第15話 はじめてのお使い

「アルテー、ちょっとお使いをお願いできるかしら」


 そう言われてレモネードに呼び出されたアルテ。


 昨日、偽アルテことイレーナが新しい仲間としてギルドメンバーに紹介された。強姦容疑をかけられたパイクを含め、一同驚きを隠せなかったが、あまりにもアルテに似ているため、その場に直ぐに馴染んでしまった。おまけにアルテと同様に仕事ができる。記憶もほぼ受継いでいるので、ギルドの事も大体知っている。不自然なところはアルテよりも表情が乏しく、言葉遣いが変なところだ。


 イレーナはアルテの言葉遣いをまねようとしているが、それはレモネードが止めていた。できれば普通の言葉遣いの方が受付嬢としてはやりやすい。せっかくふつうの言葉遣いをマスターしているのに、それを壊す必要ない。ということで、ギルドメンバーもパイクもイレーナとアルテを見分けるには、スカートの丈の長さだけでなく、言葉遣いでも簡単に区別できるようになった。


『長いスカートでババ臭い言葉遣いの方が”アルテ”』

『短いスカートで普通の言葉遣いの方が”イレーナ”』


 というわけだ。


 パイクが「へへっ、実は区別する方法がもう一つあってだなぁ……」と得意げに喋りかけたところで、レモネードにピンヒールで足の甲を力一杯踏まれたのは、お察しの通りである。


「……で、我はどこへ使いに行けばよいのじゃ?」

「街の西側にある武器屋よ」

「ほう、武器屋か……」

「もしかして武器に興味あるのかしら?」

「いや逆じゃよ。我は武器は使えぬからの」

「あ、そう。まぁどっちでもいいわ。今回のお使いは、どうせ武器とは関係ないから」

「では何じゃ?」

「契約を更新するから、新しい契約書を持って行って欲しいのよ」

「ほう、どんな契約なのじゃ?」

「このギルドはね、冒険者達に武器屋を紹介してるのよ。ほら、壁に広告が貼ってあるでしょ?」


 レモネードが指差した先の壁には、大振りのバスタードを構えたイケメン戦士のポスターがあった。”依頼の達成は武器で決まる!”と大げさなキャッチコピーが目立つ。店の名前と住所が、下の方に控え目に書かれている。


「武器屋に冒険者を紹介する代わりに、うちのギルドは武器屋から広告収入と紹介料を貰ってるってわけ」

「ふむ、なるほどのぉ、上手いことを考える。冒険者なら絶対に武器は必要じゃからのぉ」

「何言ってるの。こんなのどこのギルドだってやってるわよ」

「皆たくましいの」

「次の更新からは紹介する冒険者を増やすから、広告料も上げるわって契約よ」

「……そ、そんな自信たっぷりに値上げしても大丈夫なのか?」

「大丈夫、うちの登録者数はこの街で一番なんだから。ちょっとくらい強気に出ても全然OKよ」


 アルテは金に関しては素人だ。もちろん商売についてもほとんど経験がない。だから、そういう駆け引きはしたことがない。きっと交渉相手に押し切られたら、そのままウンと頷いてしまうだろう。戦闘以外では、結構あがり症で弱気なのがアルテである。


「わ、我が交渉せねばならんのか?」

「交渉はもうしてあるからいいわ。アルテはギルドの契約書を渡して、武器屋の契約書をもらってくればいいだけよ。ちゃんと捺印なついんしてあるかどうか、その場でチェックするのを忘れないでね」


 内心ホッと胸をなで下ろす。”交渉して料金上乗せを勝ち取ってこい!”などと言われたら、緊張してスープも喉を通らない。魔物が次々と襲ってくるダンジョンでも悠々とアップルパイを食べられるアルテだが、商売となるとまるで勝手が違う。想像しただけで手に汗をかいてしまう。


「う、うむ、承知した。では早速出かけてくるぞ」

「ちょっと待って。ギルドの制服は目立ち過ぎるから、普段着に着替えてちょうだい」

「別に制服でもよいではないか」

「ダメよ、ただでさえあんた目立つんだから。他のギルドの奴らに絡まれでもしたら、大変なことになっちゃうじゃない」

「ふむ、絡まれたら撃退すればよいではないか」

「それが目立つって言ってるのよ。騒ぎを起こしたら衛兵や騎士が来ちゃうでしょ。アカデミーの情報屋も混じっているかもしれないわ」

「なるほどの。……じゃが我は普段着を持っておらぬ」


 そう、アルテは寝間着と制服しか持っていなかった。しかも両方ともレモネードのお下がりである。ダンジョンは別として、そもそもギルドから出ることはなかったので、今の今まで気が付かれなかった。


