第12話 ギルドの新サービス

「命の恩人に剣を向けるとは。ガルシア殿は礼儀や恩義も知らないのですか!?」

「ブレンド、これはちょっとした行き違いじゃ」

「アルテさんは黙っていてください」


 ガルシアは剣を引くと鞘に戻した。が、殺気はまだ漏れ出ている。自分自身もどう収めてよいかわからないのだ。魔王を警戒する本能がそうさせるのかもしれない。


「エルフの嬢ちゃん、儂は退場することにする。またゆっくりと話をしよう」

「ふむ、わかった。ではまたの」


 颯爽とギルドの外に出ると、馬に乗って街の闇夜に消えていく。唇を噛んでそれをじっと見つめるブレンド。アルテと秘密の話を持っていたことに嫉妬しているのだ。


「アルテさん、あの男と何を話していたんですか?」


 剣豪ガルシアを”あの男”呼ばわりする。敵意が募っての事だ。


「ただの昔話じゃよ」

「昔話? 二人は知り合いだったんですか!?」

「知り合いではない、ほんの少し縁があっただけじゃよ」

「一体どんな縁なんですか!?」


 勢いよくアルテににじり寄る。ブレンドは気が気ではなかった。自分の思い人に剣を向け、あまつさえ縁がある相手だというのだ。黙ってはいられない。


「どうした? 穏やかで優しいお前らしくないぞ?」

「べ、べ、別に……僕はいつも通りです」


 無理やり平静を装うとするが、ブレンドが怒りと嫉妬で興奮気味なのは明らかだ。


「フフフ、ブレンドはアルテにぞっこん、惚れちゃったのねぇ? でも男の嫉妬はみっともないわよ。悔しかったら実力で奪い取ることね」


 思う存分惰眠を貪る予定だったレモネードが、ホールに戻ってきていた。レモネードは寝ようとしたが、アルテのことが気になって仕方がなかった。規格外の魔法をいとも簡単に扱う金髪美女のエルフ。直に戦う姿を見たガルシアほどではなかったが、薄っすらと”ある可能性”を考えていた。年齢的にも矛盾はしていない。アルテことアルテリーナは魔王なのではないかと……。


 気になってホールへ戻ったところで、ガルシアとアルテが話しているのを聞いた。咄嗟に陰に隠れてしまったが、内容はすべて把握できた。アルテは明言こそしなかったが、魔王であることを否定していない。レモネードは話を聞いて、アルテをどう扱うべきか迷っていた。


「レモネードさん! ぼ、僕は、アルテさんを尊敬しているだけで、別に惚れているなんてそんな下心は……」

「あ~ら、若いっていいわねぇ。ブレンド、あなたなら応援してあげるわよ」

「だ、だから違いますって!」

「顔をそんなに真っ赤にして言っても、全然説得力ないわね、ウフフ」


 ブレンドはこれ以上からかわれては堪らないとばかりに、レモネードから離れ、アルテに向き合った。


「信じてください。僕はアルテさんに憧れて心から尊敬しているだけです。好きとかそういう……下心はありませんから!」


 それを聞いたアルテは、少し懐かしそうに微笑むと、ブレンドに近づき頭にポンと手を乗せた。


「そうか。じゃが我はブレンドの事が好きで気に入っておるがの……」

「な、な、何をアルテさん!」


 アルテの思わぬ反応に慌てるブレンド。アルテは、まっすぐで純粋、裏表のないブレンドの心根を気に入っていた。昔自分が冒険者だった頃、一番仲の良かった戦士と同じ匂いがするからだ。


「やったわね、ブレンド。相思相愛じゃない、フフフ。見た目もお似合いの年頃だしね。まぁ、本当は物凄い年の差カップルだけど」


 ブレンドの髪の毛を楽しそうにワシャワシャと撫でるアルテ。アルテから見れば、ブレンドは子供というより孫のような感覚だ。見た目こそ同い年くらいだが……。顔を真っ赤にするブレンドは耐え切れずに思わず下を向いて黙ってしまう。アルテの手のひらが気持ちいい。撫でられると安心するのだ。


