第18話 償う罪

「ところで、カオリン草って何の役に立つんですか?」


 暮れゆく空を見ながら、二人並んで丘の草原に座る。無言の時が過ぎるのは気まずいと思ったブレンドは、話題作りに必死だった。


「私が読んだ本によると……止血とか消毒にかなり効果があるみたいです。すり潰して魔力を込めると、大抵の傷なら応急処置できてしまうって」

「へぇ、そうなんですか。ソリティアさんは博学なんですね」


 博学といわれて気分が高揚する。人にけなされたり馬鹿にされたりすることはあっても、これまでの人生で褒められたことなど皆無だった。両親はいつも理想を押し付けるばかりで自分の話など聞いてくれない。努力など認めてくれない。ソリティアは恥ずかしさと嬉しさのあまり、下を向いてしまう。


「そ、そんな、私なんて頭でっかちのただの小娘です」


 消え入りそうな声で地面に向かって呟くソリティア。


「そんなことありませんよ。僕なんて剣を振るうばっかりでしたから。知識を持った人とパーティーを組めるのはありがたいですよ」

「で、でも私は知識だけです。経験はありませんから使えない人間なんです」

「そんなに自分を卑下しないでください。これから経験を積めばいいじゃないですか。経験を積んで知識を実践的なものにすればいいだけですよ。知識のない僕と違って、ソリティアさんは経験を積んで一流になるのも早いと思います」


 すべてを後ろ向きにしか考えないソリティア。前向きに考えるブレンドにハッとさせられる。これまでネガティブ思考の人生だったが、何だか少し明るくなったような気がした。


「”ソリティア”でいいです」

「……え?」

「私の呼び方です。さん付けは要りません。パーティーなんですから」

「わかりました、じゃあ僕の事も”ブレンド”でいいです」


 お互いようやく少し心が開けた瞬間だった。実力に差があるとしても背中を預けるパートナーだ。いつまでも他人行儀だと肝心な時に連携がとれない。ブレンドの正直な下心がきっかけだったが、思わぬ会話の展開で少し距離が近くなっていた。


「さてと、日も暮れましたね。月も出てきましたし、カオリン草、探しましょうか」

「はい!」


 月光に照らされ、笑顔で立ち上がるソリティアにまたまたドキリとしてしまう。ブレンドは自分の惚れっぽい性格に気付いていなかったが、同時に気を引き締めてかからねばと気合を入れ直した。


 ただの採取系依頼といってもやはり夜。夜となれば城壁の外では魔物が闊歩する時間だ。街中に魔物が入り込むことは稀だが、油断は大敵だ。ワーウルフのように人間に紛れ込んでいる場合もある。


 ブレンドは妙な事に気が付いた。丘の上に大きな建物は城の遺跡しかない。が、月夜の影に照らされて、細長い影が出来ているのだ。自分たちの足下から伸びている。かなり高い塔の形の影だ。


「何だかおかしくありませんか?」

「何がですか?」

「この影ですよ」


 ブレンドに促されてソリティアも足元を見る。不思議なことに影を作る光源、つまり月の方を見ても何もない。なのに影だけがある。明らかに異常なことが起きている。


「そ、そんな……何なんですかこれ!!」

「ソリティア、影から離れて!」


 叫んだ時には遅かった。ソリティアは踏んでいた影に飲まれてしまった。あっという間だった。穴に落ちるが如くの速度だった。


「チッ、しょうがない!」


 ブレンドも覚悟を決めて影を踏む。空中に放り出される感覚のあと、直ぐに堅い地面にぶつかる感触があった。が、せいぜい数メートルの高さだ。受け身さえ取れば問題ない。


「いてて……」


 ぶつけたところの怪我の具合を確認する。擦り傷程度だ。手足も動く、ダメージはほとんどゼロだ。直ぐに剣の柄に手をかけて周囲を警戒する。真っ暗で何も見えない。完全な闇だ。すると部屋が突然明るくなった。


