04 初陣参貫

 埃っぽい鉄壁鉄屋根に囲まれた、簡易機甲渠ドックの片隅に甲高い音が響く。


「キュィィィィィ」


「リョーナ」


 藍色の軍服を着た黒髪の青年は、目隠しをしたまま答えた。

 周囲を囲む、同じ藍色の軍服を着た男たちがオオー、と歓声をあげる。


「じゃあ次」


「キュィィィィィ」


「アキタ」


 再び黒髪の青年が答え、男たちが歓声をあげる。


「キュィィィィィ」


「メショメル」


 最後の答えのあと、溜め息混じりの低い歓声を聴いて青年は――ヴォルテ=マイサン17歳は目隠しを外した。


「いやぁ、何度見ても気持ちわりーな、お前の特技」


 手にした電動ドリルを床に置き、クセッ毛の金髪をわしゃわしゃと掻きながら、褐色の青年が笑う。

 精悍な顔立ちのこの青年――バンカ=T(タエリ)に、兵学校からの級友であるヴォルテは「どことなく大型犬っぽいな」という印象を抱いている。


「ひどいなァ。せっかく賭けのタネになってやってるのに」


 ヴォルテが苦笑する。

 彼が特技の『きドリル』を披露し、バンカがそれを利用した賭け事の胴元をやるのは学友時代からちょくちょくやっている遊びであった。


 小銭稼ぎは主目的ではなく、二人は賭けを通して周囲と打ち解けてきたのだ。


「なあ、どうしてそこまで正確にドリルの音を聞き分けられるんだ?」


 整備員の一人がヴォルテに問う。

 ヴォルテ達がこの小隊に配属されたのは先月のことである。


「子供のころから、機械のこえ……特に回ってるモノのことはよくわかるんですよ。アーマシングのプラナ・ドライブとかも。ほら、アレも回転してるでしょ?」

「コイツ、ドライブの音聴いただけで機種わかっちまうんス」


 半信半疑の整備員達だが、先ほどの“芸当”を目の当たりにしたこともあり、空気は信に傾いているようだ。


 会話が途切れたところで、バンカが腕時計を見る。

 彼らにとって初陣となる『アカハラ山間攻略作戦』のブリーフィング時刻が迫っていた。


 ばらばらと持ち場へ戻り始める整備員たちを見やりつつ、バンカはまた金髪を掻いて。


「しかしまあ、明日にはくたばってるかもしんねえのに、こんなバカやってて良かったのかねえ」


 開戦から数年を経て、サウリア国とセルペ国の資源鉱脈争奪紛争は本格的な戦争状態になっている。


 もともと山脈を主な国境とする両国は、各地で戦況を一進一退させ、互いに消耗。

 兵学校を出たばかりの新兵も、主力兵器たるアーマシングのパイロットとして日々狩り出され、日々散っていく。


 今日も今日とて、最前線は“異状なし”。

 無数の命が造作も無くかき消され、それはもしかしたら、明日の我が身だ。


「休息時間だし、別にいいでしょ」


 ヴォルテがきょとんとした顔で首をかしげ、黒い瞳で呆れ顔のバンカを見る。


「……ったくよォ、割り切ってんなあ、お前は」


 少し考えてから、ヴォルテは友人の意を解して答えなおす。


「立ち止まれない理由があるからね。死ぬかも、とか、そういうことは考えていられないよ」


 黒い瞳が意思を帯びて渦巻く。


 この眼をした時のヴォルテは誰にも止められない。

 バンカは、それを理解している。


「言うと思った。“親父さん”に会うまでは、ってんだろ?」

「父親じゃないよ。“ファーザー”だ」

「だから、親父だろ」

「違うよ」


「違わないっての。お前の話がマジならさ、その“ファーザー”はアーマシングなんだよな」


 ところは違えど孤児院出身の二人は、不思議とウマが合った。

 有り体に言えば悪友と言うべきバンカに、ヴォルテは自身の体験をほぼ隠すことなく打ち明けていた。


 バンカもまた、彼の言うことをありのまま聞き、胸に留めているのである。


「アーマシングだろうと何だろうと、そのファーザーってのがお前にとっての“父親”なんだよ」


「そうかな」

「そうだよ」


 完全に会話が途切れる。


 こういう時、いつも沈黙に耐えられないのはバンカの方だ。


「……俺もさ」

「うん?」


「のし上がるって“目的”を果たすまで死なないぜ。俺は親に捨てられた。あのドブみてーな街で、タエリ教の神父様に拾われて。今日まで生きてきたが、教会はキレイすぎて俺の居場所じゃ無かった。あそこにゃ、俺の“オヤジ”は居なかったんだ」

