06 上下関係
円筒形の巨大な釜から、大小ある蛇腹パイプが八方に伸びている。
タコのお化けのようなその機械は、ゴウゴウと絶え間なく音を立て、上部の孔から時折蒸気を噴き出していた。
青色の作業着に身を包んだ男達が、パイプの先に取り付けられた注射器のような道具を抱えて走り回る。
「おい、これじゃ全然足りねえぞ。追加の
「午後に搬入だとよ。今日は徹夜だな」
彼らは、並べて横たえられた満身創痍のアーマシングと、巨大な釜に接続された真四角の小屋――『高速造形装置』を見る。
装置のハッチが開き、ワイヤーウィンチで引っ張り出されたのは、先の敗走で損傷を受けたアーマシング『ケンタウロス2』のフレーム部品であった。
アーマシングの装甲や
膨大な電圧を印加することによって加熱融解できるようになるナーガレジンは、金属よりも強靭な素材である。
立体造形装置による自由な加工性もあり、アーマシング製造には必要不可欠な部材の一つだ。
「回収班、擱座機体のプラナ・ドライブは向こうの『
「装甲も“
「馬鹿、どれだけ電力使うと思ってんだ。使えそうな部分はこのまま“接ぎ材”に使うんだよ」
中年のベテラン作業員は新人作業員に指示を出してから、あらためて目の前の“難物”を見上げた。
「お疲れ様でっす!」
藍色の軍服を着た二人の青年が声をかけてくる。ヴォルテとバンカである。
バンカは差し入れの栄養ドリンクを作業員達に渡してから、持参した自分用のスポーツドリンクに口をつけた。
「どうですか、班長」
ヴォルテは整備班を取り仕切っている中年作業員に尋ねながら、目はやはり上へ。
長座位をとった状態で簡易
「照明弾やスモークの発射筒とか、普通のアーマシングにあるハズの『共通装備』がまったく積まれていない以外は、修理するところはないね。いや、直せったって、俺に出来るかわからんが」
班長は肩をすくめ、栄養ドリンクのキャップを捻った。
「わかるのは、コクピット・ブロックだけは確かに
「はい。僕たちの乗っていたケンタウロス2のコクピットです。コンソールにバンカが貼ったシールがあるんで、間違いありません」
「それだよな。俺達、脱出なんてしてないのにさ、気がついたらアレの中に居た」
「その辺りの
「うへぇ、“わからない”だらけじゃないスか。いきなり大爆発、とか無いですよね?」
「さあな」
「冗談キツいッスよ、班長」
班長と顔を合わせ、露骨に顔をしかめてみせるバンカの隣で、ヴォルテは黒い
「ファーザーは、爆発なんてしないよ」
確信的に言ったヴォルテに、班長は首をかしげる。
「ファーザー?」
「あー、コイツ、乗り込んだアーマシングには名前つけてるんスよ。勝手にですけど」
ヴォルテの子供時代の話を聞いているバンカには、彼の意図が分からないでもない。
だが、友人が必要以上に変人として見られぬ為にも、言動のフォローは必要と思われたのだ。
ヴォルテが機械に対して愛着を持つ様子を見ていた班長は、バンカの言葉を疑いなく信じた。
「そうかい。なら、今日明日に来る調査班に伝えときな。正式に呼称登録してくれるかもよ」
言って、班長は手にしたビンを呷り、一気に栄養ドリンクを飲み干す。
「それにしても、いったい、どこのどいつが造ったのかねェ。システムもそうだが、関節や装甲に使われてる部材も妙だ」
「妙、ですか?」
「俺にゃそれしか言えん。あんな高純度で精製されたナーガレジン、ありえないぞ。いや、そもそも本当にナーガレジンなのか……」
「これが、
班長の言葉は、不意に背後からかけられた声に遮られた。
振り向くと、少女が立っていた。
ヒールを履いてもなお、ヴォルテたちを見上げる格好になっている。
小柄な少女だが、身を包むのは軍服だ。
豊かなふくらみを押し込めた白地のジャケットとタイトスカートの端に、臙脂色のパイピングが施された制服。
現場でなく後方勤務者が着用するものである。
