第4話 ギルドへようこそ

「ダメだダメだ! ここは修道院でもなけりゃ有閑マダムの社交場でもねぇ! 命知らずの猛者もさが集まる冒険者ギルドなんだぜ? そんな華奢きゃしゃでモヤシみてぇな姉ちゃんを預かれるわけねぇだろ!」


 ピチピチのシャツを着たスキンヘッドの男が、カウンター越しにブレンドへ向かって大声を上げている。丸太のように太い腕、全身が筋肉の鎧。この男こそ、冒険者ギルドの副マスターだ。厳つい強面こわもてだが人情深く、多くの者に慕われている。若くして副マスターの地位に就けたのは、単純な腕っぷしや実績だけではない。人望があるからだ。


「そこを何とか頼むよ、パイク。俺達、昔からの仲だろ?」

「ふん、そりゃあブレンド、おめえとはガキの頃からつるんで楽しくやってきたが、よりよってどうしてこんなひ弱そうなエルフの女を連れてくるんだよ。ゴブリンに一発殴られただけで、あの世に行きそうだぜ?」

「い、いや、違うんだ、パイク。こう見えてもアルテさんは実は……」

「ふむ、我からも頼もう。このギルドとやらに住んでやってもよいぞ?」

「エルフの嬢ちゃん、あんたは黙ってろ。今このギルドに、役に立たねぇエルフなんぞ置いておく余裕はねぇんだよ」

「そこを何とか頼むよ、パイク」

「ダメだ。いくらお前の頼みでもな。ったく、どうして簡単に身元引受人なんかになっちまったんだよ、馬鹿野郎が……」


 パイクは心配そうな目でブレンドの顔を見る。口は悪いが明らかにブレンドを思っての発言だ。


「話を聞いてくれパイク、このアルテさんはね、実はね……」

「おいブレンド、まさかおめぇ、この別嬪べっぴんエルフに惚れちまったとかそういう話じゃねぇよな? お前は今大事な時期だ。お前の頭と槍の腕があれば騎士になれる。女にうつつを抜かしてる時じゃねぇだろ?」

「わ、わかってる。わかってるよパイク」

「本当にわかってるのか? まぁいい……さっさとそのエルフを城外に捨ててきな。話はそれからだ」


 パイクは、ブレンドが女に騙されて身元引受人になったと勝手に思い込んでいる。それもアルテの美貌が目立ちすぎるからなのだが、話すら聞いてもらえずにブレンドはがっくりと肩を落としてしまった。


「あーら、なかなか面白そうなお嬢ちゃんじゃない?」


 ふぅーっと煙草を吹かしながら、胸元の大きく開いたドレスの女が歩いて来た。このギルドの紅一点、受付担当である。受付といっても役目は重大だ。ギルドに来る依頼内容や登録者の吟味はもちろん、冒険者が怪我をしたりトラブルに巻き込まれた際のフォロー役も兼ねている。つまり、冒険者は誰もこの受付嬢に頭が上らないのだ。しかも、貴重な回復魔法と治癒魔法の使い手でもある。


「お、おい、レモネード。余計なことは言うんじゃねえぞ!」

「何言ってるのパイクぅー。私はまだ何も話してないわよ? それとも何かしら、本当はそのエルフちゃんをどうやってこのギルドに置こうか考えあぐねてたんじゃなぁい? フフフ」

「そ、そ、そんな訳ねぇだろ、お前は黙ってろ」

「あらあら、そんだけムキになるって事は、図星だったのかしらぁ」


 レモネードと呼ばれた女は、艶めかしい視線でアルテをねっとりと観察する。そして煙草の煙をパイクの顔に向かって吐き出す。


「ゲホゲホ、何だよレモネード、文句でもあるのか?」

「文句はないけどぉ、不満はあるよのねぇ」

「不満?」

「このギルド、受付嬢って私だけじゃなあい?」

「そ、それがどうした」

「休暇、取れないのよねぇ~」


 ギルドは通年営業。24時間356日開いている。いつ来るともわからない緊急の依頼や、トラブルに巻まれる冒険者たちの世話をするためだ。その受付嬢ともなれば、ギルドに住み込みになる。そうでもしなければ対応できない。当然休みはない。完全にプライベートと仕事が一体化した生活を強いられる。