「……うん」


「俺の居場所は軍隊ココだ。ココで、俺は俺だけの証を掴むんだ!」


 拳を握る戦友にヴォルテが何か言うより先、通りがかった古兵せんぱいが声をかけてきた。


「ヴォルテ伍長、バンカ兵長、アーマシング組のブリーフィングが始まるぞ」



「敵も高地に陣取ったな」


 小隊長であるベッツ=テミンキ曹長は、乗機のモニター越しに敵の陣容を確認すると、同乗した“ドライバー”に指示を出した。


 頷いたもう一人のパイロットがコンソールを打鍵。

 乗っているサウリア軍制式アーマシング『ケンタウロス2』は、後方に面長の頭部を向け、両眼を青、緑、青、と明滅させた。


 『全隊とまれ』の信号サインである。


 隊長機からの信号を確認し、後方から追従する歩兵、支援用の六脚型『ゴロファ』、砲撃仕様の四脚型『ケンタウロス』が歩を止めた。


――ベッツ小隊の機甲戦力はアーマシング6機からなる。


 クァズーレにおける主力兵器アーマシングは、脚の数がサイズ帯の代名詞となっている。


 ベッツ隊の有するアーマシングのうち、2機は旧式の四脚型『ケンタウロス』で、3機は最新鋭の二脚型『ケンタウロス2』。

 最後方に待機する六脚型『ゴロファ』は、簡易兵舎や整備施設の機能を持つ移動拠点だ。


 ヴォルテとバンカは、その中でも前衛をつとめるケンタウロス2を任される事になった。


「初陣で新兵二人をまとめて放り込むのかよ……」

「お陰でいつもの訓練通りやれそうじゃないか」

「へッ、頼もしいこって」


 ぼやくバンカに、隣のシートに座るヴォルテは持ち込んだキャンディを一粒口に含み、バンカにも一粒を渡した。


 二脚型アーマシングは通常、“ガンナー”と“ドライバー”の二名で運用する。

 ヴォルテの役割はドライバー。主に移動操作と通信、索敵を担当。バンカの担うガンナーは、武装の操作が役割である。


「それに、前衛は格闘戦なぐりあいだってやるんだから、個々の練度だけじゃなく息が合ってるかどうかが重要、だろ?」


 敢えて教本そのままの内容を口にしてきたヴォルテに、バンカは頭を掻きキャンディを噛み砕いた。


「……わぁってるよ、“首席殿”」

「わかってくれた? “問題児殿”」


 モニタに細くした隊長機が両眼を赤、黄、と明滅させたことで、二人は雑談を打ち切る。


「――“突撃命令”だ。さあ行こう、バンカ」

「おう」


 小隊の前衛をつとめる三機のケンタウロス2が、携えた突撃銃アサルトライフルに銃剣を装着。

 腰部の噴進加速機構スラスターをアイドリング状態にする。


 アカハラ山間部を制するには、危険地帯である山あいの窪地を突破し、敵が陣取る高台を確保しなくてはならない。


 敵、セルペ軍のつかうアーマシング『デュラハン』は、その名の通り頭部の存在しない胴体に太い四肢を具えた堅牢な機体である。

 現在、高台の最前線に展開しているのは、二門の大型カノン砲を装備した砲撃戦仕様。 

 足を止めて撃ち合っていては、押し負ける可能性が高い。


 クァズーレにおける戦闘の成果とは、“アーマシングがどれだけ歩を進めたか”だ。


 ベッツ小隊の他、別小隊のケンタウロス2も突撃態勢に入っている。

 

