15 因果の蕾(つぼみ)
サウリア国の首都郊外には、有名な石造りの“城”が建っている。
入植地であるゲムブ大陸の歴史はたかだか数百年程度であり、由緒ある王侯貴族など存在しないのだが、この建造物はたしかに城と呼ぶのが最も適切に思える大豪邸であった。
そこの城主――レックス財閥3代目当主ニドル=レックスは、今際の際にあった。
「ご臨終です」
医師が告げると、大きなベッドの傍らで見守っていた二人の女が、亡骸となった老人にすがって泣き出した。二人は、老人の娘であった。
そして、同じく臨終に立ち会った一人息子は、さめざめと泣く姉達の背中を少しの間ジッと見てから、踵を返して亡き当主の部屋を後にした。
「至急、サウリア宰相宛に書簡を送れ。用意しておいた、例の文書だ」
執事らしい使用人の男は、静かに頷く。
ただいまこの時より、城の王は名実共に、この若々しい壮年の男になったのだ。
「車を出せ」
別の使用人に命じてから、壮年の男――4代目当主ネイル=レックスは、クセのついた金髪に手櫛を入れながら、ゆっくりと息を吐き出した。
「いま、迎えにいくよ――バンカ」
*
キャストフ市のサウリア駐留地は、騒然としていた。
到着した物資や機体の搬入作業に追われ慌しく行き交う兵士達の喧騒、アイドリング状態で待機するアーマシング一個大隊分のプラナ・ドライブ音。
そしてそれらの背景にそびえているのが、サウリア軍が保有する最大の決戦兵器『超
空母を一旦四等分に輪切りにした後、再び連結し直したような灰色の艦体。巨大な各ブロックはそれぞれ八本の脚を備えており、合計すれば三十二脚という、サイズだけでも規格外の威容だ。
主砲として『ブラキオ』並みの二連装砲塔を合計八門装備する他、単装副砲十八門、対地三連機関砲六十基、四連装大型ロケット・ランチャー八基、艦首ナパーム砲四基の重武装。
加えて、艦体天井面には十二機のアーマシング『ケンタウロスⅡ(迎撃仕様)』を搭載している。
戦闘能力に比例して運用コストも凄まじく、現在に至るまで実戦投入はされていない。
「――いよいよ、お膳立てが整ったということか」
重厚なエンジン音を幾重にも響かせるクルマラを見上げ、ベッツは呟いた。
「財閥の新当主もずいぶんやり手だ。
今朝目を通した新聞の情報と、目の前の状況とを突き合わせれば、それなりに頭の回る軍人であれば容易に同じ答えを導き出せる。
レックス財閥の経済的影響力は絶大だ。戦争への介入に消極的であった先代当主の死後、実権を握った新当主ネイル氏は――おそらく既に根回しは済んでいたのだろう――サウリア軍への本格的な支援を決定した。
それは即ち、サウリア軍はいよいよセルペに対し決戦を仕掛ける準備が整ったことを意味するのだ。
「ん……あの
何気なく見やったコンテナの中身に、ベッツは思わず目を留める。
今回自身が従事した数々の作戦において、最も印象に残っており、リアリストの彼にとっては最も“忘れてしまいたい”と思うものがあった。
「……“ファーザー”の、予備パーツ……か?」
汎用機ケンタウロスのものにしては大きすぎる関節ブロックが、ワイヤーウィンチで引っ張り出されている。
間違えようもない。ファーザーの関節駆動部に用いられているブロックとほぼ同じ形状である。
「“開発室”はきちんと仕事をしている、ということだな。フン、さすがは“あの方”、だ」
相も変わらず仏頂面のまま、ベッツは止めていた歩みを進め、件の
*
「あの
「「ファーザーです」」
「……ああ、はいはい。“ファーザー”について、こちらで解析したデータと、今日提出された実機のシステムデータとを照合しましょう。おそらく、更に詳細な情報が得られるはずです」
ヴォルテだけでなく同僚のアヤまでもが食い気味に訂正してきたことに少々眉をひそめながら、操甲戦術開発室の男性研究員はモニターへ向き直り、キーボードを打鍵し始めた。
キャストフ駐留地に設営された“出張開発室”には本部と同じ機材が持ち込まれている。
