第3話 若き帝国海軍軍人
井佐野勝男は、18才で大日本帝国海軍に入隊した。その頃はまだ、自分が世界最強の大和に乗れるなどとは、夢にも思っていなかった。時は、1938年4月の事である。日本が米英と戦闘を開始するのは、その3年8ヶ月後の1941年、昭和16年12月8日の事である。井佐野は徴兵ではなく、志願して海軍に入隊した。長崎県佐世保に生まれ、農家の次男坊として少年時代を過ごした。海軍の軍港が近くにある佐世保では、家業を継がなければ、海軍に行く。そういう発想は、ごく自然に生まれる環境にあった。海軍を目指すならば、海軍兵学校を目指すのが、出世の近道であり、現在の普通高校にあたる旧制中学を出てから、一兵卒で入隊するのとでは、天と地以上の差があった。しかしながら、海兵(海軍兵学校の事)の倍率とレベルは、想像を絶するものであり、入学出来た者は、一生分の運をそこで使い果たしてしまう…そんな風にいわれる程であった。井佐野も実は、ご多分にもれず試験を受けてはいた。受けてはいたが、散々な結果に終わったという過去を持つ。その後、予科練(予科練習生)や操練(操縦練習生)を受験するチャンスもあったのだが、船乗りになりたいと、水兵になることを志願する。物心がつく頃から、軍艦を当たり前のように見て育った人間にとっては、飛行機よりも軍艦に乗りたいと、憧れを持つのは、不思議な事ではない。まだ、戦争も起きていない平時の状況下では、そういうかっこよさや、スマートさにひかれて、海軍を目指す者も少なくはなかった。学校では、優秀な生徒であった井佐野は、何をやらせても彼に任せておけば大丈夫と、担任教諭のお墨付きをもらうような優等生ぶりを見せていた。運動能力にも優れており、学校で彼に勝る体力の持ち主は、存在しなかった。そう、彼は海兵落第という挫折を乗り越えて、進学した旧制中学で、死に物狂いで勉強と運動に励んでいたのである。海軍兵士になる下地は、既にこの頃には出来上がっていた。性格も、真面目でおとなしく、能力があるにも関わらず、前に出すぎない所が、多くの人間を魅了していた。そんな彼が、海軍に入隊しようと思ったきっかけは、単純に水兵が格好良いから、といったそんなミーハーな憧れだけではなかったのだ。井佐野勝男という人物を知る為には、彼が何故海軍に入隊しようと決意したのか?それを知る所から始めなければならないだろう。
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