「し、しょうがねぇだろ! 冒険者どもの相手ができる女なんて、お前くらいしかいねぇんだから……」

「……だ・か・ら、ね」

「まさかおめぇ!」

「ピンポーン! 正解よぉ。パイクってたまに勘がいいから好きよ」


 妖しい目線でウインクをするレモネード。自分の考えを簡単に見抜かれて、悔しがるパイク。それをアルテは微笑まし気に見ていた。なぜなら自分も魔王になる前は冒険者だったからだ。仲間とパーティーを組んでダンジョンや危険地帯に出ては依頼をこなし、毎日楽しくやっていた。そんな懐かしい記憶だけが、ふんわりとよみがえってきた。


(微笑ましいの。我も昔は……そう裏切られる前は毎日楽しかった)


「はぁい、エルフのお嬢ちゃん、おめでとうございまぁーす」

「何じゃ? 祝い事か?」

「あなたは今日からこの冒険者ギルドの受付嬢補佐に任命されましたぁ」

「お、おいっ、レモネード何を勝手に!? 俺はまだ許可してねぇぞ!」

「うるさいわねぇ、このツルツル頭。もうとっくにその気だったくせに」

「チッ、勝手にしやがれ。面倒は全部お前が見ろよ、レモネード」

「わかってるわよぉ。こんなカワイイ子の調教、他の誰にもやらせるわけないじゃない、フフフ」


 こうして元魔王、アルテは冒険者ギルドの受付嬢補佐になってしまった。悔しそうに舌打ちをして仕事に戻っていくパイクを尻目に、レモネードは質問の雨を浴びせる。


「あなた名前は?」

「アルテリーナ・フォリア・スピネルじゃ」

「……長いわね。アルテにしましょう」

「よかろう。好きに呼ぶがいい」

「で、出身地は? どこから来たの? 年齢は? 職業は? 家族は? 結婚はしてるのかしら?」


 具体的な事は何も覚えてはないアルテ。年齢はなんとか覚えている。だがどれだけ眠っていたかわからない。だから正確な年齢は400歳までだ。出身地はエルフがたくさんいた森で、冒険者時代の事だけが薄っすらと思い出される。後は戦いの記憶だけだ。魔物とも人間とも戦った。凄惨な大規模戦争も覚えている。


「すまぬ、実はほとんど覚えておらぬ」

「覚えてない? じゃあ記憶喪失ってヤツなのかしらねぇ、困ったわねぇ」

「時に今は神聖歴何年じゃ?」

「神聖歴? ああ、大昔使われていたエルフの年号ね。今は神聖歴じゃないわよ聖剣歴よ。そうね、聖剣1400年だから、神聖歴に直すとざっと1800年かしら」

「せっ、せんはっぴゃく……」


 アルテは絶句していた。自分は神聖歴元年の生れだ。エルフの神聖皇帝が即位した年だからよく覚えている。大怪我を負って眠りについたのが神聖歴400年、つまりちょうど400歳の時だ。レモネードの話が本当なら、自分は今1800歳ということになる。いかに長命なエルフ族でも1000歳は大長老レベル。ほぼ寿命を迎える。人間で言えば120歳くらいの感覚である。それを大きく超えて1800年間生きているのは、自分がいつ死んでもおかしくない”超お婆ちゃんエルフ”ということになる。


 が、まだまだみずみずしく張りのある肌に元気に動く体。とても寿命を過ぎているようには思えない。睡眠魔法の影響で、アルテの新陳代謝は異常に遅くなり、実質500歳程度のエルフの体を保っていたのである。とはいえ500歳のエルフといえば、人間でいうところの60歳である。お婆ちゃんエルフには違いない。美しさと若々しさの秘密は、アルテの魔法によるものだった。体を健康に保つ魔法。これを常時発動させているのだ。寿命は変えられないが、魔法によって肉体は若いまま過ごすことができる。


