07 武装大型商業施設
作戦開始から間もなく、ヴォルテとバンカは、アンナロゥ大佐の言葉に何の含蓄もなかったことを知った。
「うおおおおおおお!?」
「く……! 急速穿行!」
目標とするキャストフ市に近付くや否や、ファーザーめがけてドラム缶サイズの弾頭が無数に降り注いだ。
追尾誘導機能を持つマイクロ・ミサイルのおびただしい弾幕である。
着弾と爆風による凄まじい衝撃は、コクピットブロックが持つ振動吸収能力を超えてヴォルテ達を揺さぶった。
ヴォルテが急いでレバーを倒し地中へと逃れることで砲撃をかわすも、暫くの間は
「街が、攻撃してきたね」
隣のバンカもグロッキーな表情で、声なく頷く。
彼らの網膜には、今見た光景――何の変哲もない街並みから、炎と共に打ち上げられるミサイルの雨が焼きついているようだった。
アンナロゥ大佐が伝えた文字通り、セルペ軍によって、要衝となるこの街そのものが巨大な自動迎撃システムに仕立て上げられていたのである。
「しっかし、すげェなファーザーは。あれだけ直撃受けて平気なのかよ」
サブ・モニターを見たバンカが舌を巻く。
表示された機体ステータスには、殆ど翳りが見られなかった。
「問題は、ファーザーが大丈夫でも、僕らが衝撃に耐えられないことだね」
地中に潜ったまま、ファーザーを集中砲火を受けたポイントまで後退させる。
山岳の斜面からドリルを出し、ミサイルの気配がないことを確認してから地表へ浮上。
「ミサイルの射程は、だいたい10kmってとこか」
「もう少し探りを入れよう」
手近な木を一本引き抜き、上半身を高速回転。
遠心力を利用した槍投げの要領で、木をキャストフの方向へ投げ放つ。
ヴォルテが投擲操作を行う傍ら、バンカはガンナーシートのヘッドレストに据え付けてあるスコープ・デバイスを引っ張り出した。
エリア内に飛んできた全長15メートルの大木に対し、ミサイルは反応なし。
だが、木がアーケード街へ向け落下を開始すると、周囲の建物からロケット弾と機関砲のスターマインが見舞われた。
蜂の巣にになった丸太木が街道に落ちると同時に、店舗のシャッターが弾け飛び。
横殴りのベアリング弾が『侵入者』を吹き飛ばした。
「……クソみてぇな花火大会だぜ。トリガーになってるのはレーザーセンサーか何かか? 指向性地雷もありやがるな、畜生」
「不気味な街だね。アーマシングも兵士の姿もない。街全体がトラップの塊なのかも」
「けどよ、一番の問題は、やっぱりアレだな」
「ああ。あんなモノがあるんじゃあ、
通常カメラのズーム機能だけでも視認できる“それ”を見やり、二人は表情を険しくする。
――アームドショッピングモール『アエオン(西キャストフ店)』は、キャストフ市の中心部にそびえていた。
長大な店舗躯体は装甲に覆われ、パーキングエリアや別館はミサイルランチャーに改装されている。
ファーザーの攻撃目標は、この大型武装商業施設なのだ。
ヴォルテが何も言わずバンカに視線を送る。
バンカが頷いたのを確認して、レバーを倒しフットペダルを踏み込む。
ファーザーのドリルが回転し、再び地中へと穿行した。
地中を掘り進むこと、10キロメートル。要した時間は約三分である。
暗闇の中、計器の表示だけを頼りに前進していたヴォルテが、不意に穿行を中断した。
「どうしたヴォルテ」
「……ドリルの先端にかかる
「地下室でもあるってか」
「ドリルのインパクト
精密さを重視した切削で、掘り当たった隔壁と思しき部分に穴を開けてゆく。
事もなく直径2メートルほどの穴が通り、果たして内部に設けられていた“空間”を確認することができた。
そして、二人は地中からの急襲を断念した。
「畜生、地面の下はくそ弾薬庫かよっ。道理でバカスカ撃ちまくれるハズだぜ」
隔壁の内部にみっしりと押し込められたミサイルコンテナを見て、バンカが舌打ちする。
無造作にドリルで掘り砕けば誘爆は必定だ。
起こるであろう破壊の規模を考えても、いち兵卒の独断で許される範囲を超えている。
「少尉に報告しよう」
「お、おう!」
「……どうしてそこで口ごもるのさ」
「いや、お前が妙にフツーな事言うからよ」
「
*
二度目の後退を余儀なくされたファーザーの足元に、小型六脚のアーマシングが近付いてきた。
機体の前面と一体化した太いアンテナ・ユニットが特徴の、友軍機『アクリダ』だ。
