第22話 カステルの人気の理由(わけ)

「な、なぜじゃ? ……なぜカステルの方には行列ができるのじゃ?」


 新しく受付嬢に就任したカステル。そのおかげでレモネードは監督役に徹することができるようになった。裏方としての事務作業、つまり経理伝票や契約書などの書類整理はほとんどイレーナに任せることも出来始めていた。ようやくレモネード待望の有給休暇の夢が近づいている。


 アルテは悩んでいた。受付カウンターにはアルテとカステルが並んで座っている。しかし、冒険者達のほとんどがカステルの方へ書類を持って行く。話しかけられる率もカステルの方が圧倒的に高い。そのせいでカステルの前には常に行列ができているが、アルテの方は閑古鳥かんこどりが鳴いている。忙しさからは解放されてはいるが、釈然しゃくぜんとしない。


 容姿だけを見ればアルテの方が勝っている。トークの面も古臭い言葉遣いはあるが、それでも応対の感じは2人とも似たようなものだ。もちろん手際の良さはカステルに分があるが、アルテも普通にはこなせている。事務作業の捌き方は及第点だ。


 にもかかわらず、大きな違いが出ている。アルテは納得できないモノを感じていた。


「むぅ、なぜ我の方はこれほどまでに人気がないのじゃ?」


 悩みのあまり思わず呟いてしまうアルテ。それを余裕ができたレモネードが聞き逃すはずはなかった。


「簡単なことよ、わからないの?」

「……まったくわからぬ、全然じゃ。何が違うのじゃ、教えてくれ」


 笑みを浮かべながらレモネードは大好きな煙草を吹かす。今日も長いパイプからは、とても煙草とは思えない妖艶な香りが漂ってくる。


「カステルをちょっと見てればわかるわよ」

「見ればわかる? やはり見た目なのかのぉ。我の容姿よりカステルの容姿の方が人間ウケがいいのかのぉ?」


 そう言って人間よりは長い自分の耳を触る。この街のエルフ差別の事を気にしているのだ。エルフを嫌いな人間はいるが、多くは冒険者よりも一般市民の方だ。冒険者に人種や職業など細かい事を気にする者は少ない。興味や関心があるのは、強いか強くないか、生き残る力があるかないか、である。


「見た目ってそういう意味じゃないわ……ほら、あの子がカウンターに座ってる姿、よく見てみなさいよ」


 アルテは改めてカステルがカウンターに座っている姿を見た。


「やけに前傾姿勢じゃの? しかもカウンターに体が近いというか……アレでは作業がしにくかろうて」

「そこがポイントなのよぉ。年齢は上だけど育ちがおじょうなアルテちゃんにはわからないかしらぁ、フフフ」


 アルテほどではないが、カステルの胸も大きい。レモネード程度の大きさだろう。その胸がカウンターに乗っている。さらに言えば、アルテの制服よりも胸の谷間が強調されたデザインになっている。それがカウンターにドンと乗ることによって、強烈な存在感を放っているのだ。冒険者の多くは男。女性は少数だ。必然的に目の惹かれる方へ行く人数が増える。実に単純な下心である。


「むぅ、カステルのヤツ、人間の文化に詳しいのぉ」

「文化なんて大袈裟なもんじゃないわ。でもカステルの方がいろいろ経験は上みたいねぇ」


 経験不足といわれて対抗心を燃やすアルテ。自分も直ぐにカステルの真似をして、大きな胸をカウンターに乗せてみた。するとどうだろうか。下心満載の血気盛んなお年頃冒険者達が、直ぐにアルテの前に列を成した。


「フフン、こんな簡単なことじゃったのか。我の力不足というわけではなかったの!」


 が、得意げになったのも束の間。自分の前に並んだ冒険者達を捌かねばならない。忙しさで直ぐにいっぱいいっぱいになってしまうアルテだった。


「……アルテ様ったら。相変わらず面白いですわ」


 隣のカステルが微笑ましくアルテを見る。が、自分も冒険者達を捌かねばならない。かくしてギルドはガルシアの英雄譚に加え、人気沸騰の新人受付嬢のおかげで、さらに集客が捗ってしまったのだった。


 そんな時だった。ギルドの雰囲気を一変させる二人組がやってきた。襟の高い黒い制服を着た、堅苦しい感じの連中だ。


「おい、受付。今月の税を徴収に来てやったぞ」


 税金徴収役の監査官である。もしここで不正が見つかれば、ギルドの営業許可は取り消されてしまう。きちんと決められた額の税金を納めねばならない。この税金支払いと監査対応も受付嬢の重要な仕事の一つだ。