 驚いて口をパクパクさせているアルテに、怪訝な顔でレモネードが話しかける。


「どうかしたのかしら?」

「い、いや、何でもない」

「記憶喪失かぁ……まぁ人間いろいろ話したくない過去もあるでしょうし、私も野暮な詮索はしないわよ」

「そ、そうか、ありがたい」

「それにしても、女子とは思えないワイルドな格好ねぇ」


 1400年前の寝間着姿で魔物の群れを蹴散らし、血まみれになった上に、髪はボサボサ、靴も履かず素足だ。ある意味、ダンジョンから出てきたベテラン剣士よりもワイルドである。女らしさやオシャレ感の欠片もない。


「すまんの。何しろ自分がどうなっているのか、よくわからんままここに辿り着いたのじゃ」

「記憶喪失じゃあしょうがないわ。お姉さんに任せなさぁい。明日の朝までにピカピカに磨き上げて立派な受付嬢補佐にしてあげるから、ウフフフ」


 妖艶な笑みを浮かべながら、レモネードは新しい退屈しのぎの相手を見つけ、喜んでいた。ずっと自分1人で切り盛りしてきた受付の仕事。紅一点でちやほやされるのは嬉しかったが、やはり同性の仲間がいてこその楽しさもある。とはいえ、自分がギルドのトップ受付嬢であることを譲るつもりはないのだが。


「あ、あのー」

「何だブレンド、あんたまだ居たの? この子は私が面倒みるからあんたはもう帰っていいわよ」

「え? ……で、でも身元引受人は僕ですし」

「うっさいわねぇ。そんなクソ真面目な事言ってると、女にモテないわよ」

「いや、それとこれとは話が別で」

「おう、ブレンド、世話になったの。また遊びに来るがよい」

「ほーら、アルテちゃんもこう言ってるでしょ?」


 身受け先が決まった途端、冷たくあしらわれ、肩を落として出て行くブレンド。ギルドの建物を出て、トボトボと帰っていく。だがこの時ブレンドは気が付いていなかった。折れたはずの肋骨やオーガの一撃で派手にへこんだ鎧が元通りになっていることを。


 ブレンドの元気のない後ろ姿を見て、アルテは咄嗟に建物を飛び出した。そして坂道を下って行くブレンドに手を振り叫んだ。


「おい! あのへっぽこ上官なんぞに負けるでないぞ! 我もあいつは気にくわん。腹が立ったらガツンと一発蹴りでもくらわしてやるがよい。我が許す!」


 アルテが許したところで何の保障もないのだが、アルテなりにブレンドを気遣っての発言だった。当然落ち込んでいる原因はそこではないのだが、アルテが気が付くわけはなかった。


「よいか、蹴りを打つ時はな、こうじゃ!」


 豪快な回し蹴りを空中の見えない敵に向かって放つ。足先までピンと伸びた美しいフォルム。格闘術の達人だけが見せることのできる蹴りの形だ。アルテの寝間着ドレスがふわりとめくれ上がる。そしてまたあられもない姿が、ブレンドに丸見えになる。


 顔を真っ赤にしてブレンドはさらに背を丸め、前傾姿勢になった。そういう姿勢でなければ、恥ずかしい事になっているからだ。


「ふふん、元気を出せ。我はお前の味方じゃ。借りもたくさんあるしの!」

「アルテさん、ありがとうございます。……でも、ちゃんと穿いてください。僕、心配です」

「何を心配しておる。パンツなど不要じゃ。こんなババアの裸なぞ誰も興味は持たぬじゃろうて」

「あのー、一つ聞いてもいいですか? アルテさんって何歳なんですか?」

「じょ、女性に歳を聞くな。失礼であろうが」

「すっ、すいません。ただアルテさんはどう見ても僕と同年代の姿なのに、随分と落ち着いているっていうか貫禄があるっていうか」

「……誰にも言わぬか?」

「は、はい。衛兵の名誉に誓って」

「1800歳じゃ」

「せ、せん? 桁が2つほど違いませんか?」

「う、うるさいヤツじゃ」

「もしかしてエルフ族では、そのくらいの年齢が成人なんでしょうか?」

「エルフ族の寿命は大体1000歳じゃ。成人は200~300歳というところかのぉ」

「えっと、じゃあ……」

「うむ、見た目はお前と変わらんが、我はお前の母親どころか遥か昔のご先祖様レベルじゃな」


 ほぼ同世代の美しい姿の女性から、衝撃の年齢を伝えられたブレンド。あまりの年齢差に実感が伴わない。が、ショックよりも興味の方が強かった。どうしてそれほどの年寄りが、若いままの姿で存在しているのか? そして彼女は一体何者なのか?


