第14話 アルテの見分け方

 アルテとレモネードが睡魔に完全敗北している間、酒場の客足がひと段落して手が空いたパイクは、受付ホールへとやってきた。


 パイクも激しい接客でクタクタではあるが、酒場には料理の注文を取ったり運んだりする下男たちがいる。会計も調理も選任担当がいる。酒場は特別な知識や慣れが必要な受付嬢と違い、ある程度経験があれば誰でもできる仕事が多い。だから働き手には困らない。


 パイクは彼らに指示をしつつ、忙しいパートをサポートする役である。調理が遅ければフライパンや鍋を自ら振るい、会計が遅ければすかさず応援に駆けつける。トラブルが起きたら仲裁に入り、困っている客がいればそれとなく助け船を出す。気疲れする仕事ではあるが、基本は統括役。少しくらい抜けても大きな問題にはならない。受付嬢と違い、休憩も比較的自由に取れるのである。


「おっ、アルテ、働き詰めなのに元気じゃねぇか」


 猛烈なスピードで登録希望の客をこなしていくアルテ。もちろんそれはアルテの姿をしたホムンクルスだ。疲れ知らずで、忠実にアルテの事務スキルを継承している。単純作業であれば、誰よりも早くこなせてしまう。おかげで100人以上いた登録希望者も、無事に手続きが完了している。あとはたまに来る支払処理をこなすだけである。


「レモネードはどこだ? まさかその辺でぶっ倒れてるんじゃねぇだろうな」

「レモネードさんは、現在お休み中です」

「……アルテ、お前、いつもの言葉遣いじゃねぇな。どうした?」

「問題ありません。私はいたって普通です」

「いや、おかしいだろ。いつもは”そうじゃ”とか”そうなのじゃ”とかババ臭い台詞ばっかりじゃねぇか。それが普通に話してるぜ。何か悪いもんでも食べたのか?」

「いいえ。私は普通ですのじゃ。問題ありませんのじゃ」


 明らかに言葉遣いが破たんしている偽アルテ。パイクもその壊れっぷりに心配になった。


「こりゃあヤベェな、やっぱり働きすぎか。天下の大魔法使い様に過労死されたんじゃたまらねぇ。レモネードに交代してもらうぜ」


 レモネードを呼び出しにカウンター裏の控室へ行くと、そこには床で寝ている二人の受付嬢がいた。幸せな寝顔だ。起こすのが忍びなくなるほど、気持ち良さそうに寝息を立てている。


「なっ……こりゃあ? 一体どうなってやがる。レモネードはともかく、何でここにもアルテがいやがるんだ? おかしいじゃねぇか。俺は幻でも見てるってぇのか? ……いや、そんなはずはねぇよな」


 腕組みしてしばらく考える。が、考えるよりまず行動することがモットーのパイク。受付ホールに客がいなくなったのを見計らって、受付カウンターで佇んでいる偽アルテを控室に呼び出した。そして本物のアルテの隣に偽アルテを同じ姿勢で寝かせてみた。


「何だかわからねぇ。どっちがアルテなんだ? まさか両方ともアルテってことはねぇよな」

「私はアルテなのですじゃ」

「うるせぇ、とりあえずお前は黙ってろ。どうせいたずら好きの魔物か精霊が化けてるんだろうが……」


 偽アルテが、パイクの呼びかけに変な言葉遣いで応える。


 アルテが自分の髪の毛を使って作った完全なるコピーだ。容姿は寸分違わない。制服なので当たり前だが、服までがまるで同じだ。見分けはつかない。


 偽アルテはホムンクルスではあるが、人間らしく振る舞う。特にアルテの創造魔法で生み出されたホムンクルスは、ほとんど完璧に人間の振る舞いを再現することができる。記憶やスキルもほぼ継承されている。見分けることはまずできない。


 が、仕事も魔法も大雑把なアルテ。残念ながら細かいところの仕上げはかなり適当だ。言葉遣いなど細かいところは違ってしまう。しかし無駄に優秀なホムンクルスなので、自分で周りの空気を読みつつ学習することができる。言葉遣いも修正しながらの会話ができてしまう。おそらく一ヶ月も経てば、アルテのババ臭い言葉遣いも完全にマスターしてしまうだろう。そうなれば、ますます見分けがつかなくなる。