 が、監査の判断は現場の監査官に任されている。平たく言えば、現場では何が起きるかわからないのである。きちんと納税したにもかかわらず、監査官の気分を損ねた場合、最悪は罪人に仕立て上げられて投獄されることさえあり得る。つまりはすべての決定権限を持った監査官のご機嫌一つで、結果が変わってくるのだ。応対は細心の注意が必要になる。


 レモネードがうやうやしく跪いて、監査官の前で礼をする。最上級の敬意の表現だ。もちろん、レモネードのハラワタは煮えくり返っている。何の役にも立っていない監査官を、金を払うこちらがもてなさねばならないのだ。が、そこは大人の我慢である。ギルド存続のためには仕方がない。


「監査官様、よくぞおいでくださいました。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「ふん、最近はだいぶ繁盛してしているようだな。いろいろと噂は聞いているぞ。サイクロプスキングの件、新しく入ったエルフの受付嬢とやらもな」

「ありがとうございます。これもひとえに監査官様のおぼしです」

「つまらぬ挨拶はそれくらいでよい。早速だが先月の売上はいくらだ?」

「金貨にして9000万枚です」

「ほほう、大した額だな。では4500万枚を納めよ」


 税金は売上の3割とスピネル法典で決まっている。これは街のどのギルドでも同じだ。が、この監査官が要求した額は、法定額を大きく上回る5割だ。アルテも直ぐにおかしいことに気が付いた。


「監査官様、今回はいささか額が多いような気がしますが?」


 レモネードは慎重かつ丁寧に返した。監査官があれこれ理由をつけて納税額を吹っかけてくることは過去にもあった。ダテに場数を踏んではいない。


「儂が4500万枚といえばそれが法定額になるのだ」

「確かスピネル法典には”ギルドの納税額は売上の3割……”と書かれていたはずです」

「ふん、浅学な受付嬢ごときが何を言っている!? 確かに”3割”と書かれてはいるが”3割以上徴収してはならない”とは一言も書かれていない」


 屁理屈をいう監査官。要するに都合のよい解釈で多く徴収しようとしているに過ぎない。


「しかし、慣習では売上げの3割とされていますし、先月もそうでしたよね?」

「先月は先月、今月は今月だ。儂が4500万枚といえばそれまでだ」


 法定額より多く徴収すれば、その差分は監査官の懐に入る。つまり1500万枚もの大金が監査官の着服金になるのだ。


「……で、ですが、それはあまりに多い額では?」

「最初に言ったではないか。このギルドは繁盛しているのだろう? であればその程度、大した額でもあるまい。貴様らにとっては僅かな小遣いレベルであろう?」


 これで引き下がるレモネードではない。自分とアルテ達が倒れそうになって必死で稼いだ売上げである。何としても守らなければならない。


「ギルドの繁盛はガルシア冒険譚の影響です、一時の流行にすぎません。また直ぐに客足は遠のき、売上は落ちてしまいます」

「ほう、サイクロプスキングの討伐譚はただの流行か、なるほど……だが、新しく入った受付嬢が大層な人気だと聞いた。それを目当てに来る冒険者も多いのだろう? クックックッ……」


 実際、アルテを目的にした冒険者が増えたかどうかは疑わしいが、とにかくその美麗な風貌ふうぼうが話題にはなっている。冒険者達の間から街へ少しずつ噂話も広がっている。が、それは監査官の単なる屁理屈である。


 突然自分のことが話題に上がり、アルテもさすがに黙ってはいられなかった。しかも、先ほどから会話を聞いていれば、横柄おうへいな態度の監査官。それに渋々へりくだるレモネード。我慢の限界が近かった。


「我がどうかしたか?」


 カウンターを出て、監査官の前に仁王立ちするアルテ。目を細める監察官。


「ほほう、これはこれは……噂に違わぬ美形だ。儂の家で引き取ってやってもよいぞ」


 卑しい表情を浮かべて舌なめずりをする監査官。完全にスケベオヤジのそれである。


「しかしエルフか……ほかにも使い道がありそうだな。これほどの美形だ、エルフびいきの現国王に引き合わせればさぞ喜ぶだろう。儂の株も上るというものだ」


 現国王はエルフを難民として街に受け入れた。そのためエルフびいきとされている。実は国王にもエルフの血が入っているのではないかという話さえある。あくまでも城内の噂にすぎないが、国王のご機嫌を取るために魔法に長けたエルフや芸術文化に詳しいエルフなど、能力の高いエルフを引き合わせる役人達は多かった。