「……あなたは一体何者なんですか?」

「だから記憶喪失でわからんと言ったではないか。それよりも身元引受人、明日からお前に迷惑をかけぬよう我は頑張る。だからお前も頑張れ!」

「え、あ、ハイ頑張りますっ」


 アルテの満面の笑みを見て、ブレンドは心が高揚し、温かくなっていくのを感じた。理由はわからないが、アルテの屈託のない、それでいて周りに媚びない自由奔放な振舞いを見ていると、自然と元気が出るのだ。


「ちょっとぉー、アルテちゃん、何やってるのよぉ」


 レモネードの気怠そうな声が聞こえてきた。


「では我は戻るとする。ごきげんよう」

「はっ、はい、ではまた」


(「ごきげんよう」だって? まるで王侯貴族みたいな挨拶だな。言葉遣いといい謎だらけの人だ。でもどこかで見た事があるような気もするんだよな……さて、どこだったか?)


「レモネードとやら、すまぬ。少々話し込んでしまった」

「”レモネードさん”もしくは”お姉さん”でいいわよー」

「うむ、わかった。ではレモネードさん、よろしく頼む」

「ええ、任せておきなさい。でもアルテちゃん、あなた歳の割にすっごいババ臭い言葉遣いね」

「……ま、まぁ、の……お婆ちゃん子だったのかもしれぬな、アハハハ」


 冷や汗をかきながら誤魔化すアルテ。けれどレモネードの観察眼は鋭く迫っていた。煙草の火を消し、真顔でにじり寄る。


「うーん、やっぱり綺麗なお肌ねぇ。エルフだからなのかしら、それとも若いから? 私もこんなスベスベお肌が欲しいわ、羨ましいこと」

「は、は、は……」


 思わず乾いた笑いが出る。女性が女性を評価する目線は、男目線とは比較にならないほど厳しい。


「それと、その胸……私よりも大きいわよね?」


 ふくよかな自分の胸とアルテの胸を見比べて、複雑な顔をするレモネード。レモネードの胸も十分に大きい。平均的な女性の遥か上を行く。胸元の空いた服で街を歩けば、すれ違う男どものほとんどが意識するだろう。が、アルテのはさらにそれより一回り大きい。体も細いので、より一層胸の大きさが強調されて見える。


「そっ、そうかもしれぬが、僅差であろう?」

「チッ。まぁいいわ。始めに言っておくわよ。立場は私が上、あなたは補佐よ。そして私がこのギルドのトップ看板娘。あなたは2番よ。わかったわね?」


 鬼気迫るオーラを発しながら、レモネードが低い声で迫ってきた。さしものアルテも、同性からこんなセリフを叩きつけられるのは初めての体験だった。今まで戦いといえば、凄惨な血で血を洗う戦闘であり、命のやり取りでしかなかった。女同士のこういう戦いは、これまで経験がなかった。自分にも女らしいところがあったのかと、思わず笑みがこぼれそうになる。


(しかしまぁ、我を女扱いするヤツがまだおるとはな。世の中何が起きるかわからん)


「うむ、承知したぞ」

「そう、わかればいいのよ。じゃあ一緒にお風呂に入りましょうか」

「お風呂? なぜじゃ」

「女同士親睦を深めるのは裸の付き合いが一番よぉ。それと、アルテちゃんの体を綺麗しなきゃ。受付嬢的に今の格好はちょっとねぇ……」


 その後、アルテは風呂場で阿鼻叫喚の地獄を味わうことになる。レモネードの全身マッサージから始まり、体の隅々まで洗いまくられることになるのである。レモネードの得意技、生活魔法”全身洗浄”が炸裂したのである。この魔法にかかった者は、文字通り頭のてっぺんから足先の爪の中までしっかり洗われることになる。攻撃魔法や殲滅魔法が専門のアルテにはできない魔法だった。


