10 ジャイアント・キリング
「畜生、おびき出されたのか!?」
後方のモニターを確認して、バンカは舌打ちした。
河にかけられた盾の橋を、敵の重装アーマシングが次々と渡っていく。
友軍の四脚アーマシング『ケンタウロス』は、ライフル砲で敵の渡河阻止を試みる。
だが、火力を分散することは、対岸から依然飛び来るデュラハンの砲撃に隙を見せることを意味していた。
さりとて、接近してきたデュラハン重装型の装甲は、白兵戦用『ケンタウロス2』の携行兵器では容易に貫けず。
敵前衛の渡河を許したことで、サウリア軍は機先を制された格好となったのだ。
「少尉。敵の前線が迫っています」
「……ええ、後退して下さい。ただし、ファーザーの視認は可能な状態に保って」
桃色の唇を噛み、アヤはつとめて頭の中を冷静に保とうとしている。
指揮支援アーマシング『アクリダ』の装甲越しに伝わってくる砲火の轟音、機械巨人たちが大地を蹴立てる地響きは、次第に大きくなってきていた。
「少尉、大隊司令アンナロゥ大佐より電文を受信しました!」
オペレータをつとめる兵士が、やや上ずった声でアヤを呼ぶ。
彼よりも年下の少女は、静かに頷きモニタに眼鏡越しの視線を向ける。
「――信号弾! ファーザーに後退指示ッ!」
アクリダから打ち上げられた信号弾の明滅に、バンカは再び舌打ち。
「おいヴォルテ、帰って来い、だってよ!」
「そう――かッ!」
ヴォルテは渦巻く瞳で正面モニターを睨み、左右の操縦桿を前後左右に繰ってファーザーに回避行動をとらせた。
直後、ブルダが振り下ろしたサーキュラー・ソーが、黒鉄の巨人をかすめて地面を派手に抉る。
続いて横薙ぎに来る回転刃。バックステップで見切った所へ、追撃のロケット弾が撃ち込まれてくる。
ファーザーは右腕のドリルを掲げ、ロケット弾を粉砕。
その爆風をX字軌道で切り裂き、ブルダの二連サーキュラー・ソーが迫る!
「この野郎ッ!」
力任せに振るったドリルを、二枚の回転鋸にブチ当てる。
回転に回転が激突し、生み出された反発力でブルダの巨腕が跳ね上げられた。
巨腕を除けられ、ドーム状の本体が露わになる。好機と見た刹那、またしてもロケット弾が足元へ着弾。
ファーザーはまたしても、追撃を阻まれる。
「畜生、このデカブツ! 死角は無いのかよ!」
「……バンカ、大丈夫だ。こいつは“倒せる”。厄介さで言えば、さっき取り逃がした『指揮官のデュラハン』の方が上だ」
「そりゃお前、確かにそう、だけどよ。倒せるったって、どうすんだよ」
ヴォルテは聴いた。
隣で問いを発する戦友の声ではない。
黒鉄の装甲越しに。
猛り狂う、敵の
「こうするんだ――!」
ヴォルテが
当然、真正面から迫るブルダの巨腕サーキュラー・ソー。
「どわぁ!」
突然の突進に合わせ、バンカは咄嗟にトリガーを引き、ファーザーの右腕を突き出させ。
ヴォルテはペダルをベタ踏みでドリルを回転させ。
ファーザーのドリルは、ブルダのサーキュラー・ソーとぶつかって。
「――――よしッ!」
回転する円盤鋸の鉤刃と、ドリルの螺旋刃とが寸分違わず“噛み合った”。
その瞬間、ファーザーの各関節に凄まじい負荷がかかる。ドリルの回転が止められたことで、行き場を失った力が根本へと逆流しているのだ。
だが、それはサーキュラー・ソーを止められた対手とて同じことである。
「やれッ! ファーザー!」
「ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」
ファーザーの脈動が重低音の早鐘を打ち、装甲の隙間から青い光が漏れた。
ブルダの巨腕を下から支える格好になっているファーザー、各関節が軋むような音をあげる。
そして、メキリ、と耳障りな音がして。
ブルダの巨腕が一本、根本からもげた。
「よくやった、すごいぞ、ファーザー」
ファーザーは
コクピットの中、額の汗を拭うヴォルテの横で、バンカは何が起きたのか呑み込めていない。
――諸君は、小柄な合気道の達人が、屈強な男の手首を押さえただけで地面に這い蹲らせるのを見た事はないだろうか。
ファーザーが為したのは、まさにそのような類の
直接の破壊ではなく、相手の構造を破壊する対機甲戦術は、現時点のクァズーレにおいて未だ編み出されていない――
かくして敵機小破の隙をつき、ファーザーは地中へと逃れた。