少女の姿は、ハッキリとこの場から“浮いて”見えた。
背中にかかるまで伸ばした艶やかなロングヘアはヴォルテと同じ黒髪で、白い肌が浮かび上がる。
細い銀のフレームであつらえた眼鏡の奥には碧眼。
知的さと可憐さを同居させた顔立ちは、戦場には似つかわしくないほどであり――つまり、彼女の容姿は“美少女”と形容できた。
「こいつは『ファーザー』だよ」
第一声で、ヴォルテは“アンノウン呼び”を訂正した。
「『ファーザー』……? もう
頭一つ小柄な少女が、ヴォルテを見上げて首をかしげる。
「そう言ったんだ。ファーザーが」
「へ?」
「僕には、ファーザーの声が聴こえるから」
「それは、どういう」
疑問符を顔に浮かべ、戸惑ってすらいる少女を見て、バンカはまたもや友人のフォローをやるハメになった。
「コイツ、ええと、たまにヘンなんスよ! 気にしないで下さい」
「バンカ、ファーザーはファーザーだ。アンノウンじゃあないんだ」
「ちょ、おま、あのなあ、
妙に慌てた様子のバンカと、歯車が噛み合っていない感のあるヴォルテ。
両者を見て、美少女は口元に手をあててクスリと微笑んだ。
「ファーザー。ええ、わかりました。これからは私も、このアーマシングをファーザーと呼びますね」
「ハッ、ありがとうございます!」
ヴォルテは、バンカがなぜか少女に対し敬語を用いていることにようやく気がついた。
「ええと、君は?」
「操甲技術開発室より派遣されました。アヤ=ルミナ少尉です。本日付で、こちらの小隊に配属となります」
「少尉……!? 失礼いたしました!」
慌てて敬礼するヴォルテ。
隣のバンカはとっくに直立不動である。
「よろしくお願いします。バンカ=タエリ兵長。ヴォルテ=マイサン伍長」
アヤが答礼を返すと、軍服に押し込められた胸元がゆっくりと揺れる。
ふくらみの頂きには、尉官であることを証明する銀色の階級章が輝いていた。
*
――――遡ること、一時間前――――
中隊指揮車輌内に設けられたブリーフィングルームに、各小隊の代表者は集められた。
「アカハラ山岳地帯から撤退した部隊をこちらに集中し、武装拠点化した『キャストフ市」を突破します」
着任早々のブリーフィングで、アヤはベッツ達小隊長に国境要衝の攻略を命じた。
「難攻不落のキャストフを攻略……!?」
「アカハラを奪回するんじゃないのか……」
小隊長達は、口々に疑問をとなえる。
彼らの階級はアヤよりも下であるが、声は自重することなく広がっていく。
「本作戦の総指揮は、アンナロゥ=スムース=バルチャー大佐がとっています!」
アヤが声に力を込めて直属の上司の名を出すと、ようやく小隊長達は口をつぐんだ。
それでもなお、ボソボソと耳打ちし合う者達もあり。
「開発部の『奇人』アンナロゥが……」
「“広報”支援部隊に戦略がわかるのか……?」
アヤの所属する操甲戦術開発部――通称『アーマシング研究室』は、その名の通りアーマシングを用いた戦闘技術や戦略を専門に研究する機関である。
所属する者は士官学校出のエリート揃いであるが、前線に関わることはこれまで一度もなく、『外部への技術力アピールの為に置かれている』と見る者も少なくない。
昨今では室長アンナロゥ大佐の肝入りで、ナーガレジンなどアーマシングの製造に多用される化石資源を考古学と結び付け、実利と結びつかぬ調査を行っているという。
酔狂極まりない道楽軍人、『奇人』とまであだ名されるアンナロゥ大佐だが、軍事産業の名門財閥レックス家と繋がっていることもあり、軍内での発言力は大きかった。
「失礼ですが、少尉は戦闘指揮の経験がおありで?」
小隊長らの中でもひときわ強面のベッツ=テミンキ曹長が発言すると、周囲の呟きは静まった。
ベッツは生まれ持った仏頂面で、親子ほど歳の離れた少尉をジッと見る。
口髭に角刈り、タンクトップからはみ出す筋骨は隆々。