 ――― そして、風呂を上がる頃にはアルテはすっかり昔の姿を取り戻していた。長い金色の髪は輝きを取り戻し、くすんでいた肌もいっそう白さを増していた。


「その髪、長すぎて動くにはちょっと邪魔かしらねぇ」

「うむ、では結んでおくとしようかの」


 アルテは紐でざっくりと一纏めに束ねる。シンプルなポニーテルだ。にもかかわらず、そのポニーテールも腰ほどまでの長さがある。元が膝下まであるのだから仕方がない。


「まだちょっと長いけどまぁいいわ。それとギルドの制服はここにかけておくから、ちゃんと着用してね。と言ってもあたしのお古だけどねぇ。今まで女はあたしだけだったから……。サイズは大体合うと思うけど、何かあったら手直しするから」

「レモネードは裁縫ができるのか?」

「”レモネードさん”よ。意外だったかしらぁ? これでもあたし、結構苦労人なのよぉ」


 一瞬レモネードは寂しそうな顔をした。その横顔を見てしまったアルテは、この女にも人に言えない過去があることをなんとなく察した。


「明日は朝5時起きだから早く眠りなさい」

「うむ、承知したぞ」

「もしも起きてなかったら、叩き起こすからね。ギルドの朝は忙しいんだから」

「ああ、ではまた明日だ、レモネード……さん」

「ええ、おやすみなさいアルテちゃん」


 アルテは与えられた部屋でホッと一息をつく。柔らかいベッドに飛び込むと猛烈な睡魔が……襲ってこなかった。何しろ1400年間ぶっ続けで寝ていたのである。俗にいう寝溜めであるが、アルテの場合は桁が違っていた。溜めすぎて数年は不眠でも問題ない。


(……眠れんの。暇じゃからギルドの制服とやらを着てみようか)


 ベッドから抜け出る。今の姿はレモネードのおさがりの寝間着だ。元々着ていた1400年前の寝間着は、あまりのボロさに捨てられてしまった。


「あのドレス寝間着、気に入っておったのじゃがな。破れ程度なら創造魔法で直せるのに……まぁそれでも汚れは取れんか、仕方あるまい」


 アルテには攻撃魔法以外にも得意魔法がある。その一つが創造魔法だ。”創造”とは付いているが無から何かを生み出すことはできない。物質を元に戻したり、変換したりする魔法だ。錬金術に近いだろう。無機物に一時的に命を付与するのもこの種の魔法だ。ゴーレムを作ってかつての魔王城を警備させていたのもこの魔法であり、今では完全に失われた幻の術。


 破れたドレス寝間着を修復するのも簡単なのだ。しかし、こびりついた汚れは取れない。というのは、”洗浄”は生活魔法の範疇だからだ。アルテが唯一使えないのが生活魔法、すなわち日常生活を便利にする魔法である。


 ギルドの制服に袖を通す。上は襟のパリっと立った白シャツだ。腰でぴっちりととまるツーピースを穿いて肩にベルトを通す。腰回りの幅広なベルトと肩からのサスペンダーに挟まれ、胸が強調されるようなスタイルだ。スカートの丈も短い。ミニスカートというかマイクロミニに近い。しかも丈が自分では調整できないようになっている。


「うう、ちょっと窮屈じゃのぉ。特に胸の辺りが締め付けられる。これでは拳を繰り出すのに不便じゃ。足回りは動きやすくて良い感じなんじゃが……」


 制服姿でなぜか軽くパンチを繰り出す。アルテの本職は魔法使いなのに、なぜ格闘術にこだわるのか? アルテは「魔法使いだからどうせ接近戦は弱いんだろ?」という台詞が大嫌いだった。肉体的には平均よりもだいぶ劣る魔法使い。けれどもその予想を裏切ってみたらどうだろうか? 相手は必ず面喰う。それに魔法使いが接近戦も出来たらこれ以上心強いことはない。魔法使い兼戦士。1人で最強を名乗ることができる。だからあえて弱い肉体を魔法で強化し、肉弾戦を挑むのである。


 シャドウボクシングを軽くしていると、――― パチッ。案の定、シャツのボタンがはじけ飛んでいった。ボタンは行方不明。おそらくベッドの下に紛れ込んだのだろう。面倒くさがり屋のアルテはいいように考えた。


「ま、明日は暑いようじゃし、ボタン一つ無いくらいでちょうどいい」


 制服を用意してくれたレモネードへの気まずさも手伝い、さっさと制服を脱ぎ、ベッドに潜ってしまった。

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