第4話 無二の親友

 実は、彼には親友がいた。土井太一郎である。土井は井佐野と同じ年齢で、海兵を受けるまでは同級生だった。何をするにも井佐野は、この土井と一緒だった。海兵を受験しようと誘ったのは、何を隠そうこの土井太一郎である。勉強が特に出来ていた訳でもなかったし、井佐野は土井も海兵に合格するとは思っていなかった。当然、どちらも確実に落ちるだろうと踏んでいた。ところが、蓋を開けてみれば、土井は合格し、自分は落ちた。その時の勝ち誇った土井の顔が、忘れられなかった。それが、井佐野の環境の豹変ぶりへと繋がるわけである。海兵時代の土井とも連絡は取り続けていた。どんな授業をするのか?海兵の飯は旨いか?そんな事まで把握していた。もう、ここまで書けばお分かりだろう。井佐野が海軍にこだわり続けたのは、下っ端であろうと何であろうと、エリート畑を着々と登り始めていた親友士官を、見返す様なでかい戦果をあげてやろう。そう意気込んでいたからである。それならば、予科練や操練で戦闘機パイロットになっても良かったが、あくまで土井の専門である水雷屋として、一流になりたかった。井佐野は、入隊した時点では、水雷屋になりたかった。大和や武蔵、長門といった連合艦隊の中核となる軍艦である、菊の紋章の入った艦船に配属になるとは、まるで想像していなかった。土井、海兵に入ってからは、優秀な生徒として、何とその期を次席で卒業。一部のトップヒエラルキーしか進めない高級将校育成機関である海大(海軍大学校)へ、進学した。エリートの中のエリートしか進めない道に、井佐野は辿り着けなかった。そこに親友の土井はいる。その事が、彼を戦場で手柄を欲す一線級の下士官に押し上げていったというのは、何とも言えない皮肉といえた。階級社会のピラミッドで表すと、井佐野は絶対に土井には追い付けない。井佐野は、入隊した時から既に、出世争いに勝つことなど望んではいなかった。欲するのは、任務での戦果のみ。敵をひたすら倒す他にはない。その井佐野の想いを反映するかのように、日本は泥沼の深みへとはまって行く事になる。敵がどんなに強大であっても、作戦がしっかりしていれば、勝てる。これは日露戦争で東郷平八郎連合艦隊司令長官と、大山巌陸軍大将が示している通りではあった…。

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