「……そういえばそうね。わかったわ、あたしの街用のドレス、貸してあげる」

「ふむ、それはありがたい」


 レモネードは自分の部屋から一着のカジュアルドレスを持ち出した。カジュアル、といってもそこはレモネード、ただのドレスではなかった。上半身はしっかり体のラインが見えるようになっている。ノースリーブなので、露出度を高く感じる。下のスカート部分は、かなり凝った装飾がされている。街用のドレスといいながら、貴族の晩餐会ばんさんかいでも通用しそうなものだった。色は純白一色。金髪で色白のアルテが着ると、なお一層映える。


「何だか別の意味で目立つような気もするけど……まぁいいわ。とりあえずギルドの人間だってわからなければOKよ」

「承知した。では行ってくるぞ」

「ええ、気を付けてね。知らない人についていっちゃダメよ!」

「……レモネード、わ、我は幼児はないぞ、心配はいらぬ」

「あんたみたいな世間知らずのお嬢様を見てるとついねぇ」

「だ、大丈夫じゃ、任せよ」


 アルテは、渡された武器屋までの地図を頼りに、ギルドから初めてのお使いに出た。街を歩き始めると痛いほど周囲からの視線を感じる。アルテの可憐な容姿に、男女問わず街行く通行人がみんな注目してしまうからだが、当の本人はもちろん気が付いてはいない。


(なんじゃ、もしや我の正体がバレたのかのぉ? おかしいのぉ……)


 究極ともいえる超高レベルの魔法使いアルテ。戦闘なら怖い物はない。が、レモネードとの約束もある。下手に攻撃系の魔法は使うことができない。


 アルテが人々の注目を引きながら歩いていると、白い猫が目の前を横切った。何を隠そう、大の猫好きである。魔王時代にも使い魔と称してたくさんの猫を集めさせては、周囲を困らせていたという悪癖の持ち主である。


「おお、猫じゃ。やっぱり猫はかわいいの」


 道を外れて猫を追い始めたアルテ。猫は街に住むノラだ。スイスイと路地裏へ入っていく。複雑に入り組んだ路地を抜けると、猫はついに一軒の家の窓へ入ってしまった。さすがに他人の家の中まで追うことはできない。そして、アルテは自分が迷子になっているのに気が付いた。


「おおっ! ……完全に迷ったの。一体我は今どこにおるのじゃ?」


 しかし心配はいらない。アルテには転移魔法がある。いざという時のために、自分の部屋に転移用の魔法陣を準備しておいたのだ。だから、呪文を唱えればいつでも自分の部屋に瞬間移動できるのである。


「ふむ、ここまで来て振り出しに戻ってしまうのはしゃくじゃが、迷うよりはよいじゃろ」


 そう呟いて、呪文を唱えようとした時、ふいに人の気配がした。複数人だ。人前で転移魔法など使えば、それこそ大騒ぎになる。アルテは呪文の詠唱を止めた。


「お嬢さーん、こんな路地裏でどうしたんだい? もしかして迷子?」


 アルテが振り返ると、そこには柄の悪い男達が立っていた。全員ラフな格好で剣を腰に下げている。短剣だが、使いやすいように加工した跡がある。旅行者や金持ちそうな人間をスラムの路地裏に誘い込んでは、金品を強奪する街の盗賊である。


 スピネルの街は広い。一般市民の中には、富裕層もいれば明日の食い扶持にも困る貧しい者もいる。経済格差はかなり激しい。当然、スラムのような治安の悪い場所もあちこちにできる。アルテは猫に気を取られ、いつの間にかそういう場所に迷い込んでいた。