「……それよりも監査官殿、だいぶ税金が多いようじゃのぉ」

「いや、金貨4500万枚は普通の額だ。たかが受付嬢風情が監査官である儂に意見するのか?」

「ふむ、そうか。じゃがここのギルドマスターを知っておるのか?」

「ん? そういえばクォーツ、とか言ったか。それがどうした?」

「あやつはここのマスターじゃが、上級貴族でもあるのじゃぞ。税金が1500万枚も多ければ黙ってはおるまい」


 監査官はクォーツの名前を聞いて、何かを思い出したように手をポン、と叩いた。


「ああ、あのチャラチャラした遊び人貴族か。フハハハ、上級貴族の名前で儂が恐れるとでも思ったか! 今や上級貴族は風前の灯火なのを知らないのか? 直に反逆罪で消される奴らだ。上級貴族の名前を出したところで脅しにも使えんぞ、フハハハハハハハ~!」


 レモネードもクォーツの言っていた話の裏が取れたことで、一気に緊張感が高まった。が、このままだと打つ手がない。金貨1500万枚もの損失が出てしまう。


「そうか、クォーツの話は本当じゃったのか。では実力で排除するとしようかの」


 ついにアルテの怒りが臨界点を突破した。クォーツはイケ好かないナンパ野郎ではあるが、仲間の一人である。それを悪く言われるのは我慢がならなかった。


 アルテは軽く右手を振ると全身強化の魔法を唱えた。


「だ、ダメよアルテ!」


 レモネードが慌ててアルテの手を引っ張り、魔法の発動を止める。その拍子にアルテは大きくバランスを崩して仰向けに倒れてしまった。制服のスカートがふわりと捲れ上がる。


 不意に手を引っ張られて魔法は不発に終わった。もっとも、発動していたとしても強化魔法なので直接的な被害はないのだが、アルテはむかつく監査官を強化した拳で殴る気満々だったのだ。


 が、しかし―――


「ぬぅ……小娘、き、貴様……なぜ穿いていない!?」


 監査官に向かって、スカートが捲れ上がった状態で仰向けに倒れているアルテ。レモネードもどうしてよいやらと手を握ったまま固まっている。


「ふん、パンツなど薄皮一枚、防御の足しにもならぬ布じゃ。穿く意味などあるまい……」


 これにはさすがの監査官もしばし固まるしかなかった。


「ここは娼館に成り下がったのか? 受付嬢が娼婦のような格好をして客を稼ごうとは……けがらわしい。やはり下賤な身分の者達は倫理観の欠片もないようだな」


 アルテはスッと立ち上がり、捲れ上がったスカートを綺麗に戻した。そして怒りの表情で言い放った。


「何じゃとぉ……この変態監査官めっ! お主、自分の下腹部を見てみよ。どんなに威勢を張ったところで何たるザマじゃ! その不自然な盛り上がりこそ汚らわしい心の象徴ではないか!?」

「な、な、な、何だと! 黙れっ、このノーパンおっぱいが!」


 監査官は怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にし、アルテに言い返した。そして憎らしそうに、アルテの豊満な胸を掴み、再度床面に押し倒した。


 これまでじっと様子を見守っていたカステルが反応する。強烈な魔力が膨れ上がり、すぐさま臨戦態勢に入る。あるじに危害を加えられたとあっては、黙っていられない。が、もしカステルが本気になれば、監査官が死ぬだけでは済まない。国とギルドの全面戦争にまで発展しかねない。


「待ちなさい!!!」


 レモネードが大きな声で割って入る。


「監査官様、私達娼館まがいのギルドの”汚らわしい金”を懐に納めるおつもりですか? それでは監査官様も私達下賤な者と同類ではありませんか……」


 監査官とレモネードの間に見えない火花が散る。胸を掴まれた挙句、押し倒されたアルテの怒りも醒めるほどの迫力だった。レモネードの必死。ここは何としても死守しなければならない。監査官の屁理屈を論破しつつ、相手のプライドを保ったまま矛(ほこ)を収めさせるのだ。


