ヴォルテックス・ファーザー
拾捨 ふぐり金玉太郎
01 ドリルから少年
「ドコーン……ドコーン」
鼓動が聞こえる。
それは、
「ギュイィィィィィ」
叫びが聞こえる。
それは、幾重もの刃金が大地を切り裂く音だ。
――――それらは、ドリルが地中を掘り進む音なのだ。
*
『クァズーレ』は、我々の地球によく似た環境の惑星である。
巨大な二つの大陸と列島群には人類が住み、今や多くの国家が栄えている。
北方ゲムブ大陸にあって比較的穏やかな気候のサウリア国に、タキドロムス孤児院はある。
「ああ、ダメ。なんだかドキドキしちゃって」
二十歳にして少女の相が未だ残るカナ=ドーターは眠れなかった。
生まれ育った孤児院で正式に働くことにした初日の夜である。
冬はとっくに越していると言っても、夜は寒い。
カナは寝巻き姿にブランケットを羽織りベランダに出た。
少女のあどけなさと女の艶が入り交じった横顔を、水色のセルフレーム眼鏡が飾っている。
頬にかかった
手すりに寄りかかると、鉄柵の上辺に胸の豊かな膨らみが載る格好になった。
「……止まらない。何かしら、この
正体不明の胸騒ぎがしていた。胸が高鳴っていた。
明日から本格的に仕事を始めることへの緊張であろうか。
しかし、職場は勝手知ったるタキドロムス。イコール・実家の孤児院である。
それなのに、彼女の豊かな胸の奥は高鳴って、ふるふると揺れている。
見るからに実際に揺れている。
肩こりや無用な悪目立ちを産む十年来の悩みに、カナは溜息をつき――ようやく気付いた。
全身が揺れるのを感じた。
揺れているのはカナの豊かな胸だけでない。
地面そのものが震動しているのだ。
目の前の、最近ようやくアスファルトで舗装された地面が弾ける。
巻き上がった土煙のベールの向こうに、巨大な“人影”が見えてきて。
「ドコーン……ドコーン」
息を呑んで見上げる女、見下ろす巨体は――黒い。
全身を
姿は、V型エンジンから太い四肢を生やしたようなシルエット。
その右腕でゆっくりと回転している螺旋円錐形に、カナは目を奪われた。
――たった今、地面を突き破ったもの。穿ち、貫き、掘り進むもの。
すなわち、ドリルだ。
謎の巨人は、腕にドリルであった。
「ドコーン……ドコーン」
黒鉄の巨人はおもむろに、鉄備えの左腕をカナが立つベランダに差し出して。
腕を覆う分厚い装甲の一部が開く。
幾何学模様じみた繋ぎ目の一部だ。
開いた部分から
二本の機械腕は、先端に赤ん坊を抱えていた。
生まれたままの姿で眠る赤ん坊を、巨人はカナに預けてくる。
「……男の子ね」
渡されるままにその子を抱いたカナは、“彼”の小さな“しるし”から目を離して再び巨人を仰ぎ見た。
「この子はもしや、あなたのご子息なのですか?」
脈同音が体の芯まで響くのを感じながら。
巨人を見上げてカナが問う。
アーマシングは人間が乗り込む機械だ。
この巨人の“操り手”が、赤ん坊の関係者であることに間違いはないだろう。
「ドコーン……ドコーン」
黒鉄は、黙して答えず。
「ギュイィィィィ」
右腕のドリルが回転を早め、切っ先が地表にあてがわれた。
再び土煙の柱が立ち上ぼり、カナは抱いた赤子を粉塵から庇った。
自分も目を閉じ、飛散した砂粒を避けるべく顔を背ける。
数秒の間、ただただ耳を打つ、大地を削り散らすけたたましい音。
音が止み。
夜風が視界を晴らすと、あとに残されたのは地面の大穴と奇妙な静寂のみであった。
「――――眠ってるのね」
一連の異変の後、カナが真っ先に注意を向けたのは、胸に抱く赤ん坊の安否だ。
歳若い孤児院の新任職員は、安堵に息をついた。
あれだけの騒音と震動の中、“彼”は豊かな胸に抱かれ、穏やかに寝息を立てていたのである。
「大した子だわ。あの大きな
目を閉じれば、あの、黒い機械巨人の姿が蘇った。
あの、黒い巨人の。
あの、右腕に屹立して回転するドリルが、何度でも鮮烈に思い出され。
カナはその晩、下腹部がうずく感じをおぼえながら床についたのである。
*
赤ん坊は、そのままタキドロムス孤児院で育てられた。
名は“ヴォルテ”。
渦、螺旋を想起させるこの名を付けたのは、カナであった。
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