05 逆転撃

――間違いない。30メートルだ。


 高度計に示された数値が見間違いでないのを確認し、バンカはクセ毛の金髪を掻いた。


 標準的なアーマシング――それにはサウリア軍の『ケンタウロス2』も含まれる――の全高はおよそ20メートル。


 計器の示す値を信じるなら、いま、彼らが乗り込んでいる機体は、通常の1.5倍の巨体である。

 示されているのは、事実だ。なぜなら、先程まで向き合っていた筈の敵アーマシングを、今は見下ろしているからだ。


「僕たちはいま、ファーザーの中に居るんだ」


 確信のこもった声でヴォルテが呟く。


 紺色のパイロット・スーツの襟元をゆるめるヴォルテ=マイサンは、驚きと歓喜の入り混じった表情を、なおも端正なカオで取り繕おうとしていた。


「どうしてンなこと分かんだよ?」


「右腕にドリルだ!」


 口端に笑みを浮かべ、ヴォルテがコクピット側面のモニターを指差す。


 相変わらず響く脈動音。バンカが唖然とするのを尻目に、ヴォルテは黙々とコンソールを操作し、“いつも通り”戦闘シークエンスを踏み始めた。


 正面に見下ろす敵機『デュラハン重装型』は、首の無い上体を仰いでこちらを見上げている。


 突然の巨大乱入者ドリルに、敵もまた混乱をきたして様子を見ていたようだ。

 だが、両脇に2機を従えたデュラハンの、首の無い襟が赤、黄、黄、と発光するや、ファーザー正面のデュラハン重装型は盾と大鉈を構えた。


 交戦体勢である。


「バランス調整完了!」


 時を同じくして、ヴォルテも声をあげる。


「ドゴゴゴゴゴゴ」

「ギュンギュンギュンギュン」


 さあいくぞ、の掛け声代わりに、ファーザーのエンジンが回転数を上げ、脈動が重低音の早鐘を打ち始め。


「やるしかねえってか! ええと、武装は両腕……左の方は使用不可ディセーブル、ええいド畜生! ってことは、使えるのは――」


「ドリルだけだ!」


 ヴォルテがフットペダルを踏み込む。


「ドゴゴゴゴゴゴ」


 ファーザーが応える。


「ギュイィィィィィィ」


ドリルが回る。


 操縦桿とフットペダルにまで伝わる、確かな震動。

 ドリルは回る。回る。回る。


「訓練中も、戦場ここでも、ずっと」


 青年の黒い瞳は渦巻いて、黒鉄くろがねの意思を浮かび上がらせてゆく。


「ずっと考えてたんだ。“お前”とならどう戦うか、って」


 青年ヴォルテ=マイサンは、再び邂逅したドリルロボット・ファーザーに語りかけた。


「おいヴォルテ、このアーマシングのこと知ってるのか!?」

「――知らない! だけど、ずっと知りたいと思ってたんだ!」


 デュラハン重装型の小隊が三方に散り、黒鉄の巨体を取り囲む。

 包囲殲滅ふくろだたきだ。定石の戦術である。


 対するファーザー、これも約束じょうせき、一点突破にドリルを構え。

「まずは正面だ!」

「うおおおお! やってやらァーッ!」


 巨体の一足いっそくが一息に距離を詰め、正面の一体へ機先の一撃。


 金属同士が衝突する剛音が響くや、連続した破裂音が鳴り渡る。


 ファーザーのドリルは、敵デュラハンが咄嗟に構えた複合装甲シールドを削り貫き、そのまま胸部中心のコクピットまで風穴を開けた。


 一機目を擱座させる間に、二機目の首なし騎士が右後方より迫る。


「回頭するよ! 左300!」


 ヴォルテの一言に、攻撃ガンナー担当のバンカは阿吽の呼吸。


 ファーザーの上半身が逆時計に高速回転。

 脚を動かすことなく襲撃者へと向き直り、大鉈の一撃にドリルを打ち合わせた。


 鉈の刃が高速で廻る螺旋の刃と噛み合い。


