第21話 新しい仲間

「レモネード、ゆっくりと紹介したいところじゃが……よいのか?」

「何がよ?」

「まだまだ仕事が溜まっておるぞ」


 アルテは受付カウンターを指差した。カステルの魔気に当てられた冒険者達が徐々に回復しつつある。気力体力ともに強い者は既に完全復活し、もう列を成し始めている。あれだけショッキングな光景を見せつけられ、悪魔の金縛りにあっても、直ぐに立ち直る猛者たち。さすがは貪欲でタフな冒険者というべきだろう。


「そ、そうよ! 今日の売上で締めて、明日には税金払わなきゃいけないのよ! アルテ、ボーっとしてないでさっさと仕事!」

「お、おぅ……承知した」


 カステルの事などかまっていられないとばかりにレモネードとアルテは、また殺人的な忙しさの受付カウンターに陣取った。途端に支払い処理と依頼受付の嵐が始まる。


「おい、カステル。お主も手伝え!」

「わ、わたくしが? ……なぜ?」

「命令じゃ……というか早く我を助けよ。お主も受付嬢をやるのじゃ!」


 状況がまったく掴めていないが、アルテのあまりに悲痛な命令に従うしかなかった。


「は、はぁ……わたくしは何をすればよろしいのですか?」

「とりあえず隣に座るがいい。我とレモネードのやることをよく見ておくのじゃ」


 レモネードはもちろん、アルテにも作業を教える余裕などまったくなかった。自分たちの背中を見て覚えてもらうしかない。容赦なく次から次へとやってくる冒険者を捌(さば)いて行く。


 世間知らずで不器用なアルテと違い、カステルは器用で理解力に優れていた。金に対する概念は薄かったが、ここ1400年間の放浪生活のおかげで、人間の文化や習慣には精通しまくっている。冒険者にふんしてギルドに通い、強い魔物を追い求めたこともある。強い魔物に会えばアルテの情報が掴めると思ってのことだ。


 30分も過ぎると、カステルは依頼料の支払、依頼の受付、新規冒険者の登録の3つを完全に把握していた。最近まで自らも冒険者側に扮していた経験が役に立っている。


「首領様、わたくしもお手伝いいたします」

「う、うむ、早う頼む……」


 ヘトヘトになりそうなアルテが悲痛な顔でカステルにお願いする。元々細かいことが苦手なアルテ。小難しい事務作業が続くと途端に燃料、いや魔力切れを起こしてしまう。


「何よあんた、手伝うって……何をやればいいかわかってんの? 魔法は使えるようだけど、冒険者の経験だけじゃ受付は務まらないわよ」


 レモネードは、まだ紹介も受けていない見知らぬ参入者に警戒心を強めた。受付嬢の仕事は想像以上に要領がよくないと対応できない。専門知識も必要だ。


「問題ない。支払、依頼、登録の3つの作業はほぼ完全に把握している」


 ぶっきらぼうに答えるカステル。アルテに対しては気品ある礼儀正しい態度だが、レモネードに対しては相当な上から目線の冷淡口調である。この態度で接客などできるだろうかと心配になる。が、それは杞憂きゆうだった。


「はい、次のお客様~。ご用件をおっしゃってください」

「あ、俺、依頼請けたいんだけど、討伐系で何かいいのない?」

「お客様の装備と実績からしますとコボルド退治がいいところですね」

「なっ、何だとぉ! この俺様がコボルドなんて低級な魔物、相手にしてられるか!?」


 運悪く1人目から面倒な冒険者に当たってしまった。実力はないがプライドだけは高いタイプだ。激昂げきこうしている。レモネードもこの手のタイプを抑えるのには時間がかかる。忙しい時に来られると最も厄介な客だ。


 しかし、そこは要領の良いカステル。左手を軽く振ると、怒鳴り散らす冒険者の鼻先でパッと掌を開く。ほんのりと淡い光が男の顔を包んだ。するとどうだろうか、男の顔が途端に穏やかなものに変わって行った。


「お客様、コボルド退治でよろしいですね?」

「……お、あ、うん、ああそれでいいよ」


 カステルは得意の精神魔法を使った。本来は他人の精神を操る魔法だ。スピネルの街にも精神魔法を使える者は数多い。が、発動には相当の時間がかかるため、戦いには使えない。効果も直ぐには出ないので生活魔法としてもあまり役に立たない。