直接戦闘を行わない、指揮車輌としての役割を持つアーマシングである。
「――『ファーザー』、聴こえますか? 応答願います」
アクリダからの短距離無線通信を受けると、耳に入ってきたのはアヤ=ルミナ少尉の声であった。
戦場に似つかわしくない小川のせせらぎのような声は、初陣の気負いが張り詰めていた。
「こちらファーザー。少尉、これ以上前は敵の射程内、危険です」
「射程……そうですか。ヴォルテ伍長、敵拠点について知り得たことを、今ここで、すべて報告して下さい」
「了解!」
ヴォルテがキャストフ市の状況を口頭で簡潔に伝えると、アヤは数秒だけ黙考してから口を開いた。
「おそらくミサイルはプラナドライブの反応を辿っています。敵アーマシングが配備されていないのは、検知範囲を常にアクティブにしていて、近付く機体を無差別に攻撃するからでしょう」
一息に話し始めるアヤに、バンカは圧倒される感じをおぼえた。
アヤの口調は初対面の時よりも早口で、声音もどこか冷徹な響きを孕んでいる。
無線のスピーカーから聴こえてくる声と、あの可憐な少女の姿が重なりそうで重ならない、妙な感覚である。
「高精度な索敵を行う為に、レーダーを広範囲に設置しているはずです。まずは周囲の施設を破壊して、ミサイルの追尾性能を阻害してください」
「施設を、破壊スか」
「バンカ兵長の困惑は理解できます。当然、地上からの攻撃は非現実的。かと言って、地中から一基ずつ破壊していては時間がかかり過ぎて奇襲にはなりません。ですから――地表スレスレの深度を維持して、動き回って下さい!」
「アイアイ、マム!」
ヴォルテ即答。
通信を切るなり操縦桿を倒し、ペダルを踏み込んだ。
今度こそ活路を開くために、ファーザーが地中を
「地表スレスレって……どういうことだ? おいヴォルテ、お前、ちゃんと分かってやってンだろうな」
「もちろん。少尉は、ファーザーのドリルを理解しようとしている。信じてくれている」
アヤの意図は間もなく判る。
ファーザーがアームドショッピングモール『アエオン』の射程内に入ると、ヴォルテは操縦桿を手前へ倒し、地表へ向けて“浮上”を開始。
レバーとフットペダルを精妙に操作し、穿行の深度を調整した。
「よし、“スレスレ”だッ! 地表に居る人にもファーザーの脈動音が聞き取れるくらいに!」
アエオンから白煙が漏れた。
開け放たれたランチャー群のハッチから、一斉にマイクロ・ミサイルが打ち上げられる。
そして、さながら血の臭いを嗅ぎ付け獲物に群がるピラニアの如く。
ミサイルが降ってくる。
ミサイルが降ってくる。
ミサイルが、ミサイルが降ってくる。
「これより全速機動をはじめる! バンカ、深度計を見ててくれ!」
「ドゴゴゴゴゴゴゴ」
「ギュイィィィィィ」
ヴォルテがサイドレバーを大きく動かしペダルをべたりと踏み込めば、ファーザーの脈動は早鐘を打ち、ドリルは回転を早める。
黒鉄の巨体は、実に100地中ノットを超す凄まじい速度で地中を駆け巡り始めた。
地の面隔てた
爆風が、地中を往くファーザーの道筋そのままに連なってゆく。
赤い炎連なって、爆列は伸びる。
街全体に、破壊の絵の具がメチャクチャに塗りたくられていく。
対空ガトリング公民館を。連装ロケットオフィスビルを。クレイモア商店街を。
地上に在る構造物を次々と吹き飛ばしながら、それでも。
破壊しても破壊しても消滅することのない『
そして、長距離レーダー市民病院は、破壊されると同時に緊急シグナルを送信した。
「バンカ、9時の方向から、アーマシングの
「
「
「おう、こっからは、俺達の気合い次第だな! そんじゃあよ、ヴォルテ。地面に出たら目標まで真っ直ぐ突っ走れ。何があっても真っ直ぐにだ!」
地中穿行のスピードそのままに、勢いよく地表に飛び出すファーザー。
刹那の間に舗装道路は弾けた。ファーザーの剛脚が大地を蹴ったのだ。
周囲の建造物は、巨体が疾駆する衝撃で窓ガラスを粉々にされた。
大股で駆け抜けるファーザーにミサイルが迫る。
しかし、誘導性能の要たるレーダーを潰されている為、弾頭の半数は高速で突っ走る30メートルの巨人にかすりもしない。
残り半数はといえば、突き出された右腕のドリルに巻き込まれては弾き落とされていった。