「ブレンド?」


 そこには黒髪のネガティブメガネっ子ことソリティアが立っていた。彼女も無事だったのだ。ちょうど生活魔法で光を灯したところだったのだ。


「ソリティア! 無事でしたか」

「ええ、ちょっと落ちた時にぶつけて頭にコブができちゃいましたけど」

「よかった」

「それにしてもここはどこなんでしょう?」


 二人は”落ちた”はずなのに塔の中にいた。石造りの大きな部屋だが登り階段がある。上から落ちてきたはずなのに、上には天井があるのだ。明らかに重力に反した動きだ。


「もしかしてどこか別の場所に飛ばされたってこと……でしょうか?」

「転移魔法ですね。でも転移魔法なんて魔王か勇者レベルにならないと使えない古代魔法ですよ。当然今では使える人なんていませんし」


 首をひねって考えるソリティア。転移の瞬間、魔力は感じたがそれほど大きなものではなかった。転移したといっても距離はそれほどないはずだ。


「とにかく階段を昇るしかなさそうですね」

「わかりました。僕が先頭に立ちます」


 ブレンドは剣を抜き、階段を昇り始めた。


 この塔こそアルテが作った”影の塔”だ。1400年以上前、丘の上に作られた塔。だが表に立っているのはただの飾りだ。塔の本体は影の中にあった。とはいっても、本当に影の中にあるわけではない。月夜の影に照らされた時だけ、転移魔法で丘の中、つまり地面の中に作られた地中の塔に転移できるのだ。そういうからくりでアルテは前魔王を匿っていた。こうでもしなければ恨みを持った人間達が、塔に登ってきてしまうからだ。


 ”地上の塔”には魔物を各階に配置し、塔の頂上階にはそれなりに強い魔物を住まわせておく。人間達は当然見える塔だけに注力する。だから”地下の塔”には誰も気が付かない。しかも転移のキーになる月夜がなければ、何人たりとも地下の塔には入れない。今も昔も魔物が活気づくのは夜だ。それを人間達は十分にわかっている。夜にこの丘へやって来ることはない。だから地中の塔の存在に気が付かないというわけだ。


 とはいえ、偶然にも見つけてしまう人間対策のために、地中の塔にもそれなりの魔物は配置されていた。地中の塔の最上階には前魔王がいる。正確には前魔王の遺体だが。それを知らずに進む二人。


 5階までは何もなかった。蜘蛛の巣とほこりっぽい空気だけだ。


「次で6階ですね」

「はい。でもこの塔、どこまで続くんでしょう? 頂上まで昇って外に出られるんでしょうか?」

「……わかりません。でも行くしかありませんよ」


 ブレンド達の期待に反して、この塔に出口はない。そもそも作っていない。転移魔法を使える者だけが出られるようになっている。それはアルテと前魔王、そして勇者くらいなのである。


 6階に登るとそこには大きな椅子があった。椅子には完全な形の人骨が座っている。右手には錆びた剣を握っている。左手には大きな盾を構えている。どうやら元は戦士か剣士だったようだ。


「ヒッ、ひぃぃ! ガイコツ!」


 驚くソリティア。が、自身はいつも髑髏デザインの服とアクセサリーを好んで身に着けている。


「何でソリティアが驚くんですか。こういうのは専門じゃないんですか?」

「わ、私が良いと思うのは髑髏のデザインです。本物の人骨は専門外なんですよぉ」


 意味不明な事をいいながら、ブレンドの後ろに隠れる。


「まぁ、ただの骨みたいですから全然平気ですよ」

「そ、そうですか。でも気味が悪いです。早く7階に行きましょう」


 ソリティアの怖がり方に失笑するブレンド。


 と二人が7階への階段に足を掛けようとした時だった。突然ガイコツが椅子から立ち上がった。


「ヒイィィィィィィ!」


 驚きすぎてその場にへたり込むソリティア。


「なんだコイツ? 魔法で操られているのか?」


 ブレンドは素早く剣の切先をガイコツの方へ向ける。が、相手の動きは遅い。力もなさそうだ。


「す、スケルトンですよぉ、そいつ!」


 ソリティアは直ぐに敵の正体を見破った。スケルトンといえば代表的なアンデッドだ。


「つまりは敵ってことですね?!」


 ブレンドは剣を振るう。衛兵に騎士になるために鍛えた剣技が炸裂する。華麗な剣捌きだ。あっという間にスケルトンの骨はバラバラになり、地面に散乱した。


「なんだ、まるで手ごたえがないヤツだな」


 剣を鞘に収めてクルリと踵を返す。ソリティアの方を向くと、彼女の顔が強張っていた。


「まだです! ……斃せてません!」


 地面に散乱したはずの骨。それらが集まり、凄まじい速さで人間の形に再構築されていく。


「何だこれは?」


 ブレンドはスケルトンと戦った経験がなかった。スケルトンに物理攻撃は効かない。バラバラにしても元に戻ってしまうのだ。アンデッドの特性でもあるが、元々死んでいるので普通に攻撃しても意味がない。