 もっぱら使われるのは医療分野だ。不眠解消や精神錯乱してしまった者を癒すために使われる。医者ならば少しくらい発動に時間がかかっても問題がない。が、カステルの精神魔法は攻撃魔法のそれと同じ発動時間だ。効果も瞬時に出ている。戦いの最中に敵を操ることもできそうだ。


「あんた、ただの魔法使いじゃないわね?」

「……首領様を馴れ馴れしく呼び捨てにするヤツに話す言葉はない」


 レモネードは、カステルが尋常ではない高位の魔法使いであることを直ぐに察した。おそらくアルテ級の魔法使いだろう。アカデミーの連中を飛ばした転移魔法、エルフの片腕を瞬時に再生させた治癒魔法、そして素早い精神魔法。野放しにしておいたら街ごと滅ぼしかねないレベルの魔法だ。


 一方でカステルは、信奉しんぽうするアルテを見ず知らずのニンゲンに呼び捨てにされたことに嫉妬していた。長年家族のように仕えてきた自分ですら、アルテを呼び捨てにしたことなどない。それを知らないニンゲンに親し気にされた上、気安く名前を呼ばれている。カステルはレモネードに対抗心が燃え上がっていた。早くこのニンゲンとアルテの関係がどんなものか確認したい。そのためには、まずアルテの命令をこなさなければならない。


 カステルは信じられないほどの丁寧で愛想のよい態度に様変わりした。そしてアルテを上回る速度で次々と冒険者の列を消化していく。そう、この器用な悪魔は接客もできてしまうまさに万能の悪魔だった。


「……ま、まぁいいわ。即戦力になってくれるなら文句はないわ」


 見事な仕事っぷりに思わずポカンと口を開けてしまうレモネード。が、自分にはまだ山のような経理伝票の整理が残っている。徹夜でも終わるかどうか疑わしい量だ。


「む、むぅ……」


 アルテは華麗に仕事をこなしていくカステルを見て、複雑な気分になった。必死で勉強してようやく覚えた受付嬢の仕事。客を余裕をもってさばけるようになるまで1ヶ月はかかっている。が、カステルはものの30分程度でそれを覚え、いとも簡単にやってしまう。しかも自分よりだいぶ仕事のスピードが速い。先輩の立つ瀬なしといったところだろう。


―――3時間後。あれほど長かった行列が、ほぼなくなっていた。8割方をカステルが捌いていた。これにはさすがのレモネードも感心するほかなかった。


「へぇ~、あんた凄いわね。アルテとは全然違うわね」

「レ、レモネード! わ、我だって! もっと本気を出せばっ……」


 手放しでカステルを褒めるレモネードに、今度はアルテがヤキモチを焼く。


「さて、首領様。ご命令は完遂いたしました。本題に入りましょう」

「おお、そうじゃったの。うむ、では改めに紹介しよう」


 グキュルルルルルル~


 アルテの腹の虫が盛大に鳴き声を上げた。


「アルテ、お腹が空いたのね」

「う、うむ、すまぬ……」

「ちょうどわたくしが絶品のアップルパイをお持ちしております。これをお召し上がりください」

「おお! それはブレンドのアップルパイではないか!?」

「……ご存じでしたか。あの店の者は生かしておく価値があります」

「そんな事はどうでもよい、早うたべようぞ」


 アルテとレモネードとカステルは、控室のテーブルでアップルパイをついばみながら、珈琲をすすってっていた。


「で、アルテ。この女は何者なの?」

「うむ、こやつの名はカステル。我の世話をしてくれていた最高位の悪魔じゃ」


 ――― ガターン! 勢いよく椅子が倒れる。


 のん気にアップルパイを突いていたレモネードも、悪魔と聞いて思わず席を立ちあがった。アルテは元魔王といっても種族的にはエルフだ。魔物ではない。が、悪魔はどう転んでも悪魔だ。魔物の中の魔物。人間からすれば悪の権化ごんげのような存在である。