「グ、グ、グ……し、仕方ない今回は3000万枚で許してやる」

「ありがとうございます、監査官様。これはつまらない物ですが……」


 とレモネードはすかさず監査官の袖の下に、大きな塊を押し込んだ。金塊である。役人への賄賂(わいろ)は金貨よりも金塊が喜ばれる。役人も多くは貴族だからだ。


「お、お、おぅ。今月はこれで許してやる。だが来月はもっときっちりと監査するからな! 覚えておけ!」


 そういうと監査官の助手が支払書をレモネードに手渡し、早々に去っていった。


 去り際に監査官がアルテに向かって言い放つ。


「おい、そこのノーパンおっぱい!」

「我はノーパンおっぱいではない。受付嬢じゃ」

「黙れ、貴様なぞノーパンおっぱいで十分だ」

「ふん、いくら威張っても変態役人は変態役人じゃ」

「な、なんだと! わ、、儂はただ……ま、まぁいい。貴様の名前は何という?」

「我はアルテリーナ=フォリア=スピネルじゃ。アルテと呼ぶがよい」

「ではアルテ……とやら。ゴホン……。貴様、来月もここにいるか?」

「当たり前じゃ。ここは我の唯一の居場所じゃからの」

「ほ、本当だな?」


 監査官の顔が赤い。怒りで赤いのではない。恥ずかしさと嬉しさで赤いのだ。


「うむ、本当じゃ」

「では来月もちゃんと居るんだぞ!」

「しつこいヤツじゃのぉ、我は何処へも行かぬ。いつでも来るがよい。ケンカなら相手になるぞ」

「……わかった、ではまた来る」


 監査官はそう言い残してチラリとアルテの方を見る。その眼はどことなく寂しそうだった。


「あらぁ? 何だか変な展開になったわねぇ……」

「そうじゃのぉ。どうやらあの監査官は我と戦いたいようじゃ」

「違うわよ。気が付いてないの?」

「何がじゃ?」


 大きなため息をつくレモネード。そしてそれをカウンターの向こうでクスクスと笑うカステル。


「レモネード殿、この天然さがアルテ様の面白いところです」

「まぁ、そうね。見てて飽きないわ、ホント」

「何じゃ何じゃ! 我にはさっぱりわからんぞ!」


 監査官は要するにアルテに気があるのである。これでアルテがいる限り、監査官は下手に手を出してこない。それどころかこちらの情報源にさえなってくれるかもしれない。しかしアルテはそんなことにはまったく気が付いていない。色恋沙汰には縁のなかったアルテがわかるハズもなかった。


「それにしてもあの監査官の顔。いい歳して完全に青春してたわねぇ、ウフフ」

「はい。これで税金徴収は楽になりますね。アルテ様が居れば……」

「わ、我が戦えばいいのじゃろ? ……ち、違うのか?」

「アルテ様、次回からは監査官殿の相手をお願いします」

「し、しかし我はそういうのはニガテじゃ。カステル、お主の方が得意じゃろ?」

「いいえ。アルテ様でないとダメなのです。そうですよね、レモネード殿」

「そぉよぉ、これからはアルテにしかできない仕事になるわ」


 自分にしかできないと言われて、アルテはちょっと気分がよくなっていた。理由がわからないのが気に入らなかったが、細かいことは気にしないのである。


「お、おぅ、承知したぞ。では我は税金徴収対応係ということじゃな」

「フフフ、任せたわよ。あー、あたしもこれで随分楽になるわ~」


◇◆◇◆◇◆


 ――― その頃、ダンジョン入口に飛ばされたアカデミーの局長、アルキメデスは感動に打ち震えていた。


「な、なんと……これは転移魔法なのか!? 私は伝説でしかなかった転移魔法を経験したのか?」


 転移魔法は失われた古代魔法だ。それを直に体験した。アルキメデスはカステルを捕獲して実験台にすることで頭が一杯になった。転移魔法が古文書に書かれたとおりのもので、自在に操れるとしたら、アカデミーの存在感は大きく変わる。カステルを捕まえて徹底的に研究し尽くす必要がある。


「よぉし……あのギルドは狙うに値するね。さすがはレモネード女史、何か隠していると思ったがとんでもないものを隠していた。フフフ、早速あの金髪エルフと銀髪女をさらうとしよう」

「ん~? 今何だか物騒な独り言を聞いちまった気がするんだが……儂の空耳か?」


 ブツブツと呟くアルキメデスに声を掛けたのはガルシアだ。ガルシア達三人パーティーはダンジョンで討伐系の依頼をこなし、ちょうど出てきたところだった。


「おやおや、物騒な呟きが聞こえたと思ったら、アカデミーの人間か……」

「君は確か……ガルシアか。サイクロプスキングの討伐をしたと噂の英雄殿かい」

「アレは助けがあったし運も良かっただけだ。それよりも女をさらうとか何とか呟いてなかったか?」

「君には関係のない話だよ」

「いやいや、悪事の計画を知っていて止めない訳にはいかないだろ。さらう標的は誰だ?」

「黙れ。脳みそまで筋肉の冒険者が。少しくらい剣技があったところで、我々の技術力を以ってすれば、君などゴミ同然なんだぞ? 伝説の勇者に近い男だか何だか知らないけど、あまり出しゃばらない方がいいよ」