 剣を振るってまたバラバラにする。が、直ぐに再構築される。


「ダメです! アンデッドには魔法か聖水しか利きません!」


 ソリティアは攻撃魔法を使えない。もちろんブレンドもだ。


「聖水は……持ってるわけないですよね……」

「じ、じゃあどうするんですか?」


 バラバラに壊しては構築され、また壊しては再生し……を繰り返しているうちに、ついにブレンドの息が上ってきた。相手は無限に再生する。が、ブレンドの体力は有限だ。消耗戦になれば負けるのは明らかだ。


「く、クソッ! 一体どうすれば……」


 ソリティアは過去に読んだ本を必死に思い出していた。そう、興味本位でアンデッドの本もたくさん読んだ。その中に魔法と聖水以外に斃す方法はなかったか……。


 ―――ブレンドがヘトヘトになった時、ようやく思い出すことができた。


「ブレンド! バラバラになった時に骨盤を下の階へ蹴り落として!」

「骨盤を? わかった!」


 ブレンドは剣でスケルトンを斃すと、再生する隙を見て、骨盤を5階へと蹴り落とした。するとどうだろうか。スケルトンの骨はカタカタと振動するばかりで、再生できていない。ジワジワと再生はしたが上半身だけだ。上半身だけでは剣は振るえない。ゆっくりと床を這うのが精一杯だ。立つことができなければ剣を振るえない。剣を振るえないスケルトンなど、害のない犬や猫と同じだ。


「どうして骨盤だけで?」

「あんまり知られてないんですけど、スケルトンの再生って骨盤が司令塔になってるらしいんですよ。それでその司令塔を他の骨から見えないところに隠しちゃうと、再生できないって本に書いてありました」

「へぇー」


 ソリティアの博学ぶりにブレンドは心の底から感心した。自分一人だったら、体力が尽きてやられていたかもしれない。スケルトンの振るう錆びた剣とはいえ、当たれば骨くらいは折れる。自分一人だったらとゾッとしてしまう。


「本当に助かりました、ありがとうございます」

「い、いえ……」


 人から感謝されることに慣れていないソリティア。モジモジして下を向いてしまう。


「じゃあ頂上を目指しましょうか」

「行きましょう!」


 7階より上には多くの魔物の死体があった。配置してあった魔物達もさすがに1400年以上経てば大抵は寿命だ。骨になっているものもあれば、石になっているものもあった。


「まるで魔物の博物館ですね」


 興味津々で観察しつつ、メモを取るソリティア。本で得た知識を、実際に魔物の死体を目の当たりにすることで、確実に経験値に変えている。ブレンドに頼られる嬉しさも手伝って、ソリティアの知識欲はますます旺盛になっていた。


 そして……最上階、つまり最下層と思われるフロアへ辿り着いた。そこには一体の悪魔の彫像があった。大きな羽が生え、皮膚の緻密なおうとつまで完璧に再現されている。今にも動き出しそうな躍動感あるポーズをとっている。


 あったのは彫像だけではない。大きな書棚と机があった。真っ先に書棚に反応するソリティア。まさに本の虫である。夢中で読み進めるソリティアに対して、ブレンドは冷静に部屋を調べる。目的は塔からの脱出。それができなければここまで昇った意味がない。だが、いくら壁を探っても出口らしきものは見当たらなかった。


「……どうやら無駄足だったかもしれません」

「無駄足ですか?」

「はい。出口らしきものがありません」

「でも私は面白いものを見つけましたよ」


 そういってソリティアは大きなハードカバーの本を机の上に広げた。古いがしっかりした紙に書かれているせいか、普通に読むことができる。ページをめくってもボロボロと崩れることがない。


「ほら、ここです」

「こ、これは!?」


 そのページには、一枚の挿絵とその解説文があった。


「殲滅魔法を使う魔王……?」


 ローブを着た魔王が杖を振るって巨大な火柱を上げている。人間の軍隊が次々と滅んでゆくさまが書かれていた。歴史絵巻の一冊。ソリティアはそれに見入っていた。


 が、ページをめくっていく中で一枚の小さな挿絵に目が止まった。いや目だけではない。呼吸も止まってしまったかと思った。そのページの挿絵にはアルテそっくりの絵が描かれていたからだ。


