ヴォルテックス・ファーザー

拾捨 ふぐり金玉太郎

01 ドリルから少年

「ドコーン……ドコーン」


 鼓動が聞こえる。


 それは、鋼鉄てつと炎が脈動する音だ。


「ギュイィィィィィ」


 叫びが聞こえる。


 それは、幾重もの刃金が大地を切り裂く音だ。



――――それらは、ドリルが地中を掘り進む音なのだ。




 『クァズーレ』は、我々の地球によく似た環境の惑星である。

 巨大な二つの大陸と列島群には人類が住み、今や多くの国家が栄えている。


 北方ゲムブ大陸にあって比較的穏やかな気候のサウリア国に、タキドロムス孤児院はある。


「ああ、ダメ。なんだかドキドキしちゃって」


 二十歳にして少女の相が未だ残るカナ=ドーターは眠れなかった。

 生まれ育った孤児院で正式に働くことにした初日の夜である。


 冬はとっくに越していると言っても、夜は寒い。

 カナは寝巻き姿にブランケットを羽織りベランダに出た。


 少女のあどけなさと女の艶が入り交じった横顔を、水色のセルフレーム眼鏡が飾っている。

 頬にかかった金髪ブロンドを夜風がさらう。

 手すりに寄りかかると、鉄柵の上辺に胸の豊かな膨らみが載る格好になった。


「……止まらない。何かしら、この動悸ドキドキ


 正体不明の胸騒ぎがしていた。胸が高鳴っていた。


 明日から本格的に仕事を始めることへの緊張であろうか。

 しかし、職場は勝手知ったるタキドロムス。イコール・実家の孤児院である。


 それなのに、彼女の豊かな胸の奥は高鳴って、ふるふると揺れている。


 見るからに実際に揺れている。

 肩こりや無用な悪目立ちを産む十年来の悩みに、カナは溜息をつき――ようやく気付いた。


 全身が揺れるのを感じた。

 揺れているのはカナの豊かな胸だけでない。


 地面そのものが震動しているのだ。


 目の前の、最近ようやくアスファルトで舗装された地面が弾ける。


 巻き上がった土煙のベールの向こうに、巨大な“人影”が見えてきて。


「ドコーン……ドコーン」


 息を呑んで見上げる女、見下ろす巨体は――黒い。


 全身を黒鉄色くろがねで被った全高30メートルの巨体からは、絶えず巨鐘を響かせたような脈動音が鳴っている。


 姿は、V型エンジンから太い四肢を生やしたようなシルエット。

 その右腕でゆっくりと回転している螺旋円錐形に、カナは目を奪われた。


――たった今、地面を突き破ったもの。穿ち、貫き、掘り進むもの。


 すなわち、ドリルだ。


 謎の巨人は、腕にドリルであった。


「ドコーン……ドコーン」


 黒鉄の巨人はおもむろに、鉄備えの左腕をカナが立つベランダに差し出して。


 腕を覆う分厚い装甲の一部が開く。

 幾何学模様じみた繋ぎ目の一部だ。ハッチになっている。


 開いた部分から作業用機械触腕マニュピレーターが伸びる。

 二本の機械腕は、先端に赤ん坊を抱えていた。


 生まれたままの姿で眠る赤ん坊を、巨人はカナに預けてくる。


「……男の子ね」


 渡されるままにその子を抱いたカナは、“彼”の小さな“しるし”から目を離して再び巨人を仰ぎ見た。


「この子はもしや、あなたのご子息なのですか?」


 脈同音が体の芯まで響くのを感じながら。

 巨人を見上げてカナが問う。


 アーマシングは人間が乗り込む機械だ。

 この巨人の“操り手”が、赤ん坊の関係者であることに間違いはないだろう。


「ドコーン……ドコーン」


 黒鉄は、黙して答えず。


「ギュイィィィィ」


 右腕のドリルが回転を早め、切っ先が地表にあてがわれた。


 再び土煙の柱が立ち上ぼり、カナは抱いた赤子を粉塵から庇った。


 自分も目を閉じ、飛散した砂粒を避けるべく顔を背ける。

 数秒の間、ただただ耳を打つ、大地を削り散らすけたたましい音。


 音が止み。


 夜風が視界を晴らすと、あとに残されたのは地面の大穴と奇妙な静寂のみであった。


「――――眠ってるのね」


 一連の異変の後、カナが真っ先に注意を向けたのは、胸に抱く赤ん坊の安否だ。


 歳若い孤児院の新任職員は、安堵に息をついた。

 あれだけの騒音と震動の中、“彼”は豊かな胸に抱かれ、穏やかに寝息を立てていたのである。


「大した子だわ。あの大きな巨人ひとが、“お父さん”なのかしら?」


 目を閉じれば、あの、黒い機械巨人の姿が蘇った。


 あの、黒い巨人の。


 あの、右腕に屹立して回転するドリルが、何度でも鮮烈に思い出され。


 カナはその晩、下腹部がうずく感じをおぼえながら床についたのである。



 赤ん坊は、そのままタキドロムス孤児院で育てられた。


 名は“ヴォルテ”。


 渦、螺旋を想起させるこの名を付けたのは、カナであった。

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