ペラギクス製の最新鋭コンピュータは、ファーザーのシステム情報を解析して夥しい文字列を画面上に吐き出してゆく。
アヤを含め、集められた数名の解析チームは皆、とんでもない速度でスクロールする画面の文字列を逐次視認・把握できる資質を備えている。
「……なるほど、そういうことだったんですか」
「あの、少尉。申し訳ありませんが、いったい何が分かったのか、自分にも教えてもらえませんか」
どことなく寂しそうな顔で、ヴォルテがアヤに助けを求める。
頭脳畑の面子の中に唯一放り込まれた現場人は、早々に話題から取り残されていた。
「ファーザーは、特定の生体データを持った人間にしか動かせないようになっているようです。そして、いま現在、特定の人間とは――ヴォルテ伍長、あなたなのよ」
「ファーザーを動かせるのは、僕だけ――!」
一瞬で曇っていた顔がぱぁっと明るくなるヴォルテを見て、アヤは綻びそうになる表情を努めて引き締める。
「どうして伍長が選ばれたのかは私達には分かりませんけどね」
アヤが眼鏡のレンズ越しに、緊張した眼差しで目配せする。
神妙な面持ちでうなずくヴォルテに対し、言葉を投げたのはアンナロゥである。
「ヴォルテくん、何か心当たりはないかな?」
「……いえ、申し訳ありませんが、何も」
「そうか。それは残念。残念だ。実に――ああ、そうそう、ところでキミは機械の声を聴く事ができる、というのは本当かい?」
「えっ? あ、はい。自分の隠し芸、みたいなものです」
「興味深いねェ。今度ぜひ、私にも見せてくれたまえよ。ああ、すまない、話が逸れてしまったね。こうなれば皆で力を合わせて、解析結果を読み解きにかかろうじゃないか」
アンナロゥの号令を受け、各自が人数分用意された端末に向かって作業を開始。
静かな室内に、キーを打鍵する音と端末の冷却ファンの音だけが響く。
手持ち無沙汰のヴォルテだけは、アヤの担当する端末モニターを覗き込み、まったく内容を読み取れない文字の羅列を目で追った。
ヴォルテがすこしウトウトし始めた頃、研究員の一人が声あげた。
「――アンナロゥ室長! 機体の所属表示と思しき記述が出てきました!」
アンナロゥだけでなく、研究員達も全員席を立ち、声を上げた者の端末に群がる。
動くのが遅れたヴォルテは、モニターの前に形成された研究員達の壁の向こうで懸命に背伸びをして画面を覗く。完全に、蚊帳の外である。
「ええと、この文字列は…サ、セッ?」
「見せてごらん――――キミ、これはねえ、サ・ク・セッ・サー。
オオ、というため息にも似た静かな歓声があがる。
ひとつの成果めいたものが提示され、研究職に従事する者達は互いの顔を見て静かな喜びを分かち合う。
「
ただ、室長アンナロゥだけは、込み上げる歓喜から高笑いを始めた。
ヴォルテは率直に、この美形の大佐のことを「苦手だ」と思った。
突如テンションを上げて笑い始める彼に、他の研究員たちは平然としているが、ヴォルテにはどうにも慣れることができない。
放っておけばこのまま夜まで笑い続けそうなアンナロゥ。
彼を現実に引き戻したのは、ドアをノックして入室した男の姿であった。
「室長、ネイル氏が到着しました。至急本営までお越し頂きたい、と」
仏頂面の無骨な頬をごく僅かに赤くしたベッツは、研究室の入り口に直立している。
「わかった。フフ……忙しいね、実に」
アンナロゥは、先ほどまでの興奮振りが嘘のように涼やかな微笑を口元にたたえ、異様に艶っぽい雰囲気を漂わせ始めた。長髪をかき上げながら、ベッツが立つ部屋の入り口まで優雅に進む。
そして美形は、無骨な男の肩に手を添え、耳元に吐息がかかるほど近くまで顔を近付けた。
「ベッツ隊長。後で少し、いいかな? 私の部屋で――二人きりになろうじゃないか」
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