 ガルシアが眉間に皺を寄せながら、コキコキと首を鳴らす。脳みそまで筋肉と言われ、完全にお怒りモードだ。


「やはり粗野な冒険者だね。何でも暴力に訴える。君たちには話し合いってことができないのかなぁ?」

「暴力を使うのはお前らだろ。ネズミのように嗅ぎまわって、陰でコソコソやってる姑息こそくな奴らめ」


 アルキメデスは局長という立場ではあるが、自分自身の戦闘能力はゼロだ。武器は何も使えないし、魔法も生活魔法程度が限界だ。いつもは部下に戦わせるのが常套手段。が、今は部下達とバラバラに転移させられ丸腰も同然。ガルシアとの力の差は圧倒的だった。


「幸いここは森の中だ。ダンジョンに潜ってるパーティーもいない。コイツを痛めつけてアカデミーの情報とやらを引き出してやるか」


 ガルシアはポキポキと指を鳴らしながらアルキメデスに近づく。拳を作って一撃を放とうとしたその瞬間だった。ガルシアの体は見えない雲のような物に包まれた。


「な、なんだこれは? 魔法か?!」

「ハハハ、私の研究成果の一つさ。風の精霊だよ」

「風の精霊、だと?」

「そうさ。私に危険が迫ると、察知して相手の動きを封じるよう命令されているんだ。この能力もねぇ、昔君たちのギルドに居た精霊使いの女から奪い取ったのさ」

「くっ……どこまでも卑怯なヤツめ」

「卑怯? 違うねぇ。すべては人間が魔物に勝つために必要な技術開発なのさ。それが君にはわからないかな? この大きな目的が。ま、筋肉脳じゃ難しすぎるか、アハハハハ」


 ガルシアはアカデミーを畏れてはいなかった。むしろ国を傀儡かいらいとする悪い組織だと考えていた。だからこその攻撃的な態度だ。


「シュード、ベリル! コイツを殴り倒してくれ」


 不意を突かれて動きを封じられたが、今のガルシアはもう一人ではない。仲間がいる。


「わかった……任せてくれ」


 シュードが鋭く動く。あまりの速さにアルキメデスが気が付いた時には、その拳を顔面に受けていた。さしもの精霊も同時発動は難しい。ガルシアを封じることができても、複数敵が出てきた場合は対応できない。


「ぐふぅ……」


 殴られて苦悶の表情で地面に這いつくばるアルキメデス。白いローブが土で汚れる。戦闘力もゼロなら、耐久力もゼロに近いホワイトカラー。もはや成す術なしだった。


「き、君は……いや、君たちはまさか?!」


 アルキメデスが何かを言おうとする前に、シュードの拳が腹に突き刺さる。


「ゴホッ……」


 腹を押さえながらシュードの肩にもたれ掛かる。


「フフフ、そうかい。なるほどね……た、頼んだよ……例のあれだ」


 小さな声だがはっきりとアルキメデスは言った。だが、シュードは何も答えることなくもう一発強烈なパンチを鳩尾みぞおちに見舞う。アルキメデスは白目を剥いて気を失ってしまった。


「あー、気絶させてしまったら情報が取れないな」


 風の精霊から解放されたガルシアが言った。


「でもガルシアさん、いいんですか? アカデミーを敵に回したら厄介ですよ」

「俺達は魔法が使えない剣技中心の冒険者だ。奴らから狙われることはないだろう。問題があるとしたら……ギルドの方か」

「そうです。報復としてギルドが狙われるかもしれません」


 ガルシアは面倒くさそうに頭を掻きむしりながら、自分の行動を後悔し始めていた。


「くそっ! 面倒なヤツにちょっかい出しちまったな……」

「どうします? ギルドをまもりに行った方がいいですか?」

「ん、あー、まぁいいだろ。エルフの嬢ちゃんがいることだし、アカデミーの奴らも滅多なことじゃ手はだせまい」

「エルフの? ……あのおかしな言葉遣いの受付の事ですか? どうして彼女が?」

「ま、詳しくは話せんが戦闘のことならアイツは誰よりも頼りになる」

「受付嬢が、ですか?」


 シュードとベリルは納得いかない顔でガルシアを見る。


「とにかく俺たちは心配しないでいい。いいな?」

「……はい」


 土塗れになってのびているアルキメデスを森に放置するわけにもいかず、仕方なく野営用準備していた魔除け効果のあるテントに入れる。これなら気絶している間に魔物に襲われることもないだろう。いかに憎い敵であっても相手は人間だ。むやみに殺すわけにはいかない。


 三人は依頼の達成を報告するべく街へ足を向けた。

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