「な、何で悪魔と仲良くアップルパイを食べなきゃいけないのよ」

「フン、わたくしとてニンゲンと同じテーブルになどつきたくない」

「それにしてもカステル、お主よく我の居場所がわかったのぉ」

「殲滅魔法をお使いになられましたね? ……その魔力を探知して、です」

「おっ、おお、アレか。そっ……そうか」


 空腹のイライラに任せて魔猿に放った殲滅魔法のことは、アルテの忘れたい過去になりつつあったので、適当に流すことにした。


「ところでカステル。どうしてお主は我の命令を聞くのじゃ? 我にはもう”魔玉”はない。つまり魔王ではないのじゃ。お主の精神はもう魔王のモノではない。自由のはずじゃ。我に付き従う義理もなかろう」


 ”魔玉”こそが魔王の所以。”魔玉”の力を使って、魔王はすべての魔物を支配下に置くことができる。


「首領様。わたくしが”魔玉”程度のモノに操られていたとお思いですか?」

「お主まさか……」

「ええ、首領様が魔王になられ、お仕えを始めた時からわたくしの心は魔玉に影響を受けていません」


 カステルは悪魔の中でも最高位の力を持つ。アルテのような攻撃魔法や殲滅魔法こそ苦手だが、生活魔法から精神魔法まで何でも器用に使いこなせる。特に精神を支配する魔玉のからくりなど、とっくの昔に見抜いていた。アルテに仕えるのは、あくまでも自分の意思からだった。


「魔玉がない今、我はただのエルフじゃ、魔族ではない。お主の大嫌いな人間と親戚のようなものじゃぞ?」

「首領様は首領様です。魔族であろうとなかろうと関係ありません。わたくしがただ一人命を賭して仕えると心に決めた御方です」

「我は魔法が使えるただの戦闘バカじゃ。戦い、殺し、破壊することしかできぬ。そんな者のどこに仕える価値があるというのだ?」

「……自己犠牲の心、でしょうか」

「カステル、お主まさかっ!?」

「ええ、とっくに気が付いておりました。首領様がなぜ魔王として人間を殺していたのか。いえ、それ以前にわたくしは常々疑問に思っていました。なぜ魔の王たる”魔王”が魔族ではなく”人間”なのかを」

「そうか、とうの昔にお主にはすべて見抜かれておったのだな。魔王と勇者のからくりを」

「……はい」


 椅子から立ったままのレモネードは、二人の会話を固唾かたずを飲んで見守るしかなかった。悪魔からすれば当たり前の話である。魔王がなぜ人間やエルフなのか、疑問に思わない方がおかしい。魔玉の精神支配から逃れた悪魔が、傍仕えをしていれば直ぐにわかってしまう。魔王は人間社会のバランサーであることが。


「じゃがそれならますますおかしいではないか。魔族でありそれほどまでの力を持ったお主じゃ。我に仕える必要はなかろう。我を殺し、自分が魔王の座に就けばよいだけのことじゃ」