「くそっ、本物のアルテはどっちなんだよ……」


 惑うパイク。しかしここでひらめいた。


 ”あそこ”にはアルテ最大の特徴、そして彼女の強いコダワリがあるはずだ。もし、魔物がアルテに化けていたとしても、”あそこ”が同じになるはずはない。


 床に仰向けに寝ているアルテと偽アルテ。パイクは、二人のアルテのスカートをペロリと捲りあげた。


「そ、そうかやっぱり! ……俺の勘は正しかったぜぇ。偽者は受付にいたヤツで決定だな」


 本物のアルテはノーパン。偽アルテは普通にパンツを穿いている。そういう小さなコダワリまでは再現されていなかった。偽アルテはきっちり仕事さえこなしてくれれば、余計なことはしなくていい。アルテなりの配慮だった。


「な、何をするのですじゃ、パイク」


 偽アルテが表情一つ変えずに反応する。まだまだ人間らしくない反応だ。言葉遣いもおかしい。


「どれ、じゃあ偽者の方もいちおう全部確認しておくか……おっと、これは決してやましい気持ちからじゃねぇぜ。俺様は潔癖だ、無実だ、ノーマルだ、ロリコンじゃねぇ。念のための確認ってヤツだぜ。いくらいたずらでも、うちの受付嬢の偽者を演じるなんざ、許されるもんじゃねぇからな」


 そういって偽アルテのパンツに手をかけるパイク。が、その時、話し声に気が付いてレモネードが起きてしまった。


「……ちょっとパイク。あんた何やってんのよ」


 眠っている本物のアルテのノーパン姿を晒し、さらに偽者アルテのパンツに手をかけようとしているパイク。どう言い訳しても、乱暴を働く寸前の強姦魔にしか見えない。


「あっ、レ、レモネード、こっ、これには深いわけがあってだな」

「フーン、深いわけねぇ。あたしにはどう見ても強姦未遂にしか見えないんだけど?」

「ちっ、違うんだ。いや、その、アレだ、アレだよ。魔物がアルテに化けてギルドに侵入してるんだと思ってな。念のため確認をだな。ほら、やっぱりツルツルなのかなって……」

「へぇ、確認のためにパンツ脱がせるんだ? 魔物かどうかを調べるのに、どうしてツルツルかどうかの確認が必要なのかしらぁ?」


 レモネードは既に鬼の形相。額には青筋が何本も浮いている。爆発寸前である。こうなったレモネードに言い訳は通用しない。パイクも長い付き合いでよくわかっている。


「この馬鹿っ!!! そんなにツルツルが好きなら自分の頭でも撫でてなさーーーい!!!」


 キック一閃。レモネードの蹴りがパイクの顔に綺麗に吸い込まれた。パイクがしばらく目を覚まさなかったのは言うまでもない。完全に誤解が解けたのは、しばらく後になってからだった。


「うーん、ツルツルがどうしたのじゃ? せっかくの睡眠を邪魔するのは誰じゃ」

「あんたがノーパンで寝てたら、パイクのヤツが変な気を起こしてね」


 スカートが捲り上がっているのは目に入ったが、アルテは何事もなかったかのように立ち上がった。


「おはようございます、ご主人様」


 偽アルテが本物アルテに話かける。


「おう、我が寝ている間、ちゃんと仕事はこなせたかの」

「だいたい問題ありません」

「そうか、ならばよい」


 レモネードが二人のアルテのやり取りを見て、目をパチクリさせている。寸分違わぬアルテとアルテが話しているのである。


「もしかしてコレがホムンクルス……なの?」

「そうじゃ。久しぶりに作ってみたが、まぁまぁの出来じゃの」

「す、凄いじゃない。本当にアルテそっくりなのね。双子みたい。あたしでも見分けがつかないわ……」

「双子よりも似ておるはずじゃ。何しろ今の我の完全複写じゃからの。まぁもっとも、命を狙われる魔王が護身用に生み出した術じゃ。簡単に言えば魔法で作った影武者じゃな」

「初めて見たわ。これなら普通に”人間”って言われてもわからないわね」


 偽アルテの周りを興味深そうに回り、しげしげと見つめる。


「ふむ、レモネードには見分け方を教えておこうかの」

「まさか……ノーパンかどうかで見分けるなんて言わないわよね?」

「ノーパンは関係ないのじゃ。見分け方はコレじゃ」


 そう言ってアルテは、偽アルテの制服であるシャツを剥ぎ取った。たちまち偽アルテの胸が露わになる。本物のアルテと同じ豊満な胸の谷間に小さく一文が書かれている。レモネードはゆっくりと偽アルテに近づき、その一文を読み上げる。


