第18話 聯合艦隊旗艦の伝統

 実戦配備とは言っても、大和は最前線に配備されていた訳ではない。連合艦隊旗艦として、「日本の真珠湾」とも「東洋のジブラルタル」とも言われた、トラック島泊地に配備される。トラック島は、マリアナ諸島以南ニューギニア以北に位置し、赤道よりやや北にある小さな島であった。ここが日本の真珠湾と言われる所以は、その地理的特性にある。日本、ハワイ、オーストラリアを三角形に表してみると、トラック島がその中心に位置している事が一目で分かる。米国に睨みを利かせておく事は、大変に意味のある地理的特性を持つ場所である。当時の連合艦隊司令長官であった山本五十六元帥は、こう嘆いていた。「ニミッツはハワイにいるのに、なぜ俺はトラックにいなければならないのか?」総力戦の時代になって戦争の形態が変わり、それならばさっさと配置換えをするべきであった。しかしそこにも海軍の悪しき伝統が根を張っていた。「連合艦隊司令長官は、常に先頭の旗艦に乗るべし」というものが、何故か帝国海軍の不文律であった。そうは言っても、トラック島に出ていくのも仕方がない一面もあった。当時、石油はシンガポールから輸送していたのだが、柱島泊地にいたのでは、シーレーンが脅かされて身動きがとれなくなる恐れがある。そこで、トラック島まで旗艦を配置する必要も無くはなかった。西太平洋カロリン諸島の島で、現在はミクロネシア連邦に帰属するトラック島が、日本軍にとって戦略的価値のある島である事を理解するのは難しくないが、つまらなく無意味な海軍の不文律によって有効な一撃を加えられなくなってしまうのは、日本の敗戦のファクターでもある。日本軍は、つまらない慣習にとらわれて効果的な戦いを展開出来なかった。このトラック島こそ、ホテル大和の営業所であり、大和を単なるホテルに仕立て上げた場所なのである。

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