「フフフ、わたくしは魔王になって魔物達を支配するなど窮屈きゅうくつな生活は真っ平ごめんですわ。もっと自由に生きたいのです。それに何よりも……」

「何よりも? ……なんじゃ?」


 カステルが口元についたアップルパイの欠片をゆっくりと拭いながら席を立つ。アルテの方へ近づき、席を立つように促した。


「これですわ!」


 バサッ ―――。


 カステルは突然アルテの着ていた制服スカートを捲り上げた。アルテのスタイルが露わになる。と同時にアルテの豊満な胸をためらうことなく鷲掴(わしづか)みにした。


「ああ、この胸とスタイル、1400年ぶりですわ。”ノーパンおっぱい”こそ我が首領様最大の魅力。わたくしが絶対に持ち得ないものです」


 あまりに突然のことに、眼を点にして固まるアルテとレモネード。


「……は? ……なっ、何をいっておるのじゃ、カステル!」

「傍仕えの者達が首領様の事を陰で何とあだ名していたか、ご存じですか?」

「あ、あだなじゃと? そんなものは聞いたことがない」

「”ノーパンおっぱい魔王”ですわ」

「な、何を馬鹿なことをいっておる! 我はお主が仕える理由を知りたくて」

「首領様のスタイル、豊満な胸、美しさ、絶大なる魔力と戦いのセンス。そして何よりも穿かない勇気。すべてがわたくしの羨望なのですわ」


 またしても衝撃の発言に動きが止まるアルテ。この展開をどう理解していいのかわからない。


「カ、カステルよ。まず我の胸から手を放すのじゃ」

「ハッ、これはご無礼の段、ご容赦を」


 かしこまってひざまずくカステル。しかしその顔はアルテを見つめたままだ。


「む、胸とスタイル、魔力はと、ともかくじゃ……。我が穿かないのは防御力がないものを穿く意味がないからで別に勇気とは関係がな……」

「……クククッ」


 レモネードが笑いを抑えるのに必死な様子だ。が、こらえ切れずに思わず口から声が漏れてしまう。


「アハハハハハハハハハッ、この悪魔、面白いわね! 気に入ったわ!」


 あまりの展開に見るに見かねたレモネードが口を出す。


「アルテ、あんたいい家族を持ったわね」

「うぬ? レモネード言っている意味が全然わからんぞ」

「ったく、鈍感もいいところねぇ。まぁ、それでもいいわ。この子の中身は何となくわかったから」

「そ、そうなのか? 我には逆に全然わからなくなったのじゃが」


 レモネードは察した。要するにカステルは立場や種族、利害関係をすべて抜きにしてアルテに惹かれているのだ。そこまでしてアルテに仕えたい。カステルの思いは、ただそれだけの純粋で一途なものなのだ。でなければ、アルテが行方不明になって1400年もの間、全国を放浪して探し回るはずがない。


「首領様、これからも傍にお仕えすることをお許しください」

「べ、別に構わぬが、お主はそれで本当によいのか?」

「もちろんです。首領様でなければダメなのです」

「わ、わかった、許そう」

「心から深謝いたします。これまで以上に全身全霊を以ってお仕えいたします」

「それにしても”首領”という呼び名はどうにも落ち着かぬ。アルテと呼ぶがいい」

「承知いたしました。それではアルテ様、この街のニンゲンを殲滅するご予定はいつ頃でしょう?」

「……人間は殺さぬ」

「では魔物を殲滅なさるのですか?」

「魔物もなるべくなら殺したくはない」


 ひざまずいたままあごに手を当てて首をひねるカステル。


「はて……ではアルテ様はこちらで一体何をなさるのでしょうか?」

「決まっておろう。ギルドの受付嬢じゃ」

「魔王の役割はどうされるのですか?」

「魔玉ももう失われておる。今さら魔王の役割もあるまい」

「は、はぁ……それではわたくしは何をすればよろしいのでしょう?」


 アルテを先頭に立て、魔物を率いて戦いの日々を想像していたカステル。が、元魔王に受付嬢をやると宣言されて大いに戸惑っていた。戦ってこその魔王。それをサポートするのが自分の役割。その役割を根本から無いことにされてしまったのだ。


「よし、お主もこのギルドで働くのじゃ!」

「……わ、わたくしが?」

「ちょ、ちょっと待ってよアルテ。話を勝手に進めないでよ」

「レモネード、よいではないか。仕事はできるし何より早い。待望の即戦力であろう?」


 腕組みして考えるレモネード。確かに時間制限があるイレーナではまだまだ人手不足だ。現に今日も徹夜確実の”地獄の伝票整理”が待っている。


 受付嬢の仕事は多岐にわたる。他にも依頼を請けるための金額交渉や契約宿屋との折衝せっしょう、武器・防具・薬草の斡旋あっせん、トラブル対応や役人からの監査対応、そして他のギルドとの調整などアルテにやってもらいたいことは山ほどある。それにアルテには”付添いサービス”という新しい仕事もある。


「そ、そうね……ま、悪魔でもいう事を聞いてくれるなら、ね」

「よし、カステル、お主は今日から受付嬢補佐じゃ!」

「はっ、かしこまりました」


 どうなるかわからないが、カステルとしてはアルテの役に立てる事こそ、至上の喜びだった。職業や役割が何であっても全く問題はなかった。ただ、人間を相手にするということだけが、唯一の不満だった。何しろ、人間は悪魔の食べ物である。生理的に迎合げいごうすることは難しい。本来なら家畜、よくてもペット程度にしか思えない。が、アルテが言うならば黙って従うしかない。