 『ケンタウロス2』は、面長の頭部に細身の上半身、対してアンバランスなほど肥大した大腿部と腰部の噴進加速機構が特徴的だ。

 両脚は細く、蹄のように接地面積の少ない末端部には走破ホイールが装備されている。


 機動力、突進力に優れたケンタウロス2の一斉突撃で懐に入り、敵陣を電撃制圧する。

 それがサウリア軍側の作戦であった。


「吶喊!」


 各小隊長機を起として、ケンタウロスの両眼が“突撃開始”を示す赤色に発光。

 スラスターが火を噴き、ホイールが岩山の斜面を蹴立てる。

 ミディアムブルーの人馬たちが駆け出した。


――そうして走り出した人馬の背後。彼らのいななきとは異なる轟音が、突如、山を揺るがした。


「こんな快晴で土砂崩れ!? いや、ちがうぞ……これは!」

「奇襲じゃねーか!」


ヴォルテたちが通過したばかりの山肌が崩れ、姿現す灰色の巨人たち。


 アーマシング・デュラハンだ。手にはシャベルを持っている。


「地面を掘って隠れていたんだ!」

「クソ、ンな馬鹿げたこと実行やってくるのか、セルペは!?」


 急速回頭するケンタウロス2に、デュラハンがシャベルで殴りかかってくる。


 シャベルは古来より、戦場では重要な道具であり武器だ。

 塹壕を拵えるだけでなく、時としてそのまま打突戦に対応するのだ。


 眼前の敵機に対応するケンタウロスの背後を、徹甲砲弾が狙う。


 ヴォルテたち前衛組は、シャベルと砲とに挟み撃たれ、窪地へと追い込まれた。


 各小隊のケンタウロス2は、シャベル・デュラハンに応戦。

 状況は、サウリア軍の圧倒的不利である。


 一機のデュラハンを打ち倒すごとに、3機のケンタウロスが砲弾に貫かれ、シャベルを突き立てられてゆく。


「前方に突撃だ!」


 短距離無線から、小隊長の怒鳴り声が聴こえる。


 混乱をきたす前線で、ベッツは即座に決断した。

 同時に信号を用いて、後方支援の四脚型ケンタウロスに援護射撃を指示。


 彼らの受け持ったポイントは、未だ瓦解には至っていない。


 包囲を突破するには、ケンタウロスの速力を活かし、突撃戦法を貫くしかなかった。


「わき目を振るなよ新兵! 余所見をすれば、死ぬ!」


「サーイエッサー!」


 ヴォルテがフットペダルを床面まで踏み込む。

 人馬は、再びスラスターを嘶かせた。


 背後に迫ったデュラハンのシャベルを振り切って、砲撃をかいくぐって。


「訓練通りだな! ブン回せヴォルテ!」


 三機のアーマシング・ケンタウロス2が、蛇行を開始。

 各々の軌跡を絡み合わすような複雑な機動だが、速度は一切緩めない。


 砲撃型デュラハンに肉迫し、高速旋回と同時に突撃銃を撃ち込む。

 前後左右、あるいは後方から銃弾を受け、灰色の装甲が下ろし金のようになる。


 セルペの同型機はスリーマンセルで行動する。

 攻撃を受ける仲間のフォローに入るデュラハンに、ヴォルテらの駆るケンタウロスは銃口を向ける。


 マニュアル・エイムで目まぐるしくターゲットを切り替え、人馬三機は同じ数の砲撃巨人を瞬く間に血祭りに上げた。


「ヤブサメ・マニューバ! どうだ――」


 戦術を決めたバンカが調子に乗る間もなく、彼らは横合いからの衝撃に襲われた。


「デュラハン重装タイプ!」


 ヴォルテがカメラを確認すると、大鉈と大盾を左右に携えた巨人が居た。


 走行速度では劣るが踏み込みの瞬発力は優れるデュラハンが、シールドバッシュをかけてきたのだ。


「敵の“本命しゅりょく”だ! 立て直すよ、バンカ!」


 銃剣を構え、正面から噴進突撃。


 格闘戦偏重のチューニングを施されたデュラハンは、ケンタウロス2の質量を乗せた刺突を大盾で受け流す。


 突撃いなされ隙を見せた人馬に、デュラハンの大鉈が打ち下ろされる。


「っとぉ!」


 頭部めがけた鉈撃を、バンカが銃剣で受け止める。