「ふむ、迷子には違いないの。じゃが心配はいらぬ。お主らの手は必要ないぞ」

「おやおや、お嬢さんにはコレが見えないのかなぁ?」


 柄の悪い男達は、腰に差した短剣を得意げにチラつかせる。中には、今にもアルテに飛びかかろうとする者もいる。


「ふん、ゴロツキか盗賊の類か……いつの時代も同じじゃの」

「何をブツブツ言ってやがる。おとなしく金と荷物を渡しな。そうすれば命までは取らねぇよ」

「残念じゃが金は持っておらん。荷物も大切な預かり物じゃ、渡せぬ」

「そうかいそうかい……じゃあ仕方がねぇ。オイ、お前らやっちまえ、身ぐるみ剥がして俺らの奴隷にしてやろうぜ。これだけの別嬪べっぴんならしばらくは楽しめるぜ!」


 お決まりのセリフを吐き、短剣を抜く街の盗賊たち。アルテが軽く右手を振り、強化魔法を小さく唱えた。勝負は戦う前から見えている。盗賊たちは一瞬で再起不能の怪我を負うことになる ―――とアルテが攻撃体制に入ろうとした瞬間だった。


「はーい、君たちぃー、美しいレディに手を出すのはそこまでだよ」


 そこには浅黒い肌をした短髪の男が立っていた。体中に金のアクセサリーを着けている。胸の大きく開いたシャツ、高級感あふれるズボンに靴、極めつけは指輪だ。宝石で埋め尽くされている。金持ちが看板を掲げて歩いている、そんな男だった。


「……誰だよ、てめぇは?」

「ボクが誰かだって? アハハハハハハハ、コイツはいい、面白いねぇ君たちぃ」

「あぁん? この成金野郎、殺されてぇようだな。金目の物も持ってるようだし、まずはてめぇから始末してやる」


 街の盗賊の一人が短剣を振りながら、成金男に近づく。が、突然顔を青くして剣を振るのを止めた。成金男のスーツの胸に視線が集まっている。胸には徽章きしょうが刻まれた金のペンダントが揺れている。


「て、てめぇまさか、上級貴族か?!」

「ご名答、その通りだよ。ボクはクォーツ。クリストバライト家の長男さ」


 この街の貴族は下級貴族と上級貴族にわかれている。下級貴族は街の富豪に毛が生えた程度の力しか持っていない。貴族に多いのは圧倒的にこの下級貴族だ。大して上級貴族は一握りしかいないが、その権力は絶大だ。国政を動かし、直接国王に意見することもできる。


 資産も相当なもので、中には国王以上の金品を所有する者もいる。ただ法的には武力を持つことができない。国王に対するクーデターや反乱、謀略などを防ぐためだ。このクリストバライト家は、上級貴族の中でも国王に近く、政治力の強さも有名だ。


「上級貴族に手を出すのはヤベェ!」

「な、何でだよ?」

「コイツらを怒らせたら、騎士団や衛兵団が動くって話だ。下手すりゃ、スラムごと潰しに来るぜ」

「じ、じゃあどうするんだよ?」

「決まってんだろ……今直ぐ全員ずらかれ!」


 盗賊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。逃げ足は超一流だ。路地裏を知り尽くしている。このスラムの中、本気で逃げる彼らが捕まることはまずない。


 が、一人だけ盗賊が残っていた。一番体が大きく、目の焦点が合っていない大男だ。涎を垂らし、言葉にならない音を口から発している。


「フシュルルルルル~ フヘヘ、我慢できねぇ。貴族なんてどうでもいい。この女は絶対俺の奴隷にする。こんないい女、もう二度とお目にかかれねぇべや!」


 そう言うと、大男の盗賊はアルテに掴みかかろうと襲ってきた。アルテは既に発動していた強化魔法を乗せて、鋭い蹴りを放つ。白いドレスのスカートがふわりと浮く。アルテの右足が、綺麗な弧を描いて男のこめかみにヒットする。男はそのまま白い泡を吹いて路面に倒れ、直ぐに動かなくなった。文字通り勝負は一瞬だった。


「何じゃ、見かけ倒しだのぉ。つまらんヤツじゃ」

「パチパチパチパチ……お嬢さん、強いねぇ、いやいやビックリしちゃったよー」

「コイツが弱すぎるだけじゃよ」

「ふーん、まぁいいや。で、イマドキの娘さんはそういうのが流行なのかい?」

「……流行? 一体何のことじゃ」

「コレだよコレ」


 成金貴族はアルテに近づくと、いきなりスカートを捲り上げた。ドレススカートが持ち上がる。男は捲ると同時に、アルテのスカートの中に体ごと入ってきた。これにはさすがのアルテも驚いた。