「ところで、そのアルテ様を呼び捨てにする生意気そうな女は誰なのですか?」


 レモネードを指差すカステル。そう、一番気に入らないのは偉そうにしているこのレモネードだ。


「おお、紹介が遅れておったな。この者はレモネード。我の指導者で家族じゃ」

「指導者……家族……」

「そ、そうよ。あたしはアルテの上司よ」


 悪魔相手に虚勢は意味がないが、舐められないよう精一杯の態度を取る。


「そうでしたか。アルテ様の上役でしたか。大変失礼いたしました。これからもアルテ様をよろしくお引き立てください」


 コロリと態度を変えるカステル。悪魔は上下関係にとても厳しい種族だ。下級悪魔は上級悪魔に絶対に逆らうことができない。アルテの上司と聞いて、本能的にレモネードを認めてしまうのだった。


「あ、あのよぉ、取り込んでるところ悪いんだが……」


 そう言って顔を出したのはパイクだった。


「誰ですか、このツルツル頭は?」

「ハ、ハゲてなんかねぇぞ! 俺の頭はこういう髪型なんだよ!」

「ったく、下品ですわね。アルテ様、この汚らしい者を今すぐ焼却処分してもかまいませんか?」

「ならぬ! その者はパイク。このギルドの副マスターじゃ」

「副マスター? つまりはレモネード殿の上司ということですか?」

「そうじゃ、手を出してはならぬ」


 するとカステルはしげしげとパイクの前に跪いて深々とお辞儀をした。またまた悪魔の習性が出てしまう。悪魔にとって一族組織での上下関係は絶対。パイクがレモネードの上司ということは、アルテにとってみれば上司の上司ということになる。新入りの自分が逆らうことのできる相手ではない、と勝手に思い込んでいた。


「パイク殿、カステルと申します。今宵からこのギルドにご厄介になります。どうぞお見知り置きを」

「またえらい別嬪な上に品のある嬢ちゃんだな。どこから来た?」

「あーえー! そう、カステルはあたしの遠い親戚なのよ」


 慌ててレモネードが割って入る。元魔王とはいえアルテの場合はエルフなので許された。が、カステルは人間に化けているとはいえ、生粋きっすいの悪魔だ。いくらお人好しのパイクでも、魔族を雇うのには抵抗があるだろう。素性がバレてはいけない。


「はぁー……レモネード、俺はウソってヤツが嫌いなんだ。話は大体聞いてたんだぜ。別に盗み聞きするつもりはなかったんだがな」

「……じゃあカステルの正体を知ってるのね」

「ああ、悪魔なんだろ? 俺にも信じられないがな」

「じゃあギルドに置くわけにはいかないのね?」

「当たり前だろ、悪魔だぜ。魔族なんだぜ? 冒険者達に知れたらタダじゃすまねぇ。役人に勘付かれでもしたらギルドはお終いだ」


 レモネードはがっくりと深く項垂うなだれる。アルテは一体どうなってしまうのかと、心配そうな顔をしている。当のカステルは無表情ながらも緊張を押し殺し、口を真一文字に堅く結んでいる。


 ギルドに置いてもらえなければ、アルテに仕えるのは難しくなる。他に方法はあるとしても、アルテがギルドでの生活を望んでいる以上、何としても自分もそれに寄り添いたかった。


「パイクよ……カステルが居ることで何か問題になったら、我が責任を取ろう。すべてを背負う、それで許してくれぬか?」

「アルテ、おめぇは黙ってな。まだまだひよっこの受付嬢が責任なんぞ取れるわけがねぇだろ!」


 シュンとして下を向いてしまうアルテ。


「いいかおめぇら、悪魔はうちにはおけねぇ、わかったな?」

「……」


 3人全員が下を向き、残念そうな顔をする。


「カステルとか言ったな。おめぇ、アルテの家族なんだって?」

「え、ええ……そうです」

「アルテはギルドの一員で俺達の仲間だ。その家族ならギルドから追い出すわけにはいかねぇよな」


 パイクの意図に気が付いてレモネードの表情がパッと明るくなる。


「そ、それじゃあ!」

「人手も足りねぇことだし……。悪魔だろうが神様だろうが、うちのギルドは仲間を命懸けで守ることになってるんでね。じゃあレモネード、あとは任せた。俺は食堂の方に戻るぜ」


 パイクはパタンとドアを閉め、静かに去って行った。相変わらず口の悪いカッコつけ野郎だが、お人好しには最近ますます拍車がかかっている。


「しかしパイクのヤツ、ハゲてるクセにええかっこしいじゃのぉ。カステルに気があるのかのぉ」


 ――― ガターン! ドアの向こうで豪快に滑って転ぶ音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る