「我アルディナより生れ、やがて無に帰する者……」

「さすがレモネード、古代エルフ語で書いてあるのによく読めるのぉ」

「ま、まぁね……でもこの”アルディナ”ってのは誰?」

「ああ、我の昔のあだ名じゃ。そう呼ばれていたこともあっての」

「そうなのね。でも、この文字があるかないかで判断しろってこと?」

「見た目で違うのはそこしかないからの」


 レモネードは渋い顔をする。


「確認するのにいちいち胸を見るってのも、ちょっと大変ね……パイクじゃないけどノーパンで見分けた方が早いかもね」

「……いや、レモネード、いちいちパンツの有無を確認する必要はないじゃろ。普通に我と違う制服を用意すればいいだけのような気がするのじゃが……」

「はっ! アハハハハハハ、そっ、そうよね。ええ、そうよ。あたしも今そう言おうと思ってたところよ」


 ノーパンツルツルのインパクトのあまり、思考停止に陥っていたレモネード。必死で場を取り繕う。だが制服の種類は、アルテが最初に着けていたミニスカート仕様が一着あるだけで、他はすべて同じだ。


 レモネードは止むをえず、ミニスカート仕様のものを偽アルテに着用させた。幸い偽アルテの方は、命令すればちゃんとパンツを穿く。ミニスカートから多少見えたとしても、ちゃんと穿いているのだ、直に見える心配はない。公序良俗こうじょりょうぞくに反することはないだろう。


「で、この偽アルテちゃんはいつまで大丈夫なのかしら?」

「自我に目覚めるまで、だいたい半年くらいかの」

「そんなに早いの?」

「うむ、それ以上は危険じゃ。命令を無視するようになる。直ぐに潰さねばならん」

「ちなみに、どうやって潰すのかしら?」

「簡単じゃ。攻撃魔法で瞬時に燃やして炭にしてしまえばよい」

「……何だかかわいそうねぇ」


 ホムンクルスは”物”だとわかってはいる。が、人の形をして人らしく振る舞う者を、炭にしてしまうのはさすがに気が引ける。それに姿形も振る舞いもアルテそっくりで、きちんと仕事もしてくれるのだ。感情移入するなという方が無理な話だ。働きの報いが”消し炭”というのもいたたまれない。


「何とかならないの? たとえば従順な性格になるように育てる、とか」

「我も過去に幾度か試みた。術の改良から素材の選択、育成環境……いろいろ試してみたが、最後は完全に命令を無視するか反抗するようになるのじゃ」

「そうなの、残念ね。……でも面白いわね。難しいからこそ挑戦し甲斐があるってものよ!」


 レモネードの顔が、ギルドの受付嬢から学者の顔になっている。好奇心で満ち溢れている。


「何をする気じゃ?」

「決まってるじゃない。半年を超えてもあたしに従うホムンクルスを作るのよ」

「まぁ止めはせぬが、暴走しても大丈夫なよう魔法だけは封じておくぞ」

「ええ、そこだけはきちんとお願いね」


 レモネードはホムンクルスを育てる楽しみと、夢の有給休暇が実現に一歩近づいて、ウキウキ気分だった。アルテが二人いれば、忙しくても休みを取れるかもしれない。


「ああ、それと一つだけ言っておくがの……ホムンクルスは魔力で動く」

「知ってるわよ」

「だから魔力の補充期間が必要なのじゃ」

「どれくらいかかるのかしら?」

「そうじゃのー、こやつの場合は1日働いたら3日間は補充にかかるかの」

「3日! そんなにかかるの?! しかも1日しか働けないって詐欺だわ」

「仕方あるまい。気を遣う細かい仕事をさせるのじゃ、魔力の消耗も激しい。これでも結構頑張った方じゃぞ」


 長期休暇の夢が早くも破れ去り、ため息をつくレモネード。


「……しょうがないわね。でも偽アルテと本物アルテが働けば、あたしも少しは休憩できるわね」

「いや、我とホムンクルスが同時にカウンターにおれば、忙しい日も対応できるぞ。お主はもっと休める日が増えると思うのじゃが」

「馬鹿言わないで、アルテと偽アルテは一緒に店番しちゃダメよ。ホムンクルスなんて極秘中の極秘事項よ。アカデミーに知れたら、今日にも連行されちゃうわ。直ぐに実験動物よ。ギルドも大変なことになっちゃうじゃない」