「ア、アルテさん……」

「何じゃ」

「僕はアルテさんの足を引っ張らないよう強くなります」

「うむ、良い心がけじゃ。冒険者は強くなければならんぞ」

「だ、だから、僕とパーティーを組んでください!」


 パーティーを組むということは、命を預ける仲間になってくれと言っているのと同じ。ある意味、家族以上の関係になる。


「残念ながら無理じゃな」

「……えっ、どうしてですか?! やっぱり僕じゃ信頼してもらえませんか?」

「そうではない。我はギルドの受付嬢じゃ。冒険には出られぬからの」

「よく言ったわね、アルテ。あんたは立派な受付嬢よ」


 レモネードが口を挟んできた。が、何かを思案している様子だ。腕組をして顎に手を当てている。


「でもね、ギルドのサービスに”受付嬢付添い”ってのがあるのよぉ」

「な、何? 我はそんなものを聞いてないぞ」


 もちろん完全に口から出まかせ、レモネードのその場の思い付きで今できたサービスだ。


「当たり前よ、これはあたしがずっと前から考えてた新サービスだもの」

「レ、レモネードさん! それは一体どんなサービスなんですか?」

「文字通り、”ある条件”を満たせば受付嬢……と言ってもアルテだけだけど、彼女が依頼に付添いしてくれるサービスよ。でも付添いだけ。戦いは受付嬢だからできないわぁ。治癒と回復くらいはしてあげてもいいけどね」

「何じゃ、我は戦えんのか。つまらんの」

「あんたは黙ってなさい」


 妙な展開になってはいるが、レモネードはアルテの力の有効活用を狙っていた。街中で治癒魔法を使えば目立ってしまうが、出先で使えばバレにくい。それにブレンドとアルテのコンビを見てみたい、という単純な好奇心もあった。


「それで、付添いの”条件”というのは何ですか?」

「そうね……まずあたしの許可が必要よ」

「何じゃそれは。条件ではなくただの許可ではないか」

「ノーパンエルフは黙ってなさい。いいこと、要するにあたしがオーケーを出した冒険者だけが、アルテの付添いサービスを受けられるってことよ」


 ブレンドは慎重にたずねた。レモネードの機嫌をそこねないようにしなければならない。


「じ、じゃあ僕は許可してもらえるのでしょうか?」

「依頼内容とギルドの忙しさによるわ。でも基本はオーケーよ」


 危険な依頼にアルテを付き添わせることで、冒険者の死亡率をぐっと下げることができるだろう。だがギルドの受付が手薄になっては、レモネード夢の有給休暇が取れない。だから暇な時に限るというわけだ。


「やった! これでアルテさんと一緒に冒険ができるっ」


 ブレンドは小さくガッツポーズをする。本当に嬉しそうだった。それを傍から見ていたアルテは、また懐かしそうに微笑むのだった。


「あのぉー、それ、私もお願いしちゃダメでしょうかー」


 ホール入口付近で話を聞いていたのは、髑髏娘ことソリティアだった。


「ソリティア……だったわね。あなたはどうしてアルテの付添いが欲しいのかしら?」

「私はアルテさんから魔法を教わりたいです。弱い私はもう嫌なんです。強くなりたいんです」


 ソリティアは、自分の力が圧倒的に足りないことを痛感していた。ゴブリンを斃したこともない、初心者がいきなりハイレベルな戦いに巻き込まれ、伝説級の魔物が滅ぶ様を目の当たりにした。ひきこもりで落ちこぼれの自分が認められるには、まったく実力が伴っていない。それを骨の髄まで体感することができたのだ。


「でも魔法を教えるのはサービスに入っていないわよ」

「……ダ、ダメでしょうか?」


 アルテの魔法を教授をしたところで、才能が違いすぎる。教えがそのまま役に立つとは思えない。が、もしも才能が少しでもあれば、魔法は大きく変わる可能性がある。


「教えるサービはないけど、魔法の術を盗むのは禁止しないわ。ま、臨機応変にね」


 ニヤリと笑ってウインクするレモネード。ギルドの戦力を底上げするには、アルテの力が使える。戦力があがれば依頼達成率も上ってギルドの評判も良くなる。評判が良くなれば、王侯貴族からはもちろん、住民達からの覚えもよくなって、ギルドも盛り上がるというものだ。


「……やった。これで、これで私、あの魔法を……ブツブツ」


 暗い情熱に燃えるソリティアだった。


「そういえばアルテさんって死霊魔法は使えるんですか?」

「死霊魔法? ……あの死体を操るアレか」

「そうですそうです! もし使えるのでしたら、一度見せて貰えませんか?」

「死霊魔法は必要がないから使ったことはないのー」


 アルテにかかれば、死体を操るよりも直に攻撃魔法を放った方が戦いやすい。それに、死体があるなら直接魂を呼び戻す復活魔法をかけ、生き返らせて恩を売り、下僕にした方が効率的だ。もちろん使えないことはないが、中途半端な死霊魔法など必要がないのだった。


