュラハンは、今までに見たことのない仕様である。

 “カタマリ”と形容できるほどに分厚い直方体に成型された大盾を左に構え、右腕は、前腕そのものが肥大し、拳にあたる部分に巨大なサッカーボールのような鉄球が取り付けられている。


 突出してきた一体のデュラハンに、ファーザーが回転するドリルを叩きつける。

 即座に分厚い盾を構えて防御されるが、構わず貫きにかかる。


 にび色の尖端が、濃緑色の塊に突き立って。回転する刃が切削屑を撒き散らし。


「ギュイィィィ……」

「――な、なんで!?」


 バリバリという切削音が、しぼんだように消えてゆく。ヴォルテは経験したことのない手ごたえに、ファーザーの右腕を敵の盾から引き抜いた。


「ドリルに……敵の装甲が溶けてこびりついているッッッ!?」

「加熱成型前のナーガレジンを盾に使ったんだわ……! それが、ドリルの削撃で発生する摩擦熱で溶けたんです!」


 すかさず、両脇のデュラハンが右腕の鉄球を射出。鎖索チェーンに繋がれた鉄球がファーザーの両腕に衝突、そして、爆発!鉄球表面に仕込まれていた炸薬が打突の衝撃を増幅し、黒鉄の装甲を砕く!

 正六角形の破片を撒き散らしながら、追撃のチェーン・ハンマーをスウェーバックて回避するファーザーだが、右腕のドリルには依然、溶解を経て強力に硬化したナーガレジンがこびりついている。

 もはや、ドリルは単なる円錐状の鈍器と化した。


 だが賢明なカクヨム読者諸君はお気づきであろう。


 ――――『ハンマーで頭を殴れば、人は死ぬ』という事実に!


衝撃インパクトモォォォォド!」


 刃を樹脂で固められたドリルが、高速振動を開始。

 踏み込み一足いっそく、右翼のデュラハンを襲撃!


 ドリルの切っ先は先刻に同じく、肉厚の盾に突き立ち。

 高速連続の振動打突が、瞬く間にナーガレジンの塊を砕き抉った!


 鋭利な尖端にて連続した打突を加え対象を掘削するこの攻法は、一般に『はつり』と呼ばれる。


 ドリルの切っ先は盾粉砕の勢いでコクピットまで到達。僅か2秒足らずでデュラハン一機をはつり倒した。


 作戦失敗をさとった残り2機のデュラハンは退却姿勢。

 追撃しようとするヴォルテだが、KYファンクションが警告アラートを発する。


 ファーザーに向けて再び、榴弾の斉射が始まろうとしているのだ。


「こんな時に……!」


 危険接近を告げる警報は、コンソールの赤色明滅と同時に電子ブザーをけたたましく鳴り響かせる。

 だが、生理的不快感を煽り立てるアラートは、唐突になりをひそめた。


 静まり返ったコクピット。

 正面モニターを見やるヴォルテは、遥か前方に馳せ跳ね舞う『人馬』の影を確認した。


 *


「一つ覚えの奇襲作戦だが、今回は我々が本命なのだよ」


 サウリア軍の四脚アーマシング『ケンタウロスⅠ』が一機、岩肌を後ろ足で蹴ってまた跳躍した。

 空中で構えるライフル砲が狙うのは、ゾウムシに似た敵軍の砲撃型六脚『ケーヒム』の一小隊だ。

 跳躍から着地までの僅かな間隙に、人馬の上体は狙いを定め狙撃敢行。

 三発の砲弾は、精確にケーヒムのコクピットを射抜いた。


 着地した前足がすぐに岩盤を蹴り、敷設された地雷をものともせず、人馬は宙を舞い続ける。

 後方支援を旨とし、砲撃の安定性と引き換えに機動力を犠牲にしているケーヒム部隊は、突如として“斬り込んで”きた、たった一騎のケンタウロスに翻弄された。


 装甲の上からでも敵機の狼狽がうかがい知れ、人馬を駆る男はコクピットの中で涼やかな笑みを浮かべる。


「古来より、軍というものは均質な兵が統率されることで力を発揮するものとされてきた。だが、ことアーマシングにおいては違う」

「は……はいッ!?」


 アンナロゥは悠々と、やけに艶やかな美声を紡ぎ出す。

 それは別段、隣で照準器スコープを覗く同乗者ガンナーに向けたものではない。

 しかしながら、大佐と兵長。両者の立場の差は大きく、バンカは同じ空間で言葉を発した雲上人を無視するわけにはいかなかった。


「アーマシングとは兵ではない。一騎が即ち一軍なのだ。アーマシングに必要なのはすることではなく……することである!」

「――うス! 残り7機、一発一殺で仕留めるッス!」


 間近で始まったアンナロゥの独り言を、バンカは自分への鼓舞と受け取った。


 アンナロゥの機動操縦ドライビングは、通常のケンタウロスⅠでは考えられない速度と軌道だ。砲戦に用いられるライフル砲を使うには全くもってそぐわない。

 そんな、出鱈目に跳ね回っているようにすら見える動きに、バンカは振り回されることなく。


 


 


 


 絶えず揺り動かされる視界に捉えた敵機を次々と狙い撃ち、擱座させてゆく。


 


 


「フフフ……いいぞ、バンカくん」


 


 敵後方支援部隊、後退。


「バンカくんいいぞ、すごいじゃないか……フフフ……フハハハハ!」


 ――凄いのは、この人の方だ。


 高笑いするアンナロゥの隣で、バンカは内心、舌を巻いた。

 彼がここまで立て続けに敵を射抜けるのは、アンナロゥが機体を絶好の狙撃ポイントへ導き続けているからである。

 しかも動かしているのは旧式のケンタウロスⅠ。他の兵士とは次元の違う操縦技術であった。


「大佐。俺は、大佐の“部下”、なんスよね」

「フフ……無論だ。今さら何を言っているのかね? これからもよろしく頼むよ、バンカくん! バンカくん! ハハハハハ!」


 長髪をかき上げるアンナロゥの美しいかおには、汗ひとつ滲んでいない。


 高笑いの響くコクピットに、通信入電のアラームが割り込んできた。


「お見事です、大佐。なんと美しい……立ち回りでした」


 溜め息交じりにノイズ混じり、低く重い声はベッツ曹長のものだ。

 その時彼が発した声音は、バンカをはじめ古兵連中ですら耳にしたことのない、うっとりとしたものであったという。


 *


「あの冗談みたいな動き。間違いないね……“鬼神”アンナロゥだ」


 指揮官用デュラハンのコクピットから戦場を見渡していたナメラ少佐は、窪んだ眼窩の奥を緊張させながら、元学友をかつての“渾名あだな”で呼んだ。


「あいつほどの上役が前線に出張ってくる。どうしてかねえ。いやいや、分かり切っているか――――あの黒い未確認機だ」


 全滅しつつある部隊に撤退命令を出す傍ら、彼は脳裏で傭兵アノルドから受け取ったレポートの内容を反芻する。


 機体の特性。中でも、装甲に使用されている部材の異様さ。

 マーラサインと同等以上の物質を装甲全体に使用し、現代兵器アーマシングではおよそ考えられないパワー、スピード、そして地中穿行能力ドリル


 並べた言葉ピースの中に『アンナロゥ』という要素を加えてやれば、自ずと繋がる線が見えた。


「うんうん、分かってきたぞ。あの黒いの意味が。サウリアの――いや、あの男アンナロゥの狙いが!」

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