「僕たちも砲戦に参加だね。バンカ、狙撃に自信は?」
「まあまあ、ってとこだな」
「謙虚だね」
「なあヴォルテ、なんかここ“浅く”ねえか?」
コンソールの深度計は、普段ファーザーが地中を穿行する時よりも幾分か浅い場所だった。
「まあ、見ててよ」
「自信ありげじゃねえの」
ヴォルテの瞳は相変わらずグルグルと渦を巻いている。
――こういう目をしている時の
バンカは一抹の不安を抱きつつ、ある種の“覚悟”を決めるのだった。
*
後退したファーザーのもとへ、アクリダと共に見たことのない四脚アーマシングがやってきた。
ほぼグレー一色の大型機は、巨大な砲身から四本の脚を生やしていた。全体の形状ー述べるとすれば、ほぼそれだけとしか言い様がない。
シンプルかつナンセンスな佇まいだった。
細部を見れば、機体の各所に『レックス重工』の刻印が施されており、異様に多い注意書きと整理され切っていない部品配置から、この機体が制式の兵器でないことが窺える。
「試作自走砲『ブラキオ』。機動性の問題から実戦投入できなかったアーマシングですが、“大砲”として使用する分には問題ありません」
「……もしかして、こいつを
「ええ、その通りです」
バンカは、黙って頭を掻いた。
「これも大佐が準備していた、と?」
「はい。“こんな事もあろうかと”、だそうです!」
アヤの言葉を聞きながら、ヴォルテは既にてきぱきとコンソールのキーを叩き、『火器換装』の作業を開始している。
『ブラキオ』が背負った口径50センチの滑腔砲を左の脇に抱える。
背部に増設したハードポイントに砲の基部を接続。
ファーザーからの直接制御を可能にする。
「二人とも、頼みます! 私も、ファーザーを信じていますからね!」
アヤが通信機越しに激励すると同時に、ブラキオとの接続を終えたファーザーが両目を赤色に光らせた。
「へっ、少尉ちゃんの
「ああ。この装備なら、状況を打開できる!」
「ったく噛み合わねーな、毎度よォ。まぁいいや、とことんブッ込むぜ!」
その場に立膝をつき、巨砲を腰だめに構える。
スコープ・デバイスを覗き込むバンカが、静かにトリガーを引く。
ファーザーの全高に匹敵する長さの砲身が震え、爆という砲哮と共に対アーマシング用規格外徹甲弾が発射された。
着弾した先にある重装型デュラハンの上半身が、横殴りの砲弾に吹き飛ばされる。
一拍遅れて、河に放り出された胴体の片割れが内部機構の崩壊により爆散した。
五秒の間をおき装填した次弾を、今度は渡河の援護をしている大盾のデュラハンに撃ち込む。
川面に水柱立ち上がり、原型とどめぬ盾の破片が向こう岸へ落ちた。
応戦しようと砲を構えた小隊編成の砲撃型デュラハンも、一機は胴を大きくえぐり取られ擱座した。
残った者たちが砲撃を行うが、ファーザーは大地を蹴って側方へ低く鋭い跳躍。
地面に着弾したデュラハンの榴弾が、ファーザーの横で土煙を巻き上げた。
ファーザーが反撃に放つ徹甲弾は、当然のようにデュラハンの胴体、コクピットの在る胴体へ吸い込まれ、消し飛ばす。
「な? まあまあだろ?」
スコープから目を離さず軽口を叩いてみせるバンカに、ヴォルテもヒュウ、と口笛で答える。
バンカの狙撃は正確かつ迅速であった。
そしてヴォルテもまた、ファーザーの巨体をたえず巧みに機動させ、砲火に晒される河岸ぎりぎりの位置どりで砲戦を続けさせていた。
*
「むおっ!」
交戦中だった敵小隊の後方で突然、敵機デュラハンが真横に吹き飛んだ。
僅かに怯んだ敵前衛の隙を、ベッツ=テミンキは見逃さない。
即座に相手の腰部関節へアサルトライフルの弾丸を叩き込み、機体の質量と推進力を乗せた銃剣突撃で重装型デュラハンを仕留めた。
残された一機のデュラハンも、部下の『ケンタウロス2』が二機がかりで射撃刺突を加え擱座させる。
いまの突撃でだめになった銃剣を予備のものと交換しつつ周囲を見渡せば、否応なく黒鉄の巨人が身の丈ほどある大筒を振り回す光景が目に入り。
「あんなフザケた代物まで、引っ張り出してくるのか……」
河岸を跳ね回るドリルと巨砲のコラボレーションに、ベッツは血管の浮くこめかみを押さえた。
*
「もうそろそろかな」
「何がだ?」
「バンカ、十時の方向、岸からこっちを狙ってるデュラハンの“足もと”を狙って」
バンカは言われるがままにトリガーを引く。
一秒と経たず、標的にされた砲撃型デュラハンの右脚が吹き飛んで――河の流れが変わる。
敵の陣取る河岸が、床板を踏み抜いたかのように沈み崩れた。
地表に隠れていたのは、空洞だ。抜けた地下の道にラマンダの水が流れ込む、流れ込む。
新たに生まれたラマンダ河の流れは、先ほどファーザーが掘り進んできた道であった。
ヴォルテの目論見通り、崩れた河岸と抜けた川底に、『橋役』の大盾デュラハンと砲撃型デュラハンが小隊ごと巻き込まれ、行動不能に陥っている。
全高20メートルのアーマシングが影響を受ける地形の変化。当然、足元に随伴する歩兵や小型有脚車輌にとっては命取りだ。
不規則な水流に巻き込まれ、彼らは流されてゆく。それらの救助をすべく、数機のデュラハンが河へと向かう。
手薄になった砲撃部隊のカバーに回るのは、敵軍の擁する最も強力な兵器である。
「出てきたよ、あいつが」
正面モニターに捉えた八脚の
もげた巨腕の基部に応急処置を施したブルダが、混乱した激流戦線へと姿を現し、ゆっくりと回転するドーム状の全周囲連装砲塔をこちらへ向けている。
「やられたから、やり返す! 今度は僕たちがおびき出してやったぞ!」
「そして、やられる前に……やってやるぜッ!」
すかさず五〇センチ滑腔砲『ブラキオ』の照準を合わせ、考えるより早く
「目標への直撃を確認! ざまぁ見ろ!」
覗き続けていたスコープ・デバイスを跳ね上げて、バンカが快哉を叫ぶ。
ブルダの砲塔は、その本領を発揮することなく徹甲弾に撃ち抜かれ、無力化した。
河岸の戦線が崩れたことで、戦闘は大方決着した。
対岸に陣を構えていたセルぺ軍は、戦闘停止の信号弾を打ち上げた後、撤退を開始。
渡河し斬り込んできた敵機も、次々と投降していった。
「や、やっちゃっ……た」
思わず気の抜けた声を発したアヤは、鼻梁からずり落ちそうになる眼鏡のブリッジに指を添えた。
ファーザーの働きにより、『河岸の敵を排除する』という目的は達した。
そして同時に、ラマンダ河の地形は変わり果て、現場では流された者たちに対する敵味方を問わぬ人道的救出作業が開始されている。
ファーザーの能力を理解する者から見れば、この惨状はドリルによって引き起こし得るものだと明らかに 判る。判ってしまう。
決して、手放しで喜んで良い戦果とは言い難かった。
アヤとて軍人である。戦場で人が死ぬ事には一定の割り切りをした上で任に当たっている。
ゆえに、目の前の惨状を嘆き平静を失うようなことは無い。
それよりも、自身の手が届く範囲において、現実的な“問題”が差し迫っているのだ。
「場合によっては、ファーザーと彼らに処分が下されてしまう――」
先程までは、戦場で出すべき指示内容が猛スピードで駆け巡っていた、彼女の頭の中。
今は、後日提出するべき始末書の内容で一杯になっていた。
*
「いやいや、想像以上の
全軍撤退を指示したナメラは、わざとらしくため息混じりに、隣のガンナーシートでこわばった表情をしている副官に声をかけた。
「虎の子のブルダを大破させてしまった。ラマンダも敵の手に落ちた。だが、私はこの戦闘で得たものは値千金だと考えているよ」
「少佐、それはどういう意味でしょうか?」
大敗を喫したと言うのに相変わらず飄々とした様子のナメラに、副官は首を傾げる。
ええとね、と前置きしてから、ナメラは通信装置の類がアクティブになっていないことを確認し、口を開いた。
「この戦闘で、最終的にこちらが甚大な被害を受けたが、それは敵も同じことだ。渡河攻撃は効果が出ていたからね。そして、ラマンダ河がああなった以上、あそこは拠点たり得ない。あんな風に流れが乱れていては、まともな水路としては使えまい。連中はそんな場所を占領した状態で、態勢を立て直す必要がある。むしろ、あすこに足止めされているのさ。その上、こちらはもう一つ、得がたいものを手にした」
「……あの『黒いやつ』との交戦データ、ですか」
「そうそう」
意を得た副官に、ナメラは口もとを緩めてみせた。
「塞翁が馬、ってことだね。さてさて、これからどうしたモノかなぁ」
会話を締め括って、ナメラは機体をセミ・オートの巡航モードへと移行。
シートの背もたれに身を預け、コクピットの天井を仰ぐ。
落ち込んだ眼窩の奥に、ぬらりとした眼光が据わっていた。
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