無論、撃墜と同時に爆発するが、黒鉄の装甲はビクともせず、それを駆る二人の男も怯むことはなかった。
ファーザーの進行方向にビルが建っている。
巨人の襲歩に転進無用、減速無用。
立ちはだかるビルを次々とドリルでなぎ倒して進む。進む。進む。
考え得る最短距離を直進して、ファーザーは一息のうちにアエオンの懐に張り付いた。
「っしゃあぁぁぁぁぁ! いくぞオラァ!」
コクピットでバンカが吠え、目の前の建造物めがけて幾度もトリガーを引き、レバーを倒す。
一撃ごとに削り砕かれ、大穴を穿たれてゆくアエオンの装甲店舗。
一見してデタラメに暴れているようだが、その実は建物躯体の構造的な弱点を的確に狙った、高効率の解体工作である。
瞬く間に大型武装商業施設の中心部は外壁を突き崩され、かつては買い物客が集う中央広場であった部分に鎮座する巨大な装置が露わになった。
「バンカ、見えたよ! コントロールユニットだ!」
「店じまいだぜ、くそ花火屋!」
「ギュイィィィィィィ」
ユニットに猛るドリルを突き立てれば、コンピュータの怪物は火花と切削屑を撒き散らし、バリバリガリガリと断末魔の悲鳴をあげる。
やがて、沈黙。
周囲のランプやファンは動作を停止し、夥しいミサイルを繰り出す武装店舗は完全に息絶えた。
「任務完了。信号弾打ち上げ!」
ファーザーの背部に装備した発射筒から、数発の球体が打ち上げられ、上空で赤と黄に発光した。
後方に控えた友軍に突撃開始を告げる
暫くして、アーマシングのプラナドライブが発する
サウリア軍の突撃部隊とセルペ軍は、間もなくこのキャストフで激突するだろう。
崩壊したアエオンから立ち上る炎が、黒鉄を照らす。
夢中から醒めてみれば、ファーザーは、ヴォルテ達は、燃え盛る瓦礫の街の中心に立っていた。
「これがファーザー……ドリルの力。お前は、どこまでやれる? 僕らは、どこまで行ける? ファーザー。僕は――――」
*
キャストフ市攻略作戦は、成功した。
勢いに乗ったサウリア軍は、セルペ側の防衛部隊が態勢を整える前に、拠点を電撃的に制圧したのである。
この勝利の立役者たる黒鉄のアーマシング、ファーザーが無事帰還したことで、アヤはようやく胸をなでおろした。
士官学校きっての才女は、生まれて始めて直接目にする戦場に恐怖を覚えていた。
破壊の凄まじさ、命のやり取りの凄惨さを垣間見たからだけではない。
――これが、“私の仕業”なのだ――そう感じたのだ。
自らの指先ひとつで、他者を死地へ向かわせた事実。それを実感したからこそ、今も気を抜けば全身が震えだしそうになる。
アヤは自ら、タラップで降りて来た二人の兵士を迎える。
ベテランのベッツ曹長に言い含められたからではなく、心からそうしたいと思っていた。
「よく生還してくれました、二人とも――?」
すぐさま敬礼で応えたバンカの隣で、黒髪の青年――ヴォルテ=マイサン伍長は深刻そうな面持ちで俯いていた。
何か声をかけたいが、何を言って良いのか判らず、アヤは上背のある彼の顔を下から覗き込む。
青年というより少年に見える、童顔の顔立ち。
飛び込めばどこまでも深く沈んでいきそうな、黒い瞳を覗き込むと。
「――僕は、お前のことを、もっと知りたいな」
「えっ!?」
唐突な言葉と共に、ヴォルテはまっすぐな視線を向けてくる。
アヤの白い頬に、少しずつ紅がさしてきた。
「えっ、あ、あの、えっと……ヴォルテ伍長? それは、どういう意味ですか」
「これからも一緒に戦って、それで、お
「……おい、ヴォルテ。おいって!」
見かねたバンカが、独り言を続ける戦友の脇腹を肘で小突く。
困惑顔で赤面するアヤの存在に、ヴォルテは全く気がついていないようだった。
「あ……少尉? ヴォルテ=マイサン伍長、ただいま帰還しました!」
独り言が漏れていたのにも気付いていないヴォルテが、姿勢を正して敬礼する。
アヤは、死線をくぐり抜けた彼らにかけてやる言葉をいくつか考えてきていたが、頭の中が真っ白になってしまった。
「ええと、ええと……ご、ご苦労様でした」
どぎまぎしながら答礼を返すアヤ。
「はい! 作戦の成功は、少尉の指示あってこそでした!」
敬礼したまま爽やかに言うヴォルテを見て、アヤとバンカは、同時に大きな溜息をついた。
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