「残念ですぅ……」


 がっくりと肩を落とすソリティア。気分が落ち込むと、元々纏っている負のオーラが増大するように見える。まるで、自然と暗い影が付き纏うようだ。それを見たアルテはひらめいた。


「お主、死霊魔法より闇魔法の方があっておるぞ」

「え? 闇魔法って何ですか?」


 初めて聞く種類の魔法に、知識だけはある魔法オタクのソリティアは興奮気味に反応した。


「文字通り負の魔力を操る魔法じゃよ」

「たとえばどんな魔法が使えるんですか?」

「そおじゃのぉ……敵の体力や魔力を奪ったり、辺りを暗くしたり、敵同士の仲を険悪にしたり、カビを生やしたり物を腐らせたり、あとは疫病を振りまいたりすることもできるかのー」


 あまりに根暗で地味な魔法。隣で聞いていたレモネードが鼻で笑った。


「何だかジメジメした陰湿な魔法ねぇ」

「いや、これはこれで敵に回したら結構厄介な魔法じゃぞ。もっとも、個人戦よりも団体戦で威力を発揮する魔法じゃがな」


 ソリティアが下を向いて両手を握り締めている。手がプルプルと震えている。嬉しさのあまり打ち震えているのだ。


「アルテさん!!!」

「お、おう……な、何じゃ?」

「私やります! 闇魔法を教えてください!」

「ま、まぁ、暇があればの」


 アルテはレモネードの方へ目くばせする。当然、教えるには受付嬢の仕事時間を割くしかない。そんな事は今のギルドに、いやレモネードの夢のために許されるはずもなかった。


「お客さまぁー、魔法指導のサービスは当ギルドで提供しておりませーん。申し訳ございませんがご承知おきくださいませぇ」


 レモネードが嫌味を込めて丁寧な言葉で対応した。


「そっ、それじゃあ、闇魔法が勉強できる教科書みたいな本はありませんか?」


 闇魔法は魔王時代のアルテが開発したものだ。そもそも文字にすらなっていない。使い手もアルテと周辺の従者だけだった。一般に広まっている訳もない。当然、書籍も存在しない……はずだった。


「本ねぇ……そういえば何処かで見たような」


 レモネードはパタパタと自分の部屋へ戻った。そして直ぐに一冊の本を抱えて現れた。ハードカバーの古めかしい分厚い本だ。それをカウンターにドサリと置いた。そのタイトルは”古代魔法の研究”。


「確かこの中に闇魔法の事も書いてあったから、貸してあげるわ」

「えっ!? い、いいんですか?」

「読み終わったらちゃんと返してね」

「はいっ!」


 アルテは本を開き、適当にページをめくっていく。驚いたことにアルテが使っていた魔法が、事細かに書かれていた。


「レモネード、どうしてお主がこんな本を持っておるのだ?」


 得意げな顔でレモネードは、本の表紙を指で叩いた。


「ん? ……著者、レモネード=ボルンハルト……ってこれはもしや?」

「そうよ。この本、全部あたしが書いたんだもの」

「すっ、すごいのぉ。これだけのモノを書くとは。レモネードお主一体何者じゃ?」

「まぁ人には色々な過去があるってことよね、フフフ」


 鼻高々に煙草の煙をくゆらせる。


「レモネードさん、実は博学な方だったんですねぇ。見た目通り、色気だけのケバい夜のお姉さんだとばっかり思ってました。今まで馬鹿にしててごめんなさい!」


 あっけらかんとストレートに言い放つソリティア。


「あ、あんたねぇ、一体あたしの事をどんだけ馬鹿にしてたのよ。そんな事を言うなら本、貸さないわよ?」

「あー、ごめんなさいごめんなさい! お願いですから本を貸してください。レモネードさんの著書、ぜひ読んで勉強したいです」


 冷や汗をかきながら、何とか取り繕う。ソリティアは常に空気を読まず、直球しか投げない性格だ。そのズレた感覚が闇魔法の適正につながっていることは、今はまだ誰も気がついていない。