 創造魔法の使い手がいることだけでも驚愕の事実だ。アカデミーが目をつけないわけはない。さらにその集大成であるホムンクルスの存在が知れれば、国家レベルで狙う輩が現れるのは間違いない。


「ふむ、では受付はどういうシフトで行くのじゃ? 我とレモネード、人形とレモネードの組合せしかできないのじゃろ? あとは我一人か、レモネード一人か……」

「アルテ一人ってのは無理ねぇ。まだまだ教えてない仕事もたくさんあるしぃ。……そうね、深夜とか暇な時間は偽アルテに任せましょうか。夜11時から翌朝5時くらいまでかしらねぇ」

「ホムンクルスの労働時間は1日6時間かの。4回は魔力の補充なしでいけるかの。じゃがその後は3日間、魔力補充じゃぞ」

「何だか中途半端ねぇ。ホムンクルスはもう一体作れないのかしら?」

「……む、無理じゃの。まっ、魔力の消費が半端ないからのぉ」


 アルテはためらいながらも言葉を濁した。ホムンクルスを複数体作ることはできる。が、生成には大量の魔力が必要になる。特に高度な作業に対応できる人間らしいホムンクルスを作るには、殲滅魔法が数発分の魔力投入が要る。常人が炎天下にフルマラソンするような疲労感を伴う。極力やりたくない、というのがアルテの本音だった。


「無理なら仕方ないわね。偽アルテには、やっぱり深夜だけ入ってもらうわ。それでも少しは楽になるしね」


 レモネードの残念そうな顔を見ると、アルテとしては何とか恩を返したいと思ってしまう。が、魔力の大消費も極力避けたい。


「うむ、こうなったらいっそ口裏を合わせて、”我は双子だった”ということにしてしまえばどうじゃ? どうせ見た目は胸をはだけねば区別がつかぬ事じゃし、気づく者もおるまい。それならば、レモネードが完全に自由になれる時間も増えようぞ」


 レモネードはアルテの開き直り案に迷っていた。が、よく考えれば問題はなかった。身元引受人さえいれば、偽アルテの仮住まいはギルドで大丈夫だ。仮に偽アルテを潰すことになっても、ダンジョンで行方不明とかいう話にしてしまえばいいし、最悪はもう一度同じアルテを作ればよいのである。


 アカデミーに気付かれないよう、偽アルテは極力外に出ないようにさせる。自我に目覚めた時は難しいが、少なくともそれまでは命令に忠実に従う。外出不可と命令しておけば、当面は大丈夫だろう。


「双子の案でいきましょう。やっぱり時間を選ばずに働けるってのは大きいわ」

「では我が姉で偽アルテは妹という設定にしておくか。それでよいか?」

「いいわよ。でも名前はどうするの?」

「レモネードが適当に考えてくれ」

「……そぉねぇ。アルテリーナの妹だから、イレーナでどうかしら?」

「うん? 我との名前の関係がよくわからぬが、レモネードがつけてくれたのならそれでよい」

「イレーナ=フォリア=スピネル。この街を最初に作った人の名前よ」

「ふむ……どこか懐かしいような気がする名前じゃの」

「フフフ、そのうち何かわかるかもね」


 意味ありげな笑みを浮かべるレモネード。


 そう、アルテの家族名「フォリア=スピネル」は、この城塞都市を一から作り上げた最初の一族だ。伝承では、森から出てきたエルフ族だという。スピネルの街の最初の代表者はエルフだった。途中で人間の代表に代わり、今では街の創世時代のことは忘れ去られている。レモネードは、最初にアルテの名字を聞いた時に、ずっとこの事を思っていた。


 紆余曲折うよきょくせつはあったが、こうしてギルド受付の新体制は、勝手に決定していったのである。副ギルドマスターが強姦容疑をかけられ、気絶している最中に。

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