 銃身にめり込んだ鉈は、巨人の膂力をもって沈み込み、ケンタウロス2の銃剣を叩き折った。


「バンカ、踏み込むよ!」


 再び鉈を振り上げるデュラハンの胴めがけ、ヴォルテは機体を全身させる。


「おらぁぁぁぁぁ!」


 折れた突撃銃を放り棄て、ケンタウロス2は脇腹に備えた予備の銃剣を手に持って。

 体ごと、腰だめにした銃剣の切っ先を、デュラハンの胴へ突き立てにかかる。


 そこへ、先よりも強かな横殴りの衝撃だ。


 更に一機、重装型のデュラハンがショルダータックルをモロに浴びせてきたのだ。

 質量で負けるケンタウロス2の機体が、真横に吹き飛ばされ転倒する。


 モニターに明滅する警告表示を尻目にして、バンカは自分の頬に冷や汗が伝うのを感じた。


「ヴォルテ、隊長達はどうしてる!?」


 一縷の希望にすがるかのようなバンカの問いに、プラナドライブ・レーダーを観測したヴォルテは、他人事のように落ち着き払った言葉を吐き出す。


「高地から戦闘エリア外へ離脱を始めてる。僕たちは、“囮役”になったんだ」

「! ……ち、畜生ォォォーッ!」


 小隊の味方機は、敵の主力に“捕まった”ヴォルテたちを取り残した。


 初手の奇襲にまんまと嵌められた時点で、今回の戦闘は既に勝敗が決している。

 あとは、どれだけ敗北の傷を浅くとどめるか、なのだ。


 作戦目的は、一人でも多く生き延びること。

 となれば、二機を生かす為に一機を捨てるのは、当然の勘定さんすうであった。


脱出装置イジェクトが効かない」


 隣席で叫ぶバンカに、ヴォルテが追い討ちをかける。

 二度の強烈な打撃により、制御系にトラブルが生じたのか、それともフレームが変形したのか――いずれにせよ、緊急脱出ができない彼らの眼前に灰色のアーマシングが迫っている事実は覆せない。


「畜生、畜生、畜生! 俺達、こんなところで終わっちまうのかよ!?」


「終わらないよ」


 やけに静かな戦友の一言に、バンカは押し黙って向き直り。


 見れば、ヴォルテの黒い瞳は意思を帯びて渦巻いていた。


「何もかも、これからなんだ……こんなところで、死ねるか!!」


 この眼をした時のヴォルテは誰にも止められない。


――――そう。何者にも、止められないのだ。


 突如、二人を閉じ込めているコクピットが大きく揺れた。

 それと共にメイン・モニターが暗転。


 一瞬にして不気味な震動と暗闇に包まれ、バンカの喉奥から悲鳴が漏れそうになる。


 しかし、一方のヴォルテは、やはり落ち着いて。

 それどころか、安堵すらしているかのようである。


 彼は、聴いているのだ。


「ドコーン……ドコーン」


 その脈動を。


「ギュイィィィィィィ」


 その、唸りを。


――そして、彼の落ち着きを裏付ける文字列が、暗転していたモニターに表示された。




<<ファーザー>>





 敵アーマシングを潰しにかかっていたセルペ軍の兵士達は、乗機デュラハンのモニター越しに信じられないものを目撃した。


 まずは、今しがた地面に敵軍のアーマシング。


 次に、たったいま目の前に現れた、巨大な黒鉄くろがね色の巨体。


 右腕に銀のドリルを具えた、異様な佇まいの――ドリルロボット『ファーザー』の威容を目撃したのだ。



 メイン・モニターが復活したとき、ヴォルテとバンカは敵のアーマシング・デュラハンを見下ろしていた。


「ドコーン……ドコーン」


 体全体に染み、腹の底を突き上げるような脈動音を感じる。


 青年ヴォルテ=マイサンは、その音を聞いた。


 ドリルロボット『ファーザー』のこえを――聞いた!




<<命令せよオーダープリーズ我が主マイマスター>>




「よし――ファーザー、“手伝えッ”!」

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