「ソリティア、ブレンド、どうせならあんたたちパーティ組みなさいよ」

「な、なぜでしょう? 僕は1人でもやって行けます」

「私もです」


 元衛兵の戦士と超初心者魔法使いが、お互いをスルーするようにレモネードに掛け合う。


「だって、それならアルテの付添いも1回で済むじゃない」

「おお、なるほどのぉ」


 レモネードの隣でポンと手を打ち納得するアルテ。が、ブレンドの顔もソリティアの顔も浮かない。ブレンドはあくまでアルテと二人で冒険に出たいのだ。それを他人に邪魔されるのはごめんだ。アルテを独占したい。


 ソリティアは、アルテにつきっきりでじっくりと魔法を教わりたかった。剣を振り回すだけの野暮ったい戦士とは一緒に行動するだけ時間の無駄だ。何よりも外野が1人でもいれば、魔法にかける集中力が削がれてしまう。


「あらぁ、二人とも納得してないようね? じゃあいいわ、”付添いサービス”やっぱり辞めちゃおうかしら」

「それは待ってください! ……わかりました、僕はこのソリティアさんとパーティーを組みます」

「わ、私も納得いきませんけど、この戦士さんとパーティーを組みます」


 煙を口からふーっと気持ち良さそうに吐き出す。


「わかればいいのよー」

「じゃあ、明日、アルテさんに同行してもらってもいいですか?」

「ダメよ。アルテはまだ研修期間中なの。新人なんだから」

「研修期間はどれくらいですか?」

「二週間くらいかしらねぇ」

「じゃ、じゃあ二週間後にお願いしてもいいですか?」

「いいわよ。でも条件があるわ。アルテの研修が終わるまでに、パーティーで最低一つ以上、討伐系の依頼をこなしてきなさい。そうすれば付添いサービス、許可してあげるわ」


 二人は目を合わせて頷き、レモネードに向かって大きな声で返事をした。


「「はい、わかりました!」」

「うーん、元気がいい返事で何よりねぇ。さぁ、早速依頼を請けてちょうだい」


 ブレンドはホールの掲示板に近づき、手っ取り早くこなせる討伐系依頼を探した。簡単な討伐系といえば、オークやゴブリン、コボルドなど下級の魔物退治が思いつく。が、今はダンジョンに入ることはできない。城内には基本的に魔物がいない。


 となれば、城外での魔物退治しかない。城外での魔物退治は、ダンジョンとは違い長期戦になることが多い。出没する地点が気まぐれだし、本当に現れる保証もないからだ。また依頼票に載っている情報に間違いがあったり、古かったりすることも多々ある。魔物を探し回る時間が必要になる。探し回っている間に、別の魔物に遭遇するリスクもある。ダンジョンに入れない今、下級魔物の討伐といっても、案外難易度は高いのだ。


「レモネードさん、この依頼でお願いします」


 ブレンドから手渡された依頼票を見て、レモネードは思わず唸る。


「あんた……この依頼、難しいわよ?」


【依頼番号6011:ワーウルフの討伐。スピネル城内ネフェリン通りに夜な夜な出没するワーウルフを斃す。証明部位は変身後の体毛(変身前の体毛は不可)/金貨45枚】


「ワーウルフ……ネフェリン通りっていったら、私の家の近所じゃないですか!?」

「あら、そういえばそうだったわね。でもワーウルフは手強いわよ。斃し方はわかってるのかしら?」

「私は魔法マニアなので、魔物のことはよくわかりませんよ」

「ったく……この小娘は……。胸張っていう事じゃないでしょ」

「銀の武器ですね」


 ブレンドがさらりと言う。


「弱点が銀だとわかっていても、相手はワーウルフ、手強いわよ」

「でも街中ですし、夜になればほぼ間違いなく現れるようですから、時間はかかりませんよね?」

「ええ。確かに時間はかからないかもしれないわね」


 ブレンドの目的はなるべく早く、レモネードの条件を達成して、アルテと同行すること。一方、ソリティアは自分の家の近くで、討伐系の依頼をこなせば、両親や友人に対して自慢できると考えていた。その上、アルテとの同行が実現されるのである、文句はなかった。


「この依頼、私も賛成します。ぜひ請けたいです!」

「じゃあ決まりね」


 レモネードは「依頼請済み」のハンコを依頼票にダンッ! と大きな音を立てて押した。これでワーウルフ退治は、ブレンドとソリティアのものである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る