イカニモな濃い顔と190cmの体躯に、小柄な少女は気圧されそうになる。
気を抜けば剥がれ落ちそうになる“上官”の面を必死で押さえるように、アヤは眼鏡のブリッジに細い指をあてがった。
「――我々の理論は、“戦史”という
「……了解」
ベッツは仏頂面のまま、首を縦にも横にも振らないでいる。
このまま続く沈黙に耐えられず、アヤは言葉を継ぐ。
「――攻略作戦には、先日の撤退戦で入手した“
その言葉に、またもブリーフィングルームがざわつき始めた。
軍人達が異口同音に発するのは、アヤが口にした方策の無謀さ、非現実性に対する不満であった。
突き刺さる不満の声、非難の視線に、アヤの唇は微かに震え始めている。
「お前ら。決まってしまった命令に文句を言うばかりでは、勝てるものも勝てなくなるぞ」
低く重い迫力のこもったベッツの声が、軍人達を黙らせた。
現場叩き上げの古兵として、彼は他の小隊長からも一目置かれているらしい。
「少尉。ひとつだけ、よろしいですか」
「……何、でしょう」
「アーマシングのパイロットに、直接顔を合わせていただきたいのです」
「直接、ですか?」
要領を得ないアヤに、ベッツは続ける。
「少尉はこれから、兵を死地へと向かわせます。決死の覚悟を強いるのです。総指揮はアンナロゥ大佐によるものであっても、兵に直接命令を下すのは、
重く圧し掛かるような声に、アヤはゴクリと喉を鳴らして頷き、ブリーフィングルームを後にした。
*
挨拶を交わすなり、アヤはヴォルテ達に作戦の次第を説明した。
「まずアーマシング『ファーザー』単騎で奇襲。拠点に配備されたミサイル発射装置を沈黙させ、突破口を開いてください」
「た、単騎ィ!? ンなこと、どうやって」
「もちろん、あれを使ってです」
アヤの白い指先は、ファーザーの右腕に屹立するドリルを指していた。
「マジかよ……」
金髪をくしゃりと掻くバンカに、アヤは確信を殊に込めた声色を押し込む。
「戦闘データは何度も検証しました。ファーザーには、これまでのアーマシングには無い能力があります……そうです、地中を自由に移動する能力です」
眼鏡のブリッジに中指を添えるアヤ。
ヴォルテは、彼女の声音に疑心なきことを察し、知らず口元が綻んだ。
「それと。アンナロゥ大佐から、任につくパイロットへ伝言があります。『市街地との戦いになるから用心するように』とのことです」
「……ん? 市街地“での”、じゃないんスか少尉」
アヤは素朴に――この人、意外と細かいことを気にするな――などと思ったが、口には出さず淡々と答えておくことにした。
「私は大佐からの
上司の顔を思い浮かべながら話すアヤの言葉尻は、少々困惑の色を含んでいる。
バンカは頭を捻り、隣の戦友に話を振った。
「どういう意味だろうな」
「うーん、地の利を甘く見るな、みたいなことじゃないかな」
横道に逸れ始めた二人の兵士を見て、アヤは気を取り直す。
そもそも自分がこの場へ赴いた意味を思い出し、居ずまいを正した。
大げさに咳払いをして、自分と同年代の青年二人に注目を促し。
「無謀に思える作戦かも、しれませんが。それでも、私はあなた達に――命令します。この作戦が成功すると、信じて」
眼鏡のレンズ越しに、美しい碧眼がヴォルテとバンカを見据える。
そんな彼女の瞳と、桜色の唇が微かに震えているのに、ヴォルテは気付いた。
目の前の上官は、既に戦いを始めている。
彼女が内に秘めた『アヤ=ルミナ』という等身大の少女は、自らを覆う指揮官の責務に立ち向かっているのだ。
ヴォルテは直観的にそう感じ取り、この戦いに応えねばと思った。
「ええ、少尉の仰る通り。ドリルはその為にあります。信じていて下さい。ファーザーのドリルを!」
彼の黒い瞳は、しかと意志の渦を巻いていた。
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