「な、何じゃこの男は!? 変態なのか、のぉ?」

「いやー、絶景だねぇ。モゴモゴ、まさかのノーパンかぁ」


 成金男はアルテのスカートの中でモゾモゾと動いている。アルテも気分が悪くなったので、軽く前足を上げ、スカートの外に蹴り出した。転げ出る変態貴族。それでも爽やかな笑顔で余裕の態度だ。


「イタタ、お嬢さん酷いことするねぇ」

「人のスカートの中に入って堪能する変態が何を言っておる!」

「いやぁ、ボクは貴族だよ。しかも上級貴族の名家だよ? ボクのいう事を聞いてくれれば、悪いようにはしないよ?」

「変態貴族のほどこしなぞ要らぬ」

「アハハハ、変態貴族とは手痛いひとことだねぇ。ところで君はエルフのようだけど、こんなところを歩いてたら危ないよ」

「危ない? どういうことじゃ」

「下町はエルフ差別が露骨だからねぇ、気を付けた方がいい。もっとも、君くらいの美人なら人間も表立って差別することは少ないだろうけどね」


 この街でエルフは少数民族。森から魔物に追われて入ってきた難民のような扱いだ。人間とは考え方や生活スタイルがまったく違う。プライドの高いエルフ達が人間をさげすんでいるという噂が立ち、見えない溝ができている。


 特に面白くないのは下町の貧民たちだ。自分たちも貧しくて苦しいのに、どうして生意気な難民に税金を使わねばならないのか。納得できない。といってスピネル王の決定したエルフ受入に反対すれば、逮捕処罰されてしまう。だからエルフはうとまれているのだ。


「ふむ、事情は何となく知っておる。差別はいつの時代にもあるものじゃ。……そうじゃ、我は用事があるのじゃ。早く西の武器屋に行かねばならぬ」

「そうだったのかい。武器屋ならこの路地を真っ直ぐ行って、二番目の通りを右に行けばいい」

「すまぬな。礼を言うぞ」

「美しいお嬢さんのためなら、ボクはいつでも尽力するよ。で、その武器屋での用事が終わったら、コーヒーでも一緒にどうだい? 君のような可憐な人に似合ういいお店を知ってるんだ」

「うぬ? 要はアレか……ナンパというヤツなのか?」

「アッハハハ、直球で言われちゃったなぁ。でもそうだよ、お嬢さんみたいに綺麗で面白い子には興味があるんでね」

「我はエルフじゃぞ。お主は差別せぬのか?」


 成金変態貴族は、やれやれとばかりに両肩をすくめ、小さくため息をついた。


「ボクは美しいものなら何でも愛する主義なのさ。特に君のような可憐で清楚なお嬢様はね」

「歯が浮くような台詞じゃのぉ、聞いているこっちが恥ずかしくなるわい。ま、お主の人の良さはわかった。じゃがの……一緒にコーヒーを飲んでやることはできぬ」

「どうして?」

「我は仕事で忙しいのじゃ」

「へぇ、お嬢さんはどんな仕事をしてるんだい?」

「ギルドの受付嬢じゃ」

「ほぉ~、奇遇だねぇ。実はボクもギルドにはちょっとした縁があってね。どこのギルドだい?」

「この街で一番大きなギルドじゃ」


 成金貴族は、眉をひそめた。そして目じりを下げて不敵な笑みを浮かべる。


「なるほどね……お嬢さん、名前を聞いてもいいかな。ボクはクォーツ、クォーツ=クリストバライト」

「我はアルテリーナ=フォリア=スピネルじゃ。皆にはアルテと呼ばれておる」

「ふーん……これは凄い。まさかこんなところで”あっちのスピネル家”の人間と出会うとはねぇ。じゃ、ボクはこれで失礼するよ。早く用事を済ませないといけないんだろ?」

「うむ、こんなところで油を売っていては怒られてしまう。ではごきげんよう、クォーツとやら」

「ごきげんよう、”お姫様”」


 アルテは武器屋への道を急いだ。いつの間にか結構な時間が経っていた。今頃、カンカンに怒っているレモネードの顔がちらつく。いくら偽アルテことイレーナがいるといっても、長く受付を開けることはできない。


(それにしてもあの成金貴族、なぜ最後に我のことを”お姫様”と言ったのじゃ? まぁよい、ナンパの一端、言葉のあやであろうかの)


 成金貴族の言うとおりに進むと、アルテは直ぐに武器屋に辿り着くことができた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る