 前魔王の天才魔法使いは、塔の中で暇を持て余していた。だから遠視魔法で外を眺めてはアルテの働く様子を本に纏めていたのだ。


「こ、これって……」

「アルテさん、ですよねぇ?」

「他人の空似にしては似すぎてるような」

「馬鹿なことを言わないでください。これは大昔にとっくに滅んだ魔王ですよ? アルテさんが魔王の訳ないじゃないですか!?」


 そういいながらも、アルテの本当の年齢を知っているブレンド。――― 1800歳。この歴史絵巻とほぼ符合する。


「で、でも、似すぎてませんか? しかもホラ! ここ見てくださいよ」

「何ですか?」

「この絵、パンツ穿いてないじゃないですか!!!」

「え、あ、うん……」


 綺麗に描かれているアルテの活躍。バトルシーンも忠実に描かれていた。よってノーパンである。が、そう言われても反応に困るブレンド。


「アルテさんに直接聞いてみるしかありませんね!」


 ――― ガタン。


 興奮気味に語るソリティアが両手を握り締めたところで、二人の背後で大きな音がした。振り向くとあったはずの悪魔の彫像が消えている。


「こ、ここにあった悪魔の彫像は?!」

「わ、私なにもしてませんよ!」


 妖しい雰囲気を察して剣を抜くブレンド。ソリティアも周囲を警戒するが、何もいない。


「フハハハ、久しぶりの客人だな」


 不意に声が天井から降ってきた。悪魔の彫像が天井に貼り付いていた。冷徹な笑みを浮かべ、首をコキコキと鳴らしている。


「あ、悪魔……?」


 ブレンドもソリティアもダンジョンで本物の上級悪魔を目撃している。アルテが一瞬で斃してしまったが、気配だけで指一本動かせなくなるほどの強烈な殺気を放つ。恐ろしさを通り越して神がかった存在だった。それに比べるとどうだろう……天井にいる悪魔からは迫力や怖さのような気配をまるで感じない。


「悪魔ではない。俺はただのガーゴイルだ」


 ガーゴイルといえば魔法使いの守護役だ。普段は彫像に扮していて、財産や主人に近づく者を打ち払うという。どちらにしても魔法の産物だ。悪魔に似せて作ることが多いというが、これもその内の一つだった。


「ガーゴイルがいるってことは、主人の魔法使いがいるのか? 誰だ?」

「ああ、主人はいる。だが誰かまでは明かす義理はない」


 そういうと天井からペタリと地上に降り立つ。羽を一閃、ブレンドへ打撃を加える。が、そこれは武力エリートのブレンド、見事に剣でブロックしていた。


「ほう、少しはできるようだな」


 ガーゴイルの攻撃をブロックしたブレンドは驚愕し恐怖していた。打撃そのものは大したレベルではなかった。が、剣が石になっていたのだ。石化能力だ。ガーゴイルは魔法使いによって様々な能力を与えられる。代表的なものが毒と石化だ。打撃をくらえばその部分は石になってしまう。


「ブレンド!」


 戦いとなるといつも物陰で震えているソリティア。が、自分を奮い立たせ、今は少しでも役に立とうとしていた。常に考えるのは自分の事。身を守り利益を得る。それしか考えてこなかった。そんな彼女が変わろうとしていた。


「ガーゴイルの攻撃はブロックしちゃダメ! かわして!」

「そ、そんな事言ったって……」


 低レベルの打撃とはいえ、かわし続けるのは難しい。反撃に転じなければいずれやられる。


「コイツの弱点は? スケルトンの時みたいに!」


 ソリティアはまた本の知識を探り始めた。が、ガーゴイルに弱点はない。侵入者を排除するためだけに存在し、老化もせず食事も摂らない。肌が石のように固いため、打撃や斬撃などの攻撃も効果が薄い。一番有効なのは凍結魔法だ。だが、ソリティアの使う凍結魔法はせいぜい握りこぶし大の氷塊を一つ飛ばせる程度。とてもガーゴイルに通じるとは思えない。


「……」


 ガーゴイルの攻撃がどんどん激しくなる。ついにかわしきれなくなり、ブレンドは床に仰向けに倒れてしまった。絶体絶命のピンチ。次に攻撃を受けたら確実に石化のダメージを負ってしまう。脳や首、心臓や肺などが石化すれば即死コースだ。普通の回復魔法や治癒魔法では効き目がない。回復させる薬はあるが、それも死んでしまっては意味がない。


「クソッ! ソリティア、早く逃げろっっ!」


 ブレンドの悲痛な叫びがあがる。ソリティアだけでも逃がしたい。その思いからだ。ガーゴイルから無情の一撃が振り下ろされる。ブレンドは腕をクロスさせてガードをする。腕で受ければ少しは石化が遅くなるだろうとの考えだ。


 ―――バキッ! 


 ガーゴイルの拳はブレンドに当たることはなかった。なんと、ソリティアがブレンドとの間に立ち、自らの体でその拳を受止めていたのだ。


「ソリティア! なぜっっ!」


 パキパキとソリティアから体が石化する音がする。既に腹部はほとんど石になっている。涙が頬を伝う。


「……私じゃ、これくらいしか、でき、ない……から。コイツの動きが、止まっている今のうち、に……」

「ソリティアーーーーーッ!!!」


 ブレンドは身を挺して攻撃のチャンスを作ってくれたソリティアに報いねばと思った。


「ウオォォォォォォォォォォォォォォォーーーーッ!!!」


 全身全霊の力を込め、半分石化した剣を振り下ろす。見事にガーゴイルの顔面を捉える。が、石化している剣は打撃に耐えられずポッキリと折れてしまう。元々打撃が通じにくいガーゴイル。通常の攻撃はあまり効かない。その上、脆い剣となればなおさらだ。


「くそぅ、どうして僕はこんなに弱いんだ。女の子一人救えないなんて……」


 自分の弱さを心から呪った。簡単な採取系の依頼だからと十分な用意と下調べもせずにきてしまった自分にも腹が立った。


 絶望の中、無機質なガーゴイルの表情だけがあった。次の瞬間、ブレンドは自分の体が石になっていくのを感じた。



◇◆◇◆◇◆



 次にブレンドが目を覚ますと、草原の上に寝ていた。風に揺れる草が頬をくすぐる。青い匂いと虫の音が支配している。月が見える。見事な満月だ。


「……僕は死んだのか? ここはあの世?」


 ぼそりと呟く。間違いなくガーゴイルに石にされたはずだ。ソリティアと一緒にあの謎の塔で死んだはずだった。


「お主はまだ生きておる。娘の方も大丈夫じゃよ」


 その声に聞き覚えがあった。


「えっ!? アルテさん?」


 体を起こすと、月夜の中に金髪のエルフが立っていた。月光を浴びる金色の髪、ほのかに青白く映える肌。ブレンドは自分が妖精の幻を見ているのではないかと思った。が、ギルドの制服を着ている。間違いなくアルテだ。


「うむ、大変な目にあったようじゃの」

「……僕、確かガーゴイルにやられて石化して死んだはずなんですけど」

「大丈夫じゃ。我がいる限り簡単には死なせぬ」

「あ、そういえばアルテさんに聞こうと思っていたことが……アルテさんってもしかして」


 言い終る前に、アルテはブレンドの額に手を当てた。そして耳元で囁くように短い呪文を唱える。


「もう少し眠るのじゃ」


 アルテはブレンドとソリティアの様子を逐一見ていた。影の塔に落ちていく二人の後をこっそりとつけていた。最上階でガーゴイルに襲われ、石化した二人を治癒し、転移して丘の上まで戻って来ていた。もちろんガーゴイルはアルテがきっちりと粉砕した。書棚にあった歴史絵巻も封印してきた。


「ガーゴイルか。面倒なものを残していきおって、あのいたずら者が……」


 懐かしそうに、そしてどこか悲しそうに呟く。


 ブレンドとソリティアが見てしまった歴史絵巻の記憶を魔法で丁寧に封じる。自分自身の強い信念で真実に辿り着いたレモネード以外、魔王の事を理解できるとは思えない。いつかは理解してくれると信じてはいる。だが、今はまだ早い。だからアルテは記憶を消さずに、しばらく思い出せないよう封印することにした。時間が来れば自然に思い出せる魔法だ。だが、記憶を操作することは人間の尊厳にかかわる。


「すまんの、我がもうちょっと早くあの書棚に気付いておれば……」


 草原で気持ち良さそうに寝息を立てる二人。魔物除けの結界を張り、安全を確保すると、アルテはその場を静かに去って行った。その顔は罪悪感で一杯だった。記憶を封じたことだけではない。最後まで面倒を看てやれなかった前魔王に対しての罪悪感も重なっていた。


「我は本当にダメなヤツじゃの……また償う罪が増えてしまった」


 落ち込んだままのアルテ。ギルドへの道を急ぐ。が、その頃ギルドではちょっとした問題が起きていた。

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