 次の瞬間、デュラハンの大鉈は主の手を離れ宙を舞い、岩肌の大地に突き立った。


 剣術に見られる“巻き落とし”と同様の術理が、ドリルの回転により実現されたのである。


 得物を落とした騎士に、黒鉄の巨人から逃れる術はなく。

 仲間の後を追い、構えたシールドごと胴体を貫通ドリルされた。


 立て続けに僚機を喪ったデュラハン重装型は、後方へ飛び退いて距離をとる。

 追撃しようとするファーザーの周囲に、榴弾の弾着による爆炎が拡がった。


「チッ、むこうの射程に入っちまったか!?」


 敵機後退方向の延長線上に、砲撃型アーマシングの小隊が見える。


 セルペのデュラハンが使う二連装カノンは、サウリア軍のケンタウロスが装備するライフル砲よりも射程が長い。

 ヴォルテたちは古兵から、『足を止めて撃ち合えば勝ち目は薄い』と教わっていた。


――それは、ケンタウロスで対峙した場合だ。


「バンカ。あいつらよりも“バカげたこと”をやってやろう」

「どうするつもりだよ」

「地面を掘り進んで、あの『大砲持ち』の背後から奇襲をかけるッ」

「正気かお前!?」


 黒い瞳に渦の巻いたヴォルテは、バンカが異論を唱えるよりも早くレバーを倒す。


 周囲に爆風が吹きすさぶ中、ファーザーがドリルを地面に突き立てる。

 まるで水面に手刀を差し入れたかの如く、黒鉄の巨体は容易く、当然に、地中へと穿行していった。


「どうだ、バンカ」

「どうもこうもねえよ。真っ暗で何も見えないっての」


 バンカが横目で抗議の眼差しを投げてくる。


 ヴォルテは少し考えてから、コンソール上のダイヤルをひとつ、目一杯に捻った。

 すると、コクピット内に有象無象、大小高低さまざまな音々が入り乱れ始める。


「うぎゃあ、うるせーッ! なにやってんだよ、ヴォルテ!」

「集音機の感度を“最大”にしたんだ! ファーザーの集音機は異様に感度が高い。きっと、こうする為なんだよ!」


 バンカはたまらず、パイロット・スーツのポケットから鼓膜保護用の耳栓を取り出す。


 一方、ヴォルテは意識を耳に集中。

 彼が聴くのは、地上うえで稼動している敵アーマシングの動力機関が発するこえである。


 機械のこえを正確に聞き分けるヴォルテは、ファーザーが伝える音の大海に意識を浮かべ――目標の場所を正確に割り出した。


「前進する! 浮上して、後衛を崩したらすぐに潜るよ! ヒット・アンド・ディグアウェイだッ!」

「――了解はい了解はい! お前に全部預けンぞ、ヴォルテ!」



 前線に現れた『敵の新型』に対し、一通りの斉射を終えたデュラハン砲撃型の小隊は、次弾装填と砲身冷却を行いつつ着弾地点を観測した。


 爆煙晴れた地表の岩肌は、所々が無惨に抉れ焼け焦げている。


 しかし、そこには、彼らの期待する黒鉄の残骸は跡形もなかった。

 速やかに望遠スコープの倍率を落として観測範囲を拡げ、見失うはずのない巨体を探す。


 三機のデュラハン砲撃型は、横陣をとっている。

 うち、右端の一機が、視界に巨大な黒い影を見た。


 そして。


「ギュイィィィィィィィ」


 どこからともなく出現した黒鉄のアーマシングは、右腕で甲高い叫びをあげるドリルでもって、既にデュラハンの左脇腹を貫いていた。


 事態の急変に気付いた中央のデュラハンが、両肩カノン砲の装填を急ぐ。


 デュラハンがモニターの中央に捉えた黒鉄の巨人は、擱座した僚機の砲身を、五指備えの左手でつかみ――上半身を高速回転させ、僚機の骸を投げ放ってきた。


 骸に覆い被さられた機体は仰向けに転倒する。

 更に、強烈な衝撃、重量が圧し掛かる。間違いなく、あの巨大な新型機だ。


 動けなくなったデュラハンのコクピットを、打撃音と削撃音の入り混じった衝撃が襲う。

 パイロット達が最後に見たのは、真正面のモニターを突き破る銀色の、ドリルの切っ先であった。


 目の前で立て続けに二機の味方を屠った黒鉄のアーマシングに、残るデュラハン砲撃型が装填を終えたカノン砲の照準を合わせる。


 トリガーを引く寸前、スコープ越しの視界に土砂の柱が現れて、視界が遮られた。


 朦朧とした視野の中、突っ込んできた何者かの影に素早く反応し、デュラハンの砲が火を噴く。

 対アーマシング用の徹甲弾が二発同時に放たれ、目標物を撃墜。


――地表に音を立てて落ちたのは、無惨にひしゃげた味方機の残骸であった。


 視界に再び、土砂の柱が噴き出して。


 “目の前”に現れた黒鉄の巨体が、右腕の巨大な螺旋円錐ドリルを引き絞り。


 それで彼ら、アーマシング砲撃型のパイロット達は、己の命運が決したことを理解した。



「次でラストだ、バンカ!」

「おう!」


 後衛の砲撃型アーマシングをドリルしたファーザーは、怒涛の勢いで地中を進み、残る一機――デュラハン重装型の前へ躍り出た。


「うらあああああああ!」


 バンカの気合と共に、ファーザーは右腕のドリルを振りかぶり、打ち下ろす!


 敵機デュラハンもまた、大鉈を打ち込み、両者はドリルと鉈で鍔り合いの体勢となった。


「押し潰せ、ファーザー!」


 ヴォルテの号令で、打ち合った螺旋の刃が回転を始めた。


 ドリルの回転刃がデュラハンの大鉈を削る。

アーマシングの装甲をも叩き割る、超合金製の大鉈は、周囲ににび色の切削屑を撒き散らしながら、みるみるうちにやせ細り。


 大鉈をし切ったドリルは、そのまま本体へ到達。

デュラハン重装型の上半身は、丸ごと削り潰された。



「や、やれちまった……俺たち、ええと、6機むっつか? 小隊2個分のアーマシングを、俺たち、だけで」


 無我夢中より醒めたバンカが、自分達の挙げた戦果に戸惑う。


 意見を求めようとヴォルテを見れば、やはり彼は、童顔の口元に微笑みを浮かべていた。


「ファーザー」


「ドコーン……ドコーン」


 コクピットには、脈動音が響いている。

 ヴォルテはその機械的なこえに、ファーザーの意思こえを聞く。


「――――ああ。そうだ。力を貸してくれ、ファーザー」


再会したファーザーは、彼に力を託したのだ。



「なんだ、あのアーマシングは」


 突如として戦場に現れ、瞬く間に敵機を撃滅した黒い機体。

 それが敵を倒したとは言え、ベッツは警戒を解くことなく、捕捉した未確認機体アンノウンの挙動に注視した。


「小隊長、ヤツがこちらを見ました」


 同乗した部下が、モニターを望遠ズームに切り替えた。

 黒鉄の機体は、確かに頭部をベッツ達の方向へ向けている。


そして、装甲に埋もれるようにして据わる両眼が光り、規則性を持って点滅を始めた。



――――青、青、青、緑、青――――



「……友軍、だと?」


それがサウリア軍の使用する信号であることに、ベッツはすぐに気がついた。

 所属を示す信号パターンは、紛れもなく部下のもの。


 新兵ヴォルテ=マイサンと、バンカ=タエリのものであった。


 “名乗り”の信号に続き、黒鉄の機体は符号の組み合わせでメッセージを送ってくる。



<<モウ イチド オトリ ヲ ヤリマショウカ?>>



「……調子に乗りおって」


一言だけ漏らし、ベッツは撤退命令の信号のみを返した。


彼の顔が仏頂面に